ジオドラゴンVSデュラハン
「興奮も冷めやらぬまま、第二試合の開始だ。両者ともに予選のカード枚数はまずまずだが、それ故に実力の程は未知数。可憐な女性バトラーライトと謎の甲冑戦士キリクとの対戦がいよいよ始まるぞ」
ライトこと日花里と対峙しているのは西洋の甲冑を纏った相手だった。兜を被っているので、性別すら分からない。
それとともに、アバターではない生身の人間の方も謎が多い存在であった。ニット帽を深々と被り、ポケットに手を突っ込んでいる。全体的に小柄で、小学校高学年ぐらいだろうか。どことなく物静かな雰囲気だが、底知れぬ威圧を感じた。
「あなたが私の対戦相手ね。よろしく」
日花里が微笑みながら握手を求めるが、キリクは一切表情を変えず機械的に応じた。あまりの無反応さに、日花里は顔をひきつかせるばかりだ。
気を取り直し、ジオドラゴンを召還して勝負に臨む。もちろん、おっさんの形態ではなく、緑の鱗の四足歩行型龍の姿だ。
「物静かを通り越して不気味さを感じる相手だな。だが、どんな相手だろうと我が力の餌食にしてくれようぞ」
「おおっと、ライト選手のジオドラゴン、早速の挑発だ」
「最近配信されたAI付きモンスター。その中でも屈指の実力を持つドラゴンだ。キリク選手はどう立ち向かうか見物だな」
田島悟が感慨深げに解説するのも尤もだ。元々このモンスターは彼が娘に送ったのだから。
「ジオドラゴン。候補として望みは薄いが、あやつの肩慣らしの相手としては十分だろう」
興味深く徹人の一戦を観戦していたのとは転じ、つまらなさそうに腕を組む。日花里が田島チーフの娘だと知ったら少しは興味を持っただろうが、それでも彼が追い求めるライムと比べたら微々たるものだった。
「意外だったよな。田島さん、ファイモンなんかやらないと思ってたのに」
「あら、知らなかったの。まあ、日花里ちゃんのことだから、クラスでは言わなかったかもね」
いつの間にか綾瀬と愛華の隣に座っていた悠斗は目を丸くしていた。日花里がファイトモンスターズのプレイヤーというのは内密にしていたので、まさかこの舞台に上がって来るとは思いもよらなかったのだろう。ちなみに、さっきから愛華がそわそわして落ち着かないが、その原因となっている当人はどこ吹く風だ。そんな二人を綾瀬は面白そうに観察しているのだった。
「日花里ちゃんのことはさておき、あのキリクってのが気になるのよね。徹人君が怪しいと言ってたカズキが白だとすると、自動的にあの子が最有力候補になるんだけど」
ひとしきり呟き、頬杖をつく。騒がしい会場の中でも、キリクは不気味なほど鎮静を保っていた。
そんなキリクが静かに右手を広げる。足元に魔法陣が広がり、使用モンスターが召還された。使い手が甲冑の戦士であるのに合わせてか、同じような鎧が出現する。それもただの甲冑戦士ではなかった。
なぜなら、兜があって然るべき場所が空洞になっていたのだ。マントをたなびかせ鞘から剣を抜くと勢いよく構える。
「キリク選手はデュラハンを繰り出した! 闇の処刑人とも称される首なし騎士だ」
首がなくとも動くことができるというオカルト設定から察せられる通り、闇属性のモンスターだ。ステータスも高いので、大会の上位進出者が使っていてもおかしくはない。
「さっそくバトルを始めるぞ。ライト選手対キリク選手、試合開始だ」
開戦のゴングが鳴るや、先手をとったのはジオドラゴンだった。あぎとを開くと、一気に空気を吸い込む。
「ジオドラゴン、ガイアフォース」
「愚者よ、大自然の裁きを受けるがいい」
大自然の加護を受けたブレス攻撃。ジオドラゴン最大の威力を誇る得意技だ。デュラハンは腕を組み合わせて防御態勢に入る。猛烈な嵐に見舞われ、マントがちぎれ飛びそうになっている。それでも本体はかろうじて踏みとどまる。
外面からは大ダメージ必至であった。ところが、HPゲージを目の当たりにし、ライトは驚愕することとなる。
「そんな、全然体力が減っていない」
あの一撃で削ったのはわずか一割ほど。予選で堅牢さがウリのモンスターと戦ったことがあったが、ここまでHPが減らないのは初めてであった。
「斬りかかりなさい」
冷淡に指示されるや、デュラハンは正面に剣を構え、すり足でジオドラゴンに接近していく。振り上げるや飛びかかるようにして踏み切り、頭部へ思い切り剣筋を叩きこんだ。剣道の心得がある者なら、見事な面打ちだと絶賛しただろう。
発動したのは基本技。決勝トーナメントで発動するには舐めているとしか思えない代物だった。だが、ジオドラゴンの残り体力は早くも半分近くにまで減らされる。単体同士での勝負なので、開戦時にステータス面での差はない。
「ちょっと、どういう攻撃力してんのよ」
ライトは喚くが、キリクはどこ吹く風だった。ただ、先の戦いの自動回復のような明白なインチキは使われていない。内部ステータスを弄ったなんて証明も困難だ。
そうなれば、正攻法で撃ち破るしかない。ライトは回復で体力を持ち直し、
「スキルカード水化」
スキルカードによりデュラハンの属性を水に変更させた。
「水属性に対し、自然属性の技は効果抜群。より大きなダメージを与える作戦だろうな」
父親に解説された通り、ライトが編み出したコンボ攻撃だった。
「属性相性だけの恩恵を受けるわけじゃないわ。ジオドラゴンはアビリティにより、有利な属性の敵にダメージを与えるときに威力を上げることができる」
「いかにも。我にとって水属性は恰好の獲物となるわけだ。さあ、今度こそ根絶してやろうぞ」
「物騒な前置きはいいからいくわよ。ガイアフォース」
ライトの号令に合わせ、ひときわ大きく息を吸い込む。そして吹き出される息吹は嵐そのもの。フィールドの床さえも削り取る暴風に、さすがのデュラハンも棒立ちするしかなかった。
「属性とアビリティにより大幅に攻撃力を上げたジオドラゴン。これはデュラハン、ひとたまりもないか」
暴風のごとき息吹が過ぎ去り、バラバラに崩れ去った鎧が残されている。そんな光景を期待したのが、事実は無情であった。鎧には亀裂すら入っておらず、唯一マントが片方外れそうになっているだけだ。
HPもまた、七割ほどを残していた。攻撃前の体力から計算して、強化したとしても二割ぐらい削るのが精いっぱい。悔しそうにジオドラゴンは唸るが、デュラハンは一笑に付すが如く剣を振り払うのみであった。
「やれ、デュラハン」
呆然としているジオドラゴンに横薙ぎの一太刀が襲う。ライトが「かわして」と言い切るより先に、ざっくりと首筋を切り裂かれた。
激痛が迸り、たまらず横たわる。運悪くクリティカルを許してしまったため、残り体力は三割にまで落ち込んだ。ライトは手持ちのスキルカードを確認するが、もう体力を回復させる術は残っていない。
「あなたも所詮この程度。私が求める相手じゃなさそう。なら、早々に消し去るのみ」
「まだまだ勝負はこれからよ。こうなったら私の真骨頂を見せてあげるんだから。ジオ、覚悟はいいわね」
「愚問だな。一方的に蹂躙され、我が黙っていると思うか。我が怒りに触れたこと、末代まで後悔させてやろうぞ」
深々と傷つけられた首を庇いながらも、ジオドラゴンはひときわ大きく遠吠えする。その勢いを支援するように、ライトは切り札となるスキルカードを掲げた。
「スキルカード逆鱗」
カードからアーチ状に伸びる光がジオドラゴンに降り注ぐ。その効果はつい先ほどの戦闘でも披露されたので説明は不要であろう。加えて、暴走状態になるデメリットを打ち消しているため、この状態のジオドラゴンはまさに無敵。予選で無双を繰り広げた根源となるカードであった。
しかし、ライトのカードからの光が消滅する寸前、キリクは新たにスキルカードを発動して割り込んできた。
「スキルカード天邪鬼」
会場内からどよめきが広がる。ライトにとっては未知のカードだったが、このタイミングで使用してくるということは、カウンター効果があるのだろうか。
一方、日花里の試合を観戦していた徹人は、天邪鬼発動に激しく動揺していた。偶然といえばそれまでだが、あのカードの使い手に見覚えがあったのだ。
「テト、もしかしてあのキリクってやつ」
「間違いないとは言い切れないけど、あいつの可能性が高い」
ライムもまた、初めて辛酸を舐めさせられた相手として、あのカードとともに記憶に焼きついていた。すぐにでもフィールドに突入したい。高揚する胸の内を抑えるのに精いっぱいだった。
黄金に輝いていた粒子がキリクのカードの光と混じりあった途端、薄汚れた灰色へと変色する。不穏な気配を感じ、ジオドラゴンは振り払おうとするが、既に鱗に染みついてしまっていた。
「こ、これはまずい」
苦悶の声を漏らしつつ、四足で踏ん張る。能力強化のカードを使ったとしてはあり得ない反応であった。
「ジオ、大丈夫?」
「問題ない。と、言いたいところだがしてやられたようだ。先ほどから体に力が入らぬ」
「そんな訳ないわ。逆鱗はすべての能力値を上げるはず。力がみなぎるならまだしも脱力するなんて……」
そこまで言いかけてライトははたと気が付いた。ジオドラゴンに生じた変調。その原因を求めるのなら、乱入してきたキリクのカードしかない。
ライトが狼狽しているのを鼻で笑い、キリクは使用済みのカードを投げ捨てた。
「逆鱗で一発逆転を狙ったようだが、このカードで無意味にさせてもらった。むしろ、こっちの方が有利になったと言うべき」
「どういうこと? あなた、私のジオに何をしたの」
「まさか、天邪鬼の効果を知らないとは。このカードは能力変化の効果が発動した時にカウンターとして使用でき、その効果を逆転させる」
「それじゃあ、全能力を上げるどころか下げられたわけ」
「おおっと、ライト選手、起死回生の一手として逆鱗を使ったが、キリク選手の天邪鬼の反撃を受けてしまった。強化するどころか弱体化してしまい、これは大きな痛手だぞ」
ファイモンマスターの言う通り、逆鱗を打ち消されたどころか逆利用されたのは大誤算であった。ただでさえろくにダメージが入らないのに、更に能力を下げられたらどうなることか。
闇雲にジオドラゴンに突撃を指示し、大地を蹴って突貫する。正面衝突してはね飛ばされるデュラハン。だが、空中で体勢を立て直し、難なく着地に成功する。鎧に目立った外傷はない。体力ゲージも一割すら削ることができなかった。
デュラハンの剣撃をいなし、飛び退った反動で地面を踏み鳴らす。意図的に地震を起こして攻撃する「アースクエイク」だ。地表に亀裂が走り、デュラハンを地割れに呑み込もうとする。
その深みに足をとられるが、剣を支えにして踏みとどまる。顔が存在しないために表情を読み取ることはできないが、大揺れの中でも平生を保っているように思えた。証拠に、土属性技でも高威力を誇るのに、どうにかHPを一割減らす程度に留まっていた。
「いい加減終わりにしてあげる。デュラハン、諸刃斬り」
地割れから抜け出し、デュラハンは腰に剣を構える。前傾姿勢をとり、まっすぐにジオドラゴンを見据えていた。先刻までの抜刀と比べると溜めに入る時間が長い。強力な技が来ると察し、ライトは回避を命じる。
飛行能力を活かし、ジオドラゴンは空へと逃れる。だが、デュラハンは勢いよく地表を蹴りつけると、マントをはためかしてジオドラゴンのいる高度に追いついてきた。
「ここまで追いすがるだと」
驚愕の声をあげたのも束の間だった。溜めに溜めたデュラハンの一刀により、ジオドラゴンは胸を袈裟懸けに断絶された。悲鳴にも似た咆哮をあげ、ジオドラゴンは墜落していく。
着地と同時にデュラハンは剣を鞘へと納めた。ライトはジオドラゴンへと駆け寄るが、彼がもう戦う気力が残っていないのは火を見るよりも明らかだった。実証するかのように、体力ゲージも空となっていた。
「き、決まったー! 自分の防御力を犠牲にして大ダメージを与える諸刃斬り。剣を使った技では最高威力を誇る一撃にジオドラゴンはノックアウト。よって、この勝負キリク選手の勝利だ!!」
ジオドラゴンの身体をさすり、健闘を労う日花里。そんな彼女を一瞥し、キリクは無言で立ち去って行った。
モンスター紹介
デュラハン 闇属性
アビリティ 闇の処刑人:フィールドが「処刑場」の時攻撃力を上げる
技 斬りかかる 諸刃斬り
首がないにも動くことができる甲冑戦士。
闇の処刑人という異名を持つ通り、闇属性の攻撃力を上げる処刑場で更に攻撃力を上げることができる。全体的に能力が高いので、処刑場フィールド下では無類の強さを発揮する。




