ウイルス対策ソフト「キライム」
「た、田島チーフ。ちょっと来てください」
ずっとパソコンを観察していた秋原が声を張り上げる。レイモンドに掴みかかろうとしていた田島悟は寸前で踏みとどまり、不機嫌さを顕わにしながらパソコンに向き直る。
そして、画面を確認するや括目することとなった。
ブラックアウトしたはずのデスクトップが、いつの間にか元に戻っていたのだ。場を離れた田島悟にとっては手品かと思われた所業だが、秋原はその一部始終を目撃していた。画面が暗黒に包まれてから数秒後、「脅威となるプログラムを消去しています」とのメッセージが表示され、勝手に再起動が開始された。そして、コンピューターが立ち上がるや、先刻と変わりないデスクトップ画面が復活したのである。
ウイルスの余波が残っているかもしれないと、田島悟は保存してあったファイルをいくつか確認する。すると、特に問題もなく開くことができ、データもそのまま残留していた。
「まさか、キラーを消し去ったのか」
唯一変わったことがあるとすれば、インストールした対策ソフトが追加されているぐらいだ。にわかには信じがたいが、このソフトが実力を発揮したと認めるしかない。
「気に入ってくれマシたか。ライムをキラーするためのソフトということで、ワタシたちはキラーライム、略して『キライム』と呼んでいます」
「ネーミングセンスはさておき、いとも簡単にキラーを駆除できるのであれば、ライムもまた倒せるかもな。いいだろう、そのソフト、言い値で買いとろう」
「お買い上げありがとうございます」
「後は、このソフトを改造してモンスターに見せかけ、ライムにぶつければ」
「作戦は完了。その手立ては別に整えてある。秋原、お前のチームで至急開発にあたってくれ」
さっそく計画に着手しようとするが、ここで「待った」のサインがかかった。その声の主はレイモンドであった。
「どうされました、レイモンドさん。もしや、プログラムの改変はまずかったですか」
「いえ、むしろ、ワタシたちのプログラムがモンスターとして活躍できるのなら大歓迎です。ただ、改変を施すにあたって条件がアリマス」
田島悟が首をかしげていると、レイモンドは人差し指と中指を伸ばしてブイサインを作った。
「難しいことを要求するつもりはアリマセン。一つ、ワタシが指定する最強のモンスターに作り替えるコト。具体的にはこのモンスターデス」
そう言って名刺入れから取り出したのは一枚のトレーディングカードだった。最大手の玩具メーカー「ホウモツタミー」より販売されているファイトモンスターズのカードで、マジック・ザ・ギャザリングなどと同じくデッキを構築してゲームをすることもできる。
レイモンドが提示したのは最高のレアリティを誇るモンスターカード。それを目の当たりにし、田島悟は言葉を失った。
「確かに強力なモンスターだが、こいつを使うのは……」
普通にバトルして倒すのであれば問題はない。しかし、真っ向勝負を挑めば、ライム側も対策を施してくるであろう。そこで思いついたのが「事故だと偽装して消し去る」という方法だった。
ライムを油断させて葬るという都合上、明らかに強力だと分かるモンスターではふさわしくない。しかし、レイモンドもまた頑として譲ろうとしなかった。
「このモンスターに改変させないと、ソフトは渡せまセン」
はっきりと宣告され、田島悟は頭を掻く。信念を貫いて切り札を失うか。妥協して切り札を手に入れるか。どちらを選ぶべきかは余程の阿保でない限り間違うわけがない。
眼鏡の位置を直すと、田島悟はトレーディングカードを手に取った。
「分かった。キライムを素体に、このモンスターへと改変させよう」
「それでいいのデス。そしてもう一つ。最強のモンスターを使うには、最強のプレイヤーを用意する必要がアリマス」
「私が直々にこのモンスターを操ろうと思っていたが、それでは不服かね」
「開発者であるアナタでも十分ですが、念には念を入れるベキです」
「して、お望みのプレイヤーとは誰だ」
「そいつは……」
レイモンドの口から放たれた名前に、田島悟は卒倒しそうになるのだ。
「大体分かったわ。ほんで、白羽の矢が立ったんが、ムドーはん言うことやな」
ミスターSTから邂逅するに至った経緯を聞かされ、ノヴァは納得したように頷いた。キライム搭載の最強モンスターを操るにふさわしいと指定されたプレイヤー。それこそ、ほかならぬムドーだったのだ。
「全国ランク一位の俺なら間違いなく最強だろうか。随分短絡的な考えだな」
「しかし、君の強さは本物だ。むしろ、君以外にライムと渡り合える人物というと、悔しいがケビンぐらいしか思いつかない」
「あんな犯罪者と同列にされるのは癪だが、まあ、悪くない提案だ」
「私の計画のためには、どうしても君の協力が必要なんだ。やってくれるか」
深々と頭を下げるミスターSTに対し、ムドーは顎をさすりながら逡巡していた。
遅かれ早かれ、ライムは倒そうと思っていた相手である。ムドーもまた、後日開催される予定の地区大会に参加予定であり、全国大会には出場確実とされている。ライムの全国大会出場はお預けとなったが、間違いなく再度出場権を獲得してくるだろう。なので、申し出を見送っても、そのうち相見える可能性はある。
そもそも、ミスターSTなる男が本当に運営なのかも怪しいのだ。背後事情から嘘をついているとは思えないが、まともに受け入れるほどムドーは甘ちゃんではない。
慎重に結論を出すべきだが、ムドーの中である感情が昂っていた。退屈から脱したいという渇望である。
ノヴァを扱えないというハンデはあるが、ライムと確実に戦うことができるというのは、彼にとって砂漠の中のオアシスであった。
「いいだろう。話に乗ってやる」
「ちょい、ムドーはん。本気かいな」
ノヴァが不満を顕わにしたのは当然だった。控えに回されるだけでなく、こんな胡散臭い男に加担することになるのだ。抗議しようと袖を振り上げるが、ムドーは無言で静止を促した。
「心配することはない。代替のモンスターで勝ってしまったら、ライムはその程度のつまらない器ということだ。お前が出たところで暇つぶしにしかならない。それに、お楽しみを後にとっておくのも一興だろう」
「そう言うんなら仕方ないな。まあ、ライムはんが軟弱やないことを祈っとるわ」
ふてくされるものの、しぶしぶ了承したようだ。
「では、詳しいことは追って連絡する。君の活躍を期待しているよ」
それだけ言い残すとミスターSTこと田島悟はログアウトしていった。残されたノヴァは不機嫌そうに胡坐をかいた。
「なあ、ムドーはん。あんな変な男の話を真に受けるんか」
「俺も素直に信じるほど落ちぶれてはいない。だからノヴァ、お前は俺が作戦に参加している間、密かにあの変態仮面を見張ってくれ。少しでも不審な動きがあれば、躊躇なく焼き払っていいぞ」
「そんならお安い御用や」
浮足立つノヴァをよそに、ムドーこと武藤龍騎は遥か遠くを眺めていた。条件がどうあれ、久方ぶりに血沸き肉躍る戦いができる。それだけで彼の期待を満たすに十分だった。
裏話
ニチアサのファンは察したかもしれませんが、ムドーの本名の元ネタは某仮面ライダーです。




