18 除け者
ステージの上に仁王立ち。
右手で持ったマイクを口元に寄せ、左手は天高く掲げる。
私――アリシアは、いつもこのポーズを決めてから歌う。
何の気まりもない、これは単なる癖だ。
バックミュージックが流れた。
と同時に観客が歓声を上げ、ソウジが持たせたカラフルなペンライトを大きく振るわせる。
ひさしぶりに歌う。
まえ、というか元の世界では、ほぼ毎日歌っていたと考えると、歌っていないここ数日間は、とても長い感じがした。
観客のボルテージが最高潮に上がったところで、マイクを口元まで近づけ、そして歌う。
観客は先日解放した奴隷達。いや、彼等と呼ぼう。彼等は普通の人なのだから。
用意した楽器は、なんと驚くことに、普通に街で売っていた物だ。
ピアノなど一般的な楽器からエレキギターのような存在もあり、もちろんマイクもあった。
何故、このようなものがこの世界に存在するのかと聞いてみたところ、クリエットが言うには、この世界にもアーティストという存在があるらしい。まだ見ていないけど、いつか会ってみたい。
ライブ会場は奴隷達と同時に購入した施設の地下一階。ソウジが持っていた魔具でつくられ、まだ数日しか経っていないためかゴミも汚れもなく、ただ白い床とステージがあるだけの部屋だ。
それで、何故いま私が歌っているかというと、理由はジョン少年に頼まれたからだ。
ジョン少年は日々の演説により奴隷......、彼等達を、私達の熱狂的な信者のように仕立てあげた。ただ、いまのままでは私達の操り人形のようになり、自分達で考え、行動すると言った人としての尊厳が失われてしまう、とのことだ。そこで私が歌うことで私達に対する尊厳を保ちつつ、人としての心を持たせる。簡単に言えば私達の信者から私達のファンにさせる、ということを狙っているみたいだった。
なぜこのようなことをしているのか不思議だったが、久しぶりに歌えるとあって、私は即決で了承した。
あの時の、ジョン少年の不適な笑みは今でも鮮明に思い出せる。
少し不気味だった。
「みんなー! ありがとー!!」
「「「うおおぉぉぉおお!!!」」」
歌が終わり、息を切らしながら手を振りながら、ライブ会場を後にする。そんな私と交替するように、ジョン少年による講演と言うなの演説が始まった。彼の演説には迫力があり、心に刺さるものを感じるのだが、私はあまり好きではなかった。
「お疲れさま~ッス」
ステージがセットされたライブ会場の上の階、つまり施設の一階に着いてすぐ、椅子に座っていることソウジが話しかけてきた。その手にはオレンジジュースのような飲み物を持っている。
同じく椅子に座る。
椅子の心地良い柔らかさが、身体の重みを吸いとり、思わずため息が出てしまった。
隣にいたソウジが、テーブルの上に置かれたカードを使用して、同じような飲み物を『具現化』させ、そのグラスを渡してきた。
「あ、ありがと」
「どーいたしま~して~」
ちょうど歌い終わった後で喉が乾いていたため、ソウジからグラスを受け取ってすぐに飲む。味はやっぱりオレンジジュースっぽいが、喉に引っ掛からないさっぱりとした飲み物だった。はっきり言って飲みやすくて、美味しかった。
気が付くとグラスの中は空になっていた。自分でも気づいていなかったほど、そうとう喉が乾いていたらしい。それを見ていたソウジは、「もう一杯どう?」と言いたげに、幾つか別の種類のカードをパタパタさせている。
「じゃあ、もう一杯もらえる?」
「おーやすい、ごよ~ぅ!」
ソウジは適当に選んだ一枚カードをまた『具現化』させた。
今度は透明な液体だが、グラスの側面に泡が付着しているため、それが炭酸飲料か何かだと分かった。
それをまた受け取り、一気に飲む。
今度はサイダーっぽい、スッキリとした甘さとしゅわしゅわと炭酸が喉を通る。
「ふぇあぁ、生き返るぅ......。ありがとソウジ」
ソウジはいつものにやけた顔で、「ひゃひゃひゃ」と変な笑い声を上げた。
「そういえば今日の特訓、休みなのね」
そこで少し疑問に思ったことを投げかけてみた。
たしかこの時間はまだ、ソウジは特訓しているはずだ。
「特訓? あー、レベル上げね。そだね、もうやらない」
一週間もせずに止めたのか。
私だって食事制限はここ数年続けているのに、彼は思った通り適当な男ね。
「ははーん、その顔はオレが怠けたせいだって思っているんだな? オレだってかなり頑張ったんだせ~? それにレベ上げをやめるの決めたのは、クリエちゃんだぜ~?」
「えっ!? クリエットが言ったの?」
驚いた。
何せ特訓を提案したのは、そのクリエットだったからだ。
彼女は始める前、かなりやる気を出していたみたいだったが......、やはりソウジのせいか。そうだろうな。
「まー確かに、ありゃーやる気なくなるよな~。オレでもそうだったもんな~」
何があったのか気になる。
つまりそれは、ソウジはともかくクリエット、それに特訓の相手となっていたはずのワスターレもやめたということ。本当に彼は何をやらかしたのだろうか。
そんな他愛もない会話をしていると、玄関の扉が開いた。
入ってきたのは今日も図書館で調べものに行っていたユリアーナ博士とロディオ絵師、それと先ほど会話に出ていたクリエットとワスターレの合計四人だ。
「珍しいわね。今日は四人で図書館デート?」
「......この拠点の前で、たまたま会ったんだよ」
デートという単語を見事にスルーして、ユリアーナはスタスタと歩いて椅子に座る。
他の二人も適当に座った。
ただワスターレだけが、クリエットの後ろで控えるように立っている。いつも思うが、彼は疲れないのだろうか?
「それで、話とは何でしょうか? ソウジさん」
ソウジが全員に先ほど私が飲んだ炭酸飲料をつくり、渡している間に、クリエットが問いかけた。
どうやら彼女達は偶然この場所に集まったのではなく、ソウジに呼ばれてきたらしい。......何か嫌な予感がする。また私だけ除け者にされた気分だ。
「あー、まだ一人来てないから......と思ったけど来たからい~か」
奥のらせん階段を登ってきたジョン少年にも、同じように飲み物を渡し、椅子に座らせる。
「みなさんお待たせしました。では会議を始めていきたいと思います」
「あ、今日はジョンさんが進行役ですか」
「うん。ではよろしくお願いたします」
あれ?
さも当たり前に話が始まったけど、今日はってことは、前もあったってこと? そんなこと聞いてないわよ?
「なぁ、アリシアは初めて集まると思うが、説明しなくていいのかぁ?」
ナイスフォローです、ロディオ絵師!
「あはは、確かにそーだったね~」
高笑いを上げるソウジを無視して、目でジョン少年に説明を訴える。
「うん、説明を忘れてました。では一から説明させていただきます」
ひとつ咳払いをした後、ジョン少年の説明が始まった。
簡単に言うと、この世界についての共有すべきことを、ここ数日前から話し合っていたということだった。ジョン少年の説明を聞いていて思ったが、私だけ仲間外れ感があるけれど、気のせいよね?
「まー、アーちゃんが聞いたところで分からないと思うけど......ってなに殴ろうとしてるんだよ~、ユリアん!」
ソウジは手を上げ、すでに振り上げているユリアーナの拳を必死で防ごうとしている。
あっ殴った。ナイス、ユリアん!
殴られた頭を押さえ、涙目になっているソウジに対し、哀れみの目で見るその他の多数。もちろん私も同じく、その他の一人だ。
「さて、ぐすっ。これでわかったと思うけど......、オレら自身が強くなる可能性は、極端に低い。よって他の進んでいる計画で行こうと思う」
ソウジは殴られた箇所を擦って訴える。
なるほど、分かりやすく実演したということか。実に言い例えだ。
「そうですね。残念ながらみなさん自身のレベルアップによるステータスの向上は、いまのソウジさんを見て分かる通り、失敗に終わりました」
本当に残念そうに、俯きながらクリエットが言う。
彼女が言うのだから、まず間違いない。
その後、彼女からソウジとの特訓の話を聞かされた。
彼女から発せられた予想を越えるハードな特訓に、私はソウジに初めて同情した。
「――というわけで、レベルアップの上昇率が低く、レベルアップしたところでステータスの上がり具合も乏しいと言うのが、皆さんの元いた世界にあたる人族の特性になります」
ま、そうでしょうね。
だってレベルなんて言葉、ゲームとか、歌や踊りの練習中に先生が言っていたくらいだもの。私達自信が持っているはずなんかないじゃない。
「やはり、他の参加者はバケモノだらけと言うことかぁ......」
ロディオが言ったことに、クリエットの表情はさらに暗くなる。
他の参加者とは、この世界に来て初めて出会った参加者、名前は......何でしたっけ?
「......カト、ジャト、アーセル」
疑問に思ったことをすぐ答えてくれるユリアん。マジ有能ユリアん!
そう、名前はカトとジャトとアーセルだ。
彼女達のステータスは、前にクリエットから聞いたことがあったが、そこまでピンとこなかった。ただレベルの差がありすぎる、ということがわかっただけだった。
「うん、ではソウジさんが言った通り。いま実行中の他の計画を進めていく、ということで。みなさんよろしいですか?」
周りの皆が頷く。
私も合わせて頷き、流れるように首を傾ける。
「ところで......いま実行中の計画って、なに?」
みんなの視線が私に集まる。
集まる視線は好きだけど、この視線はなんか。ちょっとすこし、ダメなヤツだ。
「えっと、うん。どこから話せば良いか迷いますが......」
「......ボク達は戦わない」
思わず驚きの声をあげた。
これからするのは、ゲームに勝つための話し合いじゃないの?
まさか......諦めた、とか?
「ユリア~ん。それじゃ~誤解を持つ......って痛い! やめて! 暴力いくない!」
ソウジがまたしても殴られている。
悔しいが今回はソウジの言う通りだ。すでに誤解を持っている、私だけだと、思うけど。
「うん。戦わないのは僕達だけです」
「それじゃあ誰が戦うのよ」
「まずは、同士討ち、だぁ......」
ロディオがダンディーな声で答えた。
だが、その声に合ったセリフを聞くと、何とも寒気を覚える感じだ。
「同士討ちって、チームの? それを狙うの?」
「そうですね。ロディオさんが言ったのは、私達のが生き残るための計画、その三つ目になります」
クリエットは含みのある言い方をする。
計画の三つ目、ということはまだ有るのだろうか?
「まー、それは希望的観測ってやつだね~」
ユリアーナとの攻防を終え、ソウジが再び会話に参加する。
ユリアーナは彼の言葉の直後に「計画の四つ目もね」と付け加えた。
「それと計画の二つ目もだね。まーこれも、もしかしたらってことでやってもらってるけど。そこんとこど~なのよ、ユリアん」
挑発するような言い方に、ユリアーナが殴る素振りを見せた途端、ソウジは素早く椅子後ろに隠れた。
そんなに殴られたくなかったら、その呼び方としゃべり方を止めればいいのに。
「......チッ。そうだね、今のところは何とも言えない。調べてみてるけど、この世界の常識と元いた世界の常識とはまるで違う。ボクですら手こずってるんだ、そう簡単な話じゃ、ない」
振り上げた拳をゆっくり下ろしつつ、丁寧に答えたユリアーナに「ですよね~」とソウジが軽く返す。
彼女は頭がとても良いから、何か難しい事を頼まれているとは思うけど。たぶん私が聞いても、やってることを理解出来ないわよね。
「じゃあ一番進んでいるのは、計画の五つ目ってことか~い?」
「うん。僕だけでは難しいですが、アリシアさんのお陰でなんとかなりそうです」
なんか私の名前が聞こえた気がするんですけど、どういうこと?
ソウジはソウジで「そっかー」とかいって笑ってるし。
「じゃ~、五番目の計画を軸に進めていこうと思うけど、いいかな?」
クリエットが渋々といった感じだったが、全員が頷いた。
私以外の。
ソウジも、ユリアーナも、ジョンも、ロディオも。
その全員が。
私を除いて。
私を除け者にして......。
「......」
瞬間に、暗闇で一人で泣いている女の子の姿が、脳裏で浮かんだ。
「ちょっと! 私なにも聞いてないんだけど!!」
我慢できず怒鳴ってしまった。それほど、おいてけぼりは嫌だった。
突然叫んだことで、その場の全員が私を見つめた。
その目は、嫌いだ。大ッ嫌いだ!!
「うん。説明をしていなかったですね、配慮に欠けていました。申し訳ありません」
ジョンが深々と頭を下げる。
別に謝ってもらう必要はなかった。ただ一人は嫌だったなんだ。
すこし頭がいいからって、私を無視するなんて酷い。嫌いだ。
「あー、じゃあジョン君。後は任せるよ」
「いや、俺が話す......」
「......わかった。ではロディオに頼むよ」
そう言い、ソウジは椅子から立ち上がってどこかに行ってしまった。
相変わらず、自分勝手な奴だ。嫌いだ。
「とりあえずは、計画の五番目だけでいいか?」
「いまはそれだけでいいわ。いまはまだ......いい」
本当は全部聞きたい。けど聞かない方が、いまは良いかもしれないと、つい考えてしまった。
ロディオは優しい。けど、嫌いだ。
「では、簡単に言うからなぁ......」
このゲームに勝利するための計画。
攻略ではなく、あくまでも生き残る方法。
私たちを助かるための、必要なこと。
その第五の計画とは。
「あの購入した彼等を使った、部隊や軍隊をつくることだぁ」
「なっ......!」
軍隊をつくる!? つまりそれって......。
「彼等を、私達の代わりに戦わせるってこと!?」
ロディオはハット帽を抑え、黙って小さく頷く。
「そ、そんなの。認めれるわけ......!」
「そうですね。ですが『規則』事態には問題ありません。それに、参加者以外がゲームに介入することが出来るのは、すでに分かっていると思います」
クリエットがワスターレに顔を向ける。
確かに彼も、このゲームの参加者ではない。だが、彼は別だ。彼は強い。
まだ本格的に戦っている姿を見ていないが、絶対な強さも持っているはずだ。それも参加者を倒せるほどの。
しかし、彼等は違う!
住むところを失い、家族とも別れ。自分自身を無条件で売らなければならないほど、人生に絶望している者達だ。
そんな彼等を、何の関係のない彼等を、殺し合いに参加させるなんて!
「それが、それが彼等を買った本当の理由だったのね、ジョン」
「うん。しかし、僕だけではありません。ソウジさんが発案し、クリエットさんにも理由を話し、お金を出してもらいました」
そうか、ソウジが先に考えたのか。あのグズ野郎。
しかし、私以外がこの事を知っていたということは......。
「ロディオも、知ってたのね」
また黙って頷く。その姿を見るだけて怒りがわいてくる。
何より、この計画の五つ目を軸にゲームを進めるということは、彼等が戦うのは時間の問題ということだ。
戦う相手はあのバケモノ並の力を持つ者。戦えば確実に死ぬ、死んでしまう。
これはなんとしてでも、止めなければ!
「それと、気付いていないようなので言っておきますがアリシアさん。あなたも既に、この計画に加わっています」
「そ、そんなはずな......い」
ジョンの言葉で気付いた。気付いてしまった。
先ほど私がやっていた事が、どういう意味を持っていたのか。
「この計画は、いまのところ順調です。だからこそ、進めるべきです。それにはアリシアさん、貴女の力が必要です。このまま手伝ってもらえますか?」
彼はいつもより、顔に出ないが威圧的な声で問いかけた。
再びこの場にいる全員の顔がこちらに向く。
さっきとは違う、視線。
「わ、私は......」
瞼を閉じ、ゆっくりと、深く、息を吸い込む。
そこまで考えなかった。もしくは、考えたくなかったのかもしれない。
目を開き、続く言葉を言う。
…………
その日の話し合いは、それで終わった。
ひどく疲れた、こんな話し合いはもうコリゴリだ。
今度、彼等と会うときはどんな顔をすればいいのか。彼等の笑顔を思い出すだけで、罪悪感に苛まれる。
いまの私は死神だ。彼等を死地へ追いやるための、地獄へ誘う悪魔だ。
こんなコンディションでは、当分は歌えないわね。
軽く笑い、そして再び考える。いまやるべきことを。
そう、いまやるべきことは......。
ソウジを見つけ、彼の顔面に、この握りしめた拳で殴ることだ!




