ライム&朧VSシルフ
颯爽と助太刀に来たものの、朧もまた他サーバーの洗礼を受けていた。勢いよく啖呵を切っているものの、表情には苦痛が浮かんでいる。彼女の身体にもまたノイズの浸食が迫る。
「分かっているとは思うけど、ここで長期戦はできない。僕のライムと一緒に一気に叩く。それでいいか」
「あなたとタッグ。状況を打開するにはそれしかないみたい。一の太刀が使えればいいけど、それは無理な相談だし」
「やっぱりあの技ってウイルスの能力を使っていたのか」
「その通り。今の朧は実質『きりつける』ぐらいしか発動できない」
ライムともども基本性能の攻撃技しか使うことができない。ならば、なおさら協力しなければシルフを打ち破ることはできないだろう。
「ライムと朧で同時攻撃を仕掛けるつもりか。最善の手だろうが、それでは足りぬだろうな」
追い込まれているはずなのに、ケビンは強気な姿勢を崩さない。それどころか発破をかけてくる。「そんなことはない」と反論したかったが、実のところケビンの指摘は的を射ていた。
彼女らの素体となったネオスライム、フライソードは突出して攻撃力が高いモンスターではない。おまけに使用できるのはせいぜい中程度の威力しか発揮できない初歩技だ。ジオドラゴンの「ガイアブラスター」を受けたとはいえ、シルフは体力ゲージを半分ほど残していると見ていい。二人で同時に技を叩きこんだとしても、倒しきるにはいかんせん攻撃力が足りない。
そのことはシンも把握しているのか、恨めしそうに爪を噛んでいた。どうにかして攻撃力を上げる手立てはないか。思案していた徹人だったが、とある方法に行き当たり、にやりと口角を上げた。
「あるじゃないか。攻撃力を上げる方法が」
「あなた、まさか……」
徹人の企みにいち早く気が付いたシンは絶句する。徹人の指先はデバイスのとある項目を捉えていた。そこに何があるかはファイトモンスターズのプレイヤーならすぐさま把握できる。そして、ケビンもまた徹人の考えを見抜いたようだった。
「貴様、スキルカードを使う気か」
別に難しいことではない。戦闘中に攻撃力を上げるスキルカード「強化」。これをライムに使用し、朧と同時に攻撃すれば十分にシルフを倒すことができる。
だが、ケビンがあげたのは哄笑だった。
「忘れたわけではあるまいな。この空間ではスキルカードを必ずしも発動できるとは限らない。まあ、見立てとしては成功確率三十パーセント程か。そんな博打に頼るしかないとは、打つ手なしと同義ではないか」
その指摘通りだった。先ほども日花里がスキルカードを発動しようとして失敗したばかりだ。発動失敗しておじゃんにしてしまったら元も子もない。加えて、ライムの残り体力からして反撃の機会はこれから仕掛ける一度のみと見ていい。つまり、スキルカード発動を成功させなければケビンに勝つことはできない。
だが、不思議と徹人に不安はなかった。それどころか威圧的にケビンを睨み返している。その態度にケビンは言葉を詰まらせた。
「発動できるか分からないだって。そんなのはやってみなくちゃ分からないだろ。それに、発動確率三十パーセントなんて可愛いものだ。僕とライムがどれだけ低い確率を成立させたと思っている」
天文学的数値な発動可能性を成功させたことのある徹人。彼にとって三十パーセントなど可愛い数値であった。ライムもまたそのことを承知しているのか、一切の迷いなくシルフを標的に捉えている。
「シン、合図をしたら同時にシルフに接近。そしてライムと一緒にシルフを攻撃してくれ。僕はライムの技が発動する瞬間にスキルカードを使用する」
「言われるまでもない。朧のスピードに乗り遅れないでよ」
皮肉を込めて言いかえすと、シンは大きく深呼吸する。徹人もまたいつでもカードを発動できるよう、デバイスに指を添える。
「いくぞ。一、二の、三」
徹人とシンの掛け声に合わせ、ライムと朧は同時に駈け出した。萎縮してしまっているのか、シルフは反応できずにいる。そんな彼女を叱咤するようにケビンは怒鳴った。
「ぼさっとするな。ブラストハリケーンで迎え撃て」
慌てつつ、シルフは腕を振って竜巻を起こす。両者の軌道を寸断するように直進するが、ライムと朧はそれぞれ左右に跳んでやりすごす。
そして、落下に移るタイミングで朧は剣を振り上げた。それを合図に、ライムは指先にエネルギーを集中。気泡の弾丸が充填されていく。
「行くぞ、ライム。スキルカード強化発動!!」
叫びつつ、徹人はデバイスの発動ボタンをタッチした。命令は受諾されたが、フィールドに変化は起こらない。よもや発動失敗か。だが、一度仕掛けた攻撃の挙動は途中で中断できず、朧の切っ先が先行して到達しようとしている。
「張ったりをかましやがって。終わりだ、ライ……」
ケビンが言いよどんだのは急に空間の一部に歪みが生じたからだった。ノイズを混じらせつつも、一閃の光が浸食しようとしている。
「あ、あの光はもしや、スキルカード発動の際のエフェクトか」
ファイモンマスターの実況を契機に歓喜が沸き起こる。その光は迷うことなくライムへと降り注ぐ。途端、彼女が指先に溜めていた弾丸がひときわ大きく膨張した。
「ありえん。土壇場にスキルカードを成立させるだと」
「喰らえ、これが僕たちの力だ。ライム、バブルショット」
「朧、きりつける」
朧の一太刀により、シルフの脇腹が斬り裂かれる。過たずしてライムが上空から特大のシャボン弾丸を発射。斬撃により呻いている彼女に直撃した。
「そんな。ここまでですの!?」
それが断末魔の叫びであった。気泡が弾けるのに合わせ、シルフの身体が一気にノイズへと変換されていく。そのノイズは空中浮遊していき、儚きシャボン玉の如く消滅していく。
やがて、すべてのノイズが消え去った時、会場のドア付近から悲鳴があがった。どうにか開こうとドアに寄りかかっていた人々が、会場外に投げ出されそうになったのだ。そんな現象が起きるということは、考えられる原因は一つ。シルフが倒されたことで会場のドアが解錠されたのである。
更に、凍てつく冷風を送っていた空調が、一転して暖かな空気を吐き出していた。ようやく閉鎖空間から解放されたことで、出入り口には人々が殺到していた。人的災害を防ぐためにスタッフが対応にてんやわんやになっていた。
会場内に残った人々は歓声と、ケビンへの罵声で大騒ぎしていた。立役者となった徹人は、気が抜けたのかデバイスを取り落として棒立ちしていた。
「テト!」
そんな彼にライムが抱き付く。シルフを除外した以上、あの場に長居する理由はない。さっさとログアウトし、ファイトモンスターズのサーバーへと帰還。すぐさまホログラムを起動させたのだ。
「徹人君、愛華ちゃんは私たちに任せて。今から医務室まで連れていく。病院にも連絡するけど、それでいいわよね」
「お願いします。僕も後から行きます」
綾瀬の指導のもと、愛華は医務室へと運ばれていく。どうやら外部との通信も回復したようで、綾瀬はさっそく百十九番に通報していた。あの様子であれば愛華は大丈夫であろう。徹人もまたすぐに駆けつけたいところだが、その前に片づけなければならない問題があった。
もう間もなく第2章閉幕です。




