モンスターの気持ち
「素直に捕まれば苦しまずに済むものを。どうして抵抗するのですの」
「そんなん決まってるじゃん。ケビンになんか捕まるわけにはいかないもの」
「その通りだ。ライム、まだ行けるか」
「もちろん」
平穏無事という顔ではなかったものの、ライムはサムズアップで応える。そんな彼らの姿に、ケビンは大仰にため息をついた。
「君たちはどこまで愚かなのかね。さっさとそいつを渡せばこんなところに用はない。ドアロックだってすぐさま解除しよう」
「ありがたい申し出だけど、ライムを渡さないという考えに変わりはない」
「そこが解せないのだよ。そのモンスターの素体となったネオスライム。そいつは腐るほど手に入る雑魚であろう。ならば、もう一度捕まえて育てればいい。データが消えればまた一から構築する。よくやっていることじゃないか」
「お前、どこまでふざけてるんだよ。ライムはただのネオスライムなんかじゃない。僕がファイトモンスターズを始めたばかりの頃から手塩にかけて育ててきた相棒なんだ」
「データを相棒だと。こいつらは目的遂行のために動く道具に過ぎんよ。コンピューターのデータとはそんなものだろう。感情移入する理由が分からぬ」
あえて言っているのか、本心なのか。ケビンの意図は分からない。だが、ファイトモンスターズの全プレイヤーを敵に回したといっても過言ではなかった。逆鱗に触れる一言を放ってもなお、ケビンの高飛車な態度は崩れることはない。
「第一、ライムを道具ではないと言い張るのなら、大会での君の振る舞いはどうだ。ウイルスの能力を使えば疲弊すると分かっているのに、それに頼りっぱなし。挙句の果てに疲労困憊させてこの様だ。所詮は道具としか扱っていない証拠ではないのかね」
その指摘に徹人は即答することができなかった。申し訳ないと思いつつも、結局はライムのウイルス能力に依存したのは事実。ライムが苦戦しているのも大会での戦闘が尾を引いているため。図星なだけに言いよどんでしまう。
それでも徹人は顔をあげてくらいつく。
「お前の言う通りかもしれない。結局はライムのウイルス能力を当てにしてしまった。でも、決してライムを蔑ろに思っていたわけじゃない。正直、ここに送り込むことには反対だった。すぐにでもログアウトさせても構わないと思っている。けれども、逃げちゃ問題は解決できないんだ。彼女には申し訳ないけど、踏ん張るしかない」
「結局はライム頼り。貴様は結局無力なんだよ」
「ちょっと、さっきから好き勝手言ってくれてんじゃない」
胸を張りながらライムが憤慨する。予想だにしなかったところから反論が飛び出し、ケビンは口を噤んでしまう。二の句を告げさせぬまま、ライムは畳みかけた。
「そりゃ、この大会じゃひどい目にあったよ。正体を隠すためにカモフラージュしなくちゃいけないから、すっごい窮屈だったし。で、戦ったら戦ったで、汚物まみれ。まさに踏んだり蹴ったりよ。
でもさ、あんまり不満はないのよね。だって、テトは私を信頼して命令してくれる。それだけでもお腹いっぱいなのに、私を気遣ってくれるもの。そういう感謝の気持ちってのがあるからこそ、私は例え火の中水の中でも突っ込んでいけるもの。
そっからすると、シルフちゃんは不幸よね。道具としか見られてないもの。しかも、やってることは犯罪の片棒担ぎでしょ。同じモンスターとして同情したくなるわ」
ライムの主張に、選手たちは自分のモンスターと対面せざるを得なくなった。普段耳にすることがない、いや、知ることができないモンスターの気持ち。常日頃思っていることを代弁された以上、応えないわけにはいかなかった。
千近い種類のモンスターが存在するファイトモンスターズでは、どうしてもマイナーなキャラクターが出てきてしまう。能力値が低い雑魚。扱いにくい曲者。理由は様々だが、大会という栄華に参加すらできないモンスターがいることは事実だ。
そんなモンスターに比べれば、この場にいるということはどんなに幸福だろうか。まして、愛情を注がれたのなら歓喜の極みである。
逆に、せっかく脚光を浴びたのに、私欲のためにこき使われ、汚い仕事をさせられる。栄華を浴びると思ったのにこの始末はあんまりだろう。同情の眼差しを注がれ、シルフは奥歯を噛みしめる。
「犯罪だとしても、私たちはプログラム。マスターの指示には従うしかありませんもの」
「その通りだ。シルフ、これ以上手をこまねいて本当に消滅してしまっては元も子もない。ブラストハリケーンで確実に捕えよ」
今まで以上に勢いよく腕を振り、シルフは竜巻を発生させた。その様はもはややけくそに思えた。挙動に合わせてか、ジオドラゴンに対して使用したものよりも数倍規模が大きい。
ノイズを薙ぎ払って迫りくる脅威の旋風。現実世界で発生したら高層ビルすらズタズタに崩壊させそうだ。まして、消滅しかけているライムが直撃を受けたらひとたまりもない。
「これだけの規模の風の牢獄に閉じ込めれば確実に入手できるだろう。さあ、観念したまえ」
ケビンの無慈悲な嘲笑が響き渡る。ライムはバブルショットで迎撃しようとするが、竜巻に命中するや儚く霧散してしまう。スキルカードで攻撃力を上げようにも、必ずしも発動できるとは限らない。そもそも、今から発動したところで、再充填から発射の間にやられてしまう。もはや打つ手はないのか。「ライム!!」と徹人は必死にパートナーの名を叫ぶ。
ライムがケビンの手に堕ちる。絶望的な結末に会場内は落胆に包まれる。そう思われた。
だが、竜巻がライムを呑み込む寸前、彼女の脇から飛び出した影があった。そいつは竜巻とすれ違うと、はたと動きを止めた。すると、猛威を振るっていた旋風が瞬く間に消滅していったのだ。
暴風を防ぐために顔を覆っていたため、竜巻を消した存在はしばらく視認できなかった。やがて風が収まるや、救世主の正体がはっきりした。
ポニーテールをなびかせ、背を向けながら帯刀している少女。つい先刻まで激戦を繰り広げた相手だ。見間違えるはずがない。
「そぼろちゃん!」
「『おぼろ』だ。こんな局面で堂々と呼び間違えるんじゃない」
憤慨しているのは朧であった。藁にもすがる思いをしていたことで気にもしなかったが、落ち着いてきたところで彼女がここにいることに違和感を覚えた。
朧もまたウイルスの能力を持っているので、このサーバーに侵入できても不思議ではない。しかし、突入するという意思は感じ取れなかった。
「危ないところだったわね」
「シン。お前、いつの間に朧をサーバーに送ったんだ」
「あなたたちがライムに夢中になっている間に。テトはともかく、ケビンまで欺けたのは僥倖だった」
さりげなく揶揄したことで、ケビンに悔恨の色が浮かぶ。ライムに執着しすぎて第三者の介入を失念するなど彼らしくもない失態だった。
「朧。貴様、どういうつもりだ。ライムの捕獲に協力するという約束ではなかったのかね」
「確かに、あなたとはそんなやりとりをした。けれども、あなたのやり方を見て、これ以上従うのは無理と判断した。だから反旗を翻しただけ」
「あたいも同感だ。こいつばかりはシンが『協力しろ』って命令しても従うつもりはない。心の底から気に食わないって思った相手はあんたが初めてだ」
決別を通告するが如く、朧は一気に抜刀する。やはりケビンとシンの間には確執があった。どんなやり取りが為されたかは与り知らぬが、この場はシルフ、そしてケビンを退けるのが先決。ケビンとの関係については後から問い詰めればいい。
次回、ライム&朧という夢のタッグの反撃が始まる。




