表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第二章 他の参加者と他の都市
28/47

22 天空都市 一日目

 


 見上げれば淡い青色の空と身体を透き通る、細々と広がる白い世界。


 小さい、そう、三歳の頃くらいだろうか。

 あの時の純粋な頃を思い出す。必死にソレを捕まえようとしたことがあったな、と。

 それがいま、着ている白衣を通り過ぎる距離にある。


 手を近づけ掴もうとするが、捕れない、掴めない、触れられない。

 当たり前だ。あの時とはもう違う、原理がわかったから。

 所詮は冷えた水蒸気。

 けど、この世界ならもしかして。と思ってしまった自分が、少なからにいたのも事実だ。

 そんなこと、有り得ないと理解していたのに。

 いままでの常識が通用しない、科学を否定したようなこの世界ならばとか、そんなの関係なかったのに。


 そうだ。

 掴もうとしたのは目の前を漂う霧。雲だ。

 ボク――ユリアーナ・ジーニは掴もうと握りしめた手を開き、眺め、思いふける。

 やはり、何も掴めない。この世界でもダメだったか。


 ふと、誰かの視線を感じて顔を左へと向ける。

 銀の棒『人工衛星通信用棒携帯電話――通称エステル』をこめかみに当てているソウジが、ボクを暖かな目で見てきたため、開いたあった手の平で彼の頬を叩いてみた。

 大丈夫、自分の手に異常はない。




 他の皆も近くにいる。


 ハット帽に灰色のロングコートを着た少し背の高い男。

 絵師――ロディオ・ジーヴァピス。

 彼は相変わらずスケッチブックを手に絵を描いている。恐らく、いま自分達がいるこの奇妙で摩訶不思議な風景を描いているのだろう。

 両手指の間に挟んである何種類もの色鉛筆を、彼は世話しなく交換し、動かしている。


 齢九の全身黒尽くめのスーツを着た少年。

 手品師......いや、メンタリスト――ジョン・リード。

 彼もまた通りすぎていく人々を、その和らげで、しかし、心を見透かすような眼差しで、一人ひとりチェックするように目を動かしていた。


 前と同色の、前より少し露出が少なくなった新着ドレスを着た少女。

 自称世界一の歌姫――アリシア・ライトベア。

 彼女は他の者達よりも少し挙動不審で、可愛らしくキョロキョロと周りに行き交う人や街並みを見ている。


 先ほど『転移陣』を使用した為か、グッタリと肩を落とし、やや疲れを見せる薄赤いドレスを着た少女。

 近代都市『モドュワイト』の王女――クリエット・モドュワイト・ロームーブ。


 彼女のそのすぐ隣には、いつものように直立し、沈黙する全身銀鎧を着た大男。

 ワスターレ・ランスシード。


 最後に先ほどボクが叩いて、今もわざとらしく涙目で頬を擦っている。グレーのパーカーを着た黒髪の青年の姿が目に写った。

 世界の発明家(笑)――ソウジ・カタハシ......カタハズレだったか。

 生涯で一、二を争うほどの苦手なヤツ。彼の行動は不可解で根拠に欠け、それでいて突拍子もない事が多い。その行動はどれも理解に苦しむ。

 そしてなによ苛つくことが、彼のその行動が結果的に良い方向に進むということ。いわゆる正規ルートを、彼は何となしに行っていることだ。はっきり言って意味不明過ぎて不愉快だ。






 天空都市『パラディソス』。

 ボク達はいま、数分前に着いた都市の名だ。

 もちろん移動は危険が無いよう、クリエット作成の移転陣と呼ばれる移動手段を活用して、だ。


 移転陣――これは言うなれば簡易テレポーテーションだ。

 使用方法は、まずあらかじめ移動先に同じような移転陣を描き、それに座標の代わりとなる名前を付ける。

 それで下準備は終わり。後は別の場所で移転陣を描き、その上に乗り記憶にある移転陣の名称を唱える。

 すると起動し、唱えた名称の移転陣まで瞬間移動する。

 使用時に唱えた者の魔力が、移動する人数分に比例し消費される。

 と、ここまではクリエットに教えてもらった。

 ちなみに、彼女の魔力は常人に比べて多いとはいえ、参加する召喚者......他の王女の中では少ないらしく。七人を移動させたあとは、少し休んだりして魔力を回復させないと再使用は難しいという。そのことから、彼女が使用できる回数は一日一回が限度だという。


 ここで面白いことに気が付いた。

 クリエットは常人よりも魔力が多いと言っていた、にも関わらず移転陣使用は一度が限界。ということは......少なくとも、この世界に住む普通の人には移転陣を使用することは不可能、あるいは難しいということだ。

 ただ、この世界の住人にも同じような移動手段がある。

 都市と都市とを繋ぐその場所。

 ボク達の世界で言う空港ならぬ『移転港(いてんこう)』という――この世界の住人はその場所を『ロード』と呼んでいる――スポットが存在する。


 通行料に一人金貨三十枚、もしくは見合う物とを交換。つまり、ボク等の持つ労働者一人を交換に出せば、勝手に別の都市へと移動できるということだな。行う機会は無いのが少し残念だ。クリエットの移転陣とどの程度に違うのかを知りたかったのにな。


 ボクの前で深呼吸をしているクリエットを見ていると、移転はよほど疲れるみたいだ。

 一体どれほど疲れるのだろうか。見た限り汗を流しているようには見えないが、呼吸をするペースを考えると......、一〇〇メートルを全力疾走したくらいだろうか。


 もう少し彼女を観察していたいが、今はそれよりもこの都市が気がかりだ。

 この都市も近代都市『モドュワイト』と同じく基調色が統一されているようで、街は全体的に蒼い。まるで都市自体が空と同化、一体化しているみたいだ。

 おかげで距離感が掴みにくい。

 こんな保護色のような街だとは思ってもみなかった。かなり危なっかしくて、どうしてこんな都市にしたのか疑問を覚える。


 だがやはり、というべきか。

 色よりもこの街自体が、ボクにとっては異様だった。

 ある全ての家や建物、木や途中までしかない道など、目に見えるモノほとんどが、まるで地面からそのまま引き抜いたかのように宙に、土を付けたまま浮いている。

 宙に浮く車のような乗り物は近代都市『モドュワイト』より少ないが、それもそうだろう。

 なんたってこの都市は、移動に体力を使わないのだから。

 と、いうのも現在ボク達は移動中だ。

 一歩も動かないまま。


 いまボク達が乗っているのは、薄青い半透明なタイル。それが勝手に動いている。

 勝手というのは少し違うな。自分が念じた方向、方角にと言えばいいのかもしれない。

 浮遊するこの謎タイルの原理を調べたいが、どうせ結果は『そういうモノ』というで終わるだろう。


 この世界に存在するものは全てソレだ。

 リンゴも水も、空気ですらも『そういうモノ』という枠組み。

 何の変化しない。

 何の原理もない。

 何の摂理もない。

 ただそういった存在なだけ。

 一つだけ例外があるとすれば、それはボク達のような『人類(ヒト)』だ。

 しかし、ならばどうやって魔具や魔器、その他の道具が造られているか。それがいま一番の疑問だ......。


「何よユリアん! そんな眉間に皺を寄せた顔しないでさ、楽しみましょうよ!」


 先程までそっぽを向いていたアリシアが、ボクの背中を「バシッ」と音を立て、叩いてきた。

 予想よりも強い力に身体のバランスが崩れ、転び、タイルの外に投げ飛ばされそうになる。だがこのタイルは浮遊以外にも、四方を囲む見えない壁のようなものの存在があり、その壁のお陰でなんとか落ちずにはすんだ。

 落ちなかったとはいえ叩かれたことは間違いない。すこし睨みを効かせながら彼女を見る。

 アリシアはいつも通りの愛らしい、幼稚な笑顔を浮かべていた。


「......そんな顔は、してない」

「うん。本当に険しい顔をしていますよ」


 ジョンがボクを見上げながら語りかける。

 彼は「リラックスしましょう」と言い深呼吸をする。

 つい真似して自分も深呼吸する。

 すー、はー。すー、はー。

 ......確かに、落ち着いた。


「それで、どこに行けばいいんだぁ......?」


 後ろにいたロディオがいつもの重低音の声で発する。

 ボク達の向かう目的地は決まっている。この天空都市にある城、『パラディソス城』だ。

 だが、彼の言っていることはそこではないだろう。


「そうですね。私もそこまでこの都市を知らないので、はっきりとは......」


 クリエットは手を頬に当て、少し困った顔をした。

 彼女は四年前に一度、この都市に来た事があるらしい。だがその時は直接『パラディソス城』へ移転し、街にもほとんど出歩いてはいなかったため、この都市自体の知識が乏しいようだ。

 つまりは、お陰さまでボク達はいま、迷子状態だということ。

 では何故、今回も直接行かなかったかと言うと、またあのソウジの提案だったからだ。

 確かそれは、「直接行く前に街並みを見てみたいね~」だったかな。本当に計画性のない。それと彼に従う自分達も愚かなのだろう。もし、過去に戻れたら自分を一発殴ってやりたい。


 自分の考えに思わず苦笑した。

 過去に戻るとか、そんな有り得ない事を考えるまでボクは落ちぶれてしまったのか、と。


「らち空かないっすね~。ここはひとつ、誰かに聞いてみるとかど~よ?」


 まだ頬を擦っているソウジが加わってきた。

 そこまで強く叩いたつもりはない。つもりはないだけだが。

 というか、こうなった元々の原因はコイツのせいではないか。

 責任もって見つけてこい、とか言ってしまいそうになり。咄嗟に口を手で押さえ、考えるふりをする。





「そーの必要は、ありませーんよー」



 知らない声がした。ところどころ伸ばした特徴的な喋り方だ。

 声のする方を見ると、そこには一人の少女の姿があった。


 長く、頭の後ろで結ばれている緑色の髪。少女が動くたびに左右に揺れる。

 その髪の色に合わせたような綺麗な緑の瞳。

 白い詰襟のキッチリした服。それはまるで、日本で着られている学生服に似ていた。

 少女の着る白い学生服の左胸には、拳ほどのある緑色のエンブレムが付けられているのも見えた。

 身長はボクより一回り小さいくらい、つまりは一五〇くらいか。

 そして何より、いきなり現れたその少女を観察して、確信した。


 この少女は『参加者』だ。


 理由と根拠は簡単で単純。

 その少女は移動中のタイルと同じ速度で動いている。タイルなんて使わずに......。

 つまりは、いま目の前にいる少女は浮遊しているのだ。

 さりげなくクリエットを見る。彼女は現れた少女を視ている、もう発動させているだろう。

 相手のステータスを見ることが出来る『視察』という能力を。


「そーんな警戒しなくても大丈夫ですよー。そう、流れるまーま、気の向くまーま。このあたしに付いてきてくださ-い」


 白学生服の彼女はにっこり笑い、スーっと音もなく、宙に浮いたまま先行していく。

 もちろんの事だが、こちらは先ほどから警戒している。

 確かに、都市ならば安全かもしれない。


『規則 其の四 参加者は特定都市での戦闘行為を禁止ずる』


 この『規則』のおかげで今は助かっている。

 だが、逆に言うと『戦闘行為以外』は相手の独壇場だ。

 相手は理解不能の能力を所有している可能性がある。いや、絶対にそうだろう。一応自分の考え得る対策をしてきてはいるが、それでも不安が残る。

 不安の理由は簡単。敵の能力が予想を超えていた場合、対処の意味がないのだから。


「どったのさ~、ユリアん」


 いつの間にか考え込んでいたみたいだ。

 乗っているタイルを緑髪の少女が通った後に続いて移動させている。

 このタイルの移動させる主導権はクリエットだったはずだから、彼女が動かしているのか。何故、もっと警戒しないのだろう。と疑問に思いながらソウジに適当に返事を返す。


「......なんでもない」







…………






 空の青より蒼く、透き通るほどの美しく輝く城――『パラディソス城』。

 とある資料に書いてあった一文を心の中で唱える。


 崖のように崩れた床の入り口で移動用タイルから降り、城を見上げた。その城の外装は『モドュワイト城』に似ている。

 いや、同じだ。本当に。まるでただ、色を変えただけのように類似していた。


「早く行くわよ、ユリアん!」


 大声を出し手招くアリシア。

 彼女の方を見ると、他の皆も緑髪の少女の後について、城の門をすでにくぐっていた。本当に警戒心というのが無いのか。

 思考、思案中に邪魔されるのは嫌いだ。でもなぜか、彼女なら許してしまう。

 それと、ユリアん呼びは結局みんなに浸透してしまったらしい。この際もう、あきらめるか。


 彼女に手を振り合図を送る。思考を一旦遮断して皆の元へ向かうことにした。

 ずいぶん距離を離されてしまった、むしろ彼らが早すぎるのではないのだろうか?

 その可能性は、無くはない、のかな?






 城の中は思った通り......同じだ。


 形状や広さは『モドュワイト城』と合致する。

 違うところと言えば、装飾や飾られている豪華そうな品々など。何もないあの城とは比べ物にならないほどの多さだ。

 左右にバランスよく置かれた豪華で煌びやかした色彩の像や花瓶類。

 床に敷かれた美しい紅色のカーペット。

 天井には雲のような霧が立ち込めており、数多くのトーチらしき灯りが点々と浮き、その青い光がゆっくりと脈動するように点滅している。


 それらの物を取り除いた状態で見ると、色が違うだけで一緒だ。

 天井は分からないが......壁、床は城の外形色よりは少し薄い蒼色。

 さすがに『モドュワイト城』よりは磨かれていないためか、自分の姿が映るほどではない。だが、それでも綺麗に清掃されている。ホコリなんて見当たらない。というかホコリというモノがあまりこの世界にはない。どれも全て清潔そうだ。


 何となくクリエットを見た。

 彼女はこの城の中に入ったことがあると言っていた。

 召喚者になった者は、他の召喚者にも紹介しなければならない......らしい。

 『規則』なのか、それとも単なる礼儀かは分からない。ただ今日来たのは当時とは理由が全く違う。

 今回は本当の意味での、敵対視察になるからだ。


「え、えっと......ユリアーナさん。何でしょうか?」

「......いや、別に......、何でもないよ」


 見過ぎたのかもしれない、彼女に気付かれてしまった。

 どうもボクは、何かを調べるにも見過ぎるという癖がある......らしい。

 と、いうのもこの癖を見つけたのはジョンだったからだ。

 彼はよく見ている。洞察力に優れていると言ったほうがいい。

 現に、今まさに彼は注目している。対象は城の廊下にあるいくつもの花瓶、その挿されている花の匂いを嗅いでいる。花の匂いで何が分かるかわからないが、とても美しい花だ。

 白色と黄色が混ざった小さな蕾がいくつも寄り集まった花。名前は何だろう。


「そうですね。この花は『ヒノアツマリ』と言う名前ですよ。この天空都市でのみ咲く花らしいです」


 クリエットが説明してくれた。

 口調から察するに『視察』を使ったのだろう。

 力の無駄遣いだ、と言いたいが。彼女曰く『眼』の使用制限は無く、魔力消費も無いとのことだ。


 では何故ずっと使わないのかというと、疲れるためらしい。

 目に映る情報は制限できるが、左右で見える物が異なるため、移動中など視界が常に動いているときに使用すると脳に負担がかかる。というのがボクの理論だ。彼女の話からの推測にしか過ぎないが、まず間違いはないだろう。


「......他にどんな情報が映る?」


 クリエットに聞いてみた。

 彼女は「バレちゃいましたか」と笑みを浮かべ、また花を視る。

 彼女の視る世界が気になったと言うのもあるが、これだけのモノにどれだけの情報が隠されているのか、の方が気になった。


「そうですね、大雑把に言いますと。花それぞれの蕾の数や茎の長さと太さ、蕾の開花時間、枯れるまでの時間、それと花瓶に挿されてからの日数ですかね」

「うん、クリエさん。ではこれらの花の挿されてからの日数は何日くらいですか?」


 ジョンが会話に入る。

 花に興味を持つとは、九歳の少年にしては興味の方向性が違う気がする。

 それでも普通の九歳ではないジョンなら仕方がない、と思ってしまう自分がいる。


「えっと、そうですね......昨日くらいですかね?」

「わかりました。ありがとうございます」


 彼はお辞儀をして礼を言い、先行しているソウジ達の元へ行ってしまった。


 それにしても、クリエットの持つ『眼』の力はすごいな。

 以前、彼女がボク達を見たとき、ステータス以外に何が見えたかを聞いてみた。その結果は予想以上だった。

 彼女の『眼』に映るのは、数値化できる物なら全て、と言って過言ではない。年齢はもちろん。身長、体重、スリーサイズ。視力や聴覚。足のサイズから髪の本数まで。

 情報の制限をかけていない状態で『眼』を使用した場合、発動した瞬間に視界が文字で埋め尽くされるほどらしい。実際どんなものが映っているのか、実感してみたいものだな。


「ユリアーナさん。私達も行きましょう」


 クリエットの声に思考が中断され、一気に視界が広がる。

 また指摘された悪い癖だ。

 クリエットが廊下の左側にある一つの扉の前で手招きしている姿が見えた。

 どうやら他の皆はあの扉の奥に行ったみたいだ。


「......わかった」


 短く返事をして彼女の元へ歩いて向かう。

 数年前なら走っていただろうが、さすがにここで走るような大人ではもう無い。

 歳をとると言うのは、知識の代償かもしれないな。






 扉の向こうは広々とした部屋だった。いや、部屋というよりは庭と行った方が近い。


 床は芝生を生やした緑一色だった。

 天井の中央に浮かぶ巨大な水の塊。そこから湧き上がるように水が流れ出し、これまた巨大で透明の傘に遮られるように四散して、床の芝生の上に降り注いでいる。

 その湧き出る水の直下の芝生に白く大きな丸テーブルと椅子が置かれ、四人の影が見えた。


 四人の内三人は、ボク達をこの場所まで連れてきた緑髪の少女と同じ白い学生服を着ている。

 大きな違いがあるとすれば、髪色とエンブレムの色くらいだ。



 一人目は足元まである青い髪と、大きな黒縁眼鏡を掛けた少女。

 髪にはいくつもの髪留めがされているが機能しているかは不明。恐らくはただ飾りとして付けているのだろう。猫背になったまま椅子に座り、持っているティーカップに口をつけている少女。見たからにダルそうにしている。

 そして、彼女もまた左胸にエンブレムを付けている。色は髪の色と同化しそうなほど似ている青色。流れる水の様な、美しい模様が刻まれているのも見える。


 二人目は他の者達と比べるて、背の高い金髪の女性。

 白い学生服の襟から胸元までボタンを外し、胸の谷間が見えるほどにさらけ出している。彼女だけが何故か立ったまま、腰に手を当て、ティーカップを持っていた。

 胸下辺りまで伸びた金髪は、クルクルと綺麗に巻かれている。隣にいたソウジが「縦ロール」と呟いていることから、そういう名前の髪型なのだろう。まったく興味はないが。

 彼女もまた、派手な金色のエンブレムを左胸に付けている。


 三人目は見た目は可憐な少年。

 テーブルの一番奥の椅子に座り、丁寧にティーカップを持ち、口を付けている。髪は赤く、キッチリとセットされ、襟やボタンも全て止められている。

 左胸に付けられた、光を反射するほど磨かれたエンブレムは、まるで炎のような輝く真紅だ。

 そして何より、見た目は他の者達よりも品格が違い過ぎるほどある。


 四人目だけが違う。というのもたぶん、恐らく。いや、確実に、彼女がこの都市の『召喚者』だ。

 歳はクリエットよりも二歳ほど上くらいの女性。

 腰まで長く、さらさらの黒髪。着ているドレスも黒く、黒のストッキングを履き、黒いハイヒールを穿いている。

 口と瞳を閉じたその表情から、まるでいまから葬儀を行うかのような、異様な雰囲気を漂わせている。

 彼女も他の者達と同様に、椅子に座っていた。

 すこしの不気味さはあるが、見るだけならば美しい女性。

 左腕に付けた瑠璃色の腕輪が、彼女の静けさを際立たせている。恐らくはあれが......。


「あの腕輪が『契約の宝縛』の一つですね」


 左隣にいた召喚者クリエットがボクの思考を読んだかのように呟いた。

 やはり顔に出ているのだろうか。簡単に思っていたことを言い当てられてしまった。


 契約の宝縛――供物と共に使用することでボク達や他の参加者等、異世界から人を召喚する際に必要な道具の一つ。ボクの見解では、恐らく魔器の一種だと思われる。

 クリエットが言うには、参加者と同時に契約の宝縛を破壊することが、このゲームでの正攻法らしい。

 つまりは、本来参加者は、召喚した召喚者......つまりは王女を守りながら戦うのがセオリー。なのだが、あいにくボク達にはそれほどの力はない。むしろ助けて貰うことが多々あった。

 つまりは、クリエットとボク達、チーム『場違い』の立場が逆なのだ。




 などと考えていたら、今まで案内してくれた緑髪の少女がスーっと浮きながら行ってしまった。

 緑髪の少女が椅子に座るのを見計らい、中央奥に座っていた少年がティーポットを持ち、彼女の前に置かれたティーカップへ紅茶らしき飲み物を淹れる。

 淹れられた直後、すぐさま少女は紅茶を飲み、一息ついた。


「皆さんも、遠いところからわざわざご苦労様です。どうぞ、僕程度の者が淹れた紅茶ですが、良ければお召し上がりください」


 少年は言い、すでに用意され並べられたティーカップに、それぞれ丁寧に紅茶を淹れはじめた。

 椅子の数も、この場の人数と同じ数。まるで、来ることが分かっていたかのような、そんな不気味さがそのテーブルを中心にあった。

 それにあの紅茶らしき飲み物も怪しい。

 死にはしないと思うが、毒とか入っている可能性がある。


「では、お言葉に甘えて! いただきま~す」


 さっそくソウジが毒見をする。というよりも、いつの間に椅子に座っていたのだろうか。

 即行動、こういうところは男らしい。しかし、愚かでもあるだろう。そのまま本当に死ねばいいのに......。などは考えてはいない。今のところは。


 彼が飲み干し「うめ~!」と言ったのを確認した後、自分もソウジの一つ飛ばした席に座る。よく見るとテーブルの上にはティーセット以外にもクッキーらしきお菓子も用意されていた。

 すでにソウジが口に入れ、幸せそうに食べていることから、これらにも毒はなさそうだ。


 警戒しながら紅茶を飲む。

 ソウジの言う通り、良い匂いですっきりと甘くて美味しい。


「ところで皆さんは、何しにこちらへ来られたのですか?」


 全員が座ったことを確認した後、少年が問いかけた。

 どうせ彼等はすでにボク達の目的が分かっているはずだ。つまりこの問いは、建前というものだろう。


「うん。ただの世間話に来ただけですよ」


 ジョンが言い、ティーカップに口をつけ顔をほっこりさせる。

 確かにジョンの言った通りだ。


 この都市、街の事。

 彼ら以外の『参加者』の事。

 そして、まだ知らないこの世界の事。


 これら三つの情報は多少なりとも手に入れたい。

 それと現状に至ったおかげで、今回の最重要情報の約八割ほど手に入れていた。

 つまり本当に後は彼等と世間話して、街を観るだけだ。


「ホントかぁ? オレ達のことを調べるのが目的じゃないのかぁ、あぁん?」


 金髪縦ロールの女性が威圧的な態度を言う。

 残念だが、彼女の当たりだ。それにしても、見た目の美しさとはまったくの裏腹な態度だ。この女性は思った以上に危険かもしれない。


「ちょっとミュリー! なんでいっつもそんな態度なのさー! もっとやんわらかくにー、流れるがまーまに、言えないのさー?」


 緑髪の少女が最後に「だから友達出来ないんだよー」と足をばたつかせながら金髪縦ロールに対し注意した。

 彼女は案内中も、よくアリシアやジョンと気楽に話していた。

 そう思うと彼女はもしかすると、ボク達寄りなのかもしれない。


「なんだぁ? ルヴィはそっちの味方か、あぁん!?」

「ミュリ......ウルサイ」


 今度は床まで伸びた長い青髪の少女が呟き、クッキーに手を伸ばし、モフモフと食べ始める。少女のその反論に金髪縦ロールは「なにぉ!!」と部屋に響くほどの声を上げた。


「ミュリティア、いいじゃないか。この都市では彼等も僕達同様、何も出来ないわけだしさ。それに、僕も彼等の話を聞いてみたい。彼等が初日に出会った三人をどうやって退散させたのか、とかね」


 青髪の少女に続いて中央奥に座る少年が加わる。

 金髪縦ロール――ミュリティアと呼ばれる女性――は彼の言うことには忠実なようだ。頬を掻きながら「お、おぅ」と照れくさそうにしている。

 やはりあの少年が、このチーム『神の集い』のリーダーみたいだな。


「それで早速だけど......皆さんの名前、伺ってもいいかな?」


 少年が聞いてきた。

 そういえば、ボク達はこの世界に来て間もない。

 参加者の情報は普通、都市に住む人々が他の都市に移動した際に噂を広める。又は、十日ほど前にあったような戦闘中継を見る。この二つが、この世界で良く知られている他『参加者』の情報入手方法だ。

 どうやらボク達はまだ、そのどちらとも当てはまっていないみたいだ。新しい参加者として噂は流れていると思うのが、名前などの情報はまだ、といったことかもしれない。


「とある人物に『名前を聞くときは自分から』、と言われたことがあるなぁ......」


 ロディオが反論するように言った。

 彼は同じことを、神殿にいた老婆に言われたことがあるらしい。

 傍にボクもいたがその時は別の事に注意を払っていたため、その話は聞いていなかったな。

 少年は少し考え、数度頷き楽しげに微笑む。


「ははは、あなたの言う通りですね。では......」


 少年が言い、座っていた学生服の彼女達を全員立たせた。一名すでに立っていたが、すぐ少年の号令と共に持っていたティーカップをテーブルの上に置く。

 白い学生服を着た四人は右手を胸の中央に当て直立した。



 緑髪の少女がそのままの姿勢でこうべを垂れた。


「ではあたしから。あたしは『ルヴィヴィラ・ゼニス』と言いまーす。みんなからはルヴィーなんて呼ばれていますので、呼ぶときはそちらでも構いませよー」


 先ほどボク達を連れてきた時と同様な、暖かな笑顔を見せる少女――ルヴィヴィラ・ゼニス。

 そうか、彼女がルヴィヴィラ・ゼニスか。

 この都市に来る前に、クリエットからすでに名前と周知の情報程度は聞いていた。

 少女とは聞いていたが、年齢的に十二才くらいか。想像以上に女の子だった。



 次にお辞儀をしたのは金髪縦ロール、ミュリティア。


「オレは『ミュリティア・ディーン』。はっきり言えばオレはお前たちが嫌いだ。だから話しかけないでもらえると、こちらとしても大いに助かる」


 顎をツンと上げ、見下す様にこちらを見る女性――ミュリティア・ディーン。

 噂通りの威圧的態度の女性。彼女の発言と、途中名前が出ていたためわかってはいたが、これで確定した。

 彼女の言い分には同意だ。ボクも特に関わるつもりはないため、こちらとしても都合がいい。



 ミュリティアの次に頭を下げたのは、長い青髪の少女。


「......『グリュフィザ・ヴァタバロート』。グリュでいい......」


 そう言い彼女――グリュフィザ・ヴァタバロートはすぐに椅子に座りお茶を飲む。

 蒼の天才。博士グリュフィザ。

 彼女の情報は妙に手に入った。というのも、彼女はボクと同じく科学者であり、ソウジと同じく発明家としても知られているのもあるが、彼女が造ったものがこの世界でいま人気になっている、というのもある。

 例えば球型カメラがその一つだ。

 彼女とは話をしてみたいと思っていたが、思った通り人見知りらしい。

 まったく、どうしてこう「天才」と言われている分類のは、こうも変人が多いのか。困ったものだ。



 グリュフィザの次に頭を下げたのは少年だ。

 彼はとてもキッチリとした、綺麗なお辞儀をした。


「では続いて。僕がこのチーム『神の集い』のリーダーをやらせていただいております、『ディストラス・クゥーカィ』と申します。チームメンバーからは、ディト。もしくはディトラと呼ばれていますので、皆様も同じように呼んでくれて構いません」


 最後に「宜しくお願いします」と言い、ディストラス・クゥーカィは再度、頭を下げる。

 やはり彼が、チーム『神の集い』のリーダーだったのか。

 情報は貰っていたが、それでもルヴィヴィラ同様、ここまで幼いとは思わなかった。たぶんジョンと同じくらいか、二つほど上、だと思われる。何故そのくらいだと考えたかというと、ボクとしては根拠が低いが、身長がジョンより少し高いから、が理由だ。

 我ながらとても大雑把だが、後でクリエットに聞けば分かるから問題ないか。

 それに年齢などは、この世界......違うな、この『ゲーム』においては必要な知識とは感じない。

 必要なのは単純に、戦闘能力なのだから。



 ディストラスの後、彼の隣にいた、最後に手を組み丁寧にお辞儀をする黒ドレスを着た少女。


「皆さん、はじめまして。私は彼等を召喚した『ソーソ・パラディソス・シリアリカ』と言います。どうぞ気軽にソソ、とお呼びください。それと......久しぶりね、クリエット」


 服装、それと口を開くことが無かったため、個人的にすこし暗い印象を持っていたが、ホンワカとした笑顔を見せた彼女――ソーソは見た目以上に明るく見えた。


「そうですね、ソソ。あれから四年ほどくらいですね」


 クリエットも笑顔を浮かべながら答える。やはりお互い知っているみたいだ。

 おそらく、前にこの城に来たとき出会ったのだろう。


 そこから今度はボク達が自己紹介した。

 出来るだけ簡単に、簡潔に、あまり口走らないように、気を付けながら。







「――以上っす! よろしくね~」


 最後にソウジが自身の紹介をして終わった。

 彼は話し終わると椅子にドカッと座り、テーブルの上に置かれたクッキーに手を付ける。

 相変わらず自由で無礼な男だ。


「ありがとうございます、ソウジさん」


 ディストラスが一礼すると、彼に合わせる様にソソやルヴィヴィナ達『神の集い』が一礼した。

 一糸乱れぬその動きは、さながら十全に訓練された兵士。だが、物腰の柔らかさは紳士や淑女のような、とても上品で気品に溢れ、御淑やかだ。


「では早速ですが皆さんはどのようなご用件で、この天空都市『パラディソス』に......僕達『神の集い』に会いに来られたのですか?」

「うん、先ほど言った通りですよ。ただの世間話をしようかと。そうですね、ではまず初めに、僕らがこの世界に来た、初日のお話をしましょうか。あ、こちらは近代都市の名産『モドリンゴ』と言う果物です。とてもおいしいですよ。皆さんでどうぞ」


 ディストラスの質問を受け流すかのように、ジョンがお土産という名の、ボクが最初にこの世界で気になった食べ物。『モドリンゴ』を渡して話し始める。

 彼はボク達がこの世界に来た時の話。

 まずはそれで相手の興味を誘い、次の会話から彼等の情報を引き出す、という手筈なのだろう。

 正直あまり、子供に任せっきりというのは好きではない。だが、世の中には適材適所と言う言葉がある。こういう場での話し合いは、口が回るジョンのほうが都合がいい。


 それに、ボク達にもそれぞれの目的がある。


 ボクの場合は青髪の少女、グリュフィザ・ヴィタバロートに接触だ。

 道具、武器の知識及び製造方法等を彼女から聞き出す。もしくは役に立つ知識だ。

 ボクの役に立ちそうにない知識よりは良い知識(モノ)を彼女なら持っているだろう。でないと逆に困ってしまうのだけどな。


 ちなみに、他の者達はというと......。

 ロディオはこの都市の図書館、美術館へ行き、情報の収集。

 アリシアはロディオと付いてこの都市を歩き回る。

 クリエットは、たぶんあのソーソと名乗る黒ドレスの少女と話でもするのだろう。結果的にジョンと行動を共にすることになるはずだ。

 ソウジは......彼は自由に行動するみたいだ。一人だけ気軽だな。


 今回この都市に来たボク達が行う予定の、それぞれの目的と行動。

 単なる情報収集、それだけだ。

 戦おうなんて考えていないし思ってもいない。


 そう考えると、やはりジョンが一番大変だろう。

 敵と直接、目と目を合わせ話さなければならない。

 殺されることは無いにしても、恐怖くらい与えることは相手でも出来るはずだ。そのことを覚悟して彼は、率先して手を上げてくれた。

「この中では僕が一番適任でしょう」と言って......。



 だからこそ、ボクはボクの仕事はする。

 ゆっくりとグリュフィザの方へと足を進める。

 彼女はジョンの話に耳を傾けながらクッキーを食べているところだ。


 問題ない、グリュフィザだってボクと同類の......ハズ。

 話せばわかる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 ただの、ちょっとした世間話をするだけだ。

 心拍数が上がっている気がするが、気のせいだ。

 これはその、今朝コーヒーを飲み過ぎただけ、ソレだけだ。

 緊張? 全くしてない。

 話すのは苦手だし、初対面は特にキツいが、きっと上手くいく、はずだ。


「おい、そこの白い女! オマエ......なにオレ達のグリュに、手ぇ出そうとしてんだよ。あぁん!?」


 金髪縦ロールのミュリティアに遮られた。

 見下す様に――実際ボクより背が高い――両手を腰に当て、顎を上げ、威圧するように睨みつける。

 こうなることは予想はしていたさ。ただ、だからといって、こういう輩は本当に面倒くさい。

 「少し話を......」とか言っても聞いてくれないし、「何でもない」と言っても、突っかかってくる。本当に、会話が成立しない輩というのは面倒くさい。

 本来ならば無視するが、あいにく相手は殺し合う仲。

 残念だが、無視できない。


「......は、話が......」

「うん、ユリアんは科学者です。グリュフィザさんの造ったものに興味を持っているんですよ。たぶんそのことについて、多少なりとも聞きたいことがあるのでしょう」


 ジョンが話の途中、ボクの代わりにミュリティアに言ってくれた。

 これは正直、助かった。

 彼には頭が上がらないな。


「へぇ、彼女もそういった分類の方でしたか。それならグリュフィザとの話にもついて行けるかもしれませんね。彼女、本当はおしゃべりなんですけどね、なかなか話が合う相手がいなくて......最近までずっと黙り込んでいたんですよ」


 ディストラスも笑いながら加わる。

 しかし、それでもミュリティアが見下ろし、睨みつけてくる。

 話を聞かないやつって、本当に面倒くさい。


 すると、そっとミュリティアの後ろから手が伸び、もみあげ部分の縦ロールを掴む。

 掴んだ瞬間、彼女の縦ロールが――――凍った。


「な、なんじゃこりゃぁぁああああああ!!」

「ミュリ......ウルサイ」


 背後にいたグリュフィザが言い、凍った縦ロールに慌てふためくミュリティアの横腹にチョップを食らわす。その瞬間、何か「メキッ」とか「グシャッ」とか言う嫌な音がしたが、食らったの彼女は頑丈そうなので問題ないだろう。

 彼女はそのまま少し吹き飛び、そして倒れた。


 グリュフィザは手を払い、こちらに向き直す。

 ゆっくりと近づいてきた彼女は、ボクよりも背が低かった。


「私も......あなたと話がしたかった」


 彼女の口の周りに、先ほど食べていたクッキーの残りが付けたまま、上目遣いで話しかける。

 こう見ると、なんだか子供らしい、と言うよりもただの子供だ。

 もしかしたら、彼女等チーム『神の集い』は少年少女の集まりだったのかもしれない。

 なんだか、とても複雑な感じだ。


「......それは、よかった」


 そう応えた瞬間、グリュフィザはボクの腕を掴み、そのまま引っ張り走り出した。

 見かけに騙されたかもしれない。油断していた。

 予想以上に強い力で引っ張られた腕はもげそうになった。


 彼女に引っ張られたまま遠くなるテーブル。

 部屋から出る直前に「いい夜を~」と、どこからかムカつく声が聞こえた。






…………






「ここ......座って」


 あれから地下の、グリュフィザの部屋らしき場所に着いた。

 部屋は薄暗く、資料や道具などがごった返し、足の踏み場もないありさま。そんな惨状なのだが、何故か落ち着く。まるで自分の部屋にいるみたいだった。


 彼女は椅子を用意して座らせる。

 自分が座った後に彼女も適当な椅子を選び、目の前に持ってきて座る。


「何......話す?」


 眼をまっすぐ見つめながら聞いてきた。

 さて、何から話そうか......。

 言いたいことは多い。しかし、こう面と向き合うと言いにくいものがある。

 次々と会話が弾むジョンの凄さが分かるな。


「............」

「............」

「............あっ」

「うん............?」

「............いや」

「............うん」

「............」

「............」


 焦れったい。

 お互い一向に喋ろうともしない。

 いや、本来ならばボクが何か、先駆けとなる話をしないといけないのだが......どうも、まず、何を聞けばいいのか。詰まった喉から言葉がまったく出てこない。


 そんなボクを呆れてか、彼女がいきなり立ち上がり、部屋の隅へ行ってしまった。

 すっと黙っていたため嫌われたのかもしれない。

 と思っていたが、すぐに戻ってきた。

 ひとつの小さな銀色の球体をその手に持って。


「これ......私が造った。知ってる?」

「......それは確か、近代都市で流行りの球型撮影録音録画カメラ――通称『ボール』だろ?」


 今度はすぐに応えれた。彼女が持ってきたのは知っていたから。

 いつの日か近代都市の魔具屋でジョンが気になっていた物だ。

 そして街の人々が十日前に、浮かぶモニターの映像を録画していた物。

 確か噂では、彼女がこの世界で作った物の一つらしいのだが。持ってきてどうしたいのだろうか。


「みんなそういうけど......正式名称は『スーパーサイエンス・フォトムービーショット・オートロックオン・ハイパーボールカメラ』って、名前。略して『S.F.O.C.』」


 SFOC(特定燃料消費量)? いや、違うのは知っている。と言うかあのボール、元はそういう名前だったのか。

 街でも売られているときとは違う名前だったのだが。

 これは店側に問題がありそうだな。

 とてつもなくどうでもいいことだが。


「そのボー......『S.F.O.C.』は、あなたが造ったって聞いたけど? この世界の(ことわり)の上では、あらゆる物の改造および再構築は難しいはず。それで疑問だったのが、あなたの造ったS......ボール、はどう見ても元があったようには考えられない、つまりそれは、一から創造したと言うことになる。だけど、完成され、それ以上にも以下でもないモノしかないこの世界でそんなことが出来るのか、ずっと不思議に思っていた」


 ついつい口が動く。だがこれは、素直に思っていたことだ。

 そして彼女に会ったら聞いてみたいことでもあった。

 だが彼女は、ボクが話している間、懐から出した『飲食用カード』を使ってコーヒーを二つ出していた。

 熱心に話していた自分が情けない。

 それほどボクの話はつまらなかったということなのか、もう少しジョンから会話術を習っておけばよかった。


「やはり......あなたは同類だ」


 グリュフィザはそう言うと、出したコーヒーの片方をボクの前の、山積みにされた資料の上に置いた。


「簡単に言えば、あなたの言う通り。この世界で新しいものを生み出すのは、ほぼ不可能に近い。だけど、それならばどうやってこの世界に今ある物が出来たのか。それを考え、私は三つの仮説を立てた」


 グリュフィザが言い、さらにカードで紅茶が入ったティーカップを三つほど出した。

 濃く、紅く、湯気が立っていて熱そうな紅茶。猫舌だからか、見ただけで舌がヒリヒリしてきた。


「まず一つ目。初めからこの世界に存在していた。いつからは分からないが、この世界が生まれたと同時に存在が確定された物だ。と私は考えていた」


 グリュフィザは次にミルクをカードから生み出し、先に出した紅茶とを『合成』させる。瞬時に紅茶は白くなり、ミルクティーが出来上がる。

 この『合成』というと方法は、とある資料に書いてあった。

 『合成』ーー対象の物体、物質が持つエレメンタル、フォースを別の物体、物質に組み合わせる方法。

 他にもエレメンタル、フォースをマナに変える『返還』。

 やり方が分からないが、物体、物質が持つエレメンタル、フォースを分ける『分離』等がある。


「二つ目。この世界の特性、特長である『合成』による物質の変化。ただしこれも、仮設の一つ目と同じく、結局は確定されているものなってしまう」


 彼女の言った二つはすでに実証積みだ。

 つまり、次の三つ目がこの話の軸であり、ボクが知りたかった解答。

 彼女はゆっくりと三つ目の紅茶の上にてを起き、すぐに退かす。

 紅茶は消えていた。

 もう少し詳しく言うと、ティーカップの器だけを残し、中に溜まっていた紅茶が消えた。と言った方がいい。


「三つ目。それは魔法や魔術、もしくは私達『参加者』が持つ道具や固有能力による、現象および創造」


 つまり、先ほどジョンがよくやるような、手品みたいなものか。彼女の場合は、能力か何かで本当に消したのだと思うが。

 それにしても、わざわざ敵であるボクに能力の片鱗を見せるとは、余裕だね。


 彼女の能力については置いておこう、いまはソレどころではない。

 それは何より、ショックな事実を知ってしまったからだ。


「......やはり、能力がないと、出来ない、か」

「えぇ......この世界では難しいね」


 彼女の言葉が刺さる。

 魔法や魔術、ましてや能力など持っていない、使えないボクはなんて無能なんだ。これでは何も出来ない。

 はは、また落ち込んでしまいそうだ。


「ただし......出来なくはない」

「えっ?」


 出来なくはないとは、どういうことなのだろう。

 彼女は慰めの言葉を言うとは思えない。ジョンのは別として、そんなもの必要ないのはお互い重々承知している。

 何故なら、彼女はボクと同類なのだから。


「私......私達の故郷には、あらゆるものに活用できる万能な力がある」

「......その力が何か関係あるのか?」

「その力は......この世界の『マナ』に似ていた」

「............」

「『マナ』を活用出来れば......故郷と同じことが出来る」

「............」

「私は『マナ』を調査した」

「............」

「そして数年前......その活用方法を見つけた」


 思わず立ち上がりそうになった。それはとてつもない発見だ。

 だが落ち着け、まだ落ち着け。どうせオチとしては「私の能力を使って」とか言うのだろう。

 当たり前だ。彼女はボクとは違い、特別な力を持っている。それに彼女の故郷にあるとされる『万能な力』の事さえわからないのだから。


「その活用方法は......破壊すること」

「破壊?」

「そう......破壊」


 破壊するとは、どういうことなのか。

 この世界の物を壊すのはとても簡単だ。だが、問題は壊した後。

 物は壊れた瞬間、不自然なほどに粉々となり跡形もなく消滅する。

 つまり、壊した破片などの回収出来ず、活用すらできない。


「あなたなら......すでにやったでしょうね」

「......そうだね」

「でも普通には......出来ない」

「そうだね」

「それでも......出来る方法がある」

「どうやって?」

「壊れした瞬間......『合成』を行う」

「......はぁ」


 それくらいのこと、すでにやっていた。

 結果として言えば無理だった。

 破壊後に消滅する前に『合成』する。

 はっきり言って、それで終わる。何も起きない。


「その顔は......すでにやったって表情だね」

「分るんだ」

「顔にそのまま出てる。あなたが分かりやすいだけ。それと話を戻すけど、破壊した後に『合成』を行っても何も起きない。そう、思っているのでしょう?」

「いや、実際に何も起きなかった。何回、何十回、何百回もやった。あらゆる方法で。箱や器で囲んでみたり、同じものを同時に破壊し、合成させても。何をしてもできなかった。どれもこれも同じよう消滅した」

「じゃあ、いま......やってみて?」


 グリュフィザが言い、先ほど中の紅茶を消した空のコップを差し出す。

 壊し方は簡単、対象の物体に対して耐久力以上の衝撃をあたえればいいだけ。つまり、このコップだとただ叩き付けるだけで十分だ。

 コップの取手を持ち、床に叩き付ける。高音と共にコップが砕け散り、消滅していく。


「......『合成』」


 これは癖だ、言わなくても合成自体は念じれば出来る。

 だが何か言ったほうが、自分がいま実行したことの再確認ができるためやっているだけだ。

 コップの消滅が一瞬止まる、がすぐ塵のように跡形もなく消える。

 肩をすかし、彼女を見る。

 貴方のような能力を持っていない私には無理だ。と、彼女そう言うかのように。


「あなたは頭が良く、機転が回るけど、想像力と発想力が足りないわね」

「......なにぃ?」


 何かイラっと来る言い方だった。

 特に「発想力」という単語が出た瞬間、何とも不愉快な日本人男性のにやけ顔が浮かんだのも原因の一つだろうが、それ以上に侮辱された感じがした。


「すでに、出来てるよ。コップであった『マナ』と『エレメンタル』の塊」


 彼女はボクがコップを壊した箇所を指す。

 その先をよく見る。

 ......やはり何もない。


「普通は見えないわ。だけど......私には見える」


 また少し腹が立つ言い方だ。

 ソウジが相手なら、問答無用で殴っているところだろう。

 しかしだからと言って、苛立って話を遮ってしまってもいけない。なにより彼女が持つ情報は、今の自分には必要なのだから。


「本来はエルフやドワーフなど、人以外の種族が持つ能力の一つだが、人族の中にも見える人がいる。けど、この私が造った『眼鏡』を掛けることで普通の人、何の能力もない者でも見ることが出来る。掛けてみてわかると思うけど、そのレンズの向こう側に見えているモノが『マナ』と『エレメンタル』の集まり」


 彼女がそう言い「どうぞ」と机の上に置かれていた青縁色の、教師が付けていそうなキリッとした眼鏡を前に置いた。

 すかさずその眼鏡を掛け、先ほどコップを割った箇所を観てみる。


 なるほど。彼女の言う通り、観た先には何かがある。

 銀色のような、金色のような点の光る粒々が集まって、先ほどの割ったコップと同じ形状の何かがあった。


「見えた?」

「見えた」


 ボクの返事にグリュフィザは、始めに用意したコーヒーを飲み、一息ついてから語りだした。


「じゃあ、さっそく説明するけど。というかもう理解していると思うけれど。これが先ほど私が言っていた、コップを構成していた『マナ』と『エレメンタル』の集合体。物体、物質が消滅する直前に『合成』を行うことで、コップを型どるための『フォース』が『分離』し、このような状態になると考えられる。元々フォースというのは、物体や物質を見えるよう、触れるようにする働きを持っている。いまはフォースがないため、視認できず、触れても感触がない状態になっているわけ」

「......それで、この集合体が結局何なの?」


 グリュフィザはため息交じりに首を横にふるう。まるで「これほど言っても理解できないとは」と言いたげな態度だ。

 先ほどの言い方といいこの態度といい、これほど屈辱的なことは生涯無かった。

 だが本当に残念なことながら、わからない。馬鹿にされるのも無理がないのかもしれない。

 またへこみそうだ......。


「やはり、想像力が足りてないね。簡単に言うよ。光る粒一つ一つは、先ほど破壊したコップの『属性』とも呼べる特徴や情報を保存している。つまりこの集合体は、形が無いだけでそれはコップなんだよ。私はこの状態の事を『集属体』と呼んでいる」

「............ッ」


 予想外なほどに......意味不明だ。

 グリュフィザの言っている事を理解できるのは、たぶんジョン、恐らくロディオ等、相手を理解することに長けた者くらいだろう。


 渋るボクの顔を見てまた察したのか、グリュフィザはおもむろに粒々した集属体のコップを手で包みこむ。

 彼女は光るコップの取手部分全体を持ち、割るように分離させた。コップは取手部分以外は崩れ、消滅するが、取手はまだ彼女の手の中に、そのままの形で保っている。


「この世界はある意味、単純な計算で出来ている。足す。そして引く。たったそれだけだよ」


 そのまま彼女は、ミルクティーのコップに持っていた取手を当てる。


「こんな......感じにね」


 彼女が手を退けると、いつの間にかミルクティーのコップに、取手が二つ付いていた。

 眼鏡を外し、裸眼で確認する。実際に触る。感触がしっかりとある。切り口なども何もない。

 これは完全に一体化している。


「これが、この『マナ』と『エレメンタル』、そして『フォース』の活用方法。残念だけど、いまのところ『分離』の仕方は、他の『合成』や『返還』と違い、物理的に行動を行わなければいけない。しかしこの方法を行うことで、かなりの自由度が上がった」


 まさか、この世界の(ことわり)がこんな形で使用できるなんて。

 確かに、眼鏡無ければ分からなかったかもしれない。それでもこんなもの発見できるとは、彼女はボクの予想を越えていた。


「これが、あなたが最初にこの部屋に来て最初に語った疑問の答え......」

「......つまり過去の先人達(さんかしゃ)も、この方法を知っていた?」

「その可能性は高いね。何せこの世界に召喚されてくる存在は、元の世界でも優秀な上位の存在を選抜されてくるみたいだからね。そう思うと、あなたは常人よりも知的だけど、少し抜けているところがあると言うか、おしいと言うか......」

「この世界に無いモノばかりを扱っていたものでね。それはそれは理解と納得するのに時間が掛かっているんだよ。......それに資料から得られる情報も少ない。この世界は過去に知識を残すという習慣がないのかな」

「そのことは私も疑問に思った。資料は数多くあるのに、記述してある内容はバラバラな事が書かれている書物、データベースが無駄に多い。まったく過去の者達は何をやっているのやら......」


 グリュフィザと同時にため息が出た。情報が少ないと言うのはお互い様だったみたいだ。

 それに『分離』を教えてくれた彼女も、恐らくここまで理解できるのに相当苦労していたみたいだ。

 正直言って、その気持ちは虚しくなるほど解かる。まるで情報の錯乱をもくろんでいるかのような、ワザと適当に情報を記述し残しているのではないのかと思えるほど。不愉快極まりない。

 この世界で書物の知識はまるで当てにならない。


「......それにしてもこの方法は素晴らしいな。破壊からの新たな創造とは、神話のような考えだ」

「えぇ、そうでしょうね。私だってそうだった。発見したときは飛び跳ねるほど嬉しかったよ」

「だろうね。この世界は固定され過ぎている、不自由極まりない」

「それ、すごくわかる。まさか自然現象すら存在しないなんて、想像にもできなかった」

「ホントそれだよね。原子も分子も無いなんて、そんな世界が存在するとは考えてもしてみなかった」

「生活するだけなら便利でいいけど、科学者としては元のある知識がほとんど生かせないのよね」


 グリュフィザの言った言葉に大きく頷き返す。まったくその通りだ。

 彼女、青髪の少女グリュフィザはボクと同類だ。

 違う世界、違う知識、違う人種。そんなことは関係ない。

 知識が有る者同士、競い合い助け合う者同士に壁は存在しない。あるのはお互いが持つ情報の差異くらいだ。それすらも、いまのボクとグリュフィザには楽しめる材料となる。


「そうそう。ところで何か飲み物、出来ればお酒は無いかな? ボクは元の世界では実験が成功した時に、お酒で祝杯をあげているんだ」

「あ、いいね。ではやろうか。飲み物は......ワインしかないけど、いい?」

「完璧だよ」


 グリュフィザは机の下から一つの瓶を取り出した。

 もちろんその中身は葡萄酒。銘柄はさすがにわからないが、モドュワイトで飲んだ物とは違うみたいだ。

 グリュフィザはワイングラスが描かれたカードを取り出し、二つ具現化させ、出現したそれぞれのグラスにトクトクと音を立てながら赤い濃い液体を注いでいく。


 とても鮮やかな赤色だ。見た目だけでは想像できない。

 どんな味がするのだろうか。どれ程濃く、味わい深いのだろうか。香りはどんなものか。

 また知らない知識が増えそうな気がする。

 この世界にあるワインが自分の常識を超える物ではなかったのが幸いだった。もし飲めなかったら、たぶん今頃には発狂していただろうに。

 ......発狂まではさすがにないか。


「あなたは......」

「ユリアーナでいいよ。......皆からはユリアんと呼ばれている、不快だけれど......」

「そう、じゃあユリアん。これは天空都市名産の赤ワイン、私のお気に入りだよ」


 グリュフィザがグラスを手渡してきた。

 さっそくのユリアんと呼ばれ、少しムッと顔をしかめつつもグラスを受け取る。

 途端に脳裏でソウジのイラつくにやけ顔が浮かぶ。自分が蒔いた種だとしても何か腹が立つから、明日朝一番に殴っておこう。そう、挨拶の代わりということにしておいて。


「ではユリアん......、新たな発見と理不尽な世界に、乾杯」


 グリュフィザがグラスを掲げるのを見て、自分もグラスを同じ高さまで掲げる。


「......理不尽な世界に......」


 呟くように乾杯し、唇にグラスをつける。

 口の中に広がる芳醇な香りが鼻を通り抜け、甘みを帯びた濃厚な旨味が喉を通るのを感じる。

 グラスから口を離し、一息つく。口の中に残ったワインの余韻がとても心地いい。

 やはり近代都市で飲んだモノとは違う。むしろ今まで飲んできたモノとは一味違った味わいがある。

 一口飲んだだけで、身体の内側から火照るような感じがして、ついうっとりとしてしまいそうになった。

 これは確かに、彼女が気に入るのも無理はない。


「美味いな、コレ」

「でしょ? 今までは昇界酒(しょうかいしゅ)......あー、私の地元で造られる酒が一番のお気に入りだったんだけど。この世界ではこの葡萄酒がいいわね」

「じゃあ今度はそれを実験の成果として造ってみなよ。ボクが飲んでやるからさぁ!」


 彼女の肩を抱き、もう一口飲む。

 今度は余韻を楽しまずに、一気に流し込む様に飲む。

 なんか、だんだん楽しくなってきた。


「やってみていいけど......、ちょっとあなた、まさかもう酔ってるの?」

「えっ!? いやいや、酔ってない酔ってない! ボクをバカにするなよ!? 確かにぃ背は平均よりは低いとは思っていますけどぉ、知識はそこいら有象無象よりはありますよぉほぉお!」


 またグラスに口をつける、が。今度は口の中に何も来ない。

 どうやらもうグラスの中が空になったみたいだ。だらしがない。もう少し入っていればいいのに。

 そういえば机の上に、まだ余っている瓶があった。アレを注ぎ足せばいいのではないか!

 さすがボクだ、他の誰よりも頭がキレる。

 そうだ、ボクは誰よりも知的指数が高い。どんな問題でも解決出来る。

 今回の『分離』の事だって、もう少し時間があれば解決できたに違いない。いや、出来ていた。実際惜しいところまでいっていたんだ。

 あと少し、ほんの少しの差だった。


 グラスに注ぐ最中顔の傍から「あっ!」と声が聞こえたが、楽しいから問題ない。

 徐々に赤黒く染まっていくワイングラス。

 とても綺麗で面白い。


「ちょっと、そんなに一気に大丈夫? それに、このワイン......かなり度が高いはずだけど......」

「いや、余裕だよ。ヨユー! グリューも、さ。もっとガンガン飲みましょう!」


 底をつきかけていたグリュフィザのグラスにも注いであげる。

 さすがボクだ。気の利くところまで他の者とは違う。

 ましてや、あんなボケアホのソウジなんかよりも、ぜんっぜん余裕で勝るね。


「ちょ、ちょっと。本当に大丈夫? さっきまでのあなたと、まるで全然違うのだけど......」

「もーグリュたら、あなたじゃなくってユリアんで良いてばぁ! じゃあ、もう一回乾杯しようかぁ!」

「乾杯、ってさっきやったばっかりじゃない。それに何に対してよ?」

「グリュとの出会い。それと、えっと......、楽しいから? じゃ、かんぱーい!」


 グラスを高らかに上げ叫ぶ。

 とてもいい気分だ。それと、どうやらグリュフィザとは馬が合うみたい。

 このまま一夜を通して話し続けても問題ない、むしろ楽しい。

 これなら、あと二日間、退屈せず目的を果たせそうだ。


「ちょ、ユリアん! ワインはそうやって飲むモノじゃなくってば!」

「ははぁあ! 大丈夫、大丈夫だって!」


 グラスを持って、中の赤い液体を流し込む。

 喉に熱いものが通り抜け、お腹の中にたまっていく。


「大丈夫、なのかなぁ......。すこしふらついてる感じがするけど」

「うんうん、だいじょうぶ、だいじょうぶっ!」

「な、ならいいのだけど......」

「ふふふ、思ったよりも心配性だね。ところで、グリュのいた世界って、どんなところだったの? 確か、『マナ』に近い物質が存在していた、って言っていたけれど......」


 グラスを傾け、先ほど淹れてあげたワインを飲んでいるグリュフィザに聞いてみた。

 なんのことはない、ただの興味本位だ。


「ふぅ......、そうね。でも私だけってのも面白くないから、ユリアんの世界の事も聞かせてもらえる?」

「ふふん! いいよ。じゃあ、お互いの成果をあげながらに語るのはどうよぉ!」

「それはいいね。ではまず私から。そうね......、約四百年前に発見した空間圧縮法からいこうかな......」


 グリュフィザの楽しそうに語り始める横顔を見ながら、ボクもまた喉の渇きを潤しはじめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ