2 自己紹介
辺りは何もない。見たことない。
もちろん来た事なんてあるわけない。
ここは、ただ広がる草原。
紅いドレスに付いた土や草を手で払いながら、周りを見渡す。
どうやら私以外にも人がいるみたいだ。
少し安心した。
「それにしても、ここはどこなの?」
だれに話しかけるでもなく、私――アリシア・ライトベアは呟く。
いつもなら近くに人がいたら、必ず誰かが教えてくれる。
だが、今この場にいる人たちは誰も私のことを見向きもしない。
もちろん、そのつぶやきも無事スルーされた。
周りの人達は変わった人が多かった。
奇声を発しながら、走りまわる黒髪の青年。
空中で指をなぞる、ハット帽子の長身男性。
土に落書きをしながらブツブツと呟く、白衣の女性。
話し合う茶髪の少年と、青い髪の少女。
その二人を見守るように後ろに立つ、全身鎧の大男。
周囲を見渡すが、この六人以外の人はいない。
吹き荒れる突風に、思わず目を細め髪を押さる。
風に乗った草が舞い上がり、それを追いかけるように空を見上げる。
いい天気だ。変な鳥が飛んでいるけど......。
「みなさん、こちらに集まってください!」
先ほどから話し合っていた茶髪の少年が、こちらに向いて手を振り叫ぶ。
もしかしたら、この状況を説明してくれるのだろうか。
声に従うように他の人たちも三人がいるところまで集まる。
…………
全員集まったところを確認するように、茶髪の少年が一人ずつ顔を見てから、小さく頷く。
何が分かったのだろうか。
子供だから大人のまねごとをしているのだろうか。
ここにいるすべての人が謎だ。
茶髪の少年が少し咳払いをして注目を集め、青髪の少女のほうに手の平で示す。
「ではクリエットさん、皆さんにも説明をお願いします」
少年にクリエットと呼ばれた青髪の少女が、一歩踏み出し頭を下げる。
よく見ると髪の色と同じような色のカチューシャを付けている。
「皆さま初めまして。私はクリエット・モドュワイト・ロームーブと言います。いきなりですが、この『ゲーム』の説明をさせていただきま――」
「ちょっと待って! そんなことより、どうやってボクを研究所からここに移動させたの?」
食い入るように、クリエットと名乗る少女の話を遮る白衣の女性。
彼女の言っている移動手段は気になる。けど、それよりもクリエットの言った『ゲーム』についてのほうがはっきり言って気になる。
どういうことなのだろう?
『ゲーム』とは何なのか?
テレビゲームは得意ではないから、やるなら別のがいい。
「申し訳ありません、それは後ほど説明いたします。それよりも先に、このゲームの説明のほうを――」
「それよりって......いまの現状で移動手段のほうが一番重要じゃないか! それがわかれば元の場所にも移動できるし、何より応用すればどこにでも行けるかもしれない。けど、けどね! その方法がわからない。ねぇ、どうやってやったの? どんな技術を......いえ、ちょっとした方式でもいい。それを聞くまではあんたの言うなんか――」
「まーまー。落ち着いてっさ~」
興奮している白衣の女性に対し、変な口調の黒髪の青年が肩を掴んで抑える。
「ちょっと放しなさい! いま重要な情報を......ッ!」
途中まで青年の手を引きはがそうともがいていたが、いきなりピタッと止まり、青年の顔をまじまじと見だす。
なんかこの人、いろんな意味で怖い。
「もしかしてあんた......天才発明家のソウジ・カタハシじゃないの?」
白衣女性の突然な問に、黒髪の青年は戸惑う。
男ならもう少し、しっかりしてほしいな。
この男は頼りなさそうだ。
「えーっと。天才かどうかはわかんないですしー、名前もすこーぅし違うと思うけど。たぶんそーですございますが~、なにか?」
微妙な笑顔を浮かべ答える。
人のしゃべり方にとやかくつけたくないが、彼のは気になる。
黒髪の青年――ソウジがそう言った途端、白衣の女性の態度が変わる。
捕まっていたソウジの手を思いっきり払い、捕まれた箇所をまるで白衣に付いたホコリを払うかのように、パンパンと音を立て力強く叩く。
次に腕を組み、顎を上げ「ふんっ」とか言ってソウジを見下している、ように見える。
実際は、身長がソウジのほうが大きいため少し背を反らせている状態だ。
白衣の女性は大きく呼吸をする。
まるで歌の間の息継ぎのように、短時間で一気に空気を吸い込んで。
そして放つ。
「ボクは君を認めない。あんな訳の分からないシステムが、ボクが実証し、発見したモノに劣るとは断じて思えないし認めない。ましてや出会って数秒で無暗に女性に触ってくるあたり相当女性に慣れているか、いつもそうやっているのでしょう。とても不快。そんなのと今この瞬間、一緒にいると思うだけでも寒気がする。なんでこんなところにいるの? 何しにきたの? あー、わかった。アンタのせいだな? アンタがまた変な発明でもしてボクを連れてきたんだろう? 君にとってライバルであるボクの邪魔をすれば、あんたの功績はさらに高まるしね。でもそれならどうしてあんたもここにいるの? あーなるほど、ついに失敗してあんたまでここに来たってことね。ざまぁないね。そのままボクの前から消えてもらえる? 視界はもちろん、ボクの五感が感じとれる範囲外に出てもらえる? それがダメならさっさと○ねよ。この発想斜向角度四百三十度野郎!」
............。
なにを言ってるのこの人?
いきなり暴言を口に出したと思ったら、なんだが途中から妬みの様に聞こえてくるし、最期なんて何って言ったの?
これだから、長い言葉は嫌いなのよ。
そんなこと考えていたら、いつの間にか言われた本人であるソウジが移動していた。
白衣の女性がいる場所から風下で、視界に入らないように体操座りをして、数メートル離れた場所で、小さくうずくまっている。
見る限りみっともない。
「わかったよ......もう何もしないよ......ここでおとなしく余生を過ごすよ......」
メンタル弱っ!
いや、確かに結構きついこと言われたと思うけど。
私なんてしょっちゅう、アンチやマスコミに追い立てられてるのに、まさかこの程度で崩れるとは。
弱い男ね、ソウジ。
そんな茶番じみたことをしていると「うん!」と声を詰まらせた様な音が聞こえ、反射的に振り向く。
茶髪の少年がこちらを目を細めながら見ている。
たぶん彼が咳き込んだのだろう。
彼もソウジが哀れに思ったのだろう、同情のまなざしを送っている。
「もういいですか? 話が進まないのですが......」
ため息交じりに、とても面倒くさそうに少年が話す。
私はもちろん同意見だ。
「......あぁ、ごめん」
白衣の女性は一瞬で態度を変え、返事をする。
なんか冷め切った感じになってる。
それに先ほどから主導権握ってる感じの、この茶髪の少年は誰なのだろう?
謎が深まるわね......。
「うん。では、すいませんクリエットさん。待たせてしまいまして」
「だ、大丈夫ですよ? それより本当にいいのですか、リードさん?」
「ジョンでいいですよ。それに、話しても大丈夫です。むしろこれ以上変に長引かせても仕方がありませんからね」
苦笑しながら茶髪の少年――ジョンという少年が「やれやれ」といった具合に首を横に振り、話の路線を戻す。
この一連の流れでわかった。彼はとても頼りになる少年だ。
それに比べてクリエットは少し挙動不審だ。
人前で話すのが苦手なのか、それともさっきの二人のせいなのか、すこしおどおどしている。
「で、では改めて。私はみなさんをこの世界に召喚した、『クリエット・モドュワイト・ロームーブ』と申します。こちらの鎧の男性は騎士『ワスターレ・ランスシード』です。以後宜しくお願いします」
紹介に乗じてクリエットの隣にいる鎧の大男――ワスターレが一歩前に出て頭を下げる。
彼はそのまま何も言わずに、また一歩下がる。彼も少し話すのが苦手なようだ。
「さて。すいませんが、まずゲームの説明を――」
「の、前に! すみません、皆さんのお名前を聞いてもよろしいでしょうか!」
かなり強引に今度はジョン少年が口を挟む。彼が話を戻そうとしたのに、なんか複雑だ。
当の本人も「しまった!」って顔しているし、子供だから仕方がないか。
それでも、ジョン少年の言う通りだ。
周りにいる人たちの事はまったくわからない状況では何かと不安がある。いや、どこかで見たような気がする人物もいるが、思い出せない。
「そ、そう、ですね。少し急ぎすぎたかもしれません」
ぺこりとクリエットが頭を下げ謝罪を口にする。
「いえ、いいんですよ。でもこれから付き合う者たちですからね、今のうちに名前を知っておいたほうがいいと思いまして」
ジョン少年が手をばたつかせて、答える。
本当にこの少年は見た目通りの年齢なのか。先ほどから思ってはいたけれど、更に興味が沸いてきた。
あとで少しお話でもしてみようかな。
「うん。では僕から。僕の名前は『ジョン・リード』と言います。齢は9歳と、皆様よりやや下だと思いますが。皆さまに役立てていけるよう精進していきますので、以後よろしくお願い致します」
そして最後に綺麗なお辞儀をする。
なんて礼儀正しい子!
思った以上かもしれない。さらに年齢も見た目通り、本当にすごいわ。私も見習わないといけない。
「次は私ですね。私は『アリシア――......ライトベア』と言います、わ。歌手をしてます。えっと......齢は16歳です。宜しくお願いします!」
なんか妙に緊張した。
スタジアムで歌う前よりも緊張していたかもしれない。絶対さっきのジョン少年の次に言ったのが失敗だった。私にあんな丁寧なあいさつはできない。できっこない!
それと名前は歌手名でいいわよね?
いつものように歌手名を言ってしまったけど、みんな気にしてなさそうだからいいか。
ジョン少年はそんな私の緊張を解すかのように「宜しくお願いします」とにこやかに手をさし伸ばし、握手をする。
おかげで少し緊張が解れた。彼はとてもいい子で紳士な子だ。
............。
しばらく沈黙が続く。
だれも、私の次に話そうとしない。なんか虚しくなってきた。
「すいません、そちらの背が高い帽子の方。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
無言に耐え切れなかったのか、ジョン少年がハット帽の男性に声をかける。
ハット帽の男は照れくさそうに頬をポリポリと掻き、口を開ける。
「あ。俺は『ロディオ・ジーヴァピス』。職業は絵師。なんだろぉなぁ......、こいぅの苦手なんで、これで終わる......」
ロディオと言う背の高いハット帽の男性の声は重低音でダンディーだ。思ったよりも怖くないし、むしろなんだか、とても優しそうな人。
彼ともうまくやっていけそうだ。
絵を描くと言っていたから、あとで私の絵を描いてもらおう、とびっきりのヤツをね。
「......チッ、『ユリアーナ・ジーニ』。科学者よ」
短い紹介だった。
ユリアーナは白衣を着ているということで、科学者か医者かなと思っていたが、本当にその通りだった。
なんか気難しそうな人、でも話せば仲良くなれるかもしれない。
最期の一人は、未だにユリアーナの後ろで、風下で、体操座りしているソウジ。一向にそっぽを向いたまま話そうとしない。
「あの......ソウジさん、でしたか? あなたの番ですよ」
もう半分強制みたいな言い方のジョン少年。
彼がイライラしているのが目に見えてわかる。私もだけど。
「......そこのユリアーナさんが、許すと言うなら」
チラッとユリアーナのほうを見る。
完全に怯えてる、なんて情けない。
これが日本でブームの草食系男子という種族か。
「チッ! もういいよ......許す」
「あざーっす! オレの名前は先ほどユリアーナさんが言った通り、『ソウジ・カタハズレ』と言いま~す! あっと、ソウジと皆さん呼んでくださーい! ちなみにユリアーナさん、苗字はカタハシではなく、カタハズレですのでそこのところ覚えてくださいね~。職業は発明家、というか創作家って感じでっす。いろいろ考えることが得意なので、何か発案とか困ったら言ってくれなー、なにかしら手伝えるとと思うから! 以上で~す!」
許された途端、急に立ち上がり、その勢いに乗るようにペラペラとしゃべり出す。
なにこの人、少しイラッとする話し方。それにさっきまでのはやはり演技か、なんか信用ならなそうな人だな。
この人とはあまり話さないようにしよう。
「ありがとうございますソウジさん。何かしら相談があったら聞きますのでこちらこそよろしくお願いします」
それに比べてジョン少年は安定している。
本当に大人だ、年齢は子供なのに......。世の中年齢なんて当てにならないわね。
「さて、この場の全員の自己紹介が終わったので。話の続きをクリエットさん、お願いします」
「え? あ、はい! では、『ゲーム』の説明をします」
いきなり話を振られたクリエットが、一瞬ピクッと肩を上げ多少戸惑いつつも口を動かす。
彼女は次に、目を閉じ深呼吸をして自分を落ち着かせている。
なぜ、ゲームの説明だけでここまで緊張しているのか、よくわからない。
「皆さんが行うこの『ゲーム』は、簡単に言えばバトルロイヤルです。他の『参加者』をすべて殺し、最後の1チームになることが勝利条件になります」
短く、とても簡単に説明されたそのゲームの勝利条件。
その言葉に思考が一瞬停止して、そして思う。
なるほどね。これはたぶん、番組のドッキリか何かだろう。と。




