0-4 天才科学者
ドイツ――とある大学。
そこには生まれながら天才と言われていた少女がいた。
名前はユリアーナ・ジーニ。
物心ついた時には、すでに学校で学ぶほとんどのことを理解できていた。
言語も六歳までに三ヶ国。今では十は軽くある。
九歳になるころには大学へ通い、十二歳で卒業。その後も同じ大学の教授として居続ける。
教授になって八年、彼女は今年で年齢は二十歳になる。
いつも白衣を身にまとい、白衣の下には動きやすさを重視してのジャージ。靴も動きやすいように白いスニーカーを履いている。白衣を纏っているのは大学からの指定で仕方なく着ているだけで、特にこれと言って格好にこだわってはいなかった。
そんな彼女は今まさに、人類が新たな進歩をするための、とある実験の成功を収めた。その祝杯を挙げるために研究所の隣にある自室内で、ワインのボトル開けてグラスに注いでいた。
祝杯と言っても部屋には彼女しかいない。
実験などでたまに手伝いを呼んだりするが、その手伝いも彼女が持てないような装置を持ってもらうため、つまりは単なる荷物運び程度だ。
基本的に彼女一人で実験を行っていた。今回ももちろんのこと、結局は一人だった。
むしろ邪魔になるためいないほうがいいとも彼女は思っている。
グラスに注がれたワインで乾いた喉に流し込む。
「ぅん......、はぁ......」
研究中は禁酒をしていたため、解禁一発目で一気に飲み干す。
空になったグラスにワインをまた注ぎながら、もう片方の手でタブレットを操作しながらニュース読み、何となく過去を思い起こす。
三歳で三ヶ国語を理解できたのは、それは彼女にとって言語とは、所詮は言葉、母国語と組み合わせ。普通に考えれば分からないはずなんてない。
学校で学ぶこと等は、日ごろ生活していれば理解できる。
本などでしか知識を得る機会がなかったとしても、今の時代はネットがあるため、大抵の知識は簡単に、そして素早く手に入った。むしろネットで調べることが出来るならば、学校へ行くよりも知識を手に入れることが可能だ。
彼女がついさっき行い、成功した実験も、所詮は理論を検証、実証しただけに過ぎない。
つまりは、「言葉通りにそのままやればいいだけ」、と彼女は考えていた。
そんな見れば分かる彼女が、今読んでいるこのニュースに眉を細め、理解に苦しんでいた。
画面に映し出されているのは日本の青年社長。彼がまたよくわからないシステムを開発した、というニュースだった。
彼はここ最近、たびたびニュースで取り上げられている。
そんな彼をユリアーナは、自分でも驚くほどに興味を持っていた。
彼の生み出すものは理論上可能なのはわかる。だが何故、どうしてそれが、世界中で認められているのかが理解できなかった。
必ず彼女の研究や証明等よりも世界中が彼の発明に興味を持ち、そして評価される。
新聞にはこうも書かれていた。
『日本の天才発明家。ソウジ・カタハシの新たなプロジェクト』
「......あっ!」
ニュースに気を取られ、グラスに注いでいたワインが零れ落ちる。
零れたワインの周りには、別のタブレットや資料、論文などがあり、それぞれが赤く染められていく。
咄嗟に持っていたワインを机に置き、濡れたモノを退かす。すでにいくつかは紅いシミが付き、資料の書かれていた文字が滲み、読みづらくなってしまっていた。
タブレットは内側にワインが入ってしまったのか、持ち上げると赤い液体が滴り落ちてくる。
ユリアーナは思わず「......チッ!」と舌打ちをする。
ほとんどは読んだものや必要ないものだが、それでも貴重な資料などが汚れたのが気に食わなかった。
立ち上がり、濡れた机を拭くためのタオルを取りに行く。
部屋の床には他の資料や本などが山積みにされており、普通の人から見たらどこを足場にすればいいのか見当もつかない。
そんな部屋を、資料や本を踏まずに跳ねる様に彼女は移動する。
一応この部屋で生活できるように、冷蔵庫やキッチン、洗濯機なども常備されているが、ほとんど使わない。
冷蔵庫の中はお酒類しかない。
キッチンは料理をしないため必要ない。
洗濯機もあるが、着ている服がよほど汚れている以外では使わない。
その洗濯機の中に、一週間ほど前に放り込んだタオルがあったはず......。と彼女は考え、そこまで移動した。
バチッ。
彼女が洗濯機を開けたと同時に、後ろで電気が流れる音がした。
振り返って確認してみるが周りには見られた山積みの本と資料。とくに異常はない。
耳をポンポンと叩き、自分の聴覚に異常がないかを調べる。
特に耳は問題なさそうだ。ただ少し強く叩いたためか、耳が少し赤く染まり、少し痛みを感じる。
肩をすくめ、改めて洗濯機からタオルを取り出し、振り返る。
そこには少女がいた。
白い衣を纏い、全身が白く、髪までもが白い。真っ白な少女。
ユリアーナはすぐさま思考する。
この少女はどこから入ってきたのだろうか。
扉には鍵をかけたし、窓もカーテンが閉め切っており。もちろん鍵もかかっている。
つまりここは、ある意味密室の状態だったはずだ。
電気もつけていない薄暗い部屋のはずだが、少女だけが異様に光って見える。いや、実際に光っているのかもしれない。
そして何より驚くのが、その少女は浮いていた。
宙に浮くには、それなりの大掛かりな道具が必要だが、少女を見る限りそういった道具が付いている気配がない。ましてやこの部屋にそのような装置や機械などない、あったとしても隣の研究室だ。
目の前の光景を思考する彼女に対し、少女はそっと両手で抱き着く。
「―― あなたの、力が必要なのです ――」
まるで脳に直接響かせるように、少女の声らしきものが頭に入っていくのを感じる。
相手の脳に直接情報を送るとか、障害が起きたらどうしてくれるのだろう。
混乱しているのか、そこを真っ先に考えてしまうあたり自分らしいと思い、つい笑う。
思考の直後、頭上に謎の光る球体が出現し、その球体から白い紐の様なものが伸び、二人を包む。
紐に手を伸ばし触れようとするが透き通って触れることができない。ユリアーナはホログラムか何かかと、また少し考える。が、ふと徐々に床の感触がなくなっていくのを感じ、下を向く。
少女と同様に彼女も宙に浮いていた。
そこでついに彼女は、理解できなくなかった。
今までの一連の動作をなんとか結びつけるように思考していた。
だが実際には結論、解答、考察すらもできない。学んだことをフルに活用しても、いま起きているこの状況を説明する術が、彼女にはなかった。
ユリアーナはこの状況に恐れ、興奮した。
この世にあるものすべてに、必ず理由がある。
理由があるなら公式が立てれる。
公式があるなら、解答もある。
だが、この現象は訳が分からなかった。逆にこの現象について、考えたいと考えた。
「な、なに。これ......?」
彼女は生まれて初めて「なに」と口に出した。
残念なことに、その問いに答える代わりに、彼女の全身が光に包まれ、急上昇するかのように、ユリアーナは少女と共に消えた。
残るは誰もいない部屋。
その後、二日後に予定されていた実験に、彼女も参加するはずだった。
いくら待っても姿を現れないことに不審に思った教授が部屋に入るが、彼女がいないことに気付く。
天才科学者ユリアーナ・ジーニはさらにその三日後に、行方不明として警察に届け出を出される事になった。




