ライムVSアークグレドランその3
盛り上がる会場に便乗するように、いじゅーは連続でスキルカードを発動する。それも三枚だ。
「スキルカード強化、水力、打破。ネオスラの攻撃力を大幅に上昇させたうえ、アークグレドランの防御力を下げる」
二枚のカードから放たれた光がライムを包み、彼女は気合十分に鼻息を鳴らす。残る一枚のカードからは重々しいオーラが発生し、アークグレドランに纏わりついた。
「いじゅー選手、スキルカードを豪快に三枚も使用した。ネオスライムといえど、ここまで強化されれば技の威力は計り知れない。このターンで勝負を決めるつもりか」
解説されるまでもなく、いじゅーは最後の仕上げとばかりに攻撃を宣言する。
「バブルショット」
体が弾け飛びそうになるほどライムはのけ反る。そして、大口から超巨大シャボン弾丸を撃ちだした。自身の体長の二倍以上もある代物だ。アークグレドランの巨体をもってしても、全身で受け止めるのがやっとといったところ。それに、受け止めたが最後、威力が急上昇しているので即死するのは必至だ。
カズキに残されているのは二枚のスキルカード。すでに技を無効化するカードは使用済み。もう一枚無効を隠し持っていなければ勝てるはず。
だが、いじゅーの作戦は思わぬ形で瓦解することとなる。
「まさか俺がスキルカードを全部駆使することになるとは思わなかったぜ。スキルカード地獄。フィールドを闘技場から地獄に変更する」
周辺環境のホログラムが粒子状に還元され、新たなフィールドを構築していく。ほんの数時間前にも訪れた禍々しい異空間。呼吸することすら嫌悪したくなる死者の世界が広がっていった。
「地獄によりてめえのネオスライムは全能力が減少する」
「しかし、炎属性のアークグレドランも影響を受けるはず。五分五分だから意味がないぞ」
「てめえは勉強不足のようだな。アークグレドランは副属性闇を持っている。闇属性のモンスターとしても扱われるから地獄の効果は適用されねえんだよ」
半年ほど前に追加された新要素「副属性」。メインとなる属性の他にもう一つ属性が付与されるという効果だ。アークグレドランは闇属性も持っているので、光属性の技が弱点となるが、地獄のような闇属性に有利なカードの恩恵を受けることができる。
そして、カズキの反撃はまだ終わらなかった。
「最後に俺はこのカードを使う。逆鱗」
「そんな、お前もそのカードを持っていたのか」
いじゅーにとってはもはや説明不要のカードだった。日花里も愛用している能力上昇系カードの中では最強の一枚。龍系のモンスターにしか使用できないが、全能力を大幅に上げることができる。
地獄という独壇場で、アークグレドランはスキルカードの加護を受け、高々と吼えかかる。超巨大シャボン玉が霞むほどの存在感。よける素振りすらないのは、自負の顕れであった。
爆裂音とともに、アークグレドランの体力が急速に減少する。三枚のスキルカードを託した技の威力は伊達ではない。よもや、これで終わりか。
歓声に同調し、徹人は拳を突き上げようとする。だが、その腕は途中で留まることとなった。そして、しおらしく腕を下ろす羽目となる。
「た、耐えたーッ!! アークグレドラン、ネオスライム渾身の一撃を受けきった。これはいじゅー選手にとっては相当の痛手だぞ」
アークグレドランの残り体力は八パーセント。クリティカルや乱数を加味したとしても、せいぜい二パーセントぐらいまでしか削れない。今一つ攻撃力が不足していた。だが、もはやいじゅーの手札に攻撃力を上げるカードは残されていない。
「地獄と逆鱗で全能力を操作したことで、俺のアークグレドランの防御力は二段階、いや、それ以上に上昇している。そして、防御を上げただけじゃないってのは分かってるよな」
下げかけていた手をわなわなと震わせる。カズキが意図していることが露呈するのに時間はかからなかった。
逆鱗の効果により、アークグレドランは本能の赴くまま暴走する。カズキが命ずるより前にライムへと突撃し、跳び上がりながら爪で切り裂きをかける。
「スキルカード回復」
咄嗟にライムの体力を回復させる。しかし、一気にゲージは消え去ろうとしており、徒労に終わることとなった。
ただ、ライムが九死に一生を発動させたことで、このターンは事なきを得る。とはいえ、取るに足らないはずの初歩技で瀕死にされたのだ。怪物としか形容できない破壊力にいじゅーは驚愕を禁じ得なかった。
「使用カードのほとんどを攻撃支援系に特化した大胆なデッキ編成。それにより、アークグレドランの攻撃力は鰻登りだ」
「ここまで攻撃力を上げられては、生存できるモンスターの方が少ない。むしろ、皆無と断じてもいいくらいだ。毎ターン一撃必殺してくる相手にいじゅー選手がどう立ち向かうかが見どころだろう」
冷静な解説とともにいじゅーはプレッシャーをかけられる。確かに、毎ターン回復してくるうえ、絶対に耐えられない攻撃を仕掛けてくるのだ。普通に考えれば勝ち目はない。
しかし、いじゅーは一筋の希望を見出していた。なぜなら、カズキはあるミスを犯したからだ。あのカードに細工をしていないのであれば、必ずある瞬間が訪れる。
「ネオスラ、とにかく耐えるんだ」
「なんか今日は耐えてばっかだな」
「その姿のまま勝つには仕方ないんだ。大丈夫、必ず勝てる」
不満を丸出しにされたが、いじゅーの自信に満ち溢れた眼を前に、ライムは首肯するように大きく飛び跳ねる。
火炎を吹きかけたかと思いきや、切迫して尻尾で薙ぎ払う。そして、上空から火炎の柱に閉じ込め、急速落下で頭突きを喰らわす。暴虐の限りを尽くした猛攻に晒され続けるが、決して戦闘不能となることはなかった。
発動確率からして、そろそろ狙う瞬間が訪れるはず。期待を胸に抱くいじゅーとは裏腹に、痺れを切らしたカズキは怒号を張り上げた。
「いい加減くたばりやがれ、死にぞこないスライムが! 消し炭にしてやれ!!」
アークグレドランの眼が血走る。ひときわ大きく息を吸い込み、標的をライムへと合わせる。来るか。
灼熱の炎が放たれる。そう思われたのだが、開口した瞬間にバランスを崩した。勢いを殺しきれず、自らの胸を深々と切り裂いてしまう。
「あーっと、ここで逆鱗の自傷効果が発動だ」
逆鱗の副作用により、アークグレドランの体力が減少していく。殊の外勢いはすさまじく、残り体力は十四パーセントほどとなった。
「運が悪いな。まあいい。次のターンこそ決めてやる」
「いや、もうお前にターンは残されていない。なぜなら、僕の攻撃で終わるからだ」
いじゅーは堂々と胸を張って進み出る。ようやく作戦の意図を掴んだライムも、口の中に気泡を忍ばせながら並び立つ。
「戯言を」と一蹴したいところだが、ファイモンを熟知しているカズキは己の失策を認めるしかなかった。
「てめえ、逆鱗の自傷効果を狙ってたのか」
「その通り。攻撃力を上げることばかりに執着して、逆鱗の副作用を忘れていたってことはないよな。自滅ダメージを加味すれば、ネオスライムでも十分に倒すことができる。それに、自動回復に頼ろうとしても無駄だ。カードの発動タイミングは僕の攻撃が終わった後。つまり、その僅かに残った体力でこれから放つ技を受けないといけない」
反論できずにいるカズキを尻目に、いじゅーは高らかに宣言する。
「バブルショット!!」
気泡に包まれ、アークグレドランは悶絶する。翼がしおれ、無様に地表とへと墜落した。体力ゲージが空になるのもほぼ同時であった。
「決まったーっ!! 勝者、いじゅー選手」
スキルカード紹介
打破
相手の防御力を下げる。
強化や障壁に連なる、基本的な能力変化カード。攻撃力を上げた後に、ダメ押しで更に威力を上昇させるために使われることもある。




