最後のフィールド
挑発を真に受けた徹人は、そこから先も快進撃を続けた。我武者羅にカードを集めていたので気にしてはいなかったのだが、その枚数は一位のカズキに切迫する勢いだった。そのことを把握していた綾瀬は「わあお」と感嘆の声を上げる。
「おにぃ、頑張ってるみたいだね」
「何があったか知らないけど、急に枚数を伸ばしてきてるわね」
日花里のバトルを観戦していたために、徹人とカズキとのやりとりを見逃していた二人である。日花里もまた逆鱗のおかげで着実にカード枚数を伸ばしていた。
綾瀬と愛華に注視されている現在も、ちょうど新たな勝ち星を会得したところである。相手は宵闇により弱点を打ち消している闇属性のボストロル。棍棒を持った肥満体型の魔人であり、徹人の戦ったサイクロプス同様パワーファイトを得意とする。
あっという間に危険レベルまで体力を削られるが、そこで逆鱗を発動。畳みかけるように反撃し、どうにか勝利をもぎ取った。
歓喜に酔いしれる日花里であったが、敗北したプレイヤーマックスの不審な動向に気付く余地はなかった。
マックスは他のプレイヤーの目を盗み、ある人物と通話していたのである。
「例のやつの候補が見つかりました。あのスキルカードの効果は異常です」
「ライトのジオドラゴンか。ご苦労、引き続き頼むぞ」
電話越しでも威圧を感じる低い男の声。それを受けると、マックスはそそくさと逃げ隠れるように日花里から遠ざかっていったのだった。
「もうすぐ残り時間三十分か」
腕時計は十一時二十分を示している。会場内で展開されているVRシステムには特に不具合はない。木を隠すなら森というように、この大ホールにケビンが潜んでいるかもしれない。綾瀬は観戦するふりをして、観客席をしらみつぶしに探ってみたが、木下の言うスーツ姿の男は見当たらなかった。
「ごめん、愛華ちゃん。お手洗い行ってくるね」
「うん、分かった」
あまりにもさしあたりのない理由で綾瀬は席を立つ。妹の世話を任された以上、つきっきりでいるのがベストだが、仕事をおざなりにするわけにはいかない。
ホール外すぐで、木下がヒールを鳴らしながら腕を組んでいた。その表情にはありありと不満が浮かんでいる。
「堂々と放置プレイとはいい度胸ね」
「そう怒んないでよ。子守のアルバイトも引き受けてるからさ」
綾瀬はウィンクして両手を合わせた。愛華が聞いていたら「私は子守されるような年齢じゃない」とプンスカ鼻を鳴らしていただろう。
犯行予告からすると、間もなくケビンが妨害工作を仕掛けてくるはず。綾瀬は手早くバトルフィールドを司るプログラムへと干渉を試みる。あまりにもすんなりとアクセスできたので、拍子抜けしたぐらいだ。ここまで不審なプログラムとは遭遇せず、本当に介入してくるのか疑問に思う。
「いよいよラストセッションだ。現時点のトップは相変わらず三十枚でカズキ選手。他の選手を圧倒する破竹の勢いを見せているぞ。
そして、お待ちかねのフィールド変化。ラストスパートの舞台となるのはこれだ!!」
ファイモンマスター敦の掛け声に合わせ、現在展開されている宵闇のフィールドが崩壊していく。それでもまだ、プログラムは正常に作動している。このままであれば、予定通り「天国」のフィールドが適用されるはずだ。
しかし、事態は急変した。画面一杯に羅列していた文字列が突如暗転したのだ。電池切れかとも思われたのだが、バッテリー残量は五十パーセントを超えていたはず。それが一瞬で消滅するなど、故障していない限りあり得ない。まして、天才プログラマーと称される綾瀬が、バッテリー不具合のスマホを使い続けるという間抜けを仕出かすわけがなかった。
電源ボタンを何度も入れ直すが、依然として画面が戻ることはなかった。
「このタイミングで故障なんて運が悪いわね」
「いや、やられたわ。ケビンのやつ、私のアクセスに感づいて妨害プログラムを差し向けてきたに違いない」
その推測を裏付けるが如く、会場内のフィールドはあまりにもおどろおどろしい風景へと変貌していった。これまでは天空が仰ぎ見ることができるだけよかった。だが、天を蝕むのは一面の鍾乳石。洞穴の中と表すべきか。
地表はでこぼこした岩場が広がり、所々に噴き出たマグマがふつふつと沸きあがっている。更に、針山やら血の池やらこの世のものとは思えぬ愚物が陳列されていたのだ。
「最終ステージは地獄。闇属性以外だと全ステータスが降下してしまうという激レアフィールドだ」
実況アナウンスが流れるや、綾瀬はスマートフォンを叩き割りそうになる。木下も歯を食いしばって俯いていた。最終的に変更されるフィールドは「天国」だったはずだ。光属性以外だと全ステータスが下がるので、闇属性優勢の流れを一気に断ち切ることができる。
しかし、天国とは真逆の効果を持つ地獄では、阻害するどころか、勢いを助長してしまうことになる。現に、予選で残っているプレイヤーの八割は闇属性使いという異常事態。このままでは、決勝進出者全員が闇の使い手になりかねない。
綾瀬がスマートフォンを握りしめていると、機器から伝導してくる熱が右手を焦がさんとする。それでも、その手を放すことができず、じっと熱に耐えていた。
「私に対抗しようとは、小賢しい真似をしてくれる」
突如響いた男性の声。ホール外の廊下にはモニターはなく、スピーカーからはバトルの実況中継が流されている。その他に音声を発することのできる機具があるとすれば……。
綾瀬がスマートフォンの画面を上向きにすると、一面にサングラスをかけた男の顔が映し出されていた。そいつと対面した木下は息を呑む。無理からぬことで、その男の正体は重々承知していたからだ。
「あんたは、ケビン」
「いかにも。手出し無用という言いつけを守らなかったから、少しお灸を据えてやったのだよ。私がフィールドを変更する瞬間を狙い、その足跡をたどるというのはいい案だったが、予め私以外のアクセスを弾いてしまえばどうということはない」
「おまけにウイルスによって、端末の起動すらままならなくさせたってこと。あんた、器物破損で訴えるわよ」
「おお、怖い。だが、このくらい復帰させるのは朝飯前じゃないのかね、分島綾瀬くん」
名前を言い当てられ、綾瀬は怯んだ。ケビンはほくそ笑むと堂々と腕を組んだ。
「こんな所業ができるプログラマーがいるとすれば、君ぐらいなものだろう。ゲームネクストの田島悟と繋がりがあるということも調査済みだ。あいつが助力を頼むなら十中八九君に行きつくというわけだ」
「偶然頼まれたんだけど、悪くない推理ね。そんで、あんたは何が目的なわけ。子供向けのゲーム大会をハッキングして利益があるとは思えないけど」
その大会の運営者が横居るのも構わず、綾瀬は冷ややかな視線を投げかける。
綾瀬の指摘は的を射ていた。ケビンほどのハッキング技術があるなら、会社の機密情報やら、銀行の預金データやらいくらでも有益な情報を盗み出せるはずだ。ゲーム大会を滅茶苦茶にするなど、酔狂でしかないはずだった。
「それはまだ明かすわけにはいかない。ただ、この会場には、そんじょそこらの機密データを遥かに凌ぐ、貴重な宝物が眠っているとだけ言っておこう」
「待って」と口にしたのも虚しく、ケビンは一方的に通信を遮断した。不正データを連続して起動させたせいで、画面はエラー表示のままフリーズしてしまっている。綾瀬は舌うちしながらも、リズミカルに液晶をタッチし、バグを取り除いていった。
「予選はしてやられたってところね」
復旧したスマートフォンを握りつつ、だらしなく右手を垂れ下げる。木下は呆けたまま、スピーカーに耳を傾けていた。
「おそらく、ケビンが本格的に介入してくるとしたら、午後からの決勝トーナメント。これはもう、公にするしかないんじゃない」
「そうしたいところだけど、田島チーフからは『まだ動くな』という指示が来ているの。ケビンを必要以上に刺激して、大事になるのを恐れているみたいだけど」
「このままでも大事になりそうな気がするな。まあ、ここまでしてやられたら、私としても黙っているわけにはいかない。午後からは全面協力させてもらうわ」
綾瀬が差し出した手を、木下は勢いよく握り返した。水面下で迫りつつある悪意を子供たちはまだ知らない。いや、知る由もない。彼らは、優勝という栄光を貪欲に求め続け、今も必死に戦い続けているのだから。
スキルカード紹介
炎の剣
エンチャントスキルカードの一種。
攻撃力を微増させ、戦闘中「火炎斬」を使用できるようにする。
剣の攻撃属性を持っているので、ヒーローシリーズとの相性は良好。使い捨てとなるが、土属性の戦士系モンスターに使用して弱点を補強するという使い方もある。




