シンとの結託
「ケビン。こんなことをしてただで済むなんて思っちゃいないだろうな」
罵詈雑言が飛び交う中、徹人はひときわ大きく声を張り上げた。シルフが消滅してから沈黙を守っていたケビンであったが、ようやく口を開く。
「ライム、そしてパートナーであるテト。君たちがここまでやるとは正直予想外であったよ。この場は素直に負けを認めるとしよう。だが、私はまだ諦めたわけではない。いずれライムは手中に収める。覚悟しておきたまえ」
「待てよ。このまま逃がすわけにはいくか。お前はライムについて何を知っているんだ」
「ライムの秘密を知りたいか。教えてやらんでもないが、敵である貴様にそんな義理はないからな。また会う機会があるだろうから、それまでの楽しみにするといい」
それを捨てセリフに、ケビンを映していたモニターが砂嵐へと切り替わる。未だにケビンの居所がつかめていないので、空虚な反抗をぶつけるしかなかった。
「まったくふざけたやつよね、ケビンって」
「同感だ。あいつとは絶対に決着をつけないといけない。ライムの秘密を知っているってのは間違いなさそうだからな」
モニターを一瞥するや、徹人は一目散に会場の外へと飛び出した。逃してしまったケビンに拘泥するよりも、妹の具合を確かめる方が先決だった。彼の行き先を察知した日花里は後に続き、なし崩しでシンも付き従っていく。
人ごみでごった返しているせいか、医務室までたどり着くのは容易ではなかった。ようやく妹と対面できた時は、すでに救急車のサイレンが鳴り響いていた。
「お疲れ、徹人君」
「綾瀬さん、愛華は大丈夫ですか」
「救護班によれば、熱を出しただけでただの風邪だろうって。これから病院に搬送されるけど、おそらく数日検査入院するだけで大丈夫だってさ」
どうやら大事には至らなかったようだ。疲れがたまっているのか、愛華は救護室のベッドですやすやと眠っている。ケビンへの怒りが再熱すると同時に、妹に対して申し訳なく思った。ライムの問題に愛華は無関係。それなのに、巻き込んでしまったことで彼女を苦しませてしまった。
救急車へと運ばれる妹を呆然と見送る徹人。抜け殻のようになってしまった彼だったが、ふと肩を叩かれる。振り返ろうとすると、頬に指が突き刺さった。
綾瀬のいたずらか。胡乱げに犯人へと向き直ってみたが、その正体は予想外の人物だった。
「えっと、日花里。何やってんだ」
冷ややかに言われ、日花里はあたふたしながら取り繕う。
「べ、別に。綾瀬姉さんの真似してみただけよ。その、徹人、元気なさそうだったから」
「ああ、悪いな。妹のことを考えてた」
やっぱりという感で日花里は微笑む。そして、腕組みをすると語り掛けた。
「別に徹人が気を病む必要はないと思うわ。だって悪いのはケビンですもの。あいつが空調をいじくらなきゃ風邪を引かなかったかもしれないんだし。それに、お医者さんの話だと大事にはならないそうだから、いつまでも引きずる必要ないわよ」
「むしろ、ケビンを倒すことが妹のためになる」
更に意外な人物に割り込まれ、徹人は日花里と仲良く素っ頓狂な叫びをあげた。
「そんなに驚かなくても」と不機嫌になりながらも、シンは話を続けた。
「私も君と似たような境遇だから気持ちは分かる。ケビンに協力したのも弟のためだし」
「弟のため? どういうことだ」
「私には入院中の弟がいる。心臓病を患っていて、完治するには手術をする必要がある。けれども、そのためには莫大なお金がかかる。そんな時にケビンに話を持ち掛けられたの。『私に協力すれば金をやろう』って」
ケビンの目的からすれば、シンが交わした約束は自ずと推測できた。ライムを手に入れる手伝いをし、ネット上の埋蔵金を手に入れた暁には、その一部が分け与えられる。シンはそのお金で手術費を賄うつもりだったのだ。
「ケビンが許せなかったのは、あなたの妹を危険に晒してまでライムを手にしようとしたため。いくらお金が手に入るとはいえ、あんなことをしてまで欲しいとは思わない」
その目には強い決別の色が表れていた。朧を助太刀に向かわせたことを不自然だと思ったが、そんな事情があるのならむしろ当然の行動だった。
「ケビンと接触したってことは、あいつについて知っていることがあるんじゃないか。僕はライムに感染しているウイルスを治したいと思っているんだけど、ケビンだったら何らかの情報を掴んでいるかもしれない」
純粋にケビンをぶっ飛ばしたい気分だが、最終的な目標はライムが侵されているコンピューターウイルスを駆除することだ。ウイルスの能力に着目したということは、その正体を知っている可能性がある。ケビンの居所すら分からない現状、少しでも情報が欲しい。
しかし、シンはゆっくりと首を振って答えた。
「残念だけど、あいつについて詳しくは分からない。言えるのはとんでもない実力の持ち主だということ」
「あいつと戦ったけど、恐ろしいまでの強さを見せつけられたわ。このあたいが手も足も出ないなんて、まさに化け物よ」
「朧ちゃん、ケビンと戦ったことあるの。でも、あいつが使ってたシルフって、そこまで強いやつじゃなかったような」
「あたいがサシで戦った時、ケビンが使ったのはシルフじゃない。名前はよく覚えていないけど、これまで見たことがないモンスターだった」
「それもそのはず。朧やライムと同じく少女のモンスターだったもの」
「なんだって」
徹人のみならず、日花里や綾瀬も驚愕した。シルフはケビンの控えモンスターという位置づけで、やはり主力モンスターを別に隠し持っていた。しかも、ライムや朧と同等、もしかするとそれ以上の実力だと言うのだ。
しかし、そうなるとライムに拘泥する理由が分からなくなってくる。ライムと同じような能力を持つモンスターを有しているなら、そいつで埋蔵金のセキュリティを開ければいいはず。あるいは、ケビンの持つモンスターでは成し遂げられなかったのであろうか。いずれにせよ、真実はケビンから直接聞きだすしかなさそうだ。
考え事をしていると、唐突にシンが携帯電話を差し出してきた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると、シンは更に電話を突きつけてくる。
「えっと、この電話がどうかしたか」
「あ~あ、あんた意外と鈍いのね。シン、代弁しちゃっていい」
「余計なことはしないで」
ぴしゃりと断絶される朧だが、徹人は未だにシンの意図がつかめずにいる。日花里や綾瀬まで肩をすくめる始末だ。
「その、あなたのいうウイルスモンスターの使い手同士として、これからも連絡を取り合いたい。私にとっても朧は大切なモンスター。できるのなら、元に戻したい。そのためにはお互いに有益な情報を共有できた方がいい」
「つまり、テトのメルアド知りたいわけ。うーん、どうしよっかな」
「そこはお前が悩むところじゃないだろ。そんなことならお安い御用さ。いつでも君や朧と連絡が取れるってのはありがたい申し出だし」
ライムは不満そうな顔をしていたが、徹人は快諾して自分の携帯電話を取り出す。赤外線により連絡先を交換し終えると、アドレスブックに新たなページが書き加わった。
「霧崎真。これが君の本名か」
「そういうあなたは伊集院徹人。徹人だからテトってわけね」
「君だって真だからシンって似たようなものじゃないか」
「まことちゃんか。じゃあそぼろちゃんのパートナーはまこぴーって呼ぶことにするわ」
「ま、まこぴー」
困惑するシンこと真。おそらく、こんなあだ名で呼ばれたことなどないのだろう。
「まったく、あたいのパートナーを気安く呼ぶんじゃない」
「いいじゃん、そぼろちゃん」
「だから、あたいは『そぼろ』じゃなくて『おぼろ』だ。あんた絶対わざと間違えてるだろ」
「さあ、どうだかね~」
ホログラムであることを利用し、他人の肉体をすり抜けながらライムは逃走する。ムキになった朧は同じく透過しながら追いかける。はた迷惑な鬼ごっこはしばらく続き、徹人たちは笑いながらその様子を眺めるのだった。
いよいよ次回で第二章閉幕です。




