17 神殿
美術館は素晴らしかった。
どの作品とも当てはまらないような画風。
見たことも聞いたこともない、初めて知る色。
元の世界とは比べ物にならない、完成されつくした芸術の数々。
それら全てが俺――ロディオの脳を刺激した。
だが、その帰りには虚しさがあった。
あれらの作品を観ても『自分の絵』のヒントにならない。
「......そんなに、自分の絵というが描きたいのかい?」
ユリアーナの問いに無言で頷く。俺の無言の返答にユリアーナは口元を手で抑え、何かを考え始める。
視線を前の看板に移す。看板には『モドュワイト美術館前』と書かれていた。
ここはその『モドュワイト美術館前』というビルのような駅。そこに俺とユリアーナがいる。駅で電車が来るのを待っているところだ。ここに来るときもこの駅で電車を降りた。
またしばらく無言が続いた。
昨日もそうだったが、彼女はあまり話さない。もちろん俺は話そうと努力するが、それでもこういった沈黙が発生してしまう。なんとかしたいものだな。だが、彼女の職業は科学者、俺は絵師だ。話を弾ませようにもお互い何を話せばいいのか分からないのだろう。
それに俺自身も人見知りだ。人の考えはある程度分かるが、だからと言ってジョンのように口が達者ではない。むしろ考えが分かってしまう分、どう言えばいいのか分からない。代わりに絵を描いてあげたほうが受けが良かったりもするしな。
そんなことを考えていると、突如彼女は何かを思いついたのかハッと口を開け、駅にある路線図を見て頷く。
「神殿......行ってみないか?」
突然のユリアーナの提案に、何も考えずに頷く。
彼女のことだ、祈るとかではなく何かを悟ったのだろう。
神殿は美術館と図書館の間の駅近く辺りにある。つまり、帰る前に寄り道をしようということだろう。
そう考えていると、浅緑の光を放つ電車がやって駅に到着した。
神殿の中は元の世界の教会に似ている。
似ているだけで全て見たことないモノばかりだった。
天井一面に多色のステンドグラスが設置され、どんな構造かは分からないがそれらは常に動いている。
中央には巨大な黄金色のゴブレットが、口からは虹色に変化する炎が灯されていた。
そのゴブレットを囲むように階段状に設置された白い椅子が並んでいる。
たったソレだけしかない、それでも幻想的な風景だった。
ステンドグラスを通して、白い床や椅子が多色に付く。そのステンドグラスが動くことで、リアルタイムにあらゆる色に変化し、模様も変えていく。
「......すごいな」
ユリアーナが単純な感想を述べる。
芸術に興味を示さないユリアーナ、そんな彼女が珍しく興味を示した。
「確かにすばらしぃなぁ......」
「どうやってあのガラス動いてるんだ?」
と思ったがやっぱり見るところが違っていた。彼女は相変わらずだなぁ。
「なんだかぁなぁ。まるで生きてるみたいだぁ......」
「......生きてる、ね」
ユリアーナが口元を抑えながら、小さな声で呟いている。
彼女はこうなると長い。ユリアーナ自身の結論が出るまでこの状態が続くことは、すでに知っていた。
「少し周りをぉ、みてくる......」
「......無機質の物体が動く......生物......この世界の理......」
ぶつぶつ呟くユリアーナを無視して、歩く。
見たいものはゴブレットだ。
ゴブレットの側に着き、灯された炎を見上げる。炎は色を常に変化させ、ゆらゆらと揺れる。風も吹いていないのに小さくなったり、大きくなったり。それでいて見ていると不思議な感覚に襲われる。まるで吸い込まれるような、そこだけ時間の流れがおかしいかのような。
試しに手を近づけてみたが、熱は感じなかった。
この輝く炎は、俺の知っている熱を発する炎ではない。
「これは、なんだぁ......?」
「こちらは『主の光』と言われるものでございますよ」
俺のつぶやきにゴブレットが答える。いや、ゴブレットの影から現れた老婆が俺の呟きに答えたのだ。
老婆は杖をつき、小さなヨボヨボの身体で近づいてきた。
「名前を聞いていいかぁ......?」
「名前を聞くときは、まず自分からじゃないのかのぉ?」
怒られた。いや、彼女の言う通りだろう。これは自分が悪い。
「これはぁ失礼を。俺はロディオと言う者だぁ......」
「ほほ、アタシは......フィクと言うものじゃ」
謝り、手を伸ばし握手しようとしたが断られる。少し心が傷んだ。
フィクと名乗る老婆は、外形年齢七十後半。しかし、見た目以上に活気があるように見える。
服装は紫色のフード付きマント、服はしわしわの白いシャツとスカートを着ている。右手に持っている杖は、色や形状からして木造だと思われる。
「それで、これはいつからあるんだぁ......?」
「そうじゃな、この世界が出来てからと言われておる」
そうフィク老婆が言い、杖をつきながらゴブレットに近づき炎を見上げる。
「この世界とはぁ、ゲーム開始以前からあったってことかぁ......?」
フィク老人は振り返り、今度はロディオを見上げる。彼女の身長はユリアーナと同じくらいなため、見上げるのも無理はない。むしろそんな見上げるような姿勢は高齢の方にはきつくないのだろうか。
「ゲームというと、お主も参加者なのかのぅ?」
一瞬言うべきかどうかを迷ったが、素直に頷くことにした。
ロディオの頷きに合わせ、フィク老人も数度頷き、「ふぉふぉふぉ」と笑いながら神殿の出口へ向かう。
「お主のような参加者は初めてだ見たよ。次も無事に会えたら、その時はお主のことをもう少し聞いてみようかのぅ」
そう言い、老婆は神殿を出てどこかに行ってしまった。なんだったのだろうか。
「......参加者、かもね」
ユリアーナの地殻に戻ってからの彼女の一声。俺にも聞こえたその呟きに、思わず「はぁ?」と口が開いてしまった。
「参加者と言った後のあの変貌。それと気付かなかったい? 彼女の耳、尖っていたよ?」
気付かなかった、という訳ではない。普通の人よりも倍ほど長い耳、気付かないはずがない。
耳が尖っていたということはエルフかハーフエルフ。たしか俺達が購入した者の中にも同じような種族がいたはずだ、後で確認しよう。
「思わぬ出会いをしてしまったけど。もう施設に戻るかい?」
少し考える。老婆の出現で少ししか見れなかったが、初見で十分に観察できた。後は施設に戻ったときに自室で描けばいいだろう。
その考えに至り、無言で首を縦に振り戻ることを彼女に伝える。
「......わかった。では戻ろうか」
頷き、共に神殿を後にする。
はずだったが、何か気になりもう一度ゴブレットに近づいてみた。
先と同じように燃え続け色を変え、輝き変化し続ける炎。
炎を眺めていると、その中から文字が浮かび上がりはじめた。
「これぁ......」
「......手間が省けた」
そうユリアーナが言い、適当な椅子に座る。
鞄から紙とペンを取りだし、浮かび上がった文字をそっくり書き出し、書いた文字に彼女はさらに何やら式などを付け加えはじめる。
「ユリアんは、この文字がわかるのかぁ......?」
「分かるもなにも、調べようと思っていたことだからね。後日調べるクリエットにでも聞いてみようかと思ったけど、まさかこんなところにその手掛かりがあったとはね。この場所にきたかいがあったってものだよ」
いつもより早口で答えるユリアーナ、こうなったら彼女は止まらない。
彼女は書き始めて数秒後に「できた」と言い、俺に紙を見せる。
見せられた紙には、浮かみあがった文字の他、数字や数式が書き加えられていた。だが、はっきり言ってこれだけでは意味不明だ。彼女はこれを見せて、何をどう俺に判断させようというのだろうか。
と言いたげな顔をしてユリアーナに対し首を傾げる。
「......これは、時間だよ」
ユリアーナはため息交じりにヒントをくれた。
その言葉を規範にもう一度紙を見る。確かに日時、年号だと考えると、読めなくはない。
一本上に書かれた数字は年。その下の数式の答えが、今の月日と言うことだろう。
「......恐らくこれは、エレメンタルの属性の一つ。『時』の集まりなんだ。なんでこんなところに在るとかまではわからないけど、これを基準に全ての出来事を記録しているんだろう」
なるほど、つまり神殿は神を崇めるのではなく、時を定める場所ということか。
では何で神殿と言われているのか。なぜこの場所なのか。だれが記録しているのか。
また、この世界の謎が増えてしまった。
「さて満足したし、帰ろうか!」
ご機嫌なユリアーナは鼻歌混じりに出口に向かう。
結局のところ、あの老婆の正体は分からない。不安かあるが、いまは気分がいい。こういうのは皆と合流して、相談しながら考える方がいいだろう。
そう考え、俺も鼻歌をしながら出口へむかう。相変わらず鼻唄は、上手くなれないなぁ。
…………
施設に戻ったときには日が沈みつつあった。
戻ったときにはすでにソウジとジョン、クリエットとワスターレがいた。彼等は椅子に座り何かを飲み、A3程の大きい紙を見ながら雑談している。何か、あの紙は見たことあるなぁ。
今日も魔具を使用すると言ってたため早めに帰ろうとしたが、思った以上に遅くなってしまった。
「すまなぃ、遅くなったぁ......」
その声に気が付き、四人がこちらを向く。
てっきり気付いていると思っていたが、そうではなかったか。
「まだだいじょ~ぶさ~」
ソウジが飲み物を手渡しつつ言う。今日はオレンジジュースか。
「......それで、今日はどんな部屋をつくるの?」
ユリアーナも飲み物を貰いつつ問う。それが今日一番大事なことだ、しっかり聞いて彼の求める部屋の設計図を描かないとな。
「へ~い。今日はこの部屋をつくりまーす!」
そう言い先ほど皆で見ていた紙を俺達に見せる。
先ほどからどおりで見たことあると思ったら、その紙に描かれている物は、俺が前にクリエットが用意してもらった部屋で描いたものだった。
「俺の、作業場に、勝手に、入ったのかぁ......?」
「ま、ままま待て! 落ち着け! オレ達チームだろ!?」
何をそこまで怯えているのか。
俺はただ聞いただけではないか。そこまで怖いか?
「いや、怒っていない。だが今度からは、言ってくれぇ......」
ソウジは「イエッサー!」と敬礼し、そのまま動かなくなった。
とりあえずこのままでは話が進まないので「直れぇ」と言っておく。
「......それで、その描かれているものは何?」
ユリアーナが話を戻してくれた。
そう、描いたものだ。これは昨日地下一階、ステージをつくった後に頼まれたものだった。
「この施設の地下二階、俺の作業部屋だぁ......」
何故かはわからない。
ただ次につくるべき部屋だと、ジョンとソウジが言っていたため描いたのだ。
ただそれだけ、要望に応えただけだ。
「......思ったより、すっきりしているね」
たしかに、ユリアーナの言う通りだ。だが俺はそれでいい。
変にごちゃごちゃしているよりも広い空間で静かに描いていたい。そう思いながら描いた俺専用の部屋。
階段から降りて廊下に出る。
扉を開けるとすぐに作業場に着く。
作業場の壁と天井、床のタイルは白緑に染められている。
天井の中央に蛍光灯。色は白。その真下に作業場所となる木の台と道具一式。
念のため、部屋の端には物を置くスペースと棚を用意してある。
何となくゆったりできように、ベッドとソファーも設置してある。
と言った感じの部屋だ。
「うん。いいんじゃないでしょうか。ロディーさんらしくて」
ジョンがユリアーナに対して答える。
この部屋が俺らしい、か。ますます俺の求める『自分の絵』が分からなくなるな。
それより、ロディーさんって......。なるほどソウジか。そう思いソウジを見ると、やっぱりそっぽを向いていた。彼は相変わらずだな。
「そうですね。私もいいと思います」
いつの間にか近くに寄っていたクリエットが言う。
「では早速、開始しましょう!」
「うん。ロディオさんの補足を付け加えつつ、魔具の準備をしましょうか」
ジョンが言い、すでに傍に置いてあった魔具を取り出し準備にかかる。その間に寸法などをユリアーナがいつの間にか書いていた。打ち合わせもしていないのに、なぜこうも気が合うのだろうか。不思議だ。
出来上がった部屋は思い描いた通りだった。いや、それ以上だ。
まさか設計図に面白半分で描いた絵具などの道具一式も出来ているとは思ってもみなかった。
これは思った以上に、この魔具『ドリーム・ルーム』はすごい道具なのかもしれない。
全てが終わり綺麗になった施設の一階に上がったところ、ちょうど購入した彼等の一人と共に戻って来たアリシアが、またしてもハブかれ拗ねた。もしかすると彼女がこの中でいちばんの子供かもしれないな。
夕食はその施設の一階で食べた。
相変わらず便利なカードだ。数も減らないし、いくらでも出せる。
出現した食器なども別のカードに触れただけで消滅する。本当にこの世界は驚かされることばかりだ。
お腹も満腹になったところで、改めて作業部屋に入る。
今日はその作業部屋で寝ることにした。他の皆はすでに城に戻っていった、おかげで静かだ。
本当に、とても静かだ。
コートと帽子を作業台の椅子に置き、ベッドに横になる。一つ上の地下一階では、購入した彼等が寝泊まりしているはずだ。だが、その音さえもわずかにも聞こえない。さすが、防音設定をしっかりしただけはあるな。
そう思いつつ、目を閉じる。何かを忘れているような気がして、あまり寝れない。
(何か、みんなと会った時に話す事があったような気が......)
そんなことを考えていると、いつのまにか寝てしまったらしい。
次に目を覚ました時に「朝食の準備ができた」とユリアーナが起こしてくれた。それと、ソウジとジョンが頼みたいことがあるらしい。
と、だけ話し彼女は俺の部屋もとい作業場から出て行った。
俺はいそいそをコートを着て、帽子をかぶり、いつもの格好で作業場を後にする。
今日はいったいどんな刺激が待っているのか。思わず顔がにやける。
「非常に楽しみだぁ......」
扉を開け、そうつぶやいた。




