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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第一章 場違い召喚
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0-3 天才発明家

 


 日本――とある高層ビルの最上階。


 部屋には高級な椅子と机。

 壁には、一面を埋め尽くす書物が並んでいるが、ほとんどが小説や漫画等、フィクションものだ。

 その綺麗で豪華な部屋に似つかわしくない、素朴な格好をした一人の青年と、部屋の扉の前で直立している男性。


 黒色のシャツの上にグレーのパーカー。

 無駄にポケットの多い濃い目の紫色のズボン。そして黒のランニングシューズは履いている。




 青年は窓際で街並みを眺めていた。

 毎朝の日課のようで、暇つぶしや癖で、だ。

 その青年の後ろには、青年の倍は生きているであろう、スーツ姿の中年男性。


「今日も、いい天気だね~」

「そうでございますね。昨日も良き晴天でした」


 青年のいつものあいさつ代わりの言葉に、これまたあいさつ代わりの返答をする中年男。


「それで、今日はどんな感じになのかな~?」


 青年がボサボサの黒髪を揺らしながら、中年男の方へと振り向く。

 中年男はタブレットを取り出し説明を始めた。


「今日の予定ですが。午前中は一〇時に先日発表致しましたシステムについての会議が入っており、正午は会社同士の昼食があります。午後からですが、二時から会社の方針会議。三時から新しく進められているプロジェクトの進行具合の会議。それから......


 そこまで話してすぐ、青年は「あー」と気の抜けた声をあげ、中年男の説明を遮った。

 青年は近くにあった椅子に飛び込むよう、勢い良く座り、手首を左右に振る。


「いんや~、オレから聞いたのに悪いんだが、もう十分、じゅ~ぶんさー。どうせ、その予定の半分はやらないと思うしね」

「左様ですか」


 スーツ姿の男は一礼すると、持っていたタブレットを下ろした。


「こういい天気なんだからさー、もっとゆっくりさせてほしいものだよな~」

「それは少し難しいかと思います」

「まじかー。ならもう、こんな会社、潰しちゃおうかな?」


 青年の提案に中年男はムッと顔をしかめる。


「冗談だよ~、ジョーダン」


 青年はケタケタ笑いながら、乗っている椅子ごとくるくると回りはじめた。


「あなたは、その冗談のようなことを何度も行ってきたのです。たとえ冗談だといたしましても、そのようなことは言わないでくださいますよう、宜しくお願い致します」


 中年男が言ったあと、先ほどと同じよう一礼をするが、今度はなにか礼儀ではなく、心からの気持ちのこもっているのを感じとれた。

 青年も「そこまでしなくっていいよ~」と、手を振り男の頭をあげさせる。


「でも、面倒だと思うのは本当だよ。まさかここまで大きくなるとはね。これもみんな、君のお陰だね。やりたいことはまだまだあるけれど、大きくなるにつれて邪魔が現れる」


 青年は良く磨かれたタイルの床を蹴り、椅子ごと窓際に近寄り、外の風景を眺める。


「今のこの世界は、ちょっと面倒くさいなぁ」


 青年は不満げに呟く。しかし口は、何かを企んでいるような、不適な笑みを浮かべていた。


「当社がここまでこれたのも、私ではなくあなた様の才が導いた結果と言えましょう」

「才か......、そんなものオレにはないよ。ただ、考えたことがたまたま世界に認められて。たまたま世界に広まっただけ。ただの直感と、運と、それとちょっとした勇気があっただけ......、かな。ただ、それだけさー」


 青年は振り返り、前屈みになって中年男を見つめる。

 中年男の茶色の瞳は老いはしているものの、力強さと熱を未だに持っている。

 青年の黒い瞳は中年男とは逆に穏やかな、しかし、見るものすべてを見通すように深い黒目だ。


「しかし、おかげで私たちはこうして、幸せな生活を送らせて頂いています」

「はは、それはよかったよかった」


 中年男の笑顔に青年も同じように笑顔で返す。


「これからも共にいられるように精進いたします、よろしくお願いします。創志(ソウジ)社長」


 ソウジ社長と呼ばれる青年は、深く椅子にもたれ掛かり、にっこり笑っている。彼は先ほどの様な何かを企んでいるような笑顔ではなく、優しげで、少し独特な笑みを浮かべていた。


「こちらからもよろしく頼むよ。前田副社長さ~ん」


 共に微笑む。

 彼らは、この会社、株式会社CS(クリエイト・ソウジ)の設立時と共に今の地位に立った者たちだ。いわばこの二人がいなければ会社は成り立たず、設立すらもなかった。


 ソウジと前田の間には深い絆があった。

 過去、お互い途方にくれていた時に偶然、奇跡的に二人は出会った。二人はお互いの欠点を知り、強みを深く理解していたからこそ、彼等の会社は二年あまりで大手、大企業と呼ばれるまでの会社になった。


「では私は、これから社員を見てきます。社長もご一緒に行かれますか?」


 ソウジは天井に顔を向けながら、クルクルと椅子と共に回り、前田に対し右手を振る。


「い~や、いいよ。自分が出たらみんな変に緊張するからなぁー。みんなにはみんなの仕事をしてもらわないと、邪魔はできないよ~」

「そのようなことはないと思いますが、かしこまりました。では、また後ほど」


 前田は一礼し、部屋から退出する。

 しばらくの間椅子でクルクル回っていたが、飽きたのか、ソウジは飛び降りるように椅子から離れ、また窓から外の風景を見渡す。

 黒い大きなカバンを持ち、顔を下にこぼして、だるそうに身体を丸め歩くスーツ姿の男性。

 コンビニで買ったであろうプラスチックの容器に入ったコーヒーを飲み、虚ろに空を眺めている女性。

 大きな横断歩道を横切ろうと、顔を左右に振り、タイミングを見計らっている老婆。

 携帯電話の画面を必死に凝視し、頭を悩ませている女子高生。

 カフェでノートや教材を広げ、必死にペンを走らせている大学生。 


「まったく、この世界は。本当にやりたいことに溢れてるなぁ」


 ソウジは笑う。

 これから自らが行おうとしていることに対し、目に映る人たちの人生がどれだけ変わるのか、彼は心から胸を膨らませていた。




 ソウジはいわゆる発明家兼、創作家だった。

 彼の考えたシステムや商品、プロジェクト、はたまた書物等。そのあらゆる物が必ず世界中で認められ、多くの人々に広まり、そして売れる。

 そんな彼の事を人はいつしか、世間で『天才発明家』と言われるまでになった。


 世界中に認められる程の発明家。

 評論家内では歴史に名を残すだろうともいわれているが、ソウジにとってはむしろ、いまの世界の方が変だと考えていた。その箇所を修正するようなシステム、あるいは物を考えるだけで、人は彼のことを天才と呼ぶ。そのことに彼自身、違和感を持っていた。

 彼はただ、自分の感覚に従い。いま世界が欲しそうなもの、あるいは将来のパターンを考え、欲しくなるであろう物を、ただ前田に伝えるだけだった。

 彼自身が動かしているのは、多少の頭の回転と、意思を伝えるための口のみだ。

 それだけで天才とは、彼はただ笑うしかなかった。



 バチッ。



 ソウジが外を眺めながら考えていると、ふと彼の背後から、電気が流れるような音が響いた。

 彼はつい反射的に振り返る。

 それは部屋の中央で、まばゆい光を放ち、青い電気を排出している謎の白い球体だった。


「なんだ、これ?」


 ソウジが傍に近づき、球体に触れる......前に球体が割れ、何か、ではなく何者かが現れた。

 割れた球体が消える代わりに現れたのは白い少女。

 純白の衣を纏い、白色の長い髪、目は鮮やかな花緑青。

 光る球体が消えたと同時に現れたのは彼女は、まさに美少女と言うのにふさわしい女の子だった。



「―― あなたの、力が必要なのです ――」



 少女は言った。

 純白姿の少女が両手を広げて、ソウジを包み込むように抱きしめる。


「はん?」


 抱きしめられた瞬間。先ほどのバチッという音が鳴り、頭上に先ほどの球体が再び現れる。

 ソウジと少女の周りを、球体から伸びる、白く、蛍光灯のように光る線が纏う。

 それはまるで、もう逃げられないように、二人に巻き付き、いく。


「なん、いや、まさか、これ......。まじかっ......!?」


 本棚に陳列された小説に目をやり、直感でいまの現象を思考し想像する。

 この状況から有用なパターンは一六。パターンが思い浮かんだとき、思わす彼の口の端が吊り上がり、笑みが生まれる。

 床の感触がなくなっていく。

 ソウジの身体が少女と共にゆっくりと時計周りに回転し、身体が宙へと浮いていく。


「おいおい! マジか、マジかマジか! ハハッ、まったくこれだから人生は......ッ!」


 言葉を発するよりも早く、ソウジは強い衝撃に襲われ、そのまま垂直に飛ぶように消える。




 静まり帰った部屋に、ノックの音が聞こえる。


「社長。なにやら音が聞こえましたが、どうなされましたか」


 返事はない。

 部屋は先ほど聞こえた騒音のようなものが嘘のように部屋は静かだった。


「失礼致します」


 心配した前田が扉を開ける。

 部屋には誰もいない。


「社長?」


 その日、株式会社CS(クリエイト・ソウジ)の社長。型端(カタハズレ) 創志( ソウジ)は行方不明になった。


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