10 世界の規則
隣のロディオが、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように意気揚々としている。
片手に持ったスケッチブックに、両手の指の間のすべてに色鉛筆を挟ませた状態で、ものすごい勢いで何かを描いている。まだ原型も見えないが、たぶんいままでため込んでいた映像を描いているのだろう。
その勢いに気圧されるように身を引きながら、オレ――ソウジはまたベッドの上に座り直したクリエットに対し、何の質問をすれば正解なのかを考えていた。
「では、僕からよろしいですか?」
手をまっすぐ、天井に突き刺さるほどのピンと伸ばした右腕を上げ、ジョンは声を上げる。
「はい、何でしょうか?」
「うん。クリエットさんは一体この都市の......いえ、この城のどのような方なのですか?」
「そうですね。この城の第二王女と答えれば、いいでしょうか」
「第二ということは、他に王女もしくは王子が居られると言うことですか?」
「......そうですね。姉と、妹がいましたが、いまこの都市に、この城にいるのは私だけです。兄もいますが、基本はこの城の部屋で留まっているだけですので、たぶん皆さんが会うことは無いでしょう」
少し寂しそうに、それでいて昔を懐かしむかのようにクリエットは語る。
オレの予想だと、姉は死んで妹は生きている。兄は......あんまり考えたくないな、だが生きているだろう。会うことはないと思うが。
「変な事をうかがって申し訳ありません」
状況を察したジョンが頭を下げる。クリエットは「大丈夫ですよ」とはにかみながら笑い、むりやりな笑顔をつくっているが、どうも違和感がある笑い方だ。
「ありがとうございます。ではもう一つ、認識をはっきりさせたいのですが......、この世界は僕達がいた世界とは別と言う判断でよろしいでしょうか?」
スイッチを切り替えるようにジョンが次の質問を投げかける。
この世界の事に対しては確かに分からないことが多い。だが、この答えはわかりきっていた。
「えぇそうですよ。他には?」
昨日皆が話題にしていた議題に対し、あっさりとした答えを返す。それはまるで、「もうわかっているでしょ」と言わんばかり鋭さをもった返答だった。そして予想が当たった。
「......ボク達をこの世界に連れてきた理由」
「それは昨日も話した通り、この世界で行われている『ゲーム』に選ばれたためです」
「つまり、君はボク達がこの世界に来た理由に関係ないと?」
ユリアーナが迫る様に問いただす。なんだか彼女は少し、イライラしている。
それもそのはずか。
今は何とか無事で済んでいるが、ほんのちょっと間違えれば死んでいた可能性だってある。いや、その可能性のほうが高かったかもしれない。
そしてなによりも、それがいまなお続いている。たぶん、この世界にいる限り、ずっと続くだろう。
クリエットが指を下唇に当て、視線を下げて考える仕草をする。
しばらくしてから彼女の口が開く。
「はい、私が選んだわけではありませ......」
「すいませんクリエットさん。ありのままの真実を話してくれませんか?」
ユリアーナに続きジョンも、静かさと激しさがこもった感情で会話に加わる。
これも予想だが、ジョンは彼女の仕草から何かを察知したのだろう。だからこそあのような威圧感がある言い方をしたのだろう。
ジョンの言葉にクリエットの肩が一瞬だけ上げた。
彼女はしばらく沈黙する。
その後、背後に控えているワスターレに何かをたしかめるかのように頷き合い、ため息を吐く。
「......わかりました。ですが、本当に私があなた方を選んだわけではないと言うことを理解していただきたいです、よろしいですか?」
少し悔しそうな表情を浮かべているクリエット。対しオレ達はただ黙って頷く。
彼女は目を閉じ考え、そして語る。
「では......、皆さんを供物と儀式で召喚したのは紛れもなく私です。ですが、選んだのは私ではなく、この世界そのもの、と言っていいでしょう。選ばれる者は同時に五人。その召喚される者の特徴としては、異世界......皆さまにとっては元の世界でしょう。その世界での英雄、または偉業を成した者が多いと言われています。他にも何かしらの能力を持っている者もいる、とか。残念ですが、それ以上の詳しいことは分りません」
最期に「これでよろしいですか?」と少しイライラしている様子で話しを終える。
要約すると――
彼女が召喚できる人物は、ランダムで選ばれた対象の世界の中で最も優れた五人、ということになる。
彼女の話は理解できた。だが同時に疑問が浮かぶ。
何故、オレ達のような者が選ばれたのか。
彼女の話が本当ならば、本来は一国の代表者か、歴戦の軍人。はたまた本当に特別な力を持った人物。
オレ達はそれらのどれにも入っていない。いや、だからこそ選ばれたのか。
なにもない、この世界を生き残るための力や知識もない。
なぜなら、オレ達は殺されるために選ばれたのだから。
直感的にそう思った。
そうなると、必要なのはこの世界からの脱出方法だな。
「クリエちゃ~ん。さっき『供物』って言ってたけれど、それで何か変わるのか~い? ランダムの英雄召喚と何か関係があるんじゃないのか~い?」
クリエットは紅茶を飲みながらオレの問を聞き、その口で言った。
オレの予想では関係はある、ハズだ。
「それは、詳しくは分かりません......」
持っていた紅茶を、少し音を立ててテーブルに置いた彼女は「しかし」と言い、話を続ける。
「これは私が考えた予想ですが、供物によってある程度、対象となる世界が決まるのではないか、と考えています」
「僕達を召喚した供物とは、なんですか?」
目を鋭くさせたジョンが言う。
供物によって世界が変わると言うのは、たぶんそうだろう。そしてジョンの考えもなんとなく分かる。
その供物を知れば、逆に帰る方法があるかもしれない。そう考えてのことだろう。召喚ができるのだから、逆に送ることだってできるハズだ。そう彼は考えたのだろう。
だが、その説はたぶん、間違っている。
「......石です」
「えっ?」
「砕いた石です。それを召喚の儀式に用いました」
なーるほど。砕いた石か。
どういった経緯で砕いた石を使うような発想にいたったか。予想を簡単に言えば、供物が数分足りなかったのと、用意する時間がなかったということだろう。
召喚された時点で、そんなこと知ったところでどうでもいいことだけど。
「......ボク達の世界に戻る方法は、ある?」
ユリアーナが神妙な顔をし、口を尖らせて言う。
彼女の質問は確かに気になるが、それも無意味だろう。
「今の段階ではありません」
「今は、というといつかは戻れるのか?」
「そうですね。『ゲーム』に勝利すれば、戻れる可能性はあります」
その答えにユリアーナが「またゲームか」と片手で頭を抱え呟く。
「あのー、私達が今やっているゲームだけど、その詳しい説明をもう少し聞いてもいい?」
ユリアーナがぶつぶつと独り言を言っているのをよそに、話を戻すようにアリシアが別の疑問を投げかけた。
そう正解だ。
いま聞くべきことは脱出方法ではなく、ゲームとこの世界の知識だ。
「そうですね。そのことも話さなければなりません」
クリエットは立ち上がり部屋のカーテンを開け、窓も開ける。
心地よい風が引き締まった空気を換えてくれる。
鳥のさえずりが、緊迫した部屋を色変えていき、何か甘い臭いも風と共に流れ、思わず深呼吸する。
「まず、このゲームには守らなければならないルール......『規則』というものが存在しています。それは――」
クリエットは風で流れる薄青色の紙を掻き分けながら、ゆっくりとゲームの『規則』を言った。
『規則 其の一、召喚された者は、このゲームの参加者となる』
『規則 其の二、参加者は召喚者の言うことを聞かねばならない』
『規則 其の三、参加者は召喚者に危害を加えてはならない』
背景に映る白い街並みと日の光で、どこかに行ってしまうのではないかと思えるほど、あらゆるの光が語る彼女を覆い隠す。
規則の三つ目を話した後。彼女は「そして」と言い、外に広がる街並みの中央にある広場を指し示す。
広場の中央広場には大きな白い塔を現すようなオブジェと、水で鮮やかなアートをつくる噴水が目立っている。
それだけではなく、その上には浮かぶ半透明の板がある。
その半透明な板に書かれた文字は大きく。この城の中にいても見えた。
『規則 其の四 参加者は特定の都市での戦闘行為を禁ずる』
「私が知っている『規則』はこの四つです。噂では、まだあるという話ですが、私は存じません」
クリエットがこの都市は安全だと言うことが分かった。
特定の都市というところが少し気になるが、それはどうせ図書館とかいけばわかるだろうさ。
それにこの『規則』がなければ死んでいた。
あの時、他のゲーム参加者であるカト、ジャト、アーセルの三人を退けるほど、この『規則』というのは強力で危険なものなのだろう。
(たしかに、ルールは無いけど『規則』はあったな)
カト・ウィンの飛び立つ姿を思い出しながら、少し口の端を上げる。
「以上でこのゲームのだいたいの説明と勝利条件、それで『規則』について言ったと思いますが、他に何かありますか?」
「あのとき現れた、えっと......。参加者、だったかしら? 彼女達は何者?」
彼女達とはたぶん、カト、ジャト、アーセルの三人のことだろう。
彼女達のこともかなり気になる。とくに、他に仲間がいないかどうかだ。オレの予想だと、いるんだよなー、やっぱり。
「そうですね。最初に現れたカト・ウィンは、チーム『ドラゴンズフォース』の一人です。種族は竜族。強さは、今朝ほど村にいた鬼の、約五倍ほどの強さと考えて頂ければよろしいかと」
クリエットは紙とペンを取り出し、緑色の人型を描いた後そのとなり『×』を書いて、ペンを回し色を変えて赤い人型を五つ描いた。
「次に現れたジャト・アクイラ。チーム『地獄獅子』の一人で獣族です。強さはカトと同じくらいだと認識して頂ければ十分です」
緑色の人型の隣に『=』を書き、さらに隣に黒い人型を描く。
「最後に現れた少女、アーセル・シュシュはチーム『ラブピース』の一人。種族はジャトと同じく獣族ですが、世界が違うためか形状が異なります。おそらく彼女のいた世界ではあの姿が獣族として普通なのでしょう。強さの方ですが......、彼女は二人よりも明らかに強いです。あの場でいた中で一番危惧すべき存在でしょう」
クリエットはそう言い、黒い人型の隣に『>』を書き、その左に茶色の人型を描いた。
描き終わったのか、彼女はため息をつきながらペンを置く。
改めて考えると、かなりまずいと言うことが分かる。何せオレ達はあの赤い鬼にさえ何もできなかった。むしろ一匹で全員を殺しきることも出来たのだろう。
その相手が約五匹。たぶん予想だが、それ以上の強さも持っているだろう。そしてそれ以上に強い参加者もいる。確実にいる。予想ではなく直感だが、それでも自信をもって言える。
一番の問題は、それがオレ達の敵であり、殺さなければならない相手だと言うことだ。
命が何個あっても足りないな。
「さっき、彼女たちがいた世界って言ったけど。じゃ、じゃあ彼女達も別の世界から連れて来られたの?」
「そうですね。先ほども言いましたが、ゲームの『規則』の一つにもあるように、参加者は異世界から来た英雄的存在です。それが合計五人同時。チームの数は私達を除き五チーム。つまり、私達が相手にしなければならないのは、およそ二十五人。その全員が先ほど申しました彼女達と同じ力を持つか、それ以上だと考えて頂ければ、私達がどれほど厳しい状況かがわかるでしょう」
アリシアの素直な問いかけに、絶望的な答えをクリエットが言った。
やや身体を震わせるアリシアをよそに、落ちかけている日の光を眺めるクリエット。余裕そうに見えるが彼女も怖いはずだ。なにせ、彼女はオレ達に言った情報以上の物を知っているはずなのだから。
「ほかに、何かありますか?」
クリエットの問いかけに誰も手を上げない。みんなさっきから考え込んでいるようだ。
オレもその一人だが、そこまで考える前に勝手に予想が思い浮かび、結論をだしている。
数秒待っても誰も手を上げない。ならオレから聞いてみるか。
「あれ~、無いの? じゃあオレが最後にいいかな?」
どうぞ、と言いクリエットは窓に腰かける。なんか疲れている気がするが、頑張ってくださいよー!
この質問は、かなり重要なことさだから。
「じゃあ根本的なことだけど~、このゲームに勝利したらどうなんですかねー?」
「そうですね。私もよくわかりませんが......、一説によると勝利したチームは一つだけ、願いが叶うと言われています」
オッケーオッケー、それならゲームに勝利して脱出できると言うのも納得だね。
ただ本当に、その答えが正解なのかは、疑問だけど。
「なるほ~、だから『ゲーム』に勝利すれば帰れるかも、か」
そう言いつつ頭を指でつつきながら考える。
勝利したときのメリットは分かるが、それでも厳しすぎる。その代償に得られるモノが、願い事を一つだけ叶えるというのだ。何かわからないが違和感がある。
たぶん、クリエットに聞いても分からないと思うけど、念のため聞いてみるか。
「でもさ~、誰もが元の世界に帰るって願いじゃないッスよね~。例えば別の願いを言って、この世界に留まるとか、そういうのはどうなのかな~?」
「すいません、そこまでは私にもわかりません」
やっぱり知らないか。
彼女だって、言うなれば強制的に参加させられたであろうこのゲームの犠牲者の一人だ。多少の知識を持ち合わせていたとしても、それ以上の事は何も分からないだろう。
目を閉じ、周りの者と同じように考えるそぶりを見せる。
質疑応答がなくなった部屋には、開けた窓から流れる風の音と、ロディオが走らせる色鉛筆の音以外なにも聞こえなくなった。
その静かになった部屋に、鐘の高い音が響く。
「もうこんな時間でしたか」
クリエットは呟き、開けた窓から腰を上げる。
窓を閉め、カーテンを閉めた部屋は、入ったときよりも薄暗い。まるでこの場にいる者達の心境を表しているかのような、薄気味悪い部屋へと変貌していた。
「一先ずここまでにして、食事にしましょう。ここの者に頼んできますので、その間皆さんはこの部屋に残るか、もしくは隣にある空いている部屋を使ってください。おそらくこの都市にいる間の皆さんの部屋になると思いますので、ご自由にお使いください」
クリエットが部屋から出る直前「この都市は『規則』で守られていますので、安心してくださいね」と言った。
ばたんと閉じられた部屋の中にはオレとぶつぶつ呟くユリアーナ。目頭を押さえながら何かを考えているジョンに紅茶を啜るアリシアと、未だひっきりなしに貰ったスケッチブックに絵を描くロディオ。ワスターレはクリエットとも部屋を出て行った。まるで腰巾着だ。
オレは立ち上がり、カーテンを少し開け外を見る。綺麗な夕焼けと外を出歩く人々が目に映る。町全体が白いせいか、夕焼けが反射して全体的にオレンジっぽい色になっている。
その風景を眺めながらクリエットが部屋を出る前に言った言葉を思い出す。
『規則』によって守られています、とクリエットは言った。
その規則は本当にオレ達を守るためのものなのだろうか。
オレは静かにその答えを頭の中で探り、ひとつの答を生み出し、頭を振ってすぐに消し去る。
自分が出した答えに薄く笑いを浮かべる。
解答を捨てた理由、その答えの方が簡単につく。
オレはまだ生きたい、そう思ったからだ。




