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場違いな天才達  作者: 紅酒白猫
第一章 場違い召喚
15/47

14 レベルアップ



 身体が熱い。

 頬を伝って口の中に入る酸っぱい汗が何とも不愉快だ。


 オレ――ソウジは、ただいまピンチだ。

 もっと言うなら死にかけている。


「はぁはぁ......」


 緊張と恐怖で息も絶え絶え。

 両手で持っている剣を弱々しく握りながら、何とかこの状況を打破しようと思考を巡らせる。

 しかし、そんな無駄な考えよりも早く、来た。


 ――――斬撃。


 空間を切り裂くような、振られた長剣の鮮やかで鋭い一撃を間一髪のところで避ける。だが、振りかぶられた剣が途中で動きを止め、戻る様に先に振った刃とは逆の刃で切り付けてくる。回避しようにも、両足はまだ宙を漂っていて動けない。


「クソッ!」


 持っていた剣を捨てるように長剣に当て軌道を変え、背中を丸めて無理やり回避する。着ていた服が切り裂かれ、胸の辺りに熱い線が走った。

 はっきりとした痛さを感じるよりも早く、次の攻撃への対処を考える。


 相手は二連続で攻撃してきた。その後の隙は大きいはず。なら、ここで一旦体制を立て直して......、いや、ダメだ。それよりも早く次の攻撃が確実に来る。

 ならどうする? いや、これはもう――


 足が付いたと同時に地面を力の限り蹴りつけ、距離をとるため出来るだけ後ろに下がる。だが後ろに下がるよりも早く、相手も地面を蹴って瞬時に間を詰め寄り。

 そして視界がまわる。


 視界がまわっている途中、自分の身体らしきものが見えたが、たぶん気のせいではない。

 そのまま転がるように地面に落ちた、痛みはない。自分の身体らしきものも横に倒れるのが見える。その光景を見たときようやく気付いた。


 オレは死んだ。

 何もできず、ただ身体を切り刻まれ、最期に首をはねられ、絶命した。

 それを自覚したと同時に、ゆっくりと瞳を閉じる。



 ホント、なんでこんなことになったのだろう。


 ほんとうにまったく――――またかよ!






…………






「ぬわっち!」

「あ、ソウジさん。気が付きましたか?」


 飛び跳ねるように上体を起こす。起きた後すぐに話しかけてきたのは、座りながらカードでグリーンティを具現化させている薄青髪の少女クリエット。オレは彼女をクリエと呼んでいる。

 念のため首をそっと手でなでるように触る。よし、ちゃんとくっ付いているな。


「もうこれで、五二回目ですね......」


 そう言った彼女の目は、すこし悲しそうだった。

 彼女の隣にはワスターレもいる。相変わらずの無言で全身銀鎧で表情すらも見えない。先ほどオレをその腰に下げている長剣で殺したと言うのに、まるで機械のように微動にしない。なんか少しショックだ。


「そうだな~、これで死んだ回数はそんなもんになるのか~」

「あっ、いえ違いますよ。先ほどの数字は首をはねられた数です。死んだ回数は合計で一〇六回です」


 一〇六回も死んだのか。

 あれだけ死ぬ思い、というか死んでもこの体たらくと。クリエちゃんじゃないけど、たしかに悲しくなってくるな。


「でもこの部屋、ホントすごいな~」

「そうですね。私もはじめて見たときは驚きました」


 部屋の内側は、床も壁も天井も、辺り一面の全てが真っ白な空間。

 この場所は前の参加者によって創られたものらしい。正しくは、前の参加者が持っていた能力である『創造』によって創られた空間だ。『創造』という能力は、あの『創造の指輪』と同じ効果と言えばわかりやすい。

 そんな便利な能力をもった奴がいたなんて驚きだな。

 オレにくれよ。無理か。


 ただその創られた空間。四方が白く、何もない部屋だが、見た目以上に驚くことがある。

 この部屋には、とある特殊な力を宿しているのだ。


「『死んだ後、身体を部屋に入ってきた時と同じ状態に戻す』なんて能力があるとはね~」

「はい。修行用に創ったらしいのですが、あまり使用されなかった、と聞いています」


 斬られた胸の辺りを擦り、先ほどの痛みを思い出す。

 痛感遮断をしなかったのはこの制作者一番の誤算だろうか。いや、あえて残したのだろう。なにせその痛みが必要だっただろうと思ってのことだ。結果としてはいらなかったんだけどね。


「それでクリエちゃ~ん、いまはどんな感じかな~?」

「え、あっはい! 少々お待ちください」


 そう言い左目を抑え、こちらを視る。

 こう、何て言うか。かわいい少女に見つめられると、すこし照れるな。


「......残念ながらまだ上がっていませんね」

「まじかー、こんなに戦ったのにかー、つらいなー。もしかして、この辺にいるっていう『異獣』とか言う敵を倒さないといけないとかは、そんなのはないのか~い?」

「いえ、戦闘を行うだけで経験値が手に入りますので、戦い続ければその内に上がるはずです」


 そう、いまやっていることは、ゲーム特有のレベル上げってやつだ。

 聞いたところ、オレのレベルは11。さらにステータス値はこの世界にいる子供以下というおまけ付きだ。

 これは昨日の買い物後に少し話し合って出た計画の一つだった。それをいま現在、戦闘と死を経験しながらやっている最中だ。決して遊びでやってはいない。

 というか遊びで死ぬのか嫌じゃん。


 でもなかなか上がらない。限界ギリギリとかいうレベルを超える、一番手っ取り早い修行方法をやっているわけだが、まったくレベルが上がる気配がない。


「死んだことで経験値がリセット、とかは~?」

「それはありません。私の『視察』で見る限り、微量ながら入っています。本当に微量ですが」

「ふ~ん。ちなみに今までの経験値量からみて、あとどれくらいで上がる感じかな~?」

「あっ、はい、そうですね。このペースだと、あと八四回死ねば上がりますね」


 軽く嫌なことに例えてくれたな。

 それと、なんかクリエちゃんが楽しそうなのも、気のせいだよな。だよね?


 つまるところ、だいたい二〇〇回以上の死亡で1レベル上がる、ということだ。なんと効率の悪い事でしょうか。

 悲しくなってきた。

 死にたくなってきた。

 結局はまた死ぬんだけどね? あと最短八四回分。


「ところで、他の方々は大丈夫なのでしょうか?」

「うん? 大丈夫じゃないの~?」


 そう言いつつ、用意された紅茶を飲みつつ考えてみた。


「確か、ユリアーナさんとロディオさんの二人が知識と常識の習得。ジョンさんとアリシアさんの二人は昨日購入しました労働者の調教、でしたでしょうか」


 クリエの言う通り。彼等はいま、オレ達がレベルアップに精を出している間に、それぞれ別のことを頼んでいる。これも昨日の内に話し合った計画通りだ。

 そんで今朝にまた少し話し合い、五日後の第二回チーム会議で報告することになった。そこで今までの成果を言い合うということだ。


「それにしても、ユリアーナさんとロディオさんはともかくとして、ジョンさんとアリシアさんの方は大丈夫なのでしょうか? 二人とも若いですし、何よりそのようなことが出来るとは思えないのですが」

「クリエットちゃ~ん。せっかく仲間になったのに、さん付けはやめようよ~。それと、あの二人なら大丈夫だ。むしろ二人でなければいけないのだよ~」


 未だ疑問を持っている様子のクリエちゃん。彼女の疑問も最もだろう。

 ジョンとアリシアには『調教』とか『支配』とかいった超常的能力やスキルを持っていないことは、彼女のその右眼で確かめていた。だからこそ心配なのだろう。けどそんなもの無くても、普通人程度なら、あの二人にかかれば問題ないだろう。

 そう、普通に、別の戦いとか関係ない世界だったら、オレ達全員そこそこ役に立っただろう。


 科学者であるユリアーナなら、その知識を用いて世界で科学革命を起こせるはずだ。

 相手の思考を読み取り、それを絵や物で表現できるロディオなら、世界中から重宝されるはずだ。

 人々を操ることに長け、さらにあれほどの知性を持っているジョンなら、王にでもなれたはずだ。

 ただ存在するだけで人々から注目を集めるアリシアなら、本当に世界を平和に出来たのかもしれない。


 そうさ、戦闘とか以外だったら、彼等は十分に戦えた。だがこの世界ではだめだ。


 ユリアーナの知識は、たぶん使えない。

 ロディオの技術も、意味をなさない。

 ジョンの操作も、相手が限られている。

 アリシアの魅力も、参加者という枠組みに入ったせいで半減以上だ。

 おまけに全員、戦闘経験はおろかそれらの知識すら持ち合わせていないため、戦法なんてものも考えれるはずがなかった。


「なんでオレらみたいなのが召喚されたのかね~。この世界じゃ場違いすぎっしょ~」

「そこまでは、私にもわかりません。ただ、もしかしたら何か特殊な能力を持っているのかもしれません。たまにそういう参加者の話を聞きます。最初は皆さまのような弱者だったものが、ある時をきっかけに力が覚醒する、など」


 クリエは立ち上がり、拳を握りしめる。そんな彼女には悪いが、オレらにそんな者では断じてない。

 このレベル上げだって、はっきり言って無駄だと言うことは分かっている。だが直感的に必要だと思ったのだ。たぶん、本当に身体を張って戦うときのための、予行演習ということだと思う。


「さて、続きをやりましょう! もしかしたらレベルアップと同時に、特別な力が手に入るかもしれません! さぁ、はやく!」


 クリエットに手を引っ張られ仕方なく立ち上がる。


 胸の痛み......の様な錯覚は消えていたが、あと八四回も死なないといけないとか、痛いし面倒だなぁ。あまり人の命を弄ぶようなことは好きじゃないな。人の命はもっと重いんだよ?


「はいは~い。了解ですよリーダーのクリエちゃ~ん」

「リーダー......ですか。そういえば、名前はどうします?」


 名前? 何の名前だ?

 あー、はいはい。名前、なまえね。えーと、つまり......。

 この、最弱・残念・場違いチームの名前ってことね。


「じゃあ『場違い』とか? オレらとこの世界の関係上、かなりぴったりな名前だど思うけど~?」

「『場違い』ですか。その通りでなければ、いいんですけどねぇ」


 ジト目で見てくる齢十四歳ピンクドレスで青髪クリエちゃん。マジ可愛い。

 そして出た、たまに暴言を吐くダーク・クリエちゃん。マジ怖い。初日のはいまでもトラウマだ。


「お、おう。じゃ~、次回の会議にこのこと伝えても、良いか~い?」

「分かりました。どのみち付けなければいけないので、良いしょう」


 そういえば、何故チーム名が必要なんだ?

 いや、愚問か。

 他の参加者チームにも名前がある、あの時クリエが言っていた名前がそれだろう。


 カト・ウィンが所属するチーム『ドラゴンズフォース』。

 ジャト・アクイラが所属するチーム『地獄獅子』。

 アーセル・シュシュが所属するチーム『ピースラブ』。

 あと他、名前の知らないチームが二つ。


 この名前決めもたぶん、『規則』と同じでしなければいけないこと。いや、同じではなく実際そうなのだろう。

 つまり、『チームの名前を決める』と言うのも規則の一つなんだ。

 問題は、クリエ自身がそのことを知らなかったこと。

 ゲームの参加者にとって規則はこの世界で一番重要なことだ。召喚者だってその参加者を死なれては困るため知ろうとするだろう。なのに、彼女は知らないことが多い。

 いや、逆か。

 何故知っているのか、だな。規則だけではなく、このゲームの勝利条件等も誰かが教えている。

 そして、その誰かとは、やはり――


「どうしましたか、ソウジさん? 経験値が溜まらないまま、死にますか?」


 考えがまとまりそうなときに話しかけてくる、残念なクリエちゃん。それにしても、何も手に入らないまま死ぬのは嫌だな。ただの死に損じゃないか。でも、どうあっても死ぬんだよな。


「は~いはい。そんじゃ~、殺られますか~」


 先ほど同様。ワスターレが剣を構え、一応こちらも剣を構える。

 もちろん、これはただの形だ。どうせ一撃目で弾かれ、二撃目で詰め寄られ、三撃目で首が飛ぶか、胴体を真っ二つ。相も変わらずわかりやすい最期だ。


 そして始まり、読み通り終わる。

 はいこれで、後八三回だね。






…………






「あと、三〇回までになりましたね」

「そ、そう......だね」


 首がしっかりくっ付いているかを確かめ、クリエの問にそう返事をする。

 あれからさらに数時間。ぶっ通しで戦い殺され続け、彼女の言った通りあと三〇回のところまで来た。


「もう暗いですし、今日はここまでにして楽しみは明日に取っておきましょう」

「あ、は~い」


 ようやく終わった。残業無くてホントよかった。

 彼女の事だから、さっさと帰るとは思っていたけど、「あと三〇回ですので、このままやりましょ~ね」とか言ったらどうしようと、四〇回目くらいから結構本気悩んでた。


「明日も朝から始めましょうか。レベルアップが楽しみですね!」

「お、おう。オラ、がんばるぞ~」


 やばい、押されてる。

 何度も戦っては死んでを繰り返せば、そりゃ言葉数も減りますが、残り回数が五十回を超えてからのクリエちゃんのテンションの上がりようはやばいのよな。

 生き返ってからすぐに「あと四九回ですね」や「四八! 四八!」や「あと四七ですね、たっのしみだなー」とか言いながら、楽しげに手を叩くわけですよ。もうね、カウントダウンされると生きてる感覚無くなってくるってもんさ。

 死へのカウントダウンとか言うわけじゃないけど、てか実際に死んでるしね! 死んでからって感じだしね!


「早くしないと真っ暗になってしまいますよ! さっさと施設に帰りましょう」


 部屋の出口付近で待機しているクリエットが叫ぶ。その隣には当然のように無言のワスターレが直立している。彼は疲れていないのだろうか。いや、オレ程度と戦って疲れると思っているのが愚かか。

 店......今は『施設』になっている。それは昨日購入した店の名称にした。今後はその施設を中心に活動していく予定だ。


 クリエットが言うには、他の参加者も街のどこかに拠点を持っているらしい。それはだいたい予想が付いていた。

 寝るとかは戦闘禁止区域のほうが安心する。単純で普通だが、一番言い考えだ。




 クリエット共に外に出る。辺りはまだ日は昇っているが、それでもあと1時間もしないうちにここらは暗くなるだろう。

 今までいた部屋は、都市から少し離れた森に創られていた。その理由は『規則 其の四』があるから、それに反しないようにするためと簡単に予想が付く。都市外でないとレベルアップも容易には出来ないということだね。

 それで、もちろんのことだがここは都市外、つまりいまオレらがいるところは戦闘禁止ではない。この瞬間を他の参加者に狙われたら一巻の終わりってことだね。

 見つかったら即ゲームオーバーだ。まるで鬼ごっこだ。


「まーでも、街まで5分の距離なんだけどね~」

「その5分ほどであなたは簡単に死んでしまいますよ? 油断しないでくださいね!」


 まだテンションが高く、微妙にダーク感が残ってるクリエちゃん。けど、これならまだ心が折れないから大丈夫。......メイビ―。


「それにしても、この外形は何とかならなかったのかな~?」

「そ、それは......創った本人に言ってください」


 創った本人か、会ったら言ってやろう。

 それにしても目の前にあるこの木。いや、木なのか?

 確かに外形は木だ。問題はその形、もろ正方形、立方体。木の上部には一応、枝と葉が付いている。申し訳ない程度にだが。そして極め付きは、出てきたときのこの扉だ。鉄で出来ている。

 ほんと、創ったやつは創造力に欠けてるね!


「バレ、ないよな~?」

「そうですね。バレたら終わりでしょう。ただの木ですから、すぐに壊せます」


 言いますね、言っちゃいますねクリエちゃん。

 まー、明日でレベルアップで来ますし、何とかなるかな。なればいいな。いや、ならないな。


「さて、行きましょう。ここにいる方が一番危険です」

「りょーか~いですよ、クリエちゃん」

「......」


 前を歩くクリエの後ろに付いて歩く。

 さらにその後ろにいるのは、無言のワスターレ。

 本当に彼は何を考えているのか分からないな。


「ワスターレさんはどう思います? レベルアップして何か変わると思いますか~?」

「......」


 無言だ、まさか嫌われているとか。有り得る。


「すいません。その、ワスターレは話せないのです」


 ほーなるほど。

 だから意思疎通も、目配りとかで指示をしていたのか。

 そしてようやく理解した、彼が一体なんなのか。


「もしかして、自我がない、とかですかね~?」

「どうしてそれを......はい、そうです。ワスターレ自身に自我はありません。私が生まれた時から、すでに前任の召喚者の傍に居りました。その時でさえも言葉を発さなかったそうです」

「さいですか~、りょーかいッス」


 これで確定した。いや、予想通りだったのかもしれない。

 問題は彼をどうするか、だな。それも愚問だ、いつも通り接するしかないよな。


「......このことは、先に皆にも言ったほうがいいと思うけど、大丈夫か~い?」

「え、あ、はい。分かりました。では会議の時に......」

「いんや~、帰ったらオレから直接みんなに伝えとくよ~。それと、今度から帰りはもう少し早くしようぜー。こんな暗くなりはじめだと、敵に襲われたときワスターレが戦い難いと思うからな~」

「そう、ですね。わかりました。では、もう一時間ほど早く切り上げましょう」


 よし! これで早く帰れるぞ!

 ......冗談この辺にして、戻ってからの事を考えよう。たしか魔具屋で面白便利な道具が売っていたな、あれを試してみるか。そうなると、ロディオの技術とユリアんの多少の知恵が必要になるけど、たぶん問題ないはずだ。

 これで計画が余計に進むな。


 自然と口元が緩むな。


「これからもよろしく頼むぜ~! ワスタっち!」


 ゴツイ全身鎧の背中を叩く。叩いた手が痛い。

 クリエもこちらを見て微笑む。うん、そっちのほうがいいね、やっぱり。ダークはクールだけど怖いかね。



 日が沈みかけていた。

 こういった場合、フラグがかなり立っているからヤバイと思うんだけど、実際はどうかな。

 オレらはこのまま無事に、施設に戻れるだろうか。




 ......あっ、普通に着いちゃったぜ。



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