カズキの内情
勝利宣言とともに、徹人は高らかと雄たけびをあげた。会場のボルテージは最高潮に達する。よもや誰が予想しただろうか。アークグレドランという注目株の強力モンスターを、ネオスライムという弱小モンスターで倒すなどと。
打ちひしがれているカズキに、徹人はゆっくりと歩み寄り手を差し出す。
「てめえ、それはどういうつもりだ」
「勝負が終わったから、その証の握手をしておこうと思って」
「つくづく生意気な野郎だな。まあ、拒否するのも詮無きことだ」
素直に握手に応じたことで、今一度歓声が沸き起こる。唯一、ケビンだけが退屈そうにサングラスをいじくっていた。
「勝負が終わってすぐに悪いんだが、お前には色々と聞きたいことがあるんだ」
「始まる前に言ってた朧ってやつのことか。もう一度言うが、俺はそんなモンスターは知らねえ」
カズキはそっぽを向くが、彼が嘘を言っているのではないことは明白だった。実際に朧と交戦した徹人だから分かるが、カズキのプレイスタイルはそれとは似付かないものだった。能面のごとく冷静。躍起になって攻撃支援系スキルカードを全投入するなんて真似はしないはず。
カズキが朧の使い手ではない。空振りに終わったのは残念だが、それ以上に確かめておきたいことがあった。
「あと、もう一つ聞くが、自動回復のカードはどこで手に入れた。あのカードは普通にプレイしていて入手できるようなものじゃない」
「だから、通常の自動回復……なんて言い訳が通じるわけねえよな。まあ、ここで負けちまったらあれは手に入らねえから、特別に教えといてやるよ。あいつに聞こえるとまずいから、耳を寄せな」
カズキはちらりと大モニターを目配せすると、徹人を呼び寄せる。釈然としない徹人に、カズキはひそひそと耳打ちしてきた。
「あのカードはケビンってやつからもらったんだ」
「なんだ……」
叫びそうになったが、カズキに口を防がれる。しきりにモニターを気にしているのは、カードの入手経緯と関係があるからなのだろう。
「あいつには内緒にするように言われたからな。あんまり大声では言えねえけどよ。
ある日、ファイモンの全国対戦をしていると、ケビンっていうおっさんのプレイヤーと当たったんだ。そいつはとんでもねえ強さを発揮して、俺が前に育てていたグレドランが瞬殺されちまった。
悔しがってるとケビンは言ったんだ。『強さが欲しいか』ってな」
そのシチュエーションに徹人は見覚えがあった。アニメファイトモンスターズで主人公が闇堕ちした回。悪の組織ドクロ団の幹部に敗北した主人公アキラは、「強くなりたいか」と勧誘され、その幹部から闇の力を受け取る。それにより暗黒覚醒したのがアークグレドランなのである。
「俺は迷わずケビンの申し出を受けた。それで、やつの使うモンスターに触れられた途端、俺のグレドランがアークグレドランに変貌したんだ。
それとともに、自動回復のカードももらった。『このカードとアークグレドランがあれば地区大会ぐらい楽勝で優勝できるだろう』ってな。
もちろん、無償でこんなもんを渡してくるわけがない。ケビンはこうも言ったんだ。
『力を得たからには私に協力してもらいたい。君は東海地区の予選に出るのだろう。そこにライムというモンスターが出場する可能性がある。戦いの中でライムをあぶりだしてほしい』と。
噂で聞いたんだが、ライムってのは本来ファイモンには登録されていない少女のモンスターだろ。そいつがそのまんまの姿で参加するとは思えない。なんらかのモンスターにカモフラージュしてるってな。まさか、てめえがそうってことはないよな。今まで戦った中じゃ一番怪しいんだが」
疑いの眼差しを向けられ、徹人は勢いよく首を振る。とはいえ、九死に一生のあり得ない挙動を披露してしまったのだ。そろそろ隠し通すのも限界に達している。
「自動回復のカードを受け取ったのは俺だけじゃない。俺が知る限りだと、ダチのオズマとマックスがいるが、他にも潜んでいたかもな。俺たちはケビンから、『予選でライムらしきモンスターを見かけたら報告するように』と言われたんだ」
「まさか、僕が密かに報告されて、そのせいでトーナメントに入れられたのか」
カズキの話からすると、あの予選はケビンがライムの候補を絞り出すための余興に過ぎなかったということだ。チート性能を持つカードを使われた上に、闇属性に絶対的に有利なフィールド。まともに戦闘してはまず勝ち目がない状況下、対等に渡り合えるどころか勝利をもぎとる。そんなことができるとしたら、それこそライムに宿るウイルスの力を発揮するしかない。
そして、徹人とともに日花里が選ばれたというのにも納得がいく。ジオドラゴンもまたウイルスによりライム並の実力を手に入れているはず。ケビンが標的にしたとしても不思議ではない。
「色々教えてくれてありがとう。でも、どうしてこんなことを話す気になったんだ」
「ライムを発見したあかつきには、アークグレドラン以上の強さを持つモンスターをくれるって言うんだ。でも、失敗したらそれまで。あいつはそんなやつなんだ。
決勝トーナメントの出場者を見れば分かるだろうよ。俺以外はみんなライムの使い手の候補者。俺は、予選トップ通過だからお情けで入れられたもんだ。負けちまった以上、俺もまた用済みってことさ」
自虐的に吐き捨てるカズキの肩をそっと叩く。徹人はまっすぐとケビンを見上げていた。
「落ち込むことはない。ケビンの野望は僕が打ち砕く。モンスターを使い捨てにするようなやつは許せないからな」
ライムもまた、飛び跳ねて徹人に同感の意を示す。そんな二人の様子を前に、カズキは嘆息した。
「俺もアニメを見てたから分かるぜ。要は、あんな悪人から渡されたモンスターじゃ強くなれねえってことだな。いじゅーって言ったな。今度は俺が一から育てたモンスターで叩き潰す。その時を楽しみにしてろよ」
「ああ。また戦おうぜ」
再び強く拳を握りあう。ケビンにとっては野望のための駒でしかないだろうが、カズキもまた立派な一介のバトラー。そんな彼を利用しようだなんて言語道断だった。ケビンを一瞥して去ろうとする徹人をカズキは呼び止めた。
「もし決勝でキリクってやつと戦うことになったら注意しとけよ。あいつは予選で俺が唯一負けた相手だ」
「なんだって」
あまりにも寝耳に水の話だった。獲得枚数から、てっきりカズキは全勝で予選を勝ち上がってきたとばかり思っていた。
「俺のアークグレドランの力を使えば、大抵のモンスターは一撃必殺できる。だから、手早く勝ち星を集めるにはうってつけだったんだよ。あいつと戦わなけりゃもっと枚数を稼げたぜ」
「一体キリクってのはどんなやつなんだ」
「化け物とだけ言っとくか。なにせ、俺のアークグレドランの攻撃ですらびくともしなかったからな」
戦慄に立ち尽くしていると、ひときわ大きな喝采が割り込んだ。徹人が戦ったフィールドとは別のフィールドで第二試合が開始されるようだ。
次回、日花里と謎のプレイヤーキリクとの対戦です。




