ライムVS朧&デュラハンその3
かなりの長丁場となりましたが、朧戦もこれで決着です。
デュラハンを凌いだところで、すぐに朧が待ち構えている。いい加減、九死に一生に頼るにも限界が来ている。そろそろ反撃しないとライムの体力が持たない。幸いなことに、懸念していたあのカードを浪費してくれた。攻勢に出るならこのタイミングしかない。
「さあて、覚悟はいいか。何度防がれたか分からないけど、このあたいが確実に息の根をとめてやる」
「粋がっているところ悪いが、そうはさせないぜ。ライム、これから無茶苦茶なことを言うがいいよな」
「今更過ぎるよ。今日のテトは無茶言ってばかりだもん」
「本当に悪いな。後できちんと埋め合わせしてやるから」
「んじゃ、掛山ノブヒロの単独ライブチケットで手をうってあげる」
中学生の小遣い数か月分の出費だが、嘆いていても詮無きことだ。日花里から受け継いだあのカードを使用するため、テトは本来ならありえない命令を下す。
「よし、ライム。ジオドラゴンに変身するんだ」
ファイトモンスターズに精通した者なら、この指示は不可能だと瞬時に理解しただろう。変身はバトルフィールドに存在しているモンスターにしか姿を変えることはできない。なので、できるとしたらデュラハンか朧かの二択になる。
もちろん、テトはそんなことは重々承知であった。なので、ライムが「バトルフィールドには存在しないが、ファイトモンスターズのモンスターとしては存在している」モンスターに変身できるかは正直博打だった。
できるとしても、本来の挙動とは違った行動。当然、ライムにのしかかる負荷は多大なものとなる。そのうえで、あり得ない挙動を連発させようとしているのだ。ライムの体力がどこまで持つかが勝負の分かれ目だった。
ライムは首を傾げたものの、特に違和を唱えることなく、全身を変質させていく。四つん這いになり、首が長く伸ばされる。筋肉質の四肢に巨大な翼、トカゲの頭部。瞬く間に緑の鱗を持つ巨竜、ジオドラゴンが顕現したのだった。
「もはや何でもありなこのバトル。テト選手のライムが、フィールド上に存在しないジオドラゴンへと変身してしまった」
「ジオドラゴン。強力なモンスターだけど、そんなのに化けたところで朧とライムを倒せるとは思えない」
「別にこの姿のまま戦おうってわけじゃないさ」
ほくそ笑んだテトは、一枚のカードを高々と掲げる。それこそ、日花里より受け継いだ切り札であった。
「このカードはライムのままでは使うことができない。でも、ジオドラゴンに変身すれば、龍系のモンスターとして扱われるため、使用することができる。ここまで言えば、僕がどんなカードを使おうとしているか察しが付くよな」
「まさか、あなた……」
「スキルカード逆鱗発動」
日花里より借り受けたカード。それは逆鱗であった。龍系のモンスターを対象に、全能力を大幅に上げる。相手が二対一で挑むのであれば、数によるアドバンテージを打ち消すほどの圧倒的能力差で対抗すればいい。それを可能にできるのは、能力上昇効果を持つカードの中でも最強の逆鱗しかなかった。
カード効果を受け、ジオドラゴンの形態のライムは、ひときわ高く咆哮する。奇襲戦法にデュラハンと朧はたまらず及び腰になる。しかし、テトの逆襲はまだ序の口であった。
このまま突撃するか。そう思われたのだが、次に指示したのは意外な一手だったのだ。
「ライム、今度はトラッシャーに変身だ。あのヘドロ男って言えば分かるか」
「あいつに変身するの? まあいいけど」
ジオドラゴンになった時と比べると明らかに乗り気ではないが、素直に龍の形態を解除していく。変身中は全身がアメーバ状になる。その状態を保ったまま、全身をヘドロにまみれさせたゴミの魔人へと変貌した。
「テト選手、ジオドラゴンに続いてありえない変身を披露した」
「トラッシャーか。なかなかマニアックなモンスターになるじゃないか」
運営側としては、こんな明確な反則行為を黙認するのは口惜しいが、それ以上にテトの戦法に興味が沸いていた。通常ではなし得ないプレイイング。それにより理不尽な相手にどう喰らいつくつもりか。
「そのモンスターに変身したなら狙いは分かっている。思惑通りにはさせない。朧、七の太刀光明」
「御意」
朧が天高く剣を掲げると、切っ先に向け光が降り注ぐ。開眼するのも憚られる程のまばゆい閃光。技名からして光属性の技であった。
「素体がフライソードということは、朧は闇属性。相反する光の技まで使いこなすとはな」
田島悟からは感心されたが、対面しているテトにとっては冗談ではなかった。トラッシャーに変身しているということは、現在のライムの属性は闇。光の技は天敵だ。
朧は飛び上がりながら光の剣を振り下ろす。トラッシャーは鈍足なモンスターのため、回避は望めそうにない。使い手であるテトでさえ諦めかけたのだが、事態は思わぬ展開を見せた。
勢いよく両断されたかと思いきや、その太刀筋は空を切り裂いたのだ。朧が顔をしかめるそばで、トラッシャー形態のライムが涼しい顔でたたずんでいる。
「おおっと、トラッシャーという動きの鈍いモンスターになっているにも関わらず、朧の一撃を躱したぞ」
「元々素早さが上がっていたが、逆鱗で上乗せしたのだろう」
「それでも、あの姿で俊敏な動きを見せるとは。ライムよ、やはり侮れぬ」
ケビンに解説を横取りされ、田島悟は不機嫌そうににらむ。とはいえ、彼の言葉には同感であった。
攻撃を回避して一安心。と、いうわけにはいかず、すぐさま作戦の続きに移る。
「ライム、リサイクルを二連発だ」
「馬鹿な、死ぬ気?」
シンが素っ頓狂な声を出したのも道理だ。リサイクルは反動でHPが削られる。九死に一生で生き残ったばかりのライムがこの技を使うなど、自殺行為そのものだった。
しかし、ライムの持つ底力を知っているからこその一手であった。なにしろ、自爆の反動ダメージすら耐えてしまうのだ。リサイクルのデメリットを堪えるなど造作もない。
「テト、そぼろちゃんの攻撃よりもこっちの方がつらいよ」
「すまないが頑張ってくれ。あと一息で大暴れさせられるから」
ライムに負荷がかかるというのは心苦しいが、リサイクルさえ決まればテトの作戦はおおむね達成であった。ヘドロが手元に到達するや、二枚のスキルカードが光とともに復活する。
度重なるウイルス能力の仕様に、トラッシャーのヘドロが垂れ流しになっていた。荒ぶる呼気がはっきりと聞こえてくる。ライムの限界も近いが、後一回、この変身さえ決められれば作戦は完遂する。
「ライム、フィニッシュだ。再度ジオドラゴンに変身」
「まさか、あなた」
その一言でシンはテトの狙いを把握した。同時に、切り札であるあのカードを消費してしまったことを悔やんだ。
苦しげな表情を浮かべているが、ライムはどうにかジオドラゴンへの変身を完了する。そして、すかさずリサイクルによって復活させたカードを発動させた。
「スキルカード逆鱗。更にライムの能力値を上昇させる」
「まさかの逆鱗二連続使用。いくら二体がかりでも、ここまで能力を上げられたらひとたまりもない」
「複数体パーティでトラッシャーと龍系モンスターを用意し、交代しながら同じ順序を踏むことで再現は可能だ。だが、単体で逆鱗二連続を成し遂げるとは規格外もいいところだろう」
さすがにジオドラゴンの姿を維持するのはつらいのか、すぐに本来の少女の姿に戻ってしまう。それでも、スキルカードの加護を受け、全能力値は極限まで上昇した状態だ。
空白となっているスキルカードを睨み、シンは爪を噛んでいる。その様子に追い打ちをかけるようにテトは勝ち誇った。
「天邪鬼のカードを使ってしまったことを後悔しているんだろ。この戦法で一番注意しなくちゃいけないのが天邪鬼による能力逆転だからな。デュラハンのコンボで浪費してくれて助かったぜ」
「調子に乗るんじゃない。こっちにもまだ切り札はある。朧、デュラハン」
合図とともに、朧とデュラハンは同時に剣を抜いて飛びかかった。あっという間にライムとの距離を詰め、二体は同時に剣を振るった。
朧の太刀を受け流したと安堵するも束の間、すぐさまデュラハンの剣筋が迫る。間隙なく繰り出される攻撃にライムは防戦一方となる。
「ひとたび攻撃を受けてしまえば最後。九死に一生を発動させる暇を与えずに、二体で連続できりつける」
「ライムのアビリティを対策してきたか。ならば、ライトニングで無理やり引き離すんだ」
肉薄されている中、ライムは掌底に光を集約する。逆鱗を使用したことで、デメリットとして命令を受け付けない暴走状態になってしまう。そのはずだが、ライムはしっかりと意識を残していた。ジオドラゴンにも適用されたデメリット消去までもが反映されたようだ。そして、デュラハンが剣を振り上げたタイミングを見計らい、ライトニングを発動する。
爆音とともに鎧騎士は数メートル後方に吹き飛ばされる。弱点を突かれたとはいえ、基本性能の射撃技ではありえない破壊力であった。その凄まじさは体力ゲージにも反映されており、デュラハンのゲージは一気に尽きてしまっていた。
「な、なんと。ライムのライトニングによりデュラハンがあっさり撃破された。残る朧と一騎打ちだ」
「計算違いね。コンボで防御力を上げたから耐えられると思ったのに」
シンは顔を歪ませていた。確かに逆鱗一枚だけなら反撃の機会はあったかもしれない。だが、それ以上に能力を上げられるのは予想外だったのだ。
会場からひときわ大きな声援が送られる。二対一という絶望的状況を覆しただけでなく、能力値大幅上昇というアドバンテージまで得ているのだ。自信満々に口角を上げるライムに対し、朧はデュラハンに目配せしながら後退していく。横柄な態度だった彼女に初めて焦燥の色が浮かんでいた。
「案ずることはない、朧。例え勝つことができなくても、負けることもない。それを忘れないで」
「そうか。そうだったよな。あたいが負けることなんてありえないもんな」
自己暗示をかけているように何度も「負けるわけがない」と繰り返す。会場内の誰もが虚言かと訝しんだだろう。しかし、テトだけはそうではないと確信していた。
分かっていてもなお、相手の術中に嵌らなければ栄光はつかめない。覚悟を決めたテトは最後の指示を飛ばす。
「ライム、ここまで強化されたなら、わざわざ弱点を突く必要はない。得意技で決めてやれ」
「ちょこざいな。朧、三の太刀鳴神」
同時に二体が始動する。その場で両手に水泡を生じさせるライムに対し、朧は剣に雷を宿して急速接近する。
「ライム、朧、両モンスターが同時に仕掛けた。果たして、どっちが競り勝つか」
先に技を成功させた方が勝つ。両プレイヤーは固唾を呑んで動向を見守る。そして、朧が剣を振り下ろそうとした瞬間、ライムの手から気泡の弾丸が放たれた。
技のぶつかり合いにより白煙が生じる。暫し視界を奪われ、騒然とした空気に包まれる。それでもテトとシンは不思議と落ち着いていた。計略通り。両者とも、己の策が功を奏したと信じて疑わなかった。
やがてフィールドの状況がはっきりとし、最初に立ち現れたのは朧であった。彼女に軍配が上がったか。否、そうではない。煙の残滓に迎え入れられるように、朧は顔面から地に伏したのだ。そして、体力ゲージもゼロとなっていた。
次に姿を現したのはもちろんライム。前屈みになってはいるが、どうにかそのまま踏みとどまっている。彼女のHPゲージを確認したファイモンマスターは高々に宣告した。
「ついに勝敗が決まった!! 激闘を制したのはテト選手のライム。よって、地区大会優勝者はテト選手とライムだ!!」
モンスター紹介
朧 闇属性
アビリティ 反撃の刃(改):攻撃を受けた際に反撃してダメージを与える
技 一の太刀焔(きりつけるの属性変化。その他、三の太刀鳴神など)
フライソードがウイルスの影響で変質し生まれた美少女モンスター。髪をポニーテールにし、紅白の袴と道着姿という武道をたしなむ少女の姿をしている。
ただ、性格はじゃじゃ馬スケバン。相手を小馬鹿にした態度をとるが、使い手であるシンには頭が上がらない様子。
バトルではフライソードのアビリティを強化し、いかなる攻撃に対しても反撃する能力で戦う。加えて、ライムと同じく攻撃属性を自在に変化できる。
余談だが、一の太刀という掛け声はシンが独自に編み出したものであり、公式には存在しない。




