11 街並
この世界は異常だ。
クリエットとの質疑応答が終わり夕食をとった後に、ボク――ユリアーナと他の者達は、すでに用意された部屋でそれぞれ休むことになった。
部屋は綺麗に清掃されてはいたが、どこか人の気配がする。いわゆる誰かが使っていた形跡があった。
だがそんなことを気にしていても仕方がない。この世界に来てすでに二日経っている。寝て起きれば三日目にもなる。情報は多少手に入ったが、それ以上に危惧しなければならないことも増した。
本当にボク達はゲームの世界にいるのか。もしかするとこれは集団催眠の一つで、何かしらのショックを与えれば現実に戻るのかもしれない。
そのような考えに至ってすぐ、頭を横に振って否定する。あまりにも危険すぎる考えだったからだ。
ショックを与える。例えばそれは、死ぬこととか......。
「......チッ!」
ふざけた考えを捨てるようにベッドの上で丸くなる。
失敗したときや悩んでいるときはこの姿勢が一番落ちつく。昔からの癖みたいなものだ。
その丸まった状態から、椅子に掛けた白衣に手を伸ばし、白衣のポケットから一枚のカードを取り出す。これはクリエットが使っていた食事を具現化したカード、名前をクリエットから聞いてみたところ『飲食用カード』だという。ふざけた名前だ。
飲食用と言うこともあるから他にもあるのだろうか。
「......こんなもの、どうやって証明すればいい」
カードに書かれたケーキを見ながらつぶやく。この世界に来てあらゆることに説明を付け考えてはいたが、このカードに関してだけは謎が多すぎる。
一見して普通のカードだ。しかし材質は鉄か何かか、見た目よりも固く、それでいて普通の紙並に軽い。
このカードのほかにも、この世界では説明のつけようがないことが多すぎる。それらすべては、科学者であるボクをあざ笑うかのようんな、現実では到底理解できない物理的に不可能なことが多い物ばかりだ。
「......くそっ」
ベッドの上でそんな事を考えている内にどうやら眠ってしまったらしい。
あの忌々しいバカ野郎であるソウジによる、棒携帯『エステル』でのモーニングコールによって起こさた今朝は、普段よりも一段と気分が悪かった。
朝食のベーコンエッグを食べた後、この都市の王――オデラン・モドュワイト・ロームーブとの謁見の申し立てが、王女であるクリエットからあった。
王座に座るその男は、金の刺繍が施された白いローブで身を包み、クリエットと同じ薄青色のキッチリ切り揃えられた短い髪。鋭くそれでいてすべてを見据える様な目と、糸のような細い口をしていた。
謁見は別段何もなく、自分たちがクリエットによって召喚されたゲームの参加者である旨を伝えただけで終わった。
「汝らの活躍、期待しておるぞ!」
とか最後に王様が激励していたが、あまり期待しないでもらいたいものだ。現実は論文に書かれた実験などより上手くいかないものなのだから。
…………
王との謁見後、全員で街を観に行くことにした。
久しぶりに帰ってきた故郷だからだろうか、クリエットが「あの店のデザートはおいしいですよ!」や「あそこにある喫茶店は雰囲気が良いですよ!」など、正直どうでもいいことばかり教えてくれる。
ただ、そう街を見ているとあることに気付いた。
食べ物や道具と言った日常品らしき物――はじめて見る様な道具――はあるが、ほかにも置いてあるものに違和感があった。
近くの店にあるリンゴみたいな果物らしき物を一つ取る。店のおばさんが何か話しかけているが、そんなこと気にせず観察する。
やはり違和感がある。
しばらくリンゴらしき食べ物を眺めていると、寄ってきたクリエットが持っていたリンゴをそのまま買ってしまった。
そうだ。違和感の一つはこの買い物だ。
この街だけかはわからないが、基本通貨らしいものを使用しない。
いちおう金貨や銀貨、銅貨というものがあるが、ここでは物々交換が主な取引らしい。どの客も通貨を使用せず、食べ物や別の道具と交換している。
物を買うとき覚えておいたほうがいいかもしれない。何かとこれから必要になると思うからな。
ちなみにリンゴは、クリエットがいつも腰に付けている白色のポーチの中から銅硬貨を一枚取り出し、それで支払った。どうやらリンゴ一個、銅硬貨一枚なのだろう。
いや、違った。
店のおばさんはビニール袋の様な透明な袋を取り出し、リンゴを十個入れている。銅硬貨一枚でリンゴ十個なのか?
リンゴの価格がよくわからないな、もしかしたら店側が決めているのかもしれない。
入れているビニール袋も変わっている。
見た感じある程度の伸縮が自在で、丈夫さもビニール袋よりも紙袋いや、布以上かもしれない。
さすがにナイフとかで傷がつくと思うが、それでも十分すぎるほど頑丈そうだ。
袋の話を頭の片隅に置き、リンゴのことに戻る。
リンゴは一言でいえば......普通だ。
模様もヘタの部分も硬さや鮮やかな赤色も、私が知っているリンゴのそれと一緒だった。
一口齧ってみる。
味も甘酸っぱさとみずみずしさがあり、噛めばシャリシャリと音を立てるくらい、良い歯ごたえだ。
普通、そう普通だ。
普通の私の知っているリンゴだ。この世界でも同じものがある。
だが問題はそこではない。
クリエットからリンゴの入っている袋――十個入っているとは思えないほど軽い――をもらい、もう一つリンゴを取り出す。
すでに持っている物と見比べて見ても、特に変わっていない。
そう、何一つ変わらない。
模様も、硬さも、鮮やかな色も。何もかもが一緒だ。
「なにか、気になることでもありましたか?」
リンゴを見比べていると、隣に現れたジョンがボクを見上げながら聞いてきた。
「......気になることがあったんだ」
「それは、そのリンゴと関係が?」
話すのが面倒だったため、適当に頷くことにした。
「見た目は普通ですが、味が変でしたか?」
「......いや、甘酸っぱくてみずみずしく、普通においしいよ」
「では、何が気になるのですか?」
ジョンの相変わらずしつこく、鋭い質問を投げかける。
いまのところはただ同じ物が販売されていた、ということで済む。
だが、何をそれほど疑問に思っているのかが自分にもわからない。
この世界ならクローン技術だって確立されているかもしれない。それで造れば同じような物が販売されても疑問には思わない。
しかしそこではない、何かが引っかかる。
その何かが、まったく分からない。喉につっかえて出てこないような、かなり気分が悪い。
くそ、こういう時もう少し発想力があれば!
「ユリアんは勉強熱心だね~。関心関心だぜ~」
話しかけてきたソウジに、とりあえず持っていたリンゴの一つ(思いっきり)投げつける。
......チッ、キャッチしやがった。
ソウジは「いって~」とリンゴを持ち替え、わざとらしくキャッチした手を振るう。その後、マジマジとリンゴを眺めたあとに一口齧り感想を言っている。
言っていることは、先ほど思っていたことと同じだった。
同じ感想を持つとか、なんかムカつく。
考えるのは後にしよう。他にも街を見ていれば何か気が付くかもしれない。
ふとソウジを見ると、リンゴを片手に通りがかった露出が多い服を着た女性を見ていた。やはり、この男はそういう男なのだろう。間違いなく変態の一種だろう。
「それにしても、ここいる人達が腕に付けているあの紐って、なんだろう~ね」
「あの腕に付けているのは、この都市でいま流行りの『アームリンク』という。えっと、電話ってわかりますか? その一種です」
「クリエちゃんの考えている電話と、オレ達の世界の電話とが一致するか分からないけど......、さすがにオレ達の世界でも電話はあるよ~」
「そうでしたか、それは失礼しました。なにぶん前は知らなかったので......いえ、何でもありません」
言葉を濁したクリエット。彼女はたまに誤魔化すような言い方をする。
ボク自身はそこまで気にしていないが、ジョンはどうやら気になるみたいだ。よく濁した後につっかかっているが、彼女はすぐに別の話にすり替えている。
「うん。それで、そのアームリンクとは何ですか? 電話とは思えないのですが......」
今回のジョンはつっかからないようだ。普通にあの腕の紐電話が気になったのだろう。
「そうですね。簡単に言えば......、いえ、むしろ使用してみてください」
クリエットは腰のポーチから、同じような紐を取り出す。数は六つ、それをそれぞれボク達に渡す。クリエットの隣にいるワスターレはどうやら付けないようだ。
「取り付け方は簡単です。その紐を手首付近で巻き付けてください」
言われた通り右手首に紐を巻き付ける。すると紐は、まるで蛇のように自動で動き、腕全体に巻き付いていき、最後に手の平の中心部分に紐の端が来て動かなくなる。
手自体には問題ない。むしろ右腕全体が軽いような、それでいて紐が付いているという感覚もとくに感じられない。まるでボディペイントのような、そんな感じがする。
「それでこれはぁ、どう操作すればいいんだぁ......?」
「ただ電話を繋げたい名前を言えばいいのです。皆さんの物にはすでに番号を登録してありまして、例えばソウジさんは『1ーS』ですので、私が『1-Sにリンク』と言いますと......」
クリエットの手の平から半透明な手のりサイズのソウジが現れ、ソウジの手の平からも半透明な手のりサイズのクリエットが現れる。
どういう構造か分からないが、これはソウジのエステルと同じホログラフの一種かもしれない。
「この状態で話しますと、繋がった相手と話す事が出来ます。他にも資料や映像を記録したり、多少の筋力の補助などもしてくれます」
近未来的なものだな。それが、この都市にいるほぼすべての者が付けている。技術レベルが明らかにこちらの世界のほうが高い。
なんだろう、とても悔しい。
「他にも連絡手段が存在しますので、電話よりもその補助機能をよく使う方が多いらしいのですけどね」
「あー、それ分かるね~。こっちも電話に変な機能付けまくったおかげで、電話よりも機能を使うために持っているって人もいるからねー。そう思うと、ここの人達とは感性はそれほど違わないのかもな~」
「うん、ソウジさんの意見は的を射っていると思います。僕達がいた世界とこの世界にいる者達は共通点が多いです。例え嘘を付いていても、この世界でも見破ることが出来るでしょう」
自信満々な笑顔を浮かべるジョンに対し、「さっすが~」と茶化すようにソウジは彼に親指を立てる。
ジョンの言うことが正しいとすると、違うのは道具や器具くらいなものなのだろうか。だが、それでも物理的に、法則的に説明できない物が多すぎる。訳が分からない。
「もーユリアん、もう少し肩の力を落としてさ~。ほら、あそこにいる同じチームのアーちゃんを見てごらんよ!」
ソウジが指を向ける方向、そこには目を輝かせながら店に並ぶ物を見ているアリシアがいた。
そういえばアーちゃんとは、また変なニックネームを付けたのか。それでは頭文字に『ア』が付くも全てがそうなるではないか。もう少しその人物を表すなら、確実に分かるものを付けないと意味ないだろうが。
これだから後先考えずに馬鹿者は嫌いなのだ。
「はい、その店は『魔具屋』ですね」
「魔具屋、ですか。魔具とはどのような物ですか?」
「そうですね。簡単に言えば特殊な力を持った道具です。先ほど渡したアームリンクや私が使った飲食用のカードもその一つです。あ、そうでした! 転移札が切らしていました。少しあの店に寄ってもよろしいでしょうか?」
唐突なクリエットの要望にボクを含め、その場の全員が頷く。
それにボクも気になっていた。
もしかしたらボクの悩みが、あのアリシアが立っている店に行けば解けるかもしれない。それなら行かない理由は無い、むしろ行かねばならない。
クリエットの後に続き、他の店同様の白い店へと入る。
「うん。多い、ですね」
「たしかに、見たことないモノばかり、だなぁ......」
「思ったよりも、広いのね」
「ほけー、天井高け~。これって何階建てなんだ?」
ありえない。
なんだこの店、外観と内側が違い過ぎる。いや、違うなんてものじゃない。例えるなら犬小屋に入ったら中は遊園地だったと言っているようなものだ。
広さの桁が違う。見え方で変化するとか、そんな単純な話じゃない。見えるだけでも外と中の面積が違い過ぎる。物理的な創造物として、こんなことあり得るはずがない!
「ユリアん。なんか顔が、壊れたロボットのような感じになってるよ」
脳内で計算していた式の中に、ソウジという邪魔な値が代入されたことで、私は咄嗟に得た解によって彼を蹴ることにした。
かなりいい判定がとれたみたいだ。彼は予想よりも痛がってくれた。
「うん、クリエさん。この道具は何ですか?」
くだらない式を立てている間に、他の者達はそれぞれ店の中を歩き見ていた。その内のジョンが、銀色の球体を指しながらクリエットに問いかける。
見た目はただの銀色の球体。大きさは彼の小さな手を比較して推測するに、野球ボールくらいだろう。つまり直径およそ七二センチほどだろう。
「そうですね。それはこの都市で流行りのカメラです」
「これがカメラなのですか?」
「はい。私は、持っていませんが。多くの人は持っていますよ」
「それでも、この大きさだと持ち運びにとても苦労すると思うのですが......」
「大丈夫ですよ。簡単にサイズを変更できますので、自分の手に合った大きさに変えれますし、持ち運ぶときはその十分の一サイズまでなります」
もう考えるのが怖くなってきた。
どう説明すればいいんだ?
広大化と縮小化。この店自体が相対性理論を否定している。論文書いて出せよ、見てやるから。
「あ、ありました。私はこれを買ってきますね。皆さんはもう少し見ていてくれて構いませんよ」
「......ごめん、ボクは外に出るよ。少し、気分が悪いみたい」
外に出る直前にクリエットが「では出口で待っていてくださいね」と明るい声をかけ、数枚のカードを持って走っていった。
「ほんとうに、ふざけた世界だ」
愚痴のように呟く。誰かに聞かれたかもしれないがそんなのどうだっていい。
ただボクがやるべきが決まった。
この世界の法則を見つけ、証明することだ。




