圧倒的に不利な戦い
「やっほ、久しぶりだね、『そぼろ』ちゃん」
「『おぼろ』だ。相変わらず躾がなっちゃいない。それよか、あんたすごい人気ね」
「嫉妬しちゃダメダメよ」
無邪気に指を振るが、朧はつまらさなそうに「ケッ」と吐き捨てるだけだった。帯刀している剣の柄をしっかりと握っており、視線はライムから外されることはなかった。
「堂々と名前を間違るような不埒者は成敗してやらないとな。シン、さっさと刀のサビにしちゃうけどいいよね」
「構わない」
勢いよく剣を振りぬくや、じりじりと距離を詰めてくる。臨戦態勢にある相手を察し、有頂天になっていたライムも気を引き締める。
「気合十分だけど、私意外と不機嫌だから注意した方がいいわよ。これまで散々ひどい目に遭ってきたんだから。ゴキブリにされたり、ヘドロを被ったり」
「お前、そのことをまだ根に持っていたのか。僕が悪かったけど、私怨を相手にぶつけるのだけはやめてくれ」
予選での出来事をフラッシュバックさせ、不気味に笑い声をあげるライム。徹人はそんな彼女を必死に窘めるのだった。
「さあ、ライムと朧という未知なるモンスターがそろい踏みとなった。実力の程は未知数の両者、果たしてどんなバトルを見せてくれるのか」
ファイモンマスターの煽りに合わせ、ライムと朧は共にファイティングポーズをとる。だが、その場にゆっくりとデュラハンが加わる。この光景に徹人は眉根をひそめた。
「おい、まさかデュラハンも参戦するんじゃないだろうな」
「当たり前。こっちは二体のモンスターを持っている。なら、参加させない道理はない」
「僕が言っているのは、同時に戦わせるかどうかってことだ。このゲームのシステムだとそんなことはできないはずだろ」
複数体のモンスターでチームを組むことはできるが、戦闘は基本的に一対一だ。いくらバトル開始時のステータス補正で能力値を上げたとはいえ、複数体を同時に相手していてはとても勝ち目はない。
しかし、さも当然のように朧の隣にデュラハンが肩を並べているのだ。ただ整列しているだけならまだいい。問題は、朧の体力ゲージと同時にデュラハンのゲージまでも表示されているのだ。つまり、デュラハンもまた戦闘用モンスターとして認知されているというわけである。
「シン選手、まさかの二体同時バトルを仕掛けてきた。だが、ファイモンのシステムではこんなことは不可能のはずだ」
「これまでのシステムならばな」
ファイモンマスターがうろたえていると、ケビンが割り込んでくる。多くを語ることはなかったが、彼がしでかした所業を察するには十分であった。
「貴様、バトルのシステムをいじったな」
「ご明察」
田島悟がイヤホンで連絡を取ろうとするが、ケビンは先んじて釘を刺した。
「システムを直そうとしても無駄だ。この会場のコンピューターはすべて私が掌握している。君たち如きでは介入すること自体できない。それに私は確かめてみたいのだ。伝説とも称されるライム。そんな彼女が二対一という圧倒的不利な状況下、どんな立ち回りを披露してくれるのか」
非難の声もあがっていたが、ちらほらと戦闘続行を望む声も加わり始めた。未知のモンスターだけでもお腹いっぱいなのに、複数体同時バトルという初の試みが実施されるのだ。強力な好奇心には並大抵のことでは抗えまい。
システムが支配されている以上、この状況を打破する手段は一つ。朧、デュラハンのペアと真っ向から勝負して勝つしかない。
「シン、な~んか、あたいらいいようにケビンってやつの実験台にされてない」
「そんなことはとっくに腹をくくっていた。これにより、目の前にいるライムが本物かどうかはっきりする。あっさり負けるのならそれまで。優勝という栄光を糧に次を当たるだけ」
「それもそうだな。あたいはこんなん不本意だけどさ、徹底的にぶちのめせるんなら、利用しない手はないよね」
嗜虐的に愛刀の切っ先を舐める。双璧を前に、さすがのライムも額から汗をにじませている。徹人もまた、スキルカードを握りしめる手が自然と熱くなっていた。
「ちょっと待って」
いざ、バトルに入ろうとしたとき、どこからともなく物言いが入った。その声の主は日花里であった。白い息を蒸気させ、膝を震わせながらもバトルフィールドを見据えている。
「二対一なんて明らかに卑怯じゃない。せめて徹人の方にも新しくモンスターを用意させてよ。なんなら、私のジオドラゴンを貸すわよ」
テトにとっては願ってもいない申し出であった。ジオドラゴンとのタッグであれば、対等、いや、それ以上の戦力で戦うことができるかもしれない。
しかし、テトはゆっくりと首を横に振る。
「どうしてよ。このままじゃ勝てる見込みなんてないわ」
「そうだろうな。けれども、バトルの初めから剣の状態で参戦していた朧はともかく、途中からジオドラゴンを参加させるのはルール違反。そう難癖つける気だろ」
「察しのいいガキは好きではないが、まあ、その通りと言っておこうか」
ライムを確実に仕留め、獲得したいケビンは、協力者が出た場合に強制的に失格させることも辞さぬ考えであった。テトがそのことを見透かしていたのなら大したものだが、そうではなく、単純な闘争心が原動力となっていた。
「それに、二対一で戦えるかどうかなんて、やってみなくちゃ分からない。むしろ、こんな反則技を使って負けたなら、朧ってやつは大恥だろ」
「あんた、言ってくれるじゃん。そんなら、俄然負けるわけにはいかなくなったな」
余計に挑発させてしまったが、絶対的不利な状況下、軽微な誤差の範囲だった。
なおも納得せずに膨れ面をしている日花里に、徹人は優しく諭す。
「その代わり、日花里のカードを一枚使わせてほしい。そのくらいの特例くらい認められるだろう」
「まあ、いいだろう。一方的に叩きのめされる試合など見ていてもつまらんからな。二対一でのバトルを続行させる代わりに、テト選手のスキルカードの交換を認める。それでいいな」
「確認したところで私に拒否権はないのだろう。まあ、テト選手にはまだまだ不利だが、妥当な取引だ。申し出を許可しよう」
ゴーサインを受け取ったところで、徹人は日花里からあるカードを受け取り、フィールドへと戻っていく。
「本当にこのカードでいいの。ライムには意味がないと思うけど」
「あいつらを一気に倒すにはこれを使うしかない。それにちゃんと作戦があるから心配すんな」
不安そうに手を組み合わせる日花里に、徹人はウインクを施すのであった。
素直に日花里とタッグを組むという案もありましたが、圧倒的不利な状況でどう戦うかという展開の方が面白いかなと思い、こうしてみました。
いつかライムも誰かとタッグを組むかもよ!?




