ロシアンルーレットおにぎり
※よいこは綾瀬お姉さんの真似をしてはいけません
「よう、徹人。予選はどうだ。俺、途中でリタイアしちまったぜ」
この予選中姿を見かけなかった悠斗であったが、残り時間一時間を過ぎたところで失格していたようである。カード枚数ゼロとなると自動的に決勝進出権を失うので、そうなった者を除くと残っているのは四十人ほど。そこから十六名が選出ということは、倍率二倍といったところだ。
「それにしても、カズキってやつすごいよな。三十何枚も集めるなんて、無敗じゃないと無理だろ。おまけに噂で聞いたんだが、アークグレドランを使ってたそうじゃないか」
「偶然戦いを見たけど、確かにアークグレドランを召還していたな」
ただ、明らかに不正なカードを使っていたとまでは明かせなかった。自分も結果的に確率操作に頼ったという後ろめたさがあったためだ。どちらにせよ、決勝トーナメントで公然とあのカードを使ってきたら即失格となるだろう。そんな間抜けは犯さないとは思うが。
「ところで、カズキ以外にも妙に強いやつと戦ったな」
「へえ、どんなやつだ」
「キリクってプレイヤーなんだけど、デュラハン単体で挑んできたんだ。それだけなら変哲もなかったけど、こっちの攻撃が全然通用しないうえに、ほとんど一撃必殺の威力を持つ技で攻めてきた。レベルは同じはずなのに、はるか格上のやつと戦っていたみたいだったぜ」
「そんなやつがいたのか」
カズキと遭遇した時のインパクトが強すぎて、その他の選手の動向があまりつかめなかった。朧を探るという当初の目的からすれば致命的であるが、バトルに夢中になっていたために仕方がない。
ただ、不正をしている様子もないのに、アークグレドラン以上の攻撃力とゼロスティンガー以上の防御力を持つというデュラハンの存在は気になった。悠斗が誇張表現している線も捨てきれないので、こればかりは実際の戦いを見物してみないと判断のしようがない。
一緒に昼食を食べようと誘う悠斗だったが、徹人は「悪い、約束があって」と辞退する。それというのも、綾瀬から、
「昼食用意してるから、まっすぐに戻ってくるのよ。寄り道したら処刑しちゃうぞ」
と、半ば強制連行されているからだ。そうでなくとも、愛華を放置したままというのはいただけない。
大ホールはインターバル中に開催される特別コンサートのために、一旦締め切りとされる。昼食をとるなら、それ専用に解放されているホールか、ドーム内の食堂かの二択となる。徹人は迷うことなく専用ホールへと足を踏み入れた。
「ようやく来たわね。こっちよ」
ホール内を少し進むや、高々と右手を上げる眼鏡のお姉さんを発見した。傍で日花里が顔を赤らめているのも容易に察せられる。
「おにぃ、お疲れ」
「愛華、良い子にしてたか」
「幼稚園児じゃないんだから、そんな心配しないでよ。むしろ、綾瀬お姉さんのほうがしょっちゅう出歩いてたわ。落ち着きがないんだから」
「いやあ、野暮用が出来ちゃって。ごめんね、ごめんね~」
小学生に説教される大学生というのはいかがなものだろうか。精神年齢を逆転させた方がいいと何度考えたか分からない。
「まあ、ともかくお昼にしましょう。腹が減ってはファイモンはできないわよ」
パンパンと手を叩くや、綾瀬は重箱を広げる。とんでもなく豪勢な代物が出現してしまったので、徹人と愛華は息を呑んでいた。よもや、ゲーム大会で超高級食材を味わうことができるのか。とんでもない収入を隠し持っていそうな綾瀬ならやりかねない。
だが、重箱いっぱいに敷き詰められたのは、まん丸なおにぎりだった。丁寧に海苔が巻かれているので、見方によってはキャビアの詰め合わせと捉えられなくはない。しかし、所詮はおにぎりだ。
女性の手料理としてはどうかと思うが、ご飯の中に具を入れて握るだけなので、まず失敗することはない。料理としては最安牌であった。綾瀬がダークマターを生成するような料理ド音痴でないことを願うばかりだが。
「徹人君。君はただのおにぎりじゃないかと舐めているでしょ」
「僕に限らず、大抵の人はそう思ってるでしょうね」
「だがしかーし、これはただのおにぎりではないのだよ」
「おにぃ、これどう見てもおにぎりだよね」
愛華が不安そうに袖を引っ張って来る。まさか、おにぎりのふりをした別の料理だというのか。海苔の中にキャビアがいっぱいとか。あらぬ期待を抱いていた徹人であったが、
「こいつは綾瀬様特製ロシアンルーレットおにぎりなのだ」
ある意味最悪の代物だった。
「ロシアンルーレットって何?」
「元は拳銃を用いた悪趣味な遊びで、銃弾を一発だけ詰めて、順番に拳銃の引き金を引いていくの。それで、弾丸が発射されたらアウト」
「まあ、そんな危険なもんじゃないわよ。このおにぎりの中に外れが仕掛けられてるってだけの話だから」
日花里の説明に恐々としていた愛華だったが、綾瀬にウィンクされていくらか落ち着いたようだ。ただ、爆弾となるおにぎりに仕掛けられている具材が問題だ。どれも均一な大きさなので、見た目で判別することはできそうにない。
ならば、いつもの如く僅かな可能性に賭けるしかない。ままよと中央のおにぎりをかっさらい、一気に半分ほど喰らいついた。
おにぎりの定石に従い、具は核の部分に鎮座している。それを阻む塩の効いた白米。具を取り除いても十分おいしいのだが、やがてやけに柔らかい食感にぶちあたった。
「すっぱ!!」
反射的に口をすぼめてたらこ唇になる。いい塩梅に漬け込んだ梅干し。決して外れではないが、前準備なく食べるには少々つらい。
「ラッキー。おかかだ。私、これ好き」
「私はツナマヨか。まあ、いいところね」
愛華と日花里はそれぞれセーフのようだ。もしかして、ロシアンルーレットは嘘っぱちで、全部まともな具が入ってるんじゃないか。淡い期待を抱いた徹人だったが、それはすぐさま粉砕された。
「綾瀬お姉さん、大丈夫?」
「あ、うん。平気。くぁー、効くわ、これ」
明石家さんまのような声を出して鼻を詰まんでいる。綾瀬が食べたおにぎりの断面には梅干し以上に紅に染まった暴君が顕現していた。
「ごめん、水頂戴」
愛華から水筒を受け取ると、温かいお茶にも関わらず一気飲みする。それでも刺激は収まらないのか、空のコップを執拗に吸い続けている。お前をなぐさめるやつはもういないと教えてやりたいぐらいだ。彼女を悶絶させた赤き流星。対面しているだけでも舌の水分が蒸発しそうになる。
「綾瀬さん、一体何入れたんですか」
「うん、我ながらハバネロは失敗だったわ」
「当たり前ですから」
ハバネロおにぎりなど罰ゲーム以外の何ものでもない。自爆してくれたからよかったものの、こんなものを食べて決勝に挑むとなると戦慄するしかなかった。
勝手にもだえ苦しんでいる最年長者を冷ややかに見つめていると、
「しょういや、日花里ちゃんもおへんとうつくってきたんやんね」
舌足らずの声で日花里に話が振られた。さっと後ろにあるものを隠したが、脇から木編みのバスケットがはみ出している。もじもじとしていたが、期待の眼差しを受け続けていると、諦めたようにバスケットをテーブルの上に置いた。
「お出かけするっていうから、作ってきただけよ。あんまり期待してても、大したもの出ないわよ」
そっぽを向きつつも、バスケットの中身を公開する。その途端、徹人は釘づけとなった。重箱を埋め尽くすおにぎりに対抗するかのように、一面にきれいに整列しているサンドイッチ。純白のパンの合間に色彩鮮やかな野菜やらチーズやらハムやらが挟まっている。
「な、なあ、日花里。これ食べていいか」
「ええ、い、いいわよ」
いきなり下の名前で呼ばれたことにどぎまぎしていたが、徹人はそれどころではなかった。そっとトマトサラダが挟まれたサンドイッチを掴むと、ゆっくりと口に挟んだ。
じっくりと咀嚼していくと、わなわなと体を震わせる。もしかして、失敗したかな。日花里は不安げに動向を見守る。が、そんな心配もどこ吹く風で、徹人は満面の笑みを浮かべた。
「これ、滅茶苦茶うめえじゃん。他のも食べていいか」
「も、もちろん」
圧倒される日花里をよそに、徹人はひたすらサンドイッチを貪っていく。豪快な食べっぷりに、綾瀬までもが若干引いていた。
「余程気に入ったみたいね、日花里ちゃんのサンドイッチ」
「そりゃそうだよ。おにぃはパンが大好きで、いっつもファイモンパン食べてるもん」
「それっておまけのシールが目的なんじゃないの」
「失礼な。僕はありとあらゆるパンを愛する男だぞ。いや、このサンドイッチ、今まで食べた中でも一、二位の味だな。いやはや、いい仕事してるよ」
パンが好物という意外な趣味嗜好が露呈してしまったが、日花里はそれどころではなかった。あまりに嬉しそうに自前料理にかぶりついている徹人を前に、気恥ずかしそうに微笑んでいたのだった。
スキルカード紹介
自動回復
毎ターン少しずつHPを回復する。
ゼロスティンガーのアビリティをスキルカード化したもの。防御力の高いモンスターに使用して耐久戦に持ち込むのが一般的。
回復量はせいぜい十分の一程。なので、本来は毎ターン一気に全回復するなんて効果はない。




