決勝トーナメント開始
ひとしきり昼食を終えたところで、話題は予選について持ち切りとなった。
「当初の目的の朧というモンスターについてだけど、手掛かりはあった」
「やたらと強いプレイヤーはいたけど、朧っぽいモンスターはいなかったな」
「私もそれらしき相手とは出会わなかったわね」
実際に戦っていた二人は頭を振るばかりだった。綾瀬は顎に手を当てながらスマートフォンをスライドさせていくが、やがて深々と息を吐く。
「参加選手の一覧を眺めてみても、朧なんてモンスターは登録されていないのよね。あからさまに不正だと分かる外見だから、ライムみたいにカモフラージュしているという可能性が高いわ」
かなり危うかったが、どうにか徹人は一貫してネオスライムで戦っていると見せかけることができた。それを考慮すると、朧も他のモンスターに化けて出場していたとするのが妥当だ。
「おにぃ、ところで、そのライムはどこにいったの」
「ライムなら今頃大ホールで掛山ノブヒロのライブ見てるよ。ゴキブリに変身させたり、汚物を被らせたりしたせいでご機嫌斜めだったから、インターバルの間は好きなことしていいって約束したんだ」
「あんた、ライムになんてことさせてんのよ」
日花里に睨まれたが、相手が相手だけに致し方ない面もある。特に、ゴミ魔人に自爆されたらヘドロを被るのは免れることはできない。
徹人の説明を裏付けるように、大ホールではアニメファイトモンスターズのオープニング曲のライブが開催されていた。徹人たちのいるホールにも、その音声がスピーカーを通して流れてくる。歌声を聞きながら、綾瀬は自然と手拍子を打っていた。
「私、この歌を歌ってる人結構気に入ってるのよね。ほら、前にドラゴンボールZの主題歌のカバー出したじゃん。あれはなかなかのアレンジだったわ」
会場全体を包み込むようなシャウトに、いやがうえでも気分は高揚する。美少女姿に変化して紛れているとはいえ、ライムが熱狂してボロを出さないか心配であった。
「掛山ノブヒロについてはさておき、朧に一番近いのはカズキというプレイヤーじゃないかしら」
「実力だけすれば僕もそれには同意だ。毎ターン全快まで回復するインチキカードを使ってきたし。カード自体に一切細工してなくても、ウイルスの能力で回復量をいじっていればそんな効果も実現できる」
「そういえば、ボストロルというモンスターを使ってきたプレイヤーも、毎ターン全回復するカードを使ってきたわ。ジオの逆鱗で倒したけど」
日花里の話を含めると、徹人が遭遇した相手と合わせ三人ものプレイヤーが違法カードを使ってきたことになる。その内の誰かが朧なのであろうか。
「でも、アークグレドランにダークモノリス。そんで、ボストロルだろ。どれも、剣豪という朧の特徴とは合致しないんだよな」
「あえて、イメージとはかけ離れたモンスターに化けているかもしれないわよ。日花里ちゃんの相棒がおっさんになったみたいにさ」
それを言われるなら、スライムが人間の少女になっている徹人のライムも大概である。いずれにせよ、この三人が決勝に出てくるのはほぼ確定的だろう。衆目の中で堂々と違法戦術を使うとは考えにくく、真実を明かすためには直接問い詰めるしかない。
思案に暮れ、沈黙が流れる中、ホール全体に軽快なチャイムが鳴り渡った。
「大会出場選手にお伝えします。間もなく、決勝トーナメントを開始します。選手の皆さんはホールまでお集まりください」
アナウンスを聞き終わるや、「いよいよか」と徹人は武者震いする。
「おにぃ、頑張ってね」
「ああ、行ってくるぜ」
愛華とハイタッチを交わした徹人だったが、その手に妙に熱が籠っていることに気が付いた。なんとなくではあるが、愛華の顔が蒸気しているようにも思える。
「愛華、お前体調大丈夫か。どことなく熱っぽいような」
「暖房が効きすぎているから、そのせいなんじゃないの。心配しなくても、大事の時は連絡するわ」
「そうそう。おにぃは余計な心配しなくていいから、バトルに集中して」
後ろ髪を引かれる徹人であったが、愛華は笑顔で送り出そうとしている。その期待を裏切るわけにもいかず、日花里と連れ立った本ホールへと入場するのだった。
予選開始時は百人以上の参加者でごったがえしていたが、現状集まっているのはその半数以下。カードを一枚でも持っていれば決勝トーナメント進出の可能性があるため、一縷の希望を託しているといったところだ。カズキを始めとした上位陣にとっては、単なる通過儀礼に過ぎないだろうが。
「いよいよチャンピオンシップ東海地区大会も大詰め。みんな大注目の決勝トーナメントだ。上位に勝ち残れば全国大会に出場できるから、気を引き締めていけよ。
トーナメントに入る前に、みんなにサプライズゲストを紹介しよう」
会場全体が暗転した後、ドラムロールが流される。スポットライトがあちこちをアトランダムに照らし出し、やがて天井近くの一点に集中した。
階段を下って、ゆっくりとファイモンマスターに並び立とうとしている人物。日花里はもちろんとして、徹人にとっても見知った存在であった。ファイトモンスターズの神とも評されるその男の名は……。
「紹介しよう。ファイトモンスターズのチーフプロデューサーである田島悟だ」
背広を着こなした田島悟はゆっくりと片手を挙げて歓声に応える。彼は選手たちを一望したが、ある地点を注視していた。その先に居たのは伊集院徹人。先住民族程の視力がなければ、対面しあっていたことなど分からないだろうが、徹人はなんとなく視線を投げかけられていると感じていた。
「本大会にこれだけ多くの皆さんが参加してくれたことを誇りに思う。これより開催するのは、ファイトモンスターズのチャンピオンを決める、上位プレイヤーたちの戦い。非常にハイレベルな争いになるだろうが、それを勝ち抜いてこそ、チャンピオンという栄光を得るのにふさわしい。選手の皆さんは、全力を尽くして戦ってくれたまえ」
激励を受け、選手一同は歓喜の声をあげる。自然と巻き起こる拍手の嵐に迎えられ、田島悟は深々と一礼した。
「それでは、お待ちかねのトーナメント進出者の発表だ。予選で集めたカード枚数の上位十六名が選出されているぞ。注目の進出者はこれだ」
ファイモンマスターが大手を広げると、会場の大モニターが一旦暗転し、十六の枠が表示される。一人ずつこの枠の中に出場選手名を映し出す形式のようである。
選手はもちろんのこと、観客までもが固唾を呑んで結果を待ちかねる。しかし、いくら経っても名前が表示されることはない。次第にざわめきが沸き起こる。機材トラブルか。はたまた、運営側で連絡に齟齬があったのだろうか。頑なに沈黙を守るかのように、モニターは黒ずんだままであった。
「えっと、機材トラブルでしょうかね。表示に時間がかかっているようだ。でも、安心してくれ。もう少しで復旧するはずだ」
不安を払拭せんと、ファイモンマスターがどうにか場をつなぐ。その間に田島悟は密かにイヤホンで秋原たちと連絡をとろうとする。
「おい、どうなっている。早く結果を映し出せ」
「おかしいですね。すでに結果は映しているはずですよ」
「ふざけたことを言うな。こちらのホールではブランクのままじゃないか」
「いや、こちらのモニターではきちんと表示されているんです。出力機器に異常はないようですし」
「機器トラブルではない。では、どうして」
秋原からの報告を受け、田島悟はうなだれる。秋原たちも会場の異変を受け、再度結果の表示を試みる。しかし、送信命令自体は正常に作動しているのに、一向に画面が切り替わらないのだ。
一向に状況が改善しないのに腹をたて、あちこちからブーイングが放たれる。
「テト、どうなってるの」
「分からない。トラブルかもしれないし」
特にこのハプニングの影響を受けているのは、無論選手たちだ。決勝進出か否かの瀬戸際でこの不祥事。ひそひそ話をしている者もいれば、「どうなってるんだよ」と声を荒げる者もいる。
ただ、ごく一部の集団は、予定調和とばかりに平生を保っていた。手中で踊る虫けらを観察するがごとく、にやにやと顔を見合わせている。もっとも、騒動に動揺していた徹人は、彼らの動向を感知することはできなかった。
やがて、停止していたままの画面にノイズが走る。耳障りな電子音が響き、人々は思わず耳を塞ぐ。そして、切り替わった画面は、一人の男を映し出した。
「愚鈍なる運営者、および選手諸君。この大会はこれより私が支配させてもらう」
「誰だか知らないが、勝手なことを言ってもらっては困る。と、いうより、お前がこの騒動の犯人だな」
「いかにも。私の名はケビン。やがては世界を掌握する男だ」
突然の乱入者に、喧騒は更に拡大する。不祥事なんて生易しいレベルではない。これはれっきとしたサイバーテロだ。即急に警察に連絡した方がいい。
モンスター紹介
ボストロル 闇属性
アビリティ パワーファイター:攻撃力が上昇する
技 ダークラッシュ
脂肪を蓄えた巨人型モンスター。その名の通り、トロル達を率いる大ボスである。
徹人が戦ったサイクロプスと同じパワーファイターであるが、日花里のジオドラゴンの逆鱗によるごり押しの前には歯が立たなかったようだ。




