ジオドラゴンVSシルフその1
ドームのシステムへと侵入したジオドラゴンはキョロキョロと辺りを見回していた。ファイモンのサーバーは闘技場だったり森林だったりと地球上の有象無象を反映して世界を構成している。そのため、モンスターの目からしてもかなり賑やかだった。比べて、ドームのシステムはあちらこちらにデータの塊が浮遊している以外は真っ暗闇の質素で退屈な世界だった。アニメでネットの世界に人間が入るというエピソードが度々披露されるが、その時に描かれる電子世界といえばいいだろうか。
別システムの事情など与り知らぬが、一瞥したところでは異常はなさそうである。ただ、徹人たちの話からすると、どこかに問題を発生させている犯人が潜んでいるようだ。
「主たちに無礼を働く不埒者よ。こそこそと隠れてないで出てくるがいい。我が牙城の餌食にしてやろうぞ」
挑発を仕掛けるが返答はない。もしかして、こんな入り口ではなく、もっと奥に潜んでいるのか。探索を進めようと電子の海の中を泳いでいく。なぜか無重力が適用されているので、移動するなら文字通り泳ぐしかない。
変わり映えのない世界をひたすら進む。すると、しばらく泳いだところで物音を聞きつけた。森林の覇者を自負するジオドラゴンは草木の揺れる音で外敵を察知することができる。もちろん、ジオドラゴンを作り出したゲームネクストのデザイナーが遊びで付与した設定なのだが、それが意外な形で役に立ったようだ。
「そこに誰かいるのか」
呼びかけに応じる気配はない。停止した途端、全身に重圧がかかる。地球の何倍ものGがかかる宇宙空間に慣れるため、高重力の環境下で訓練しているかのようだ。綾瀬だったら「精神と時の部屋じゃん」と大喜びしただろう。
元ドラゴンらしく低く唸っていると、データの塊の陰から可憐な少女が顔を出した。ライムと同じくワンピースを着用しているが、彼女よりもおしとやかで大人びた印象を受ける。緑色に着色された髪が吹くはずのない風に吹かれ、扇状に広がる。どこぞの宮殿に住んでいそうな王族の娘。そんな気品すら感ぜられるお嬢様だった。
「そなたか、不埒者は」
「そうですわ。私の名はシルフ。ケビン様の命を受け、邪魔する者は始末させていただきますわ」
礼儀正しく一礼するが、ジオドラゴンが警戒を解くことはなかった。外面は強そうでなくても、これほどの騒動を起こしている輩だ。一筋縄ではいかないだろう。
ジオドラゴンが電子の海に旅立ってしばらくして、日花里が手にしている大会専用デバイスに映像が送られてきた。データの塊が浮かんでいるだけの無機質な世界。ジオドラゴンが目にしている世界がライブ配信されているようだ。
「父さん、私のデバイスの映像をモニターに映せない」
つい開発者の娘であることを暴露する発言をしてしまったが、そのことを言及する空気が読めない輩は存在しなかった。娘からの提案を受け、田島悟は秋原へと伝達。しばらくして、試合の様子をライブ中継していたモニターに、ジオドラゴンが目にしている電子空間が投影された。
「インターネットの中ってこんな風になってるんだな」
「あれもあくまでイメージだと思うわよ。ケビンが干渉して、人間にも視認できるように電子空間をいじったんでしょ」
綾瀬が不満そうに頬を膨らませているのも無理はない。原理は分かっていても、そんなことをやってのける自信はない。自分よりも技術が上だと暗に示されては、面白くないのも当然だ。
やがて、おっさん形態のジオドラゴンの他に少女の姿が映し出された。こいつがケビンが仕掛けた真の黒幕であることは誰の目からも明らかだった。
「徹人、あのモンスター知ってる」
「あいつはシルフだな。風属性の妖精モンスターで、ライムみたいに何かのモンスターが擬人化しているんじゃなくて、最初からあんな姿のやつだ」
愛華だったら喜んで使うだろうなと、観客席を気にかける。少しでも体を温めようと、悠斗と綾瀬の上着を掛け布団とし、椅子に深々と腰掛けている。遠目からでも苦しげな息遣いが聞こえてきそうだった。
ケビンが仕掛けたにしては平凡な相手だった。シルフは決して弱くはないのだが、突出した能力値や技を持っていないため、全国対戦では中堅キャラに甘んじていた。しかし、ジオドラゴンの問いかけに応答したことでどよめきが走った。
「シルフがしゃべった」
徹人が驚愕するのも無理はない。シルフもまたAIが搭載されていないモンスター。本来なら会話できるはずがないのだ。そもそも、ファイトモンスターズのキャラが当たり前のように他サーバーにいること自体が異常なのだが。
「さっそく私のシルフを見つけたようだね。果たして君たち如きが退治できるかな」
「ふざけないでよね。ジオ、私たちの力を見せてやろうじゃない」
啖呵を切り、ジオドラゴンはシルフに向き直る。苦しげな表情を浮かべるジオドラゴンだが、シルフは涼しい顔をしている。劣悪環境を物ともしていないようだ。
「シルフは風属性だからジオドラゴンには相性が悪い。大丈夫か」
「問題ない。とはいえないわね。でも、やれるだけやってみるわ」
日花里のデバイスで戦闘開始が指示されるや、ジオドラゴンは正面からシルフへと突撃していった。
「ガイアフォース」
ジオドラゴンが使用できる技でシルフに有効打を与えるものはない。半減されると分かっていても連続で叩きこんで体力を減らしていくしかないのだ。
ドラゴンの形態だと息吹で攻撃する技だが、おっさん形態では掌底から木枯らしを起こすモーションへと変化していた。無数の木の葉が混じる突風が襲来するが、シルフはワンピースを翻しながら回避する。
「ブラストハリケーン」
攻撃を指示したのはケビンだった。彼の配下なのだから問題はないが、そうなると実質ケビンと一騎打ちを行うということになる。
テニスのボレーの要領で腕を振り、お返しとばかりに竜巻を発生させる。風属性の中では上位クラスの威力を誇る攻撃技だ。直撃されたらかなりの痛手となる。
ジオドラゴンはスライディングしつつ、その場に横たわる。そして、「アースクエイク」で地割れを起こして反撃に移る。油断していたのか地響きに巻き込まれてダメージが発生するが、外面からはあまりダメージがないように思える。
ファイトモンスターズでのモーションは完全に再現できないのか、先ほどの地割れも所々ノイズが走っていた。そして、要となる体力ゲージが表示されていなかった。なので、パートナーの様子から残り体力を推測するしかない。
「やっぱりこのままじゃ分が悪いわね。スキルカード水化」
シルフの属性を水に変化させ、ガイアフォースで弱点を突く。アビリティも合わせれば大ダメージを与えることができる。日花里が今大会で編み出した得意コンボだ。
しかし、カードの発動を宣言しているにも関わらず、シルフに変化は訪れない。発動コマンドを連打してみても一向に反応がないのだ。それどころか、画面には大きくエラーの文字が映っている。
「どうなっているの。スキルカードが使えない」
「当たり前だ。シルフたちが戦っているのはファイトモンスターズ以外のサーバー。まともに技を繰り出すだけでも相当な負荷がかかっているのだ。外部からの能力操作が必ずしも成功するとは思わないことだ」
「つまり、スキルカードを発動しても、その命令が到達するかどうかはランダムということか」
「その通りだよ、田島君」
小馬鹿にされて恨みがましく拳を握る田島悟だが、技術的な問題ゆえにすぐさまどうこうできるものではない。スキルカードがまともに使えないとあれば、ジオドラゴンの潜在能力が頼りだ。
だが、プレイヤーの介入なしに殴り合った場合、相性で有利なシルフに軍配が上がるのは自明。おまけに舞台環境はジオドラゴンに不利に働いている。この場合、日花里がとるべき戦法は限られていた。
「ジオ、悔しいけど私たちの力ではシルフを倒しきるのは難しいみたい。ライムが回復するまで少しでもあいつを弱らせるのよ」
「不本意だが、それしかなさそうだな。だが、我を布石に勝利を掴むというのも悪くはない。小娘よ、大自然の審判の前に屈するがいい」
「減らず口を叩きますわね。よろしいですわ、二度とバトルできないようデリートして差し上げます」
裾を持ち上げて一礼すると、シルフは「ブラストハリケーン」を繰り出す。不意を突かれたのか、ジオドラゴンは竜巻の渦中に囚われてしまう。
モンスター紹介
シルフ 風属性
アビリティ 風の力:自身が使用する風属性の技の威力を上げる
技 ブラストハリケーン ウィンドカッター
各属性を司る妖精モンスターの一種。ウイルスの影響で擬人化しているのではなく、元々ワンピースを着用したお嬢様然としたキャラクターである。ただ、AIは未実装なので本来しゃべることはできない。
ステータスは平凡だが、アビリティの影響で攻撃力は油断ならない。それでも、全国対戦でのメジャーモンスターと比べると見劣りしてしまう。
癖が少ないので初心者用として序盤で使われるが、それ以降は使用頻度が少ないのが悲しいところ。




