全国ランク一位のプレイヤー
第三章「レイドボス編」開幕です。
「つまらんな」
ムドーはそう吐き捨てた。赤髪で片目を隠し、胸元を開けたトレンチコートを着用している。ポケットに突っ込まれている手首には金色の腕輪が輝いていた。
「くそ、なぜだ。なぜ俺の攻撃が当たらない。ギルシャーク、ウェイブダイブ」
ダロムという名のプレイヤーはパートナーのギルシャークに命令を下す。圧倒的な攻撃力と素早さを誇るサメのモンスター。津波と共に突撃する得意技の前では、いかなる相手でも海の藻屑と化す。
そうなるはずだが、ムドーが使うモンスターははらりと突撃を躱した。実害があるとすれば、豪奢な着物の裾が濡れたぐらいか。
「堪忍やなあ。うち、水濡れは得意やあらへんのに」
髪飾りを揺らしながら濡れた裾を気にする。必死の形相で迫る相手などどこ吹く風といった呈だ。それもそのはずで、バトル開始以降一ドットもHPを減らされていない。しかも、相手が繰り出したいかなる攻撃を回避しているという異常ぶりだ。
「ムドーはん。相手はうちらを満足させられる器やあらへん。さっさと片付けましょ」
「もう少し遊んでやってもいいが、お前が飽きたのなら仕方ない。ドライフレイム」
ムドーから処刑開始の任を受け、その「少女」は天へと舞い上がった。彼女のどこにも翼はない。幾重にも着飾った着物がその代替というべきか。正体を知る者であれば不思議な現象ではないが、初見なら度肝を抜かれたであろう。
そもそも、彼女がこの姿で参戦していること自体が予想外なのである。少女型のモンスターは数多くいれども、彼女の存在はまさに未知であった。京言葉をしゃべることといい、はんなりとした柔和な表情といい、対面した者は一様に油断してしまう。だが、数刻でも交戦すれば痛いほど思い知ることになる。和やかな仮面の下に軒並みならぬ狂気が潜んでいることを。
裾をはためかすたびに、炎の弾丸が降り注いでいく。ギルシャークは蛇行しながら攻撃を回避しようとする。
「逃がしません」
はっきりと宣告し、一点に弾丸を集中させる。一見、的外れのように思える。しかし、ダロムは感づいていた。そして、ギルシャークを停止させようとするがもう遅かった。
けたたましい咆哮とともに、ギルシャークは火炎弾により蜂の巣にされる。この火炎はただの炎ではない。通常、炎属性の技は水属性相手には半減される。だが、「ドライフレイム」は逆に水属性の相手に倍のダメージを与えるのだ。
この集中砲火により、ギルシャークの体力は一気に尽きてしまう。少女が地上に舞い降りると同時に試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。
「まあ、こんなもんやろな。ムドーはん、退屈しのぎにはなったやろか」
「あくまで暇つぶしにすぎんな。ランク四十位如きでは準備運動にもならん。お前も物足りないだろ、ノヴァ」
ノヴァと呼ばれた少女は怪しく微笑み返す。対戦相手のダロムはギルシャークを引っこめると、恨めしそうに吼えかかった。
「くそ、インチキモンスターを使いやがって。お前もライムの一派かよ」
「ライム? 最近よう聞きますけど、うちらは無関係やで」
「むしろそいつを知っているなら是非とも聞かせてほしいな」
「那谷戸大会で大暴れしたってこと意外知らねえよ。でも、相当強いって噂だぜ」
それだけ言い残すと、ダロムはそそくさとログアウトしていった。「いけずやなあ」とノヴァはお冠だったが、ムドーは考え込む素振りをしていた。
「ムドーはん。あんさんの退屈を紛らわせられんのは、ライムぐらいしかおらへんと思うんやが。それにうち気になるわ。やて、うちと同じ少女のモンスターやろ。一体どんなやつなんやろな」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいとはけったいやな。あんさん、興味ないんかい」
「どんなに希代なやつでも弱ければ意味がない。まあ、話を聞くに、少しは俺の退屈を紛らわすことができるかもしれんが」
「あんさんの望む相手なんか、そうはおらへんやないか。その証拠があんさんのランクやろ」
誇ってもいいはずの所持ランク。だが、ムドーは決して天狗になることはなかった。その勲章はさも当然というように、彼の名とともに明示されているのである。
それこそ、全国ランク一位という栄光。
下剋上を果たそうと、幾多の強敵が彼に挑んできた。だが、何人たりと打ち破ることはできなかった。圧倒的な強さは一時、彼に充足感をもたらした。だが、次第にそれは怠慢へと変化していく。あまりにも強すぎるがゆえに、彼と対等に渡り合える者は皆無。本気を出さずとも十分に勝利できるため、血沸き肉躍るなどという高揚とは無縁だった。
今日もまた暇つぶしにしかならないバトルをこなし、そろそろログアウトしようとする。そんな折、彼に接触を試みるアバターが存在した。パピヨンマスクで顔を隠した紳士。アバター名は「ミスターST」と表示されている。
「けったいなおっさんが出てきたな。ランク三十二位やて。そこそこ強そうやから、ムドーはんに挑戦しに来たんちゃうか」
「これは驚いたな。またもや人間の姿をしたモンスターか。ライムに朧、ジオドラゴンに続くとなると四体目になるかな」
ミスターSTなる男は開口一番賞賛した。気だるそうに臨戦態勢に入ろうとしたムドーであったが、「ライム」という単語を耳にした瞬間、気つけを施されたかのように瞠目する。
「お前、ライムを知っているのか」
「十分すぎるほどにな」
鼻で笑い、ミスターSTは続ける。
「君の実力はよく知っているよ。全国一位に到達してからというものの、一度としてランクダウンしたことがない猛者。もはやそんじょそこらのプレイヤーでは相手にならない。そうだろう」
「察しがいいな。その口ぶりからしてただのプレイヤーではなさそうだ」
「さすがに勘が鋭いな。まあ、これから話すことは腹を割らないと信じてもらえそうにない。君が真に受けるかどうかは分からんが、私の正体を明かしておこう。私の名は田島悟。このファイトモンスターズのチーフプロデューサーだ」
堂々と胸を張るが、ムドーとノヴァは唖然としていた。いくら無敗の王者とはいえ、ゲームの開発者が接触してくるとは予想外だったのだろう。
「ゲームの運営か。大方、俺の相棒がチートコードによって生まれた違法モンスターだと難癖をつけに来たのだろう。だが、俺はそんな反則など使った覚えはない」
「せや。うちの相方がそないなことするわけないやろ」
「君たちの反応も尤もだな。動向如何によっては、そのノヴァというモンスターも消去せざるを得ない。だが、今はそんなつもりはないよ。むしろ、君には協力してもらいたいことがあるんだ」
「運営が直々に依頼だと。そのうえ、ライム絡みの事案。退屈しのぎどころか、楽しみになりそうじゃないか」
これまで仏頂面だったムドーが初めて口角を上げた。その顔はパートナーであるムドーでさえ久しぶりに拝見する表情だった。
「もったいぶって話を長引かせても詮無きことだ。まずは要件から言おう。君にはライムを倒してもらいたい」
「厄介なことを頼まれるかと思っていたが、随分単純明快じゃないか。そのうえ、容易いことだ」
「せやな。ライムはんはいずれ倒そうと思うとったんや」
「快諾してくれるのであれば何よりだ。ただ、いくらか条件があってな、まず使用するのはこちらで指定したモンスターにしてほしい」
「ちょい待ち。ムドーはんにうち以外のモンスター使え言うんか」
真っ先に反論したのはノヴァであった。暗にリストラ宣言されているので至極当然の反応だ。ムドーもまた眉を潜めている。
田島悟としても、彼が決断を渋ることは織り込み済みであった。全国ランク一位のプレイヤーが最も大事に育てているモンスター。そいつならばほぼ確実に葬り去れるかもしれない。できることなら、素直にノヴァをぶつけたかった。
だが、それができない事情があったのだ。言葉を濁すよりも、素直に明かした方がムドーも納得する。そう判断した田島悟は、彼に接触するに至った経緯を説明し始めるのだった。
モンスター紹介
ノヴァ 炎属性
アビリティ ???
技 ドライフレイム
全国ランク一位のムドーが使用する謎のモンスター。
ライムと同じく少女の姿をしており、はんなりとした物腰で、豪奢な着物を着用している。
その実力は未知数だが、無敗伝説を築き上げたこともあり、そんじょそこらのモンスターでは相手にならない。彼女の真価が発揮されるのはまだまだ先の話だ。




