マクロソフトからの使者
事の発端は東海地区大会終了後にまで遡る。ハッカーによるシステムジャックという失態を犯し、世間からの風当たりは芳しくなかった。世論では犯人のケビンへの非難が大多数を占めていたが、ファイトモンスターズのサーバーの脆弱性を指摘する声も少なからず存在した。それと共に挙がっていたのが、今回の事件発生の要因となったライムの存在についてだ。
ケビンを追い払ったということで、彼女は英雄視される傾向にある。だが、その一方で、「こいつのせいで大会が乗っ取られた」「そもそも、違法モンスターだから早急に排除すべし」と否定的な意見も寄せられていたのだ。
多数決の理論に従った形にはなるが、表向きには再開催される地方大会へのシード権という寛大な処置を施した。だが、田島悟は内心、正反対のことを考えていた。
(このままライムを野放しにしておいては、いずれケビン、もしくはそれ以上の難敵により取り返しのつかない犯罪が起こされる。そうなる前にライムを消さねば)
ケビンはライムの能力を使ってネット上に眠る埋蔵金を手に入れようとしている。ならば、先にライムを消してしまえば計画は頓挫することになる。
諸悪の根源であるケビンを直接潰すことができれば、最も平和的に解決できるのだが、そもそも奴の居場所が不明なのである。ただ、ライムを始末しようとしていると知って黙っているとは考えにくい。この作戦に反応してうまく誘い込むことができれば、ライムと同時にケビンをも始末できるかもしれないのだ。
決意はできていても、実現性に乏しいというのが現実であった。普通にプレイしていては到達できないステータスのモンスターをぶつけても勝てなかったのだ。そのことは大会での戦いぶりを鑑みても思い知ることになる。
どうにかいい方法はないかと頭を抱えていると、田島悟宛てに一通のメールが届けられた。送り主は「マクロソフト」というソフト開発会社だった。
「マクロソフトって、あのマクロソフトですか」
「秋原。他人のメールを盗み見するのは感心しないぞ」
「すいません。でも、マクロソフトっていえばあれですよね。国内最大のシェアを誇る『ウイルスバクハ―』の製作元」
ウイルスバクハ―はウイルス対策ソフトと言われて真っ先に名前が挙がるくらいのメジャー商品である。当然、国内での販売数は首位であり、対策ソフトの王者と言っても過言ではない。
インターネット上でビジネス展開をしているため、ウイルス対策ソフトの開発者と繋がりがあってもおかしくはない。ウイルスにより情報漏洩でも起きた暁には一気に倒産の危機にもなり得る。なので、秋原はソフトの営業かと軽く考えていた。
だが、田島悟はそのメール本文を読み進めていく内に嗜虐的に犬歯をちらつかせた。
「ようやくできたか、例のものが」
「例のもの? 田島チーフ、マクロソフトに開発を依頼していたものなんかあったんですか」
「ああ。ライムを倒すための秘密兵器だ」
田島悟の言う通り、メール本文には「依頼されていた製品が完成した。受け渡しのために会合の場を設けたい」とのことが記載されていた。
さっそく会合の約束を交わし、数日後ゲームネクストに客人を招き入れることとなった。
マクロソフトの担当者としてやってきたのは金髪の中年男性だった。交換した名刺には「佐藤レイモンド」と記されている。
話によれば、彼は日本人とアメリカ人のハーフで、日本で幼少期を過ごした後にアメリカへ転居し、一貫してアメリカの学校に入学。大学では情報技術を勉強して現地のIT企業に就職したそうだ。日本に戻ってきたのは五年前のことで、マクロソフトから技術者として抜擢され、今では社内でもトップクラスのエンジニアとして活躍しているという。
田島悟が依頼した製品も彼が音頭を取って開発しており、いわば生みの親が自ら訪問してきたということになる。
「まずは私の計画に協力してくれたことに感謝しよう」
お互いに握手をして微笑みあう。やや肥満気味の体型と相まって、その腕は技術者にしてはたくましかった。
「ワタシもファイトモンスターズには興味がありマス。ジャパニーズのアニメやゲームはアメリカでも大人気ですからね」
アメリカでの生活が長いのか、レイモンドは片言の日本語で話す。それでも、つっかえることもなくかなり流暢な話しぶりだった。
レイモンドもまたいわゆるオタク文化にたしなみがあり、ファイトモンスターズの愛好家でもあった。「ワタシのグランバイパーは強いデスよ」と開発者相手に得意そうに胸を張る。ちなみにグランバイパーは土属性でも屈指の実力を誇る大蛇のモンスターだ。毒を駆使した嫌らしい戦法を得意とする。
「それで、本題なのだが、例の物は持ってきてくれたかね」
「モチロンです。我が社の技術を集結させた、あらゆるウイルスを消し去る最強のソフト。ライムの実力は分かりませんが、これの前では敵ではありまセン」
真っ白なパッケージに入れられていたのは一枚のコンパクトディスク。さっそく田島悟は、自身のパソコンにそれをインストールする。
通常の対策ソフトに比べるとやけに起動までに時間がかかったが、レイモンド曰く「あらゆる攻撃に対応できるようにした結果、かなり容量が大きくなりまシタ」だそうだ。やがてインストールが完了したが、デスクトップに専用のショートカットが作成されただけで、特に大きな変化はない。
「レイモンドさん、これで大丈夫なのですか」
「心配アリません。試しにこのアドレスにアクセスしてクダサイ」
手渡されたメモにはインターネット上のアドレスが記されていた。田島悟が訝しんでいると、レイモンドは解説を付け加える。
「そのアドレスにはテスト用に仕込んだコンピューターウイルスがアリマス。感染したらデータを喰らい尽くす凶悪なやつデス」
「私に毒沼へ突っ込めと言うのか。もしデータが消えたら、保証はしてくれるのだろうな」
「そんなことはあり得ませんよ。対策ソフトが感染前にすべてのウイルスを消し去りマス」
やけに自信満々なレイモンドを尻目に、田島悟はいまいち乗気ではなかった。だが、そんじょそこらのウイルスを駆除できないようでは、ライムには敵わない。
ままよと覚悟を決め、田島悟は指定されたアドレスへとアクセスする。しばらくすると画面が切り替わるが、いきなり映し出されたのは意味を為さない文字列の羅列だった。それを目の当たりにし、田島悟は悄然とした。
「こいつは、キラーじゃないか」
キラーとは、過去最強とも評されるコンピューターウイルスである。現在では対策ソフトが開発されたが、初めてネット上に送り込まれた時は、為すすべなくデータが消えるといった被害が続出した。いきなり不可解な文字列を表示させたのちにデータを根こそぎ消滅させるというのが特徴だ。しかも、その当時に流通していた対策ソフトでさえも消し去ってしまうという。二千三十一年に発生したこの「キラーパンデミック」はネット界隈のみならず、その年の重大ニュースとしても取り上げられるぐらいだった。
ライムを倒すにあたり、「キラーを超えるウイルスでも倒せるソフトが欲しい」と注文した。だから、性能テストのために引き合いに出されたキラーを感染させられても文句は言えない。とはいえ、あの事件の脅威を知っているが故につい焦燥してしまう。
キラーに感染した場合、不明瞭な文字列に埋め尽くされた後、急激に画面がブラックアウトしてデータが消し去られる。そろそろ、最終攻撃が来てもおかしくない頃だった。
だが、デスクトップ左下に「!」マークと共に「不正なデータを感知しました」とのエラーメッセージが表示される。そして、小さな時計が幾度も針を回転させるモーションを見せ、いきなり画面が暗闇に支配された。
「おい、話が違うぞ」
いきりたって田島悟が机を叩く。駆除するどころか、最悪のウイルスによりデータが喰い尽された。鬼気迫る形相でレイモンドを睨みつけるが、当人は涼しい顔でふんぞり返っていた。急いたばかりにとんでもない詐欺商品を掴まされるとは。憤怒とともに情けなさが込み上げてくる。
モンスター紹介
グランバイパー 土属性
アビリティ カオスベノム:毒のダメージを増加させる
技 ポイズンアタック ミステリアスアイ
土属性でも上位の実力を誇る大蛇のモンスター。
毒を中心とした状態異常技を使いこなす。特に、アビリティにより毒ダメージを増加できるので、ポイズンアタックを受けるとかなりの痛手となる。
速攻で倒そうとしても、耐久寄りのステータスを持っているので、余程の火力がなければ短期決戦はできない。
敵に回したくないモンスターでは常に筆頭に挙げられている。




