表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
30/47

24 天空都市 三日目

 


 食器棚に置かれた数種類の皿の中から、パーティ用の大きな白いお皿を下ろす。

 どのお皿も綺麗に磨かれており、覗き込むと自分の顔が反射して映し出される。もしかすると鏡の代わりにもなるのかもしれない。そう思えるほど、この場にある皿はどれも光沢を放っている。


「これ思ったより重たいわね。クリエット、そっちは大丈夫?」


 隣で同じように食器に手に取っている。ボディラインがはっきりわかる全身黒色のドレスを着た少女――ソーソ・パラディソス・シリアリカが問いかけてきた。


「だ、大丈夫ですよ。数は多いですが、持てない量ではないです」


 余裕を見せるため笑顔でそう返した途端、積み上げた食器が揺れ、危うく落としかける。咄嗟に左足を軸に、手を左右に動かす。何とか積み上げた皿のバランスを整えることに成功した。

 以外に私はバランスがいいのかもしれない。


「ふふ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」


 ソーソの優しい笑顔に対し、頬を膨らませてそう返した。




 現在この都市に来て三日目の朝方。

 私――クリエットは、今いる『パラディソス城』の王女であり、私と同じく『召喚者』であるソーソと共に、今日行われる予定である<参加者パーティ>の準備をしているところだった。

 このパーティは今回の計画には全く含まれてはいなかった。


 天空都市に訪問して、情報を入手し、そして近代都市に帰還する。当初の目的は単純にそれらの事をやるだけだった。しかし、二日間経った間に、この都市にいた『他参加者』であるディストラス等が思いのほか気前がよく、今では私が召喚した者達であるジョン達を完全に取り込んでいた。私もその一人だと思うが。

 彼等は想像以上に礼節で、気前がよく、ただのお客様に接するような、それ以上の対応をしてくれている。

 この都市に来た時に私達が警戒していたのが、本当に馬鹿らしくなるほどに。


「ところで、クリエット達はいつまでこの都市にいるの?」

「そうですね。当初の予定では今日中にお暇する予定でしたが、パーティの事もありますし、明日に延期になると思います」


 ソーソの突発的な質問を率直に答えた。

 彼女は私が召喚者になって初めての友人だった。だからかもしれないが、ソウジがこの都市に向かうと言った時から、正直かなり楽しみにしていた。

 またソソと会える。そう考えるだけで今までの苦労と疲れが、綺麗さっぱりと消え失せた。そうだ、一応はあのソウジにも感謝しないと。彼が今回の訪問を提案してくれたから、いまこうしてソソと共にいられるのだ。あまり気が進まないが、この訪問が終わり近代都市に戻ったらお礼を言おう。


 私が密かに思っているその隣にいたソソが、黒髪を掻き分け「ふふっ」と四年前、初めて出会った時と同じ笑顔をこちらに見せる。


「ど、どうしたのですか? なにか私、変なことしましたか?」

「いえ、ただ。クリエットは初めて会った時と、ずいぶん変わりましたね」


 彼女に言われ、ふと四年前を思い出す。

 先任者であった姉が死に、私が繰り上がるように召喚者になった次の日。初めて訪れた別の都市、それがこの天空都市『パラディソス』であり、そして初めて出会った私以外の召喚者。それがソーソだった。


 ソーソは今と同じ格好だったが、身長は今よりも低く、幼さもあった。だから彼女と久しぶりに会った時、その姿の変わりように一瞬、彼女だと分からなかった。それほど彼女は会っていなかったこの四年間の間に成長した。大人っぽくなった。いや、大人になったのだ。あの目立つ黒くボディラインがはっきりわかるドレスが似合う、綺麗な大人の女性になった。




 四年前の私はソーソに、それはもう言い切れないほどお世話になった。


『いいクリエット。ゲームに勝利するには参加者の情報だけではなく、召喚者の情報も必要よ』


 この言葉は、私が彼女から教わったことの一つだ。

 彼女から教えてもらったこれらの『ゲーム』の知識は、私が学んだこと以上に重要なことが多々あった。それだけではなく、彼女から教わった『参加者』の知識は、私の危機を何度も救ってくれた。

 いま考えると、ソーソは私の先生であり、命の恩人であり、私にとってのもう一人の姉だと思っている。だから、今は敵同士だとしても、彼女とは分かり合える。そう確信している。


「そうですね。出会った時よりは、少しは身長は伸びたと思いますけど......」

「ふふ、違うわ。確かに大きくなったけど。あたしが言いたいのは、そういう意味じゃないわ。その性格が大人しくなったな、って思ったのよ」

「えっ? 性格、ですか?」

「そうよ。あなた最初会った時、本当にひどい言葉遣いで、すぐに暴力を振るう。王女として嗜みなんて全くなっていなかったものね」

「えっ、はっ、い、いや。そ、そんなこと、なかったです、よ」

「そうね、今はもう見間違うほどおとなしくなったわね。でも、あなたが召喚した彼等は、昔のあなたを知ったら、さぞ驚くでしょうね」


 笑いながらソーソは皿を両手に持ち、私の前を歩く。

 笑う彼女に対し、私はただ睨みを利かすことしかできなかった。


「そうそう、あなたは怒ると頬を膨らませる癖があったわね、気付いてた? どうやらまだ直っていないみたいよ、ウソだと思うなら頬を触ってみなさい」


 ソーソに言われた途端、反射的に左手でバランスよく皿を持ち、右指で頬を触る。触れると同時に口から空気が抜けていった。

 どうやらソーソの言ったことは本当の事だったらしい。瞬間、いままでジョン達の前でこんな顔をしていなかったのか気になり、恥ずかしくなる。


「大丈夫よ。あなたのそういうところは昔と同じで可愛いわ。むしろその癖も無くなっていたら、私としては寂しくなるわね」

「それはかなり、複雑な気分です......」

「ふふ、大丈夫よ。彼等はそんなあなたに、かなり好感を持っているわ」

「えっ? それって......」

「直感よ、直感。本当にそう感じただけよ」

「......ソソの直感は、直感ではないです」


 あのソウジと同じような事を言う彼女だが。そう、彼女の場合は根拠の度合いが違う。

 ソーソは私と同じく、身体の一部が特殊なのだ。


 これも昔、四年前、ソーソから教えてもらった話だ。

 すべての召喚者になる者はその後すぐ、自身のどこか身体の一部に特別な能力を身に付ける。

 私の場合は『右眼』にその能力が宿った。

 姉が死に、私が召喚者になった瞬間、私の右目も死んだ。代わりに手に入ったのが、この『神眼』だった。

 この『神眼』のおかげで自身の魔力や気力、体力を消費せず、相手の細かなステータスを見ることが出来る『視察』や、肉眼では見えない遠くのものを見る『遠視』。それと、あまり使用したことが無い『光視』などを使用することが出来るようになった。

 そのため不便なことは特にない。強いてあげるとすれば、見えたくないモノも見えてしまう、ということだろうか。


 ソーソも私と同じ召喚者のため、身体の一部に能力が宿っている。

 彼女に宿っている能力の名前は『神触』という。

 その能力の一部を、四年前に教えてもらった。簡単に言えば全身の神経が鋭くなる、といったことらしい。具体的には、物が風を切る感覚や、匂い、指先に触れたモノの状態が一瞬でわかるなど。私が『視る』のに対し、彼女は『触れる』ことで能力を発揮する、らしい。

 彼女がよく言う直感というモノはただの勘などではなく、能力『神触』により得た情報から導き出した結論の様なモノ。つまり彼女の言うことは曖昧な事ではなく、十中八九当たりだと言うこと。


 これらの事を踏まえて先ほどのソーソのセリフを思い出す。

 恥ずかしさのあまり、つい積み上げた皿で顔を隠してしまった。


「そういうところも変わらないわね。よかったわ」

「ソソはやっぱり、意地悪です」

「ふふ、さて準備を急ぎましょう? ディトラの料理もそろそろ終盤みたいだし、あたしもお腹が空いてきちゃったわ」

「そうですね。ジョン達も待っていることでしょうし、急ぎましょう」


 ソーソと共に、ディストラスが調理している厨房へと急ぐことにした。






 厨房に入った瞬間に漂う肉の焼ける音と匂い。耳と鼻から入るそれらが、私のお腹に直撃したと同時に、先ほどまでなかったはずの空腹を感じて、お腹が小さく鳴った。


「ディトラ、ここにお皿置いておくわね」


 ソーソが調理台の開いた場所に持ってきた数枚の皿を置き、私もその横に皿を置く。

 この厨房は私の城と同じいような構造をしているが、内装は比べ物にならないほど充実していた。

 壁際には調理器具がいくつもぶら下がっており、それぞれサイズが分かりやすいように、掛けてあるフックの上に、小さく数字が書かれている。

 また、並べられた調理器具の隣には、私の家で見ない冷蔵庫があった。この城にも一応、食品の保存場所はあると思うのだが、それとは別に保存するためなのだろうか。私も料理はするがそこまで本格的なものではない。そのため、いま調理しているディストラスというソーソが召喚した『参加者』の思考が読めない。

 ジョンやソウジなら彼の行動や思考が分かるかもしれないが、こんなことのために呼びたくないな。特にソウジは、絶対何か言うだろうに。


「はい、ソソさん、クリエットさん。ありがとうございます」


 ディストラスが軽く後ろを振り向き、礼を言う。彼の情報はすでに、初日に『視察』で視ていた。


 彼は身長の割に、年齢は六千歳を超えている。

 レベルも120と、今まで見てきた参加者の中で最も高い。いや、彼だけではない。ソーソが召喚した他の参加者も、彼と同じくレベルが120だ。

 つまりソーソは、この『ゲーム』をやるにあたって、最高の戦力を召喚することに成功したと言うことになる。

 さらに、能力もそれぞれ最強クラスだ。

 目の前にいる無防備な背中を見せながら、身長と合わない大きさのフライパンを持つディストラス。

 彼の能力は『炎』。

 恐らく炎を操る能力なのだろう。私の持つ『神眼』では名前や数字は分かるが、詳細までは分からない。

 だが、異世界から来た英雄的存在の者が、単純に炎を操る程度だとは思えない。必ず何かある。


「すいませんがソソさん。味見をお願いしてもよろしいでしょうか」

「あら、ディトラにしては珍しわね。味に自信がないのですか?」

「あ、い、いいえ。そういうわけではないのですが......。いえ、そういうことにしておきましょう。いま作っているのは初めて手掛ける料理でして、しっかり味が付いているかなどを確かめてほしいと思いまして......」

「ふふ、わかったわ。あたしも少しつまみ食いしたいと思っていたところだったのよ」


 ソーソはディストラスの横へ行き、しゃがんで口を開ける。

 その開いた口の中に、ディストラスが小さく切った肉を手で仰いで冷まし、ソーソの口の中に優しく入れる。


「ん、ぅむ、んぐ......。うん、とろける様に柔らかく、それでいて味もしっかり染み込んでいるわ。ひと噛みしただけで肉汁と共に香りと濃厚な味が口の中に広がるし、飲み込む時も自然と体が受け入れるかのように、スッと胃の中へ入り込む。あと食べた後も、お腹の中でお肉が歌っているかのように、全身に旨味が広がっていくのを感じるわ」


 最後に「いつもながらさすがディトラね、とても美味しいわ」と言って微笑む。

 その笑顔をみたディストラスも「よかった」と微笑みを返し、また調理を再開する。

 幸せそうな光景だった。例えるなら、新しい未来へ歩む新婚夫婦のような、平和な日常を学校で過ごすカップルのような、そんな印象を与える光景だった。

 それはそれは私達のような召喚者には行き過ぎた幸福だ。


「ふふ、なにクリエット。もしかして妬いてるの?」

「そ、そんなこと! ......ないです」

「安心して、私達はそう言った仲ではないわ。いまはまだ、だけどね」


 ソーソは笑う。本当に嬉しそうに、楽しそうに、静かに無邪気に笑う。

 彼女のように『参加者』と共に未来を歩むと考えている召喚者は、実は話によると過去にもいくつかあるらしい。むしろそう言った例が多い方だ。結果、その者と結ばれ、子を孕んだという話も聞いたことがある。

 だが、厳しいことを言うと、それで終わってしまう。

 召喚者と『参加者』は共に命を狙われている存在、そんな平和な時間が長く続くはずもなく、そういった者は過去、必ず死んでいる。

 いや、この『ゲーム』を生き残った人物などいない。

 例え勝ち残ったとしても、その後必ず召喚者と参加者は行方不明となる。

 これらの情報はまだジョン達は知らない。一度目に召喚した参加者に教えた事があったが、いま思うと彼等があんな行動をしたのも、この事実が原因のような気がする。つまりは、私の軽率な行動が起こした事故、ということになるのだろう。


 そして、ソーソもそんなこと分かっているはずだ。なのに何故、こんな無駄な事をしようとしているのだろうか。

 私には理解できない。


「そんな深く考えなくてもいいのよクリエット、あなたにもいつか分かる時が来るわ。そうね、試しにあのソウジっていう変わった男性と付き合ってみれば?」

「はぁ? 私がぁ? なんであんな奴と......!」


 唐突であり得ない提案をしてきたソーソに対してつい口を軽くしてしまい、慌てて口元を手で覆う。

 私の仕草を見たソーソは「やっぱり根は変わってないわね」と再び笑う。どうやら本当にただ茶化されただけの様だ。


「お話し中にすみません。料理の方が出来上がりましたので、よろしければ運んでいただいてもよろしいでしょうか?」


 いつの間にか皿に盛られた肉料理に、先ほどの空腹感が蘇る。

 ミディアムレアに焼かれ、程よい厚さにスライスされた肉、その上には彩る様に鮮やかな赤ソースが垂らされ、さらに肉の周りには白いソースが加えられている。それが十三枚の皿、それぞれの上に同じように盛り付けられていた。


「そうね。でもあたし達二人だけでは持っていけそうにないから、ルヴィとミュリを呼んだほうがいいわね」

「あー。それもそうですね。ですが、あいにく僕はいま、調理中で手が離せません。ソソさんとクリエットさん、申し訳ありませんが二人を呼んで来てくれませんか?」


 本当に申し訳なさそうな声で頼んできたディストラスに対し、ソーソは一言「わかったわ」と笑顔で返した。


「ありがとうございます、ソソさん。そしてクリエットさん。本来ならば僕程度の者が呼びに行ったり運んだりしないといけないのに、自分の無力さが悲しいです」

「そう悲観しなくていいわ。それに、あなたは無力なんかじゃないわよ? ただ少し、自分に自信がないだけ。あなたの力はその優しさよ?」

「そんな事いわれても、僕程度が作った料理しか出ませんよ?」

「あなたの作った料理だけで十分、それ以上は後で頂くわ」

「料理以上は、難しそうですね」

「ディトラなら大丈夫よ」


 そう言い黒髪を掻き分け「ふふっ」と笑うソーソと、その笑顔に爽やかな笑顔を返すディストラス。


 完全に、私は蚊帳の外だ。はっきり言ってこの場にとても居辛い。

 ディストラスはソーソの事をどう思っているか分からないが、当のソーソの猛烈なアタックは少年の目にはどう映るのだろうか。けど年齢は六千歳を超えていたっけかな。もう、参加者って本当にわかりづらい。

 ソーソもソーソよ。なんで全身の神経が鋭くなる『神触』を持っていて、いまの私を察してくれないの?

 まさかわざと? この光景を見せるために? わざと無視してる?

 そうかわざと。わざとね!? わざとということね!!


 ......やばい、この眼中にいる二人を猛烈に殴りたくなってきた。


「さて、クリエットが変な事考えないうちに行くわ。また『幻想園』でね、ディトラ」

「ははは、分かりました。ではとびっきりの料理を振るいますよ、クリエットさん。それともちろん、ソソもね」


 ディストラスは笑いながら新しいフライパンを取り出し、コンロの火に近づけ『合成』させる。

 一瞬で熱しられたフライパンの中にオリーブオイルを満遍なく流し込み、先ほどから用意されていた材料を入れ、調理を再開する。

 私はその鮮やかな手捌きにもう少し見学したかったのだが、ソーソの視線に気づき、共に厨房を後にした。


 私もあんな感じにやれば、料理がうまくなるのかもしれない。今度試してみよう。






 …・…・…・…






 この『パラディソス城』の一角にある、幻想的な部屋。それをソーソと彼女のチームは『幻想園』と呼んでいる。

 部屋の中央にある、透明な傘の下に置かれた大きな白いテーブルと、それを囲む白い椅子。

 椅子の上には私のチーム『場違い』と、ソーソのチーム『神の集い』が入り混じり、楽しそうに雑談しながらソウジが淹れた紅茶を飲んでいる。

 三つの空いている椅子が気になるが、その席に座る者はすでに決まっていた。


「おまたーせ、だよー!」


 つい声のする方へと顔を向ける。

 声のする先には、両手にどうやって持っているか分からない程、大量の皿を乗せて歩くミュリティアと、出会った時からずっと宙に浮いているルヴィヴィナが、数枚の皿を宙に浮かせながらこちらに向かって来ていた。


「どーよ、あたしの自信作だよ!」

「マジか!? この美味しそうなスープ、ルヴィーちゃんが作ったのか! すげーな~おい!」


 立ち上がり、テーブルに置かれた白いスープを眺めながら、無駄にはしゃぐソウジ。

 頼むから彼には黙っていてほしい、非常に恥ずかしいから。


「ルヴィ......嘘は良くない」


 すかさず眠たそうなグリュフィザが、ルヴィヴィナの発言にツッコミを入れた。


「もー! せっかくソウジさんが乗ってくれたのにー。相変わらずグリューは指摘するの早すぎるよー。もっとゆったりと、流れるまーまに構えていてよー」

「そんなの......時間の無駄」

「今にも寝そうなグリューが言うセリフじゃなーいよ!」

「もうルヴィ......ウルサイ」


 うつ伏せをしたグリュフィザの周りを、回転しながらルヴィヴィナが飛ぶ。

 彼女達の能力も、初日の内に確認済みだ。


 宙を浮くルヴィヴィナの能力は『空間』。

 もし彼女の周りにある空間を操ることが出来るとなると、彼女が浮いている理由や物を浮かせることが出来る理由にも簡単に説明できる。とても参加者らしい強力な能力だ。


 本当に寝ているグリュフィザの能力は『状態』。

 この名前だけでは何の能力かわからない、こういった能力が私にとって一番厄介だ。私の眼がまったく意味をなしていない。


「おいルヴィ。皿を配り終わったら席につけと、ディトラに言われたろ? さっさと座るぞ」

「ブー、もうミュリーは相変わらずかったいなーもー! だからモテないんだよ!」

「んなっ! そ、そんなの関係ないだろ!」

「うん、ミュリさん。残念ですが、お硬い人は他のタイプの人よりも異性に好かれにくいですよ」


 興奮するミュリティアに、ジョンが追い打ちをかける。

 どうして子供のジョンがそんなことを知っているのか少し気になったが、普通に考えれば彼の言う通りだ。私も硬い人は苦手だったから。


 ついでに言うと彼女、ミュリティアの能力は『重力』。

 異世界では絶対的な力を持つらしいのだが、私がいる世界ではそのような力はない。どういった力か気になる。ソウジかユリアーナ辺りが知っているだろうか?


「くそっ、ガキであるジョンまでも言うか......」

「でも安心してください。僕のいた世界では『ギャップ萌え』というものが存在します。その言葉自体はどこかの国で生またらしい言葉なので詳しい起源はわかりませんが。簡単に言えば、行動や言動を普段とは違う風に変えることで、対象となる人物からの印象を変え、相手に好印象を受けやすくする、といった感じです。言うなれば一種の印象操作ですね。僕自身まだ使用したことがありませんが、かなり使える手だと思いますよ」


 ジョンの講義に、思わず耳を傾けてしまった。それを使う、使わないは置いといて、彼の講義は勉強になる。

 現にジョンの周りには顔を突き出し、頷くルヴィヴィナや、そっぽを向いているが耳はしっかりジョンの方を傾けているミュリティア。伏せて寝ていたグリュフィザもいつの間にか、長い青髪を掻き分け聞き耳を立てている。私の隣にいるソーソも同じだ。口元は笑っているが、目は真剣そのもの。完全にモノにする、という意思を感じとれる。


 彼女等、チーム『神の集い』の面々は食いついたが、こちらのチームはそこまで食いつきがよくない。

 もしかすると彼等の世界ではごく一般的な知識だったのか、はたまた本当に興味がないのか分からないが、相変わらず自由だ。


 寝ているグリュフィザの隣で、手に入れた眼鏡をかけたままマナとエレメンタルの実験をしているユリアーナに。さらにその隣で、昨日の美術館でも『自分の絵』と言うのを見つけることが出来ず、一日が経った今なお頭を抱えて悩んでいるロディオ。

 反対側の席にはアリシアとソウジが運ばれて来た料理や食器を見ながら話し合っている。


「何か、面白い話でもしていたのかい?」


 部屋の奥から声が聞こえる声に、またしても顔を向けてしまう。声の主は、調理を終え、最後の一品を持って来たディストラスだった。


「な、なんでもなー......、ないですわ。ディ、ディストラスさん」

「もうディトラったら遅いよ! 皆さん待っていたんですからね!」

「オレは、その......。も、もう少しゆっくりしても、いいんじゃないかな、と、思う......わよ」


 先ほどと全く違う口調と態度をとるルヴィヴィナ、ソーソ、そして違和感が半端ないミュリティア。

 早速ジョン先生の講義で習ったことを実演したのか。でも何故だろう、何か違う気がすると思うのは、私だけなのだろうか。


「......少し変だけど、本当に何かあったのかな」

「うん。すいません、僕が先ほど教えた事を行ったみたいです」


 違和感に気が付いたディストラスの問に、ジョンが頭に手を置いて申し訳なさそうに答える。それでも、確かにジョンが教えたが、三人の実演がひどすぎる。これはジョンだけのせいではない気がする。

 ジョンの答えに納得したのか、講義の犠牲者たるディストラス本人もあまり気にしていないらしく「違和感は少しあるけど、新鮮で素敵だと思うよ」と、講義の成果が少し現れた。

 彼のその返事を聞いた三人は、変わらない表情を浮かべながらもテーブル下、彼から見えないところでガッツポーズをしている姿を、私にははっきりと見えた。見えてしまった。


「さて、多少時間が掛かってしましましたが、頂きましょうか」


 持って来た料理をテーブルの中央に置き、ディストラスが一番奥の席についた。

 最後の一品は肉巻のようなケーキ。取りやすいようにすでに一口サイズにスライスされ、綺麗に並べられている。


「ふふ、相変わらず手の込んだ料理。気合い入れ過ぎよ、ディトラ」

「このソテー、すっごくおいしー! ディトラ、明日もこれ作って!」

「肉のスライスもとても良い。オレの舌を満足させてくれる」

「サラダも......下味がしっかりしていて、美味」


 『神の集い』の者達は席に着き、ナイフとフォークを持ち、丁寧に食べだす。

 それに比べ、こちらのメンバーときたら......。


「ぬお! この皿メッチャ反射する! すっげ~」

「......これがマナとエレメンタルの『合成』ではない組み合わせ方法、すぐ分解をして......属性とその量......混ぜるだけのことが、これほど興味深いとはね」

「うん、ユリアん。食べ物での実験は帰ってからにしてください」

「見事だなぁ......。けど、俺の絵にはなれそうにないかぁ......」

「ロディーも気を直して食べよう? 食べたらきっと、いいアイデアが浮かぶって」


 相変わらずだ、もう少し彼等を見習ってほしい。

 なぜ同じ『参加者』なのに、こうも違いが出るのかが謎だ。確かに世界や習慣等は違うと思うが、彼等もその世界の代表として召喚されたハズ。彼等が変なだけなのだろうか。それとも、参加者と言うのはただ変わった者達というだけなのだろうか。


「そちらの方は、食べないのでしょうか?」


 そんなどうでもいいことを考えていると、ディストラスが語り掛けてきた。

 ディストラスが言う「そちらの方」とは、私の隣の席に座っている全身鎧のワスターレの事だろう。


「そうですね、彼は食事をとりません。ですが食事をしなくてもいい体質のようなので、心配なされずとも大丈夫ですよ」

「変わった体質ですね。わかりました、でも飲み物なら大丈夫でしょう。兜は......取りたくなさそうなので、ストローをお持ちしますね」


 ディストラスがすでに用意されていたグラスにストローを刺し、その中に冷えた紅茶のような飲み物を入れ、ワスターレの座る席の前に置く。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、客人をもてなすのは当たり前の事ですから」


 客人、か......、やはり違和感がある。

 私の召喚した者は、他の参加者よりはるかにレベルは無く、ステータスが低く、そして能力なんて存在しない。

 だが、根本的な問題がある。


 私たちは敵だ。


 いま行われている『ゲーム』の勝利条件は誰もが知っている、世界共通の知識だ。それを彼等が知らないはずがない。

 どのチームも生きるために勝ちたい。そのためには他のチームを殺さなければならないはずなのに、彼等は敵である私達を持て成している。

 これは本当に、ソウジが言っていたことが合っているかもしれない。


「どうか、なさいましたか?」

「い、いいえ! 大丈夫です、よ?」

「そうですか、なら安心ですね。もっと気楽でいてもいいですよ? そう、ここが我が家と思っているように、ずっと過ごせると思っているように......」


 謎めかしたことを言うディストラスに何か問いかけようとしたが、彼は話し相手を正面にいるジョンに変えてしまったため止めた。

 そうだ、深く考えるのは食事をした後でも良いだろう。こんなにおいしい料理を食べられるのだから、もっと至福の時間は有意義に使わないとね。






「片づけは僕達がやりますから、あなた方は食後のティータイムを楽しんでいてください」


 食事を終え、全ての皿の上が消えたのを確認したディトラが言う。

 前にあった皿が次々と運ばれていくなか、私は小さく会釈をしてお礼をする。

 彼の他にも、食事を持って来たルヴィヴィナやミュリティア、ソーソにグリュフィザまでもが並べられた皿を持っていく。

 つまり、いまこの『幻想園』にいるのは私とワスターレ、そしてジョン達『場違い』だけということだ。

 これはもう、完全に警戒していないと考えていてもいいのではないのだろうか。


「ふぁー......」


 なんだか、そう考えた途端に肩の荷が下りた気分になった。

 テーブルの上に置かれたティーカップを持ち、注がれた紅茶を啜る。

 美味い。

 料理もそうだったが、相変わらずどれも一級の品だ。

 あのディストラスという『参加者』の少年は、料理も美味く、淹れるお茶も美味い。能力の詳細は未だに分からないが、レベルやステータスは今まで視た中で最高クラス。おまけに気立ても良い。

 もう彼は最強なんじゃないかな?


 ふと、隣で話し合っているジョン達を見る。

 皿に反射する自分の顔を見るソウジに、カップを『返還』と『合成』を繰り返すユリアーナ。戻せなくなりそうなので止めてほしい。

 ロディオは食後もふてくされており、それをアリシアとジョンが宥めているといった感じだ。


 彼等は自由で無邪気で、それでいてイラつく。


 これが私の呼んだ者たちなのか?

 何かの間違いではないのか?

 もっと他に、彼等以外にはいなかったのか?

 改めて他の参加者を視て、ここ三日間そう感じずにいられなかった。

 理不尽すぎるし、何より羨ましかった。


「ヘイヘーイ! クリエちゃん、こっち見て~!!」


 人の思考をぶった切るように、いつもの変な口調で語り掛けるソウジに対し、言われた通り睨みつけるように彼を見る。

 ソウジは顔を、汚れが一つもない、反射するほど綺麗な皿で顔を隠していた。


「ソウジさん、他人の家の物で遊ばないでください」

「ち、違うよクリエちゃ~ん! ちゃんと視てよー!」


 指さす先、綺麗な皿に合図をしている。叱るのも面倒くさくなってきたため、言われるがままその皿を見る。

 皿は先ほども見た通り反射するほど磨かれており、その反射する背景にはこの『幻想園』の中央空中にある水球が映し出され、その塊の中に......黒い影が見えた。

 私の表情をみて「み・え・た?」と声を出さず口を動かしたソウジに対し、小さく頷く。

 あの水球の中に、何者かがいる。

 目を見開き『視察』を発動させ、上を視る。

 

 ......が、水球の中には誰もいない。



「やっぱり、このタイミングでバレちゃうか。ホント、怖いですね」



 正面の部屋の端。ディストラス達が通った扉の前に、一人の少女の姿が現れた。

 すぐさま発動中の『神眼』で少女を視る。

 名前は『キリティム・ツァイト』。レベルは他の者と同じ120。

 服装も他の女性と同じく『神殿の装束』と呼ばれる白い服と、他の者と違いスカートを穿いている。左胸には銀のエンブレムを付け、長い銀色の髪は前に二つ、後ろに三つ結ばれている。

 そして肝心の能力は......『時』。


「うん。あなたが......『神の集い』五人目の方、ですか?」


 いきなり現れた無愛想な表情を浮かべる少女、キリティムに対しジョンが問いかける。

 まさかジョンは、彼女の存在を初めっから知っていたの?


「さぁ? て言っても無駄か。どうせもう知っているみたいだからね。そうよ、私がチーム『神の集い』、ジョン君が探していた最後の一人だよ」


 つまらなそうな表情を浮かべながら、キリティムは胸にそっと手を当て答えた。


「うん。思ったよりも、素直ですね」

「そりゃどうやっても知られていただろうし、クリエットがもう私を視た瞬間バレているみたいだしね。なんとか隠れていたけど、今回も無理だったか。本当にどうやって私に気付いたのか、教えてくれない?」

「......」


 ただ黙る、これが彼女に対しての対処法だ。

 どうしてか分からないが、これはソウジが考えた時間操作系能力の対処方法の一つだ。

 ソウジ達の世界では能力を使用する者がいないはずなのだが、何故か能力やスキルの知識だけは広がっているらしい。相変わらず変わった世界だ。




「やっぱり黙っちゃうかー、それじゃあ話が進まないんだよなー。ま、いっかー。どっちみち、これで終わりだし、ね」

「そうだね、ルヴィー。それと、やはり君の言った通りだったよ。ティム」


 キリティムの後ろから声が聞こえ、同時に五人の影が現れる。

 中央にディストラス。その左隣にはソーソが立ち。右にはルヴィヴィナが浮いておらす、自分の足を地に付けている。両端にはミュリティアとグリュフィザが並ぶ。

 五人は圧倒的な存在感を放ちつつ、こちらに足並みを揃えて歩き、キリティムの傍まで来たところで同時に止まった。


「それとクリエットさんとワスターレさん。ジョン君とユリアーナさんに、ロディオさん、アリシアさん、そしてソウジさん。僕は皆さんを疑っていました。やはり僕程度の者が勝手に判断してはいけない、と言うことが今回の事で分かりました。申し訳ありません」


 頭を下げるディストラスに合わせ、周りの五人もそれぞれ頭を下げ、謝罪をする。それは誠心誠意がこもったものだったが、問題は彼等が何に対して謝罪したかだ。

 ゆっくりと、まるで打ち合わせしたかのように、ディストラス達六人が同時に顔を上げる。


「あなた方を最初見たとき、はっきり言えば『参加者』なのかをまず疑いました。そのことに付いてはソソさんの能力で確かめることが出来ました。が、次に疑問に思ったのが、あなた方が僕達の敵になり得るかどうかでした。『参加者』であるならば、必ず殺さなければならない存在です。ですが、無暗に殺すと新しい『参加者』を召喚されてしまう可能性がありました。そのため見定める必要があったのです。殺すべきか、放置するべきか......等をね」


 淡々と語るディストラス。

 彼の周りにいるソーソとチーム『神の集い』の四人が彼の言葉に頷く。


「あれほど必死なったティムは初めて見ました。そのため、僕達はあなた方を試す様に、様々な事をしました。黙っていたことは謝罪します。ですが、この場で気配を消していた彼女を見つけたことで、僕ははっきりしました。あなた方は、僕達『神の集い』が倒すべき敵だと、そう判断致します」


 ディストラスがゆっくりと右手をあげる。と同時に、彼の右隣にいたルヴィヴィナが回転しながら浮き、そして両手を広げて止まる。

 彼女の周りから透明な何かが溢れ出て、景色を徐々にコーティングしていく。


「な、なに? なに!? なにが起こってるの?」

「これはぁ、どういうことだぁ......?」


 突然の状況に混乱を隠せないアリシアとロディオの二人。自分も同じだった。

 先ほどまでの和やかな空気は一切なくなり、いま漂うのは緊張と彼等『神の集い』が発する圧迫感だけだ。



「ハッハハー! いま、この瞬間! この天空都市全体をあたしの『空間』が支配した! この『空間の結界』の中では、私達以外のどんな魔法や魔術も、どんなスキルや能力さえも使用が出来ない、させない、否定する。もちろんクリエちゃんの転移魔法も、ワスタっちの持つ『ドレイン』能力もね。これで君達はさらに無力になった」


「そして......私のスキルで生み出した水を使い、淹れた紅茶を飲んだあなた達は、すでにマーキング済み。ルヴィの結界内ならば、どこへ行こうと探し、どこへ隠れようとも見つけだす。例え結界から逃げることができ、この天空都市を一歩でも出れたとしても......私の能力『状態』で、すでに貴方達の体内に含まれ、血中に入った私の水を気化させ、絶命させる」


「例えそれで生き残ったとしても、オレの能力がお前たち全員を捉え。確実に圧し潰す! つまり、お前たちは何処にも行けずに、何処にも隠れれず、何処かに行ってもすぐに殺されるってことだ!」



 三人はそれぞれ自信満々に語る。


 完全にやられた。

 こうなることを彼女たちはすでに理解し、準備していたんだ。

 全ては私達を知るための演技であり、私達は舞台で踊る人形のように扱われていたと言うこと。

 そして何より、あの楽しかった時間は嘘だったという事実に、腹の底がキリキリと痛み出す。


「じゃ、じゃあ! 私達を騙すために、あんなに親切にしていたの? 答えて、ソソ!」


 すでに右手を下ろしているディストラスの左隣、瞳を閉じ黙るソーソに問いかける。彼女の意思を、本当に思っていることを聞かずにはいられなかった。


「......クリエット。四年前あなたに教えた最後の言葉、覚えてる?」


 ソーソの問に頷く。

 もちろんだ、彼女の教えは今でも守っている。


「『ゲームに勝利するには参加者の情報だけではなく――――』」

「『――――召喚者の情報も必要』だったわね。ふふ、懐かしいわね」


 笑うソーソを睨む。

 彼女の教えてくれたことは、前任者であった姉を失った後の救いだった。その教えを彼女自身が笑っていることがとても不愉快だった。


「そんな怖い顔しないでクリエット、私もあの時は本当に楽しかったわ。だけどね、私達は同じ召喚者であり、このゲームでは敵同士。あの時あなたは、そのことも考えてた?」

「なにが......、言いたいのですか?」


 私の問にソーソは黒髪を掻き分け「ふふっ」と笑う。

 変わらない、四年前と同じ笑顔と仕草。その動作だけでこの都市に来たかいがあった。と思っていた。



「あの日教えた事、あなたはどこまで真実だと思っているの?」



 疑いたくなるような問いかけに背筋が凍る、同時にお腹の下から込み上げる熱いもの。そして目頭も熱くなる、たぶんいま私は、また泣いているのだろう。

 私が絶望していた時に信じていた教えが、四年前の記憶が、この瞬間頭の中で砕け散った。


「は、はじめっから。わた、私を騙すつもりだった、の?」

「そうよ」

「最初から、敵として、見ていたの?」

「そうよ」

「私のことは、嫌いだったの?」

「......そうよ」


「このぉ......、クソ女がぁぁああああ! ぶんっっっ殴るッ!!」


 気づいたときには座っていた椅子を蹴飛ばし、テーブルの上に手をかけソーソに殴りかかっていた。

 目の前まで彼女の顔が近づいたとき、右手の拳で殴る。だが、彼女の顔の手前で、まるで透明な板でも張られているかのようなものに遮られ、拳が届かなかった。

 だが、遮られていることなんて気にせず再び殴る。


 殴る。


 殴る殴る。


 殴る殴る殴る殴る。


 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る、そして殴った!


 拳が痛む。だがやめない。ここでやめたら、私の何かが壊れそうだったから。


「このぉッ! このこのぉッ! このこのこのこのぉッ! このぉッ! クソぉッ!」


 もうソーソの声が聞きたくなかった。

 ただただこの握りしめた拳を彼女の頬に食らわしたい。

 私の中にあったものはそれだけしか考えなかった、考えれなかった。考えたくなかった。


「ワスタさん! クリエットを止めてください!」

「......」


 ジョンの叫んだ後すぐに、私はワスターレのガッシリとした厚いガントレットに捕まった。

 解こうとして動くが彼の力は強く、ビクともしない。


「はな、離して! 離せって! 私はあいつを殴らないと、気が済まないッ!」

「着いてくださいクリエット、いま暴れても何も起きません。いまやることは、この都市からいち早く逃げることです」

「べつに逃げなくったっていい。この場でこいつら全員を殺してしまえば、何の問題もないッ!」

「そんな力があなたや僕達に無い事を、あなたが一番知っているでしょう!」


 ジョンの言葉が胸に響いた。

 それをお前が言うのか、と。お前達がもっと強ければすべて上手くいっていたはずなのに、と。

 彼等と比べ、レベルもステータスも能力も、あらゆる面で圧倒的に弱いお前達のせいで、私がいまどれほど苦労しているのか、と。


「うん、クリエットが言いたいことはよく分かります。ですが、だからこそ冷静になって考えてください。僕達がいまやるべきことを。僕達がこれからやるべきことを。そして後に彼等全員を倒すことを、落ち着いて、冷静になって考えてください」

「フッ、フッ、フー......ッ」


 そうだ、冷静になれ。ジョンの言う通りだ。

 今ここで暴れても何も変わらない、やるのは今ではない。計画を思い出せ。

 ここでの目的はすでに果たした、あとは無事に帰るだけ。そして、こうなることも想定していたはずだ。


 ワスターレに引きずられるように、彼等とは正反対の場所に戻りながら考える。

 彼等は私達の帰還を必ず妨害してくる。

 正直、妨害を防ぐ方法は難しい。彼等がどんなスキルや能力を持っているか分からないため、対策のしようがないのだから、それは当たり前のことだった。


 そう、こんな状況を予測が出来る、ある人物を除いて......。



「そんじゃ、変な空気になってきたんで、そろそろオレ等はお暇しますわ~」



 場違いな発言をする、とある人物――ソウジが悠長に椅子から立ち上がる。

 どこまでが予想通りだったのか、彼の言う直感だけではわからないが、ここひと月ほど共に過ごして分かったことがある。

 彼の言うことは、基本当たっている。理屈や理由など全く分からないが、彼の言った予想やそのパターンは不気味なほど正確無比。

 もしかしたら、こんな状況になることも、彼の考えたパターンの内の一つだったのかもしれない。


「ジョン君、後はヨロシクしてもいいか~い?」

「うん、僕は大丈夫です。アリシアさんは大丈夫ですか?」

「えっ? あっ、も、もちろん、準備できてるわよ! ね、ロディー!」

「あぁ、問題なぃ。そうだろぉユリアん......」

「......チッ。ボクもいいよ」


 ソウジに続き、他の座っていた四人も立ち上がる。

 これから起きることは、私自身知らない。

 ただ言える事があるとすれば、私はこの場を動いてはいけない、ということ。その事しか教えてくれなかったけど、私にとってはそれだけで十分。

 つまりそれが、彼の予想にある正解(・・)だから。


「では、ジョン君。後はお願いね~」


 ソウジがジョンの肩を軽く叩き、そのままワスターレに捕まる私の方へやってくる。

 そして、私にそっと手を差し伸ばした。


「クリエちゃんも、もう帰るよ」

「......そう、ですね......」


 差し出された手を掴み、ワスターレの厚いガントレットから離れる。

 ジョンも私の方を見ていた、私を待っていたのだろう。彼に対し頷き合図を送る。

 私の頷きに安心したのか、ジョンがにっこりと笑った。


「うん。では皆さん、これから僕の得意な手品をしますよ。どうぞご静観のほど、よろしくお願いします」


 右手をお腹に添え、左手を背中に回した姿勢で綺麗にお辞儀をするジョン。彼の本職は確か手品師だったか、手慣れている感じで流れるようにショーが開始される。

 相手も何をするのか分からないらしい。いや、一人だけ知っている者がいた。


 時を操り、仲間たちに私達の能力を把握させ、行動をずっと監視していた人物。

 銀髪の長い髪を揺らしながら、先ほどから不満そうな顔をしている少女――キリティム・ツァイトの口が開いた。


「最後に一ついいかな。どうやって私の存在を知ったの?」

「うん。たぶん過去、いや、あなたとっては未来の僕達も同じ反応をしたと思いますが、答えはノーコメントでお願いします」


 恐らく、同じことを何度も聞いたのだろう。キリティムは「やっぱか」と笑顔を見せる。

 彼女が笑ったのが珍しかったのか、ルヴィヴィナ達が驚愕の表情を見せている。なぜ彼女が笑ったのか、そんなことはジョンやソウジを見れば簡単に分かる。彼等――私が召喚した者達――は、彼女の『時を操る』能力すらも凌駕し、彼等から逃げることに成功するからだろう。


「どんな人も、ここ天空都市に張ったあたしの結界からは出れないよー」


 ルヴィヴィナは浮いた状態で見下しながら不敵に笑う。

 そこにいた彼女は今まで私達を導き、楽しませていた者ではなかった。私達を敵と判断した『参加者』だった。


「誰も......私からは逃げられない」


 グリュフィザは呟く、それほど彼女は自信があるらしい。

 ただ目を閉じ薄い笑みを浮かべている。


「この都市から出ればいいさ、オレが潰すことが出来るからなぁ!」


 ミュリティアは手の平を突き出し、私達を握りつぶす様に拳をつくる。

 初めて会った時と同じように、彼女は威圧的な態度をとっている。


「あたしはねクリエット。あなたともっと過ごせる機会ができて、本当にうれしく思うわ」


 彼女は四年前と同じ笑顔を浮かべ語る。ソーソの声は私の耳に残り、頭の中を掻き乱す様に響く。だが、もう先ほどのように乱れたりしない。

 代わりに私は決めた。

 彼女と彼女が召喚した彼等を完全に敵と判断し、私は私が召喚した彼等と共に戦うと、そう決めた。


「それでジョン君。これから何をしようと言うのですか?」


 ディストラスが問う。

 彼の瞳には先ほど見せていた敵意は無かった。むしろ心から楽しむような、無邪気な目をした少年の姿がそこにはあった。


 チーム『神の集い』のメンバーは一斉に、九歳という若すぎる少年に視線を向ける。

 あまりにも重い視線。普通の子供なら泣いてしまうだろう。しかしジョンは違う。

 知性溢れ、洞察力と観察力、そして相手を虜にする話術。それらを使う彼が、普通の子供であろうはずがない。


「うん。ではお待ちかね、僕のショーをお楽しみください。一瞬ですので、決して見逃さないよう、目を離さずにいてくださいね」


 ジョンはにこやかに笑い、両手を広げ、大々的なふるまいをする。


「いいですか? 本当に一瞬です。一瞬であなた方の前から、僕達は消えていなくなります。では、三つ、数えます。いいですか、三つですよ?」


 ジョンは、部屋を左右に動きながら、彼等の注目をさらに集める。


(ワン)


 頷きながら『神の集い』面々一人ひとりに顔を向ける。


(ツー)


 瞳を閉じて、ゆっくり大きく深呼吸をして、両手を指揮者のように大きく振るう。


(スリー)!」


 ジョンが自身の顔の前で勢いよく手を叩き、部屋中に音が響かせた。同時に、私達がいる部屋の中央から発せられた眩い光。

 思わず目を細める。そして、一瞬だけ何も見えなくなった。






 …・…・…・…






 光が徐々に薄れ消えていくと同じく、彼等もまた消えていた。

 彼等......参加者であるチーム『神の集い』の面々、そして召喚者ソーソ。

 私達の目の前にいたはずの、逃がさないと意気込んでいたその六人全員が、私の視界から忽然と、跡形もなく姿が無くなった。


「上手くいきましたね」


 ジョンの声が静かに、そして少し寂しくなった部屋に響いていく。


「え、えっと。帰ってこれたって、ことなの?」

「どぅ、なっているんだぁ......?」

「......眼鏡は、ちゃんとある。フハッ!」

「ユリアん、その笑い声不気味ッスよ~」


 ソウジに指摘されたユリアーナが顔をしかめ、流れるように彼の頭をチョップするが、これもいつも見ていた事だ。

 彼等はいつものように変わらず各々語る。

 大丈夫、彼等は私の知る者達の様だ。もしかするとディストラス達に何かされているかと思ったが、それは問題なさそうだ。

 重たい息を吐き、少しだけ安堵する。


 だが謎だ。

 私達は先ほどまで確かに、天空都市にある『パラディソス城』の部屋の一角、『幻想園』にいたはずだ。

 現に私達はその『幻想園』にまだいる。

 食器は片付けられているが、白椅子や白テーブル。床一面に生えている草や今なお流れ続ける水球。そして透明な傘。何一つ変わっていない。

 つまりまだ私達は天空都市にいて、ただディストラス達の姿が見えなくなっただけ?

 本当にわからない。どうなっている?


「やったぜジョンく~ん。さすがっすよ~」

「うん。いえ、ソウジさんが上手く手引きしてくれたおかげです。おかげで驚くほどスムーズにいきましたよ」


 ユリアーナのチョップから立ち直ったソウジが、傍にいたジョンとハイタッチする。ハイタッチと言っても彼等には身長差があるため、ソウジは胸の辺りで、ジョンはつま先立ちをしながらだが。

 彼等の会話から察するに、やはり彼等がこのマジックを起こした張本人だったのだろうか。


「そ、それでどうなったのですか、ジョン。どうやって私達をあの都市......いえ、空間から逃れることが出来たのですか?」


 思った疑問をそのままジョンにぶつける。先ほどから考えていたが、まったく見当がつかないからだ。

 一体何をしたのか、完全に私達は捉えられていたはずだ。

 背景のコーティングも無くなり、彼等も消えた。それに、もし都市の外に出れたとしても、グリュフィザやミュリティアの能力が発動する。だが、私達は健全だ。生きている。

 つまりこれは、まだ私達は、都市の中にいて、ただ姿を隠しただけなのか?


「うん。そうです、僕達はあの都市から逃げてきました。そしてここは、皆さんお馴染み、近代都市『モドュワイト』にあるモドュワイト城の一室ですよ」


 ジョンの言葉に私は耳を疑った。

 私達はただ逃げるだけでなく、無事故郷に帰ることが出来たと言う。

 訳が分からない。どうやって、どんな風に、何をしたらこうなったのか、まったく見当が付かない。


「あの、すいません。まったく、はっきり、よく理解が出来ないのですが......、少し教えてもらってもよろしいですか?」

「あ、申し訳ありません。うん、では少し説明を......」


 私の問に気前よく教えようとしてくれたジョンに、ソウジが彼の肩を叩き、顔を向かせる。

 ソウジは口元に人差し指を当て「まだ、駄目だよ~」と言ってジョンを口止めしてきた。


「うん。それは、どうしてですか?」

「簡単さ~、むしろジョン君は気が付かないのかい? オレが天空都市に来て初日、『幻想園』に着く前に言ったこと。彼等『神の集い』の中に『時間を操る』ような奴がいる、ってことをさ~」


 いた。確かに能力『時』を持つ『参加者』が存在していた。しかし、今の会話と手品のタネが、どう関係あると言うのだろうか?

 そう私は思っていたが、問われたジョンは違うみたいだ。

 一言「あっ」と呟き、ソウジに数度頷く。


「うん。申し訳ありません、クリエちゃん。今はまだ言えません」

「え、あ。い、いいえ、大丈夫です。たぶん重要な事なのでしょうから」

「うんうん。クリエちゃんには申し訳ないけど、いまはまだ言えないんだよな~。また今度、言えるようになったら教えるよ~」


 笑うソウジは「それに」と続ける。


「手品って言うのは......、目の前で起きた理解不能な現象と現実、トリック。そしてスタイリッシュさが面白いんだよね~」


 ソウジは「今頃彼等も笑ってるだろうな~」と口の端を上げた。


「うん。タネが分かったほうが興奮する方もいますけどね」


 そう言って、最後に「では、僕はこれで失礼します」とお辞儀をした後、ジョンは身体を反転させ、部屋から出て行った。

 気が付いたら他の者達も、すでにいなくなってしまっていた。どうやら私達が話し合っている間にどこかに行ってしまったらしい。


 今一度、数分前の事を思い出す。

 ルヴィヴィナの能力『空間』による、天空都市『パラディソス』全体を包囲する結界に、グリュフィザのマーキング。都市を離れてもミュリティアの能力が襲うと言っていた。そして、『時』の能力を持つキリティムの四人。

 彼女達を出し抜き、スキルや能力を使用せずに逃げることなんて、不可能だ。

 さらに彼女達を従えるディストラス。彼も結局は謎だった。彼は何か気が付いていたような気がしたが、何もしてこなかった。いや、ただ単に『規則』があったからかもしれないが、それでも気になる。

 最後に、完全に勝ち誇っていたソーソ。今頃どんなに顔をしているのか、悔しがっていたらいいな。


「そうですね。ホント好い様、ですね」

「本当に、君はそう思っているのか~い?」


 聞こえないように呟いたつもりだったが、まだいたソウジには聞こえたようだ。

 むしろなぜ彼がまだいるのかが不思議だ、何か用があったのだろうか。


「それは、どういうことですか?」


 不思議な問いを出すソウジに、こちらも思わず問い返す。

 その返しに彼は、私の頬に優しく触れる。とても自然に、気が付いたら彼の暖かい手が顔を触れていた。


「これが答えだと、言えばいいのかな?」


 頬から退ける彼の指には、今にも落ちそうな雫が付いた。それに気付き、私は思わず自分の頬を触る。

 濡れていた。

 この水はどこから流れているのかをたどってみると、自分の瞳まで来た。

 彼の手に付いていた雫は、どうやら私の涙だったらしい。なぜ自分が泣いているのか、私には見当がつかなかった。


「泣いて、いましたね。みっともない姿を、晒してしまい、申し訳、ありません」


 声が上手く出ない。まるで喉に何か引っかかっているようだった。


「いんやー、別にいいっさ~」


 ソウジは数あるポケットから適切に、白いハンカチを取り出して、それを私に手渡してきた。


「それで、オレが思うにクリエちゃんは彼女、ソソちゃんの事を考えていたんだよね~?」


 借りたハンカチで涙を拭きながら素直に頷く。

 彼もジョン並ではないが、人の心を見透かすような事を言う。たぶんこれも彼にとっては予想でしかなく、その過程なんてものはない。

 だが逆に、彼が言ったことは外れた事すらもない。だからこそ頼りになるし、恐ろしくもある。


「ソソちゃんはオレが思うに、四年前もいまも同じ、本当にクリエちゃんを大切にしていたんだと思うよ」


 変わらぬ笑顔のまま鋭いナイフを胸に突き立てた様に、棘のある言葉が私の心に刺さる。


「アンタに、何が分かる......」

「分からないさ、ただの勘だよ~」

「なら黙ってろよ! 何もわからないくせに適当な事を言いやがって!」


 思わず借りていたハンカチをソウジに投げつける。

 ハンカチは彼の顔に当たり、数秒停止したように留まってから地面に落ちた。


「アンタには何が分かるのよ! 心から信じられる者に裏切られた気持ちが、いつもへらへらしているアンタに分かるものか! 私の姉が死に、それを慰めてくれた親友。そんな人物に騙された思いが、いつも知っている風に言うアンタなんかに分かるはずない! アンタなんかに、アンタなんかに!!」


 なぜ自分が怒鳴っているのか分からなかった。

 ただ彼、ソウジは全てを見透かしているような気がした。いや、実際に分かるのだろう。理屈でも論理的でもない、推測でもない。それでも、彼には分かるのだろう。


「分からないよ。だって彼女は、本当に君を大切に思っているんだから」


 同じ言葉がソウジの、いつもと同じにこやかな口から発せられる。

 その真っ黒い、まっすぐ鋭く、そして優しくもあるその瞳を私に向けながら、彼は語り掛ける。


「残念だけど、オレに分かるのはそのことだけさ。詳しくは、そうだな......。ジョン君あたりなら分かるんじゃないかな~?」


 唐突に誰か他の者に質問の答えを投げる。彼のいつもやる手だ。


「じゃ、オレも行くよ。施設にいるはずの『ジーニア・ズ』達にも会いたいしね」


 最後に「ジョン君はたぶん、この城の自室にいると思うよ~」と言い、部屋を後にする。

 残ったのは私と、ずっと傍で静かに話を聞いていたワスターレだけになった。


 床を見ると、まだ白いハンカチは落ちたままだった。ハンカチの一部が私の涙で黒ずんでいる。

 落ちていたハンカチを拾い上げ、眺める。先ほどの口論が思い出され、また目頭が熱くなる。


「ジョンに、聞いてみようかな。ワスターレはどう思う?」


 突然の問いかけにも動じず、彼は黙ったまま頷く。

 最近彼はよく反応するようになった。それも彼等を召喚してから、目に見えて判るほど動く。たまに命令ではなく、本当に自然に彼は動くようになった。


「そう、ですね。そうですね。そうしましょう。では、いきましょう」


 ワスターレの頷きを受け、早速目的ができた。

 ジョンに聞けば分かる。そう言ったソウジの話を信じるつもりはあまりないが、ただの雑談の一つとして聞いてみよう。


 紅茶を淹れ、白いテーブルと白い椅子に腰を下ろしながら、ゆったりと優雅に話そう。

 ハンカチを腰のポーチに仕舞い、私もこの眩しいほどの白い部屋から出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ