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オンラインゲームがバグったら彼女ができました  作者: 橋比呂コー
2章 愛華を救え! ドームサーバーに仕組まれた罠!!
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ジオドラゴンVSシルフその2

 身体が切り刻まれるかのように、全身のあちらこちらにノイズが混じっている。ここで戦闘不能になった場合、そのまま存在自体が消滅する危険性を孕んでいる。正常にグラフィック表示できていないという事実がそれを後押ししていた。

 あまりの無力さに、日花里の眼から一筋の雫がこぼれ落ちた。このままでは時間稼ぎすらできず、そそくさと撤退するしかない。お膳立てさえもできないなんて、自分はどれだけ無力なのだろうか。

「主よ、諦観する必要はない」

 落胆する日花里を慰めたのはジオドラゴンだった。未だ竜巻から逃れられずにいるが、その声音はあくまで強気だ。

「この程度の竜巻、痛くもかゆくもないわ。我が肉体に生じている異変を心配しているのなら、それは杞憂というもの。ここで辛酸を舐めるほど、我は落ちぶれてはおらぬ」

 相変わらず中二病臭いし、明らかに虚勢である。それでも、そんなパートナーの姿が幾分頼もしかった。


 相棒が諦めていないのに、主である自分がくじけてどうする。日花里は頬を叩いて自らを叱咤すると、大声を張り上げた。

「ガイアフォースで竜巻を振り払いなさい」

 竜巻の中、ジオドラゴンは一心に右手を掲げた。手のひらから木枯らしの渦が巻き起こり、自身を捕縛する竜巻を打ち消していく。シルフの竜巻とは逆回転の渦をぶつけ、効果を相殺したのである。


 ようやく旋風から脱出したものの、その肉体は見るも無残な姿に成り果てていた。腕、足、首、顔と至る器官にノイズが付着している。一歩踏み出す度に全身のグラフィックが揺れる。もはやそこに存在していること自体が奇跡だった。

「大丈夫? ジオドラゴン」

「愚問だ。小娘の竜巻から逃れただけだ。一矢報いるまでは果てるわけにはいかん」

「おじさまは素直にご隠居していればよろしいのですわ」

 無慈悲にもシルフは再度竜巻を発生させる。喰らったら今度こそ消滅の危機だ。


 迫る来る竜巻に対し、ジオドラゴンはただ雄たけびをあげるしかなかった。負け犬、否、負け龍の遠吠え。そう揶揄されても仕方ない。だが、まともに体を動かせない以上、彼ができることといえばそれくらいであった。

「万策尽きたようだな。貴様にもウイルスの兆候があるが、ここで消えるのなら私には必要ない。さっさと消えろ、雑魚が」

 ケビンが冷たく吐き捨て、シルフの放った竜巻が眼前へと迫る。誰もがジオドラゴンの最後と落胆していた。


 しかし、その時日花里が持つデバイスがひときわ大きな輝きを放った。一瞬顔を逸らした後画面を確認すると、使用可能の技の一覧に未知の技が追加されていた。

「どういうこと。ジオドラゴンが使える技が増えている」

「バトル中に新たな技を覚えただって。終了後ならまだしも、そんなことが起きるなんて」

 バトルに勝利してレベルが上がることで使用可能な技が増えることはある。しかし、経験値を得てもいないのに、もっと言えばバトル中に技を覚えるなんてあり得ないことだった。


 だが、不可思議現象を精査している場合ではない。ぐずぐずしていてはジオドラゴンは確実にお陀仏だ。一切の躊躇を振り切り、日花里は叫んだ。

「ガイアブラスター」

 叫び続けていたジオドラゴンの口元にエネルギーが集約される。周囲のノイズさえも巻き込み、彼の顔を遥かに凌ぐエネルギー弾が形成されていた。

「おっさん、いや、ジオドラゴンがとんでもないエネルギーを貯めこんでいるぞ。この技は一体」

「ガイアブラスター。自然属性最強の威力を誇る破壊光線だ。ジオドラゴンも覚えることができるが、強化合成の際に特殊なモンスターを使わなければならない。普通にレベルアップしていては習得できないはずだが」

 あるいはバグの影響で強制的に覚えてしまったとも考えられるが、あまりにも出来すぎたタイミングであった。とはいえ、現状打破のためにはこの新技に賭けるしかない。


 竜巻へと吸い込まれそうになる寸前、ジオドラゴンは集中させたエネルギーをビーム砲として放出した。それは竜巻を貫き、一直線にシルフへと向かう。いきなりこんな大技を放たれ、シルフはまともに反応できずにいた。

 破壊光線の直撃を受け、シルフは数十メートル後方へと吹き飛ばされた。反動から片膝をつくジオドラゴンだが、被爆した方はそれどころではなかった。清楚なワンピースは煤で汚れ、所々亀裂が走っている。まさか、時間稼ぎをするどころか討伐してしまったか。


 だが、それは淡い期待であった。眉根が動いたかと思いきや、シルフはゆっくりと上半身を起こしたのだ。ただ、彼女の側にもグラフィックにノイズが混じっていた。属性相性が適用されたのか、戦闘不能にまでは至らなかったようだ。それでも全く無事ではないということは一目瞭然だった。

「雑魚が最後っ屁をかましたか。だが、二発目を放つ体力はないだろう。シルフ、今度こそ確実に息の根を止めろ」

「かしこまりましたわ」

 無慈悲にもトドメの一撃が放たれようとしている。パートナーの名を呼ぶ日花里の悲痛な叫びがこだまする。


「ちょっと待ってよ」

 シルフがブラストハリケーンを発動する直前。そんな声とともに立ち上がる影があった。シルフと同じワンピース姿だが、トレードマークであるカチューシャに手を当て、いたずらっ子の笑みを浮かべている。

「ライム、お前もういいのか」

「いつまでもお昼寝しているわけにはいかないからさ。おっさんだけには任せておけないよ」

 そう言ってブイサインを繰り出す姿には疲労の色は感じられなかった。


 ジオドラゴンが旅立ってから十数分。人間に当てはめるなら、これほどの短期間で疲弊から回復するのは異常だった。しかし、ライムはコンピュータープログラム。ポーション一個で体力を回復できるような世界の住人だ。驚異的な自己修復能力を持っていても不思議ではない。

 ただ、ライムをこのまま送り出すことに徹人は一抹の不安を抱えていた。ジオドラゴンをこれ以上戦わせては間違いなく消滅する。だから、シルフを倒すにはライムを向かわせるしかない。しかし、ケビンの目的は彼女だ。見え透いた罠に自ら飛び込むようで気が引ける。なにより、ライムのことだから無茶して虚勢を張っているようでならないのだ。


 あと一歩のところで徹人はゴーサインを出せずにいた。

「ほう、私のシルフと戦うのが怖いのかね。優勝者がとんだ腰抜けだな」

 ケビンからの稚拙な挑発。便乗して激怒すれば、それこそ奴の手中で転がされることとなる。かといって、このまま手をこまねいているしかないのか。


 そこでふと徹人はライムと視線が合った。だが、すぐに目を逸らされた。その先を辿ると、ジオドラゴンとシルフが対峙しているモニターへとぶち当たった。ライムはあの一声以降、一言も発言していない。それでも、彼女の意思は痛いほど分かった。

 だからこそ、すんなりと送り出すのは気が引けた。この戦いは一歩間違えれば彼女を永遠に失うことに繋がりかねない。まして、疲弊の影響でその危険性が一段と高まっているのだ。徹人は俯くしかなかった。


「情けねえな」

 急に浴びせかけられた野次。発言者を睨むと、カズキが壁にもたれたまま両手を広げていた。

「てめえはあいつを倒せる力を持ってるんだろ。なら、どうして使わねえ」

「そうかもしれない。でも、ライムの今の状態を考えてもみろ。行ったら消えるかもしれないんだぞ」

「あいつ本人が大丈夫って言ってるんだ。そんくらい信じろや」

 殴られてもいないのに脳内に強烈な刺激を受けた。静止を振り切り、カズキは徹人へと切迫すると、ぐっと胸倉をつかむ。


「俺たちはあのケビンって野郎にいいように利用されて、心底むかついてんだよ。できるなら、俺のアークグレドランであのクソ女モンスターを消し炭にしてやりてえ。でも、そいつはできない相談だ。

 ところが、お前のライムならそれができる。てめえ、忘れてるわけじゃないよな。あいつを倒したいって思ってんのはてめえだけじゃないってことをよ」

 恫喝され、徹人は会場を見渡す。誰もが徹人、そしてライムへと向き合っていた。胸にたぎるは強烈な怒り。この日のために頑張ってきたのに、私利私欲のためにぶち壊された憤り。そして、そんな理不尽を晴らしてくれる救世主。まさにそれが彼女ではないのか。


 ならば、ここでうじうじと迷っている道義はない。徹人は大きく息を吸い込むと、あらん限りの声で叫んだ。

「行け、ライム!! ケビンの企みなんか打ち破って来い」

「うん、分かったよ、テト」

 この日一番の笑顔を作るや、ライムは勢いをつけて飛び上がった。ジオドラゴンの時と同じようにその体が虚空へと消え去っていく。

「ライム、絶対に帰って来い」

 彼女の足が消滅する寸前、徹人は大声で激励を送った。

技紹介

ガイアブラスター

大自然の力をエネルギーに変換して集約、破壊光線として発射する自然属性最強クラスの大技。

習得するにはイベントで入手できる「エメルスピリット」というモンスターを合成素材に使わなければならず、普通にレベルアップしていては覚えることができない。

ジオドラゴンがあのタイミングで使えるようになったのはバグの影響だろうが、窮地に真の力を発揮したというほうが美しいだろう。

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