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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第一章 場違い召喚
19/47

18 除け者



 ステージの上に仁王立ち。

 右手で持ったマイクを口元に寄せ、左手は天高く掲げる。

 私――アリシアは、いつもこのポーズを決めてから歌う。

 何の気まりもない、これは単なる癖だ。


 バックミュージックが流れた。

 と同時に観客が歓声を上げ、ソウジが持たせたカラフルなペンライトを大きく振るわせる。


 ひさしぶりに歌う。

 まえ、というか元の世界では、ほぼ毎日歌っていたと考えると、歌っていないここ数日間は、とても長い感じがした。

 観客のボルテージが最高潮に上がったところで、マイクを口元まで近づけ、そして歌う。

 観客は先日解放した奴隷達。いや、彼等と呼ぼう。彼等は普通の人なのだから。


 用意した楽器は、なんと驚くことに、普通に街で売っていた物だ。

 ピアノなど一般的な楽器からエレキギターのような存在もあり、もちろんマイクもあった。

 何故、このようなものがこの世界に存在するのかと聞いてみたところ、クリエットが言うには、この世界にもアーティストという存在があるらしい。まだ見ていないけど、いつか会ってみたい。


 ライブ会場は奴隷達と同時に購入した施設の地下一階。ソウジが持っていた魔具でつくられ、まだ数日しか経っていないためかゴミも汚れもなく、ただ白い床とステージがあるだけの部屋だ。

 それで、何故いま私が歌っているかというと、理由はジョン少年に頼まれたからだ。

 ジョン少年は日々の演説により奴隷......、彼等達を、私達の熱狂的な信者のように仕立てあげた。ただ、いまのままでは私達の操り人形のようになり、自分達で考え、行動すると言った人としての尊厳が失われてしまう、とのことだ。そこで私が歌うことで私達に対する尊厳を保ちつつ、人としての心を持たせる。簡単に言えば私達の信者から私達のファンにさせる、ということを狙っているみたいだった。

 なぜこのようなことをしているのか不思議だったが、久しぶりに歌えるとあって、私は即決で了承した。


 あの時の、ジョン少年の不適な笑みは今でも鮮明に思い出せる。

 少し不気味だった。




「みんなー! ありがとー!!」

「「「うおおぉぉぉおお!!!」」」


 歌が終わり、息を切らしながら手を振りながら、ライブ会場を後にする。そんな私と交替するように、ジョン少年による講演と言うなの演説が始まった。彼の演説には迫力があり、心に刺さるものを感じるのだが、私はあまり好きではなかった。






「お疲れさま~ッス」


 ステージがセットされたライブ会場の上の階、つまり施設の一階に着いてすぐ、椅子に座っていることソウジが話しかけてきた。その手にはオレンジジュースのような飲み物を持っている。


 同じく椅子に座る。

 椅子の心地良い柔らかさが、身体の重みを吸いとり、思わずため息が出てしまった。

 隣にいたソウジが、テーブルの上に置かれたカードを使用して、同じような飲み物を『具現化』させ、そのグラスを渡してきた。


「あ、ありがと」

「どーいたしま~して~」


 ちょうど歌い終わった後で喉が乾いていたため、ソウジからグラスを受け取ってすぐに飲む。味はやっぱりオレンジジュースっぽいが、喉に引っ掛からないさっぱりとした飲み物だった。はっきり言って飲みやすくて、美味しかった。

 気が付くとグラスの中は空になっていた。自分でも気づいていなかったほど、そうとう喉が乾いていたらしい。それを見ていたソウジは、「もう一杯どう?」と言いたげに、幾つか別の種類のカードをパタパタさせている。


「じゃあ、もう一杯もらえる?」

「おーやすい、ごよ~ぅ!」


 ソウジは適当に選んだ一枚カードをまた『具現化』させた。

 今度は透明な液体だが、グラスの側面に泡が付着しているため、それが炭酸飲料か何かだと分かった。

 それをまた受け取り、一気に飲む。

 今度はサイダーっぽい、スッキリとした甘さとしゅわしゅわと炭酸が喉を通る。


「ふぇあぁ、生き返るぅ......。ありがとソウジ」


 ソウジはいつものにやけた顔で、「ひゃひゃひゃ」と変な笑い声を上げた。


「そういえば今日の特訓、休みなのね」


 そこで少し疑問に思ったことを投げかけてみた。

 たしかこの時間はまだ、ソウジは特訓しているはずだ。


「特訓? あー、レベル上げね。そだね、もうやらない」


 一週間もせずに止めたのか。

 私だって食事制限はここ数年続けているのに、彼は思った通り適当な男ね。


「ははーん、その顔はオレが怠けたせいだって思っているんだな? オレだってかなり頑張ったんだせ~? それにレベ上げをやめるの決めたのは、クリエちゃんだぜ~?」

「えっ!? クリエットが言ったの?」


 驚いた。

 何せ特訓を提案したのは、そのクリエットだったからだ。

 彼女は始める前、かなりやる気を出していたみたいだったが......、やはりソウジのせいか。そうだろうな。


「まー確かに、ありゃーやる気なくなるよな~。オレでもそうだったもんな~」


 何があったのか気になる。

 つまりそれは、ソウジはともかくクリエット、それに特訓の相手となっていたはずのワスターレもやめたということ。本当に彼は何をやらかしたのだろうか。


 そんな他愛もない会話をしていると、玄関の扉が開いた。

 入ってきたのは今日も図書館で調べものに行っていたユリアーナ博士とロディオ絵師、それと先ほど会話に出ていたクリエットとワスターレの合計四人だ。


「珍しいわね。今日は四人で図書館デート?」

「......この拠点の前で、たまたま会ったんだよ」


 デートという単語を見事にスルーして、ユリアーナはスタスタと歩いて椅子に座る。

 他の二人も適当に座った。 

 ただワスターレだけが、クリエットの後ろで控えるように立っている。いつも思うが、彼は疲れないのだろうか?


「それで、話とは何でしょうか? ソウジさん」


 ソウジが全員に先ほど私が飲んだ炭酸飲料をつくり、渡している間に、クリエットが問いかけた。

 どうやら彼女達は偶然この場所に集まったのではなく、ソウジに呼ばれてきたらしい。......何か嫌な予感がする。また私だけ除け者にされた気分だ。


「あー、まだ一人来てないから......と思ったけど来たからい~か」


 奥のらせん階段を登ってきたジョン少年にも、同じように飲み物を渡し、椅子に座らせる。


「みなさんお待たせしました。では会議を始めていきたいと思います」

「あ、今日はジョンさんが進行役ですか」

「うん。ではよろしくお願いたします」


 あれ?

 さも当たり前に話が始まったけど、今日はってことは、前もあったってこと? そんなこと聞いてないわよ?


「なぁ、アリシアは初めて集まると思うが、説明しなくていいのかぁ?」


 ナイスフォローです、ロディオ絵師!


「あはは、確かにそーだったね~」


 高笑いを上げるソウジを無視して、目でジョン少年に説明を訴える。


「うん、説明を忘れてました。では一から説明させていただきます」


 ひとつ咳払いをした後、ジョン少年の説明が始まった。




 簡単に言うと、この世界についての共有すべきことを、ここ数日前から話し合っていたということだった。ジョン少年の説明を聞いていて思ったが、私だけ仲間外れ感があるけれど、気のせいよね?


「まー、アーちゃんが聞いたところで分からないと思うけど......ってなに殴ろうとしてるんだよ~、ユリアん!」


 ソウジは手を上げ、すでに振り上げているユリアーナの拳を必死で防ごうとしている。

 あっ殴った。ナイス、ユリアん!

 殴られた頭を押さえ、涙目になっているソウジに対し、哀れみの目で見るその他の多数。もちろん私も同じく、その他の一人だ。


「さて、ぐすっ。これでわかったと思うけど......、オレら自身が強くなる可能性は、極端に低い。よって他の進んでいる計画で行こうと思う」


 ソウジは殴られた箇所を擦って訴える。

 なるほど、分かりやすく実演したということか。実に言い例えだ。


「そうですね。残念ながらみなさん自身のレベルアップによるステータスの向上は、いまのソウジさんを見て分かる通り、失敗に終わりました」


 本当に残念そうに、俯きながらクリエットが言う。

 彼女が言うのだから、まず間違いない。




 その後、彼女からソウジとの特訓の話を聞かされた。

 彼女から発せられた予想を越えるハードな特訓に、私はソウジに初めて同情した。


「――というわけで、レベルアップの上昇率が低く、レベルアップしたところでステータスの上がり具合も乏しいと言うのが、皆さんの元いた世界にあたる人族の特性になります」


 ま、そうでしょうね。

 だってレベルなんて言葉、ゲームとか、歌や踊りの練習中に先生が言っていたくらいだもの。私達自信が持っているはずなんかないじゃない。


「やはり、他の参加者はバケモノだらけと言うことかぁ......」


 ロディオが言ったことに、クリエットの表情はさらに暗くなる。

 他の参加者とは、この世界に来て初めて出会った参加者、名前は......何でしたっけ?


「......カト、ジャト、アーセル」

 

 疑問に思ったことをすぐ答えてくれるユリアん。マジ有能ユリアん!

 そう、名前はカトとジャトとアーセルだ。

 彼女達のステータスは、前にクリエットから聞いたことがあったが、そこまでピンとこなかった。ただレベルの差がありすぎる、ということがわかっただけだった。


「うん、ではソウジさんが言った通り。いま実行中の他の計画を進めていく、ということで。みなさんよろしいですか?」


 周りの皆が頷く。

 私も合わせて頷き、流れるように首を傾ける。


「ところで......いま実行中の計画って、なに?」


 みんなの視線が私に集まる。

 集まる視線は好きだけど、この視線はなんか。ちょっとすこし、ダメなヤツだ。


「えっと、うん。どこから話せば良いか迷いますが......」

「......ボク達は戦わない」


 思わず驚きの声をあげた。

 これからするのは、ゲームに勝つための話し合いじゃないの?

 まさか......諦めた、とか?


「ユリア~ん。それじゃ~誤解を持つ......って痛い! やめて! 暴力いくない!」


 ソウジがまたしても殴られている。

 悔しいが今回はソウジの言う通りだ。すでに誤解を持っている、私だけだと、思うけど。


「うん。戦わないのは僕達だけです」

「それじゃあ誰が戦うのよ」

「まずは、同士討ち、だぁ......」


 ロディオがダンディーな声で答えた。

 だが、その声に合ったセリフを聞くと、何とも寒気を覚える感じだ。


「同士討ちって、チームの? それを狙うの?」

「そうですね。ロディオさんが言ったのは、私達のが生き残るための計画、その三つ目になります」


 クリエットは含みのある言い方をする。

 計画の三つ目、ということはまだ有るのだろうか?


「まー、それは希望的観測ってやつだね~」


 ユリアーナとの攻防を終え、ソウジが再び会話に参加する。

 ユリアーナは彼の言葉の直後に「計画の四つ目もね」と付け加えた。


「それと計画の二つ目もだね。まーこれも、もしかしたらってことでやってもらってるけど。そこんとこど~なのよ、ユリアん」


 挑発するような言い方に、ユリアーナが殴る素振りを見せた途端、ソウジは素早く椅子後ろに隠れた。

 そんなに殴られたくなかったら、その呼び方としゃべり方を止めればいいのに。


「......チッ。そうだね、今のところは何とも言えない。調べてみてるけど、この世界の常識と元いた世界の常識とはまるで違う。ボクですら手こずってるんだ、そう簡単な話じゃ、ない」


 振り上げた拳をゆっくり下ろしつつ、丁寧に答えたユリアーナに「ですよね~」とソウジが軽く返す。

 彼女は頭がとても良いから、何か難しい事を頼まれているとは思うけど。たぶん私が聞いても、やってることを理解出来ないわよね。


「じゃあ一番進んでいるのは、計画の五つ目ってことか~い?」

「うん。僕だけでは難しいですが、アリシアさんのお陰でなんとかなりそうです」


 なんか私の名前が聞こえた気がするんですけど、どういうこと?

 ソウジはソウジで「そっかー」とかいって笑ってるし。


「じゃ~、五番目の計画を軸に進めていこうと思うけど、いいかな?」


 クリエットが渋々といった感じだったが、全員が頷いた。


 私以外の。


 ソウジも、ユリアーナも、ジョンも、ロディオも。


 その全員が。


 私を除いて。


 私を除け者にして......。


「......」


 瞬間に、暗闇で一人で泣いている女の子の姿が、脳裏で浮かんだ。


「ちょっと! 私なにも聞いてないんだけど!!」


 我慢できず怒鳴ってしまった。それほど、おいてけぼりは嫌だった。

 突然叫んだことで、その場の全員が私を見つめた。

 その目は、嫌いだ。大ッ嫌いだ!!


「うん。説明をしていなかったですね、配慮に欠けていました。申し訳ありません」


 ジョンが深々と頭を下げる。

 別に謝ってもらう必要はなかった。ただ一人は嫌だったなんだ。

 すこし頭がいいからって、私を無視するなんて酷い。嫌いだ。


「あー、じゃあジョン君。後は任せるよ」

「いや、俺が話す......」

「......わかった。ではロディオに頼むよ」


 そう言い、ソウジは椅子から立ち上がってどこかに行ってしまった。

 相変わらず、自分勝手な奴だ。嫌いだ。


「とりあえずは、計画の五番目だけでいいか?」

「いまはそれだけでいいわ。いまはまだ......いい」


 本当は全部聞きたい。けど聞かない方が、いまは良いかもしれないと、つい考えてしまった。

 ロディオは優しい。けど、嫌いだ。


「では、簡単に言うからなぁ......」


 このゲームに勝利するための計画。

 攻略ではなく、あくまでも生き残る方法。

 私たちを助かるための、必要なこと。


 その第五の計画とは。


「あの購入した彼等を使った、部隊や軍隊をつくることだぁ」

「なっ......!」


 軍隊をつくる!? つまりそれって......。


「彼等を、私達の代わりに戦わせるってこと!?」


 ロディオはハット帽を抑え、黙って小さく頷く。


「そ、そんなの。認めれるわけ......!」

「そうですね。ですが『規則』事態には問題ありません。それに、参加者以外がゲームに介入することが出来るのは、すでに分かっていると思います」


 クリエットがワスターレに顔を向ける。

 確かに彼も、このゲームの参加者ではない。だが、彼は別だ。彼は強い。

 まだ本格的に戦っている姿を見ていないが、絶対な強さも持っているはずだ。それも参加者を倒せるほどの。


 しかし、彼等は違う!

 住むところを失い、家族とも別れ。自分自身を無条件で売らなければならないほど、人生に絶望している者達だ。

 そんな彼等を、何の関係のない彼等を、殺し合いに参加させるなんて!


「それが、それが彼等を買った本当の理由だったのね、ジョン」 

「うん。しかし、僕だけではありません。ソウジさんが発案し、クリエットさんにも理由を話し、お金を出してもらいました」


 そうか、ソウジが先に考えたのか。あのグズ野郎。

 しかし、私以外がこの事を知っていたということは......。


「ロディオも、知ってたのね」


 また黙って頷く。その姿を見るだけて怒りがわいてくる。

 何より、この計画の五つ目を軸にゲームを進めるということは、彼等が戦うのは時間の問題ということだ。


 戦う相手はあのバケモノ並の力を持つ者。戦えば確実に死ぬ、死んでしまう。

 これはなんとしてでも、止めなければ!


「それと、気付いていないようなので言っておきますがアリシアさん。あなたも既に、この計画に加わっています」

「そ、そんなはずな......い」


 ジョンの言葉で気付いた。気付いてしまった。

 先ほど私がやっていた事が、どういう意味を持っていたのか。


「この計画は、いまのところ順調です。だからこそ、進めるべきです。それにはアリシアさん、貴女の力が必要です。このまま手伝ってもらえますか?」


 彼はいつもより、顔に出ないが威圧的な声で問いかけた。

 再びこの場にいる全員の顔がこちらに向く。

 さっきとは違う、視線。


「わ、私は......」


 瞼を閉じ、ゆっくりと、深く、息を吸い込む。

 そこまで考えなかった。もしくは、考えたくなかったのかもしれない。


 目を開き、続く言葉を言う。






…………






 その日の話し合いは、それで終わった。

 ひどく疲れた、こんな話し合いはもうコリゴリだ。

 今度、彼等と会うときはどんな顔をすればいいのか。彼等の笑顔を思い出すだけで、罪悪感に苛まれる。

 いまの私は死神だ。彼等を死地へ追いやるための、地獄へ誘う悪魔だ。

 こんなコンディションでは、当分は歌えないわね。


 軽く笑い、そして再び考える。いまやるべきことを。

 そう、いまやるべきことは......。



 ソウジを見つけ、彼の顔面に、この握りしめた拳で殴ることだ!



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