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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第一章 場違い召喚
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0-5 天才絵師

 


 ロシア――とある草原。

 そのただ中に、一人の男性が仁王立ちしていた。


 左手に筆を、右手にパレットを持つ男性。

 彼の目の前にあるキャンバスには、写真で撮ったのではないかと疑えるほど、目の前に広がる景色と同じ草原の風景が描かれていた。


 男性は何かを考えるように瞳を閉じ、ジッと動かなかった。

 風でなびく茶色がかった髪が揺れ、頭に被るハット帽のツバも同じように揺れる。

 着ている灰色のコートのボタンすべて閉じ、長いコートの下からは栗色のブーツしか見えていない。


 耳に轟く冷たい風が徐々に薄れていった。

 そのまま風が止むのを彼が感じ取った瞬間、彼は目をカッと見開き、左手に持っている筆を素早く右手に持つパレットに刺した。すでにつけられている絵具を大胆に、しかし的確に混ぜ、欲しい色を生み出して。

 なぜか身体を回転させる。


 一回転した間に出来上がった色を、キャンバスに描かれた絵の上からそのままの回転を維持したまま描く。

 ずっと回転していると思いきやいきなり止まり、今度は逆回転し始め、同じく絵を書き加えていく。

 足を止め回転をやめた後も、今度はステップを踏むようにキャンバスの前を左右に動き、筆を振るい、描き続ける。


 それはまるでダンスを踊るかのように、ステップやスピンを繰り返しながら絵を描く。だが、途中で立ち止まった。

 持っていた筆とパレットを地面に放り投げ、キャンバスを台から持ち上げる。


「ぅむ......」


 キャンバスに描き足されたものは、先ほどの穏やかな草原の風景とは全く異なる作品になっていた。



 空は赤く、太陽らしき赤い球体が二つ。

 中央で赤子を掲げる男女、その周りを囲むように大勢の騎士がしゃがみ、赤子を見つめている。

 左側の漆黒の鎧をまとった蒼肌の軍隊が剣を掲げ、その中で一番大きな騎士が深紅の旗を掲げる。

 右側の方では深紅の鎧をまとった白肌の軍団が盾を掲げ、その中で一番小さな騎士が漆黒の旗を掲げる。

 空からは中央の赤子迎えるかのように、純白の女性が両手を広げて舞っている。



 彼はしばらくの間、この鮮やかに描かれた絵を眺めていたが、やがて興味を無くし、捨てる地面に放り投げる。


「やっぱり、違うなぁ......」


 男性は深く、残念そうにつぶやく。

 普通の者から見れば、その作品は素晴らしい絵だ。しかし、彼からすると、これはただの幼稚な落書きだった。




 いま虚しそうな顔をする彼の名は、ロディオ・ジーヴァピス。


 ロディオは絵師だ、ただし普通の絵師ではない。

 彼には人の会話やちょっとした説明だけで、その人が求める完璧な形の絵を描くことができるが、それどころかさらにアレンジして、依頼してきた者が求めている以上の絵を描くことができる。

 そのため、多くの建築家や小説家等、想像力が溢れる者が彼のその才能を求めやってくる。彼の天才的な技術があれば、自分の考えていることを完璧に描いてくれると信じられているからだ。


 彼の天才的な技術は絵だけではない。

 彫刻やCGデザインまで、あらゆる芸術分野でもその才能を開花させていた。


 ほぼ何でも描ける彼だが、一つだけ問題があった。

 それは、彼自身の作品ができないということだ。


 人の考えたことを絵に描くのはたやすい、言われた通りに描けばよいのだから。

 だが自分の考えとなると、すぐに詰まってしまう。

 自分らしいものを描くために、彼は試行錯誤していた。

 先ほど踊るように描いているのも、その先に自分らしさがあると考えてのことだった。普段はあんな動きはしないししようとも思っていなかった。




「なんだろぉなぁ......」


 思わず呟き、その場で大の字で寝転がる。

 風によって運ばれた草木の葉や土の匂いに心を落ち着かせ、瞳を閉じ、深呼吸をする。

 靄になっていた心が晴れ渡るのが感じられた。

 以前テレビの番組に出ていた少年手品師が言っていた通りだ。とても穏やかな気分になった。



 バチッ。



 彼が気を落ち着かせているとき、側でな何か、電気がショートしたような音がした。

 すぐさま上体を起こし、周りを見渡す。だが、いるのは自分だけで、周りに散らばっているのは、持ってきた画材以外何もない。むしろ彼は携帯電話すらも持ってきていない。

 つまり彼の周りには電気を用いた物がない、はずなのだ。


「なんだろぉ......、なぁ?」


 なんとなしに立ち上がり顔を上げると、目の前に少女がいた。

 少女は全身が白く、着ている服も白い。

 それはまるで、先ほど自分が描いた中央の純白の女性のような容姿。

 彼女はこの草原に舞い降りた天使ではないのか。


 ロディオは先ほど放り投げた絵を遠目で観ながら、現れた少女に対しそう考えていた。


「あぁ......、どちら様、だぁ?」


 多少困惑しながらもロディオはさらに少女を観察する。

 歳は十五くらいだろうか。見た目の割に大人っぽさが垣間見える。少女の着ている服は白いためか、輪郭と肌の色が透けているようにも見えた。細い指に華奢な素足。ついでに少女は浮いていた。

 などとロディオがじっくりと観察していると、少女は彼にもたれ掛かるようにして抱きついてきた。



「―― あなたの、力が必要なのです ――」



 頭に響く声に、思わず頭を押さえる。

 眩い光が降り注ぐ。

 ロディオが次に見た光景は、頭上に現れた白い球体。

 球体の中から伸びる白いロープのような紐が少女と彼を包むように回り、巻き付いていく。

 いま起きている異様な状況のなか、彼が真っ先に考えた事、それは......。


 描きたい。


 ロディオはすぐさま、落ちているキャンバスを取ろうと手を伸ばすが、キャンバスはまるで離れていくように遠ざかる。

 違う遠ざかっているのは自分自身のほうだ。

 いつの間にか無くなっていた足から伝わる土の感触。自分はどうやらいま、宙に浮いているようだ。


「これはぁ、夢なのかぁ?」


 たぶん違うだろう。

 不思議と落ち着いている彼がそう結論するよりも早く、彼は少女と共に、草原から消えた。



 彼が行方不明となり世界中で知りわたるのは、それから約一月後のことだった。



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