電脳猟兵×クリスタルの鍵 ~追補編・カレル・ハドソンの追想~
〈“ソード・アルファ”、イオタ3、クリア〉エリック・ヘイワード軍曹の高速言語がデータ・リンクに乗った。〈殺害1、損害ゼロ。イオタ4に侵入する〉
“惑星連邦”歴153年。星系“カイロス”第2惑星“テセウス”、第2大陸“リュウ”は南西部。“クラヴィッツ”の名で呼び習わされた深深度レア・メタル鉱脈跡。往時の隆盛を示す地下都市に住まう者も今はなく――というのは見せかけで、その実は“惑星連邦”からの独立を謳うゲリラ“自由と独立”が密かに地下拠点として利用しているとされていた。
〈“ソード・アルファ”へ、こちら“ブレイド・ゼロ”〉高速言語でカレル・ハドソン大尉が指示を飛ばす。〈侵入待て。“ソード・ブラヴォ”が遅れている〉
事実、“ソード・ブラヴォ”のセンサ・ヘルメットが捉えた映像には、交代するはずが女のだらけ話を始めた見張り2人の姿がある。
〈(どこの馬鹿だ、交替ついでに長話くっちゃべってやがるのは!?)〉
キース・ヘインズ軍曹の毒づきが、データ・リンク越しの聴覚に届く。同時にハンド・サインを部下のセンサ・ヘルメットが捉えた――回り込んで、奥の一人の喉をかき切れ――。
〈“ブレイド・ゼロ”へ、こちら“ソード・ブラヴォ”〉データ・リンクにヘインズ軍曹が正式な報告を上げた。〈制圧準備中。番犬が群れてる、始末するのに1分欲しい〉
〈不満そうだな〉見透かしたような一言は、本命狙いの半個分隊を率いるヒューイ・ランバート軍曹から。ただしハドソン大尉ら司令部に送られてくる映像は、亡骸と化した敵兵から流れて背後、新入りの部下――いっそ細身とさえ言えるほど引き締まった体躯は、それでも女の曲線を帯びている――に焦点を据える。
〈オレなら一投げで殺ってる〉ぶっきらぼうに女――シンシア・マクミラン兵長から一言。
〈確実に殺るのが大事なんだよ、いずれ判る〉言い置いてようやくランバート軍曹は報告を上げた。〈“ニードル・アルファ”、ベータ3、クリア。殺害1、損害ゼロ〉
「訓練通りに行かんものだな」オブザーヴァとして司令部に張り付いているアルバート・テイラー大尉が鼻を鳴らした。「“愚連隊”の名が泣くぞ」
「相手は訓練の的ではないのでな」カレル・ハドソン大尉は肩越しにテイラー大尉を見返した。「わざわざ士気を下げに来たのか?」
「ドブ掃除の手伝いに、だ」テイラー大尉は不満顔を隠しもしない。「この期に及んでまだヤツを泳がせておこうとする手合いがいてはな、鈴を付けたがる向きもあるということだ」
“クラヴィッツ”鉱脈跡に“自由と独立”首魁たるベン・サラディンが潜んでいる――その密告が行政総長直轄の監査局にもたらされたのは、2ヶ月前ほども前になる。それがこの時点まで放置されていたのは、上層部で潰すか泳がせるかの意見が定まらなかった、詰まるところその帰結に他ならない。結果、サラディン含め複数のリーダ格を捕らえて反政府ネットワークの情報を引き出す――その要求が導き出されたのは、安全保障省と内務省からの強い圧力があってのこととされている。が、あくまで秘密裏に、かつ犠牲を問わずという条件で充てがわれた役割は、華々しい精鋭部隊でなく汚れ役の“愚連隊”こと“ブレイド”中隊のものとされた。
「“失敗”はできんぞ」
不穏に声を潜めてテイラー大尉。ハドソン大尉は眼を細めた。
「そのための“愚連隊”か。なら、もっとまともなデータをよこしてもらいたいものだな」
言葉以上のものが含み交わされる中、ヘインズ軍曹からの報告が飛んで来た。
〈“ソード・ブラヴォ”、カッパ3制圧。殺害2、損害ゼロ〉
〈“ブレイド”全隊へ。こちら“ブレイド・ゼロ”、〉ハドソン大尉は骨振動マイクを通じてデータ・リンクに指示を発した。〈フェイズ4へ移行〉
「……贅沢を言っても始まるまい」ややあってテイラー大尉が言を継いだ。「大体、ここまで裏を取るのにどれだけの代償を払ったと思ってる?」
「その“代償”とやらに私の部下を繰り入れんでもらいたいものだな」
「そのための“愚連隊”だろうに」
言ったテイラー大尉は、ハドソン大尉の視線に冷気を感じて口をつぐんだ。
「大事な時期だと言ってあったはずだ」
「……文句ならサラディンに言ってくれ。下手なものが見付かりでもしたら……」
〈“アックス・デルタ”、ユプシロン4、クリア。殺害2、損害ゼロ〉
テイラー大尉の苦しげな言葉は高速言語の一報に遮られた。以下、続々と報告が寄せられる。
〈“ソード・アルファ”、イオタ4、クリア〉〈“ソード・ブラヴォ”、カッパ4、クリア〉〈“ニードル・アルファ”、ベータ4、クリア〉〈“アックス・デルタ”……〉
「ここで議論していても仕方あるまい」テイラー大尉がうそ寒い表情で首筋をなでた。「ことここに至っては掃除を綺麗に仕上げるしかなかろう」
「その科白、尻を拭う立場に立ってから言うがいい」言い捨てて、ハドソン大尉は骨振動マイクに告げた。〈“ブレイド”各班、状況報せ〉
その声に応じたのは、配置完了の報の群れ。
中隊各員のセンサ・ヘルメットが移す最前線の映像は、いずれもそれ以上の侵入を拒むシャッタや壁の群れを映していた――すなわち、目標の中枢部。ここから先、事前に得られた情報はないに等しい。
〈“ブレイド”各班へ、こちら“ブレイド・ゼロ”〉テイラー大尉が一つ頷いたところに横目をくれたハドソン大尉は、命令を発した。〈突入用意! カウント3! 3、2、1、突入!〉
輪状に巡らされた爆薬がドアというドアの隣、壁を一斉に灼き抜く。現れた穴に視線もろとも銃口を巡らせる掩護を背に、“ブレイド”中隊は敵地中枢へ突入した――その様がデータ・リンクを駆けてハドソン大尉らのいる司令部へ伝わる。
ハドソン大尉らの目前で、メイン・モニタの立体マップが塗り替わっていく。未確認・未制圧の赤から、制圧済みの緑へ――この瞬間にもまた一区画が色を転じた。
「苦しいな」
ハドソン大尉の斜め後ろ、重い声の主はテイラー大尉。
敵中枢部に関しては詳細情報が間に合わず、十年ほども前の公式マップを頼りに訓練を施したものだが、現実はある意味で予想を外していなかった。ゲリラはさらに坑道を掘り抜き、地下拠点を拡充していたのだ。事実、試掘坑から伸びた支坑の数は既に40を超え、どこまで増えるか見当もつかない。それでも“ブレイド”中隊は前に進むしかない――事前に得られた、限られた情報に従って。結果、側背から受ける攻撃もその数を増していく。
〈“ニードル・アルファ”、ベータ12、クリア。殺害5、損害1〉
損害を出しながらもいち早く目標の一つ――しかもベン・サラディンのいる可能性が最も高いとされる――へ向かう“ニードル・アルファ”からの報告。そこに割って入った声がある。
『K.H.に告ぐ、兵を退け!』
司令部がにわかにざわついた。最優先目標たるベン・サラディンその人の、耳に叩き込んだ声だった。
〈声紋は目標のものと一致〉ハドソン大尉の聴覚に人工音声の高速言語。〈複数の軍用回線をオープンで使っています〉
懐の携帯端末から、ナヴィゲータ“ドロシィ”が分析の結果を告げていた。網膜には同時に使用回線のリストがスクロール。なりふり構わぬ一声、とハドソン大尉はそれを解した。
〈こちら“ソード・アルファ”〉ヘイワード軍曹からの疑問が届く。〈目標のメッセージを坑内放送でも確認。指示を請う〉
『繰り返す。K.H.に告ぐ、兵を退け!』
「ヤツめ、何を考えている?」
骨振動マイクを切って、ハドソン大尉は口中に疑問を転がした。
「罠、でしょうか?」
副長の中尉が可能性に言い及ぶ。
「ならもっと早いうちに手を打つな。ここまで損害を出す前に」戦況報告に一瞥を投げると、ハドソン大尉は喉元の骨振動マイクをデータ・リンクに繋いだ。〈“ブレイド・ゼロ”より各隊へ、作戦続行。気にするな、敵に余力はない〉
〈こちら“ニードル・アルファ”、目標の位置を逆探知。“賢者の書斎”と特定〉
『“K.H.”に告ぐ! こちらに従わないのなら相応の用意がある』
ハドソン大尉はメイン・モニタの立体マップに眼を走らせた。“賢者の書斎”に最も近いのは“ニードル・アルファ”、しかしその前には数十メートルはあろうかという坑道が横たわる――すぐに制圧とは行きそうにない。
〈“ブレイド・ゼロ”より“ニードル・アルファ”へ。攻撃を続行〉
『兵を退かないなら、“メンバ・リスト”を公表する』サラディンの声には自棄の色。『逆探知をやっているのは判ってる。そこからデータを突っ込んでやるぞ――事実を片っ端からたれ流してやる』
「そういうことか……」骨振動マイクを切ったハドソン大尉が小さく吐き捨てた。
「大尉、こいつは一体……」
皆まで言わせない。抜く手も見せずに拳銃を副長のこめかみに突きつけ、当惑の暇すら与えず引き鉄を絞る。頭蓋を砕かれ、副長はその場に崩れ落ちた。
「予想外だったな」副長とは明らかに質の違う当惑を見せて、テイラー大尉が振り返る。「ハドソン大尉、プラン“R”を」
「サラディンめ……面倒を増やしてくれる」
ハドソン大尉は呟いて骨振動マイクのスイッチを入れた。
〈全“ブレット”へ〉連邦軍にはない暗号を、大尉が告げる。〈モード“R”、コード“K”〉
直後、モニタに異変が映った――味方に発砲する兵士たち。
狼狽の声がデータ・リンクを満たす。
〈味方だ、味方が撃ってくる!〉〈くそったれ、何がどうなってやがるんだ!?〉〈逃げろ、マクミラン!〉〈聞こえるか、“ソード・ブラヴォ”、“ニードル・アルファ”――くそ、応答しろヘインズ、ランバート!〉
同士討ち――というよりは一方的な殺戮――が始まっていた。
“惑星連邦”暦153年。惑星連邦陸軍はこの日、反連邦テロリスト・グループ“自由と独立”に対し、その本拠地を制圧すべく作戦を展開した。
しかし作戦中、ベン・サラディンは本拠地である“クラヴィッツ”レア・メタル鉱脈跡を爆破。突入した“ブレイド”中隊を巻き込んで地中に消えた。作戦参加者153名、うち死亡55名、行方不明15名――厳重に秘された記録には、そう残されている。表向きは合同演習中の落盤事故と公表された。
泣き出しそうな空の下、昔ながらのドア・ベルを鳴らすと、涼やかな女の声が耳に届いた。
『はい――あら、ハドソン大尉』
「ミス・ホワイト、急で失礼。今よろしいか?」
『え、ええ……』
ロンドン“新市街”のさらに外れ、これから街並みに馴染んでいこうという貸しアパートメント――ハドソン大尉が地球の駐屯地に戻って、最初に足を向けたのがここだった。
ドアを開けたのはマリィ・ホワイト。亜麻色の長い髪に細面、深緑色の瞳、やや線の細い印象ながら、身体には女の曲線を匂わせてその姿。“振り向かないやつは男じゃない”――大尉はふと、ある部下の評を思い出した。
ハドソン大尉に向けられた眼は、笑みを作りつつも怪訝の表情を滲ませていた。それが、礼装に身を包んだ相手の姿に不安げな色を帯びはじめる。
「どうぞ――こちらへはいつ?」
「つい先ほど」
マリィの細い手が、髪を落ちつかなげにかき上げた。
「……あの人に、何か?」
先を越された。さすがにハドソン大尉は眼を伏せた。
「エリック・ヘイワード准尉は……」
マリィの顔が血色を失った。彼女の知るエリックの階級は軍曹――二階級特進の意味は彼女もよく知っている。
「演習中の事故でした。残念です……」
言葉の半分は、芝居ではなかった。くずおれる彼女を支えながら、大尉はそれを実感していた。
――そして2年後、“惑星連邦”歴155年。事件は密やかに幕を開けた。