ライムVSアークグレドランその2
そして、いじゅーの戦法はここからが真骨頂だった。休む間もなく、右手に控えていたあのスキルカードを使用する。
「スキルカード革命。アークグレドランとネオスライムのHPを入れ替える」
風前の灯だったライムの体力が全回復。代わりに、アークグレドランは窮地に追い込まれる。最後の詰めはもちろんこの技だった。
「ネオスラ、バブルショット」
「くっそ、よけろ、アークグレドラン」
全身をバネにして跳び上がると、上空からシャボン弾丸を浴びせる。アークグレドランは回避しようと地面を蹴るが、シャボン玉はシャワーのように間隙なく降り注いでくる。一撃でもヒットしたら即死の状況下、もはやかわしようがなかった。
勝利を確信し、いじゅーは拳を握る。カズキが大仰に狼狽しているのも拍車をかけていた。
「いじゅー選手反撃の一撃。まさかの逆転勝利を収めるか」
「んなわけねえだろ」
実況に覆いかぶさるように、カズキは三白眼で恫喝してくる。哀れにうろたえていたのが嘘のようだった。
「スキルカード旱魃」
「な、なんだと!?」
カズキの取り出したカードより一筋の光が昇天する。闘技場フィールドの天井に風穴を開け、そこからまばゆい陽光を差し入れた。
季節が夏へと逆行したかのような、どぎつい熱波が会場を襲う。汗すら乾燥する太陽光により、シャボンの弾丸は次々と蒸発してしまった。
「土壇場のタイミングでカズキ選手は旱魃を発動。水属性の技は無効となり、火属性の攻撃技の威力を上げる。いじゅー選手の大雨と対になる防御カードを隠し持っていた」
解説の通り、とどめの一撃を防がれただけではなく、更に攻撃力を上げられてしまった。それ以上に、唯一アークグレドランに決定打を与えられる革命が不発に終わってしまったことが痛い。
「ネオスライムを使うって予習しておいて、革命を警戒しないわけがないだろ。むしろ、そのカードぐらいしか、そいつの勝ち筋はねえからな」
してやったりと、カズキは舌を出して挑発する。作戦を看破したうえで、わざとうろたえたふりをしておちょくったのか。いじゅーは屈辱に腕を震わせていた。
「テト、大丈夫」
「心配ない……とは言い切れないな。こっちの切り札が防がれたんだ。縋る手立てがあるとすれば、ライム、お前のアビリティぐらいしかない。とにかく、あいつの技を耐えて、耐えて、耐えまくるんだ。そして、どうにかして勝機を見出す」
作戦なんておこがましい代物だったが、もはやこうするしか道筋はなかった。幸い、アークグレドランの防御力は低い。残りのスキルカードに加え、うまい具合にクリティカルを引けば可能性はある。
「革命もうざいが、九死に一生のアビリティはもっと厄介だな。ならば、こいつで攻めさせてもらおうか。アークグレドラン、フレアサークル!」
大きく息を吸い込み、腹の中に空気を溜める。カオスフレイムと同じくブレスで攻めるつもりだ。しかし、腹を膨らませたまま、アークグレドランは上空へと舞い上がった。ネオスライムへと狙いを定めると、天より炎の息を浴びせる。
いじゅーより指示されたこともあり、ライムに端から回避の意思はない。あったとしても、この技を避けるのは容易ではなかった。「サークル」という名が入っている通り、ライムの周辺を取り囲むように火炎が広がったのだ。地表を渦巻く炎は壁となり、やがて円周を狭めていく。炎の柱に閉じ込められたライムは、火炎に接触した途端にHPを削られてしまう。それも、一気に瀕死になる即死級ダメージだ。
「耐えろ、ネオスラ」
あやうく戦闘不能になりかけるが、九死に一生で踏みとどまる。
「いじゅー選手のネオスライム、またも九死に一生を発動。どうにか命拾いしたようだ」
「それはどうかな」
生存出来て一安心。と、いうわけにはいかず、柱は低くなったが未だに炎はくすぶっている。そして、それは急に渦巻くや、再びライムへと襲い掛かる。
「おっと、安心したのは束の間。フレアサークルの追加効果が発動したようだ」
「追加効果……まさか、それが狙いか」
いじゅーは声を張り上げたが後の祭りだった。火だるまにされてライムはもだえ苦しむ。
「フレアサークルはカオスフレイムより威力は低いが、追加効果で数ターンの間ダメージを与え続けることができる。いくら九死に一生でも、技の追加ダメージは防げねえだろ」
追加ダメージは毒と同じく特殊ダメージに分類される。つまり、九死に一生が適用される範疇からは外れるわけだ。とはいえ、ライムの能力からすれば防げなくはない。問題は不意打ちで攻撃を喰らってきちんとアビリティを発動できたかどうか。
獲物を仕留めたと確信し、カズキはアークグレドランを手元に引き戻す。低空飛行するパートナーとともに、硝煙の行方を自信たっぷりに追っていた。
だが、その表情は一気に歪むこととなった。会場内に広がるどよめき。不穏な空気が広がる中、いじゅーは左の手のひらに右の拳を打ち付けた。
「こ、これはどういうことだ。いじゅー選手のネオスライム、未だに存命。フレアサークルの追加ダメージすら耐えてしまった」
「ありえねえ。フレアサークルを耐えるだと」
声を荒げたカズキに同調するように、アークグレドランも威嚇するように喉を鳴らす。対し、全身に焦げを作りながらも、ライムはどや顔で挑発するのだった。
「てめえ、インチキしやがって。この追加ダメージは九死に一生じゃ防げないはずだぞ」
「インチキならそっちが先じゃないか。僕も想定外だったんだよ」
白を切ることでいじゅーは乗り切ろうとする。ここで反則負けにされたとしたら元も子もない。
「田島チーフ。この展開、どう判断しましょう」
「確かに、フレアサークルの追加ダメージは九死に一生では防ぐことはできない。それができてしまったということは、システムのバグか、あるいはネオスライムが不正を使っていたかのどちらかだ。
ただ、ここでいじゅー選手を失格にしてしまっては、先に不正を働いたカズキ選手を容認することになってしまう。これは無効試合とするしか……」
「うじうじと悩む必要はない。このまま試合を続行せよ」
ケビンがきっぱりと断言し、田島悟は瞠目して二の句が告げなくなる。
「本来防御できない技を防御する。なかなか興味深い技を披露してくれるではないか。私はそのネオスライムの戦いをもっと見物したい。いじゅーにカズキよ。運営の意見などどうでもいい。バトルを続けよ。逆らうのであればどうなるか分かるな」
それが鶴の一声となったようで、カズキは不遜な態度を取り戻し、腰に手を当てて威圧してきた。
「俺としたことがてんぱっちまったが、フレアサークルを防がれたところでどうってことねえ。お前がいくらでも生き残るというなら、息の根が止まるまで焼き尽くすだけ。さあ、かかってきな」
「そういうなら遠慮なくいかせてもらう。この反撃のチャンス、無駄にはしないぜ」
運営側にいる二人が複雑な表情を浮かべる中、観客たちは一斉に盛り上がる。不正があったとはいえ、ここで無効試合にしたら興ざめも甚だしい。観客としては、そんな白ける展開よりも、きちんと勝敗が決まることを望んでいる。それを見越したうえでの続行宣言。ケビンが意図していなかったとしても、人心掌握という点では彼の方が上であった。
スキルカード紹介
旱魃
水属性の技を無効にし、火属性の技の威力を微上昇させる。
大雨と対になるカードで、火属性の速攻型モンスターによく使われる。
ピンポイントでしか攻撃を無効化できないので、スカになる場合があることがたまに傷か。




