ライムVSアスモデウス
着実と魔の手が迫っていることなどつゆ知らず、選手たちは目前の戦いに集中している。残り時間半分近くとなると、手持ちのカードをすべて失って失格となる者が続出する。自ずと参戦者は絞られるわけだが、ここでとある傾向が顕著になった。
最初のフィールド変化の後に戦ったヘルハウンド以降、妙に闇属性のモンスターと遭遇するのだ。先ほども盗賊化した闇モンスターシーフゴブリンと戦ったばかりだ。
予想以上に攻撃力が高まっているせいで、九死に一生のアビリティと革命のコンボでどうにか対処しているといったところである。しかし、いつまでもその戦法が通じるわけではなかった。
残り一時間十五分となったころに相見えたガウスというプレイヤー。ゴキブリ型のデスローチ、一つ目の大鬼サイクロプス、そして牛と羊の頭部を肩に宿した大悪魔アスモデウスという潔い闇属性統一三体パーティだった。
デスローチの「毒を吐く」攻撃により毒状態にされる。そこから回避率が上がるアビリティを利用して攻撃をかわされ続けるのだが、強化のスキルカードで威力を増強したバブルショットでどうにか沈める。
だが、鈍足重火力タイプのサイクロプスにより、ライムの体力は面白いように削られてしまう。残り二体を相手にしなくてはならないのに、残りHPは瀕死ラインにまで達してしまった。
「ボクの切り札を出すまでもなかったか。サイクロプス、ダークラッシュ」
ガウスの指示に合わせ、サイクロプスは雄たけびをあげながら棍棒を振り下ろす。闇のエナジーを込めた打突。いじゅーは祈るようにライムを見つめるしかなかった。
衝撃音とともに土煙が巻き起こる。ペシャンコに潰された無様なスライムが現れる。と、いうわけではなく、つやつやとしたゲルボディは健在だった。
「九死に一生なんて、運がいいな」
「僕もそう思うぜ。そして、このピンチをチャンスに変える。スキルカード革命。そして、バブルショットだ」
四分の三ほど体力を残していたサイクロプスだが、たちまち風前の灯火にまで追い込まれる。そこをはちきれんほどに膨張したライムのシャボン弾丸が襲う。
腕をクロスして防御したサイクロプスであるが、一発でもくらえば即死の状況下、あまりに無意味な行為であった。これで一対一だが、ガウスは余裕の笑みを浮かべる。
「革命は確かに強力なカードだけど、ここで使ったのは失敗だったね。なにせ、最後の一体が僕の切り札だからさ。コンボもなしにネオスライムが勝てるわけがない」
指摘された通り、革命のコンボを使うには早すぎた。例え九死に一生で踏ん張ったとしても、HPを逆転できないので、そこから自力で体力を削るしかない。
だが、ステータス補正の恩恵を受けているとはいえ、最後の相手はそんなものなど無意味に帰すほどの強敵だった。闇属性の上位モンスターアスモデウス。不気味な容貌も去ることながら、有するアビリティは悪夢そのものだった。
「アスモデウスのアビリティ暗黒の絆発動。手持ちのモンスターが三体で、なおかつすべて闇属性の時、全能力を上げることができる」
属性統一チームで挑んだ際にステータスを大幅に上昇させるモンスター。その効力は、単体でステータス補正を受けた時を上回る。これにより、能力値での優位性は完全に打ち消された。
おぞましい造形に怯みそうになるが、それに屈せんと先制でバブルショットを放つ。だが、蚊に刺されたかのように、アスモデウスは腕を振り払うだけだった。ゲージも数ドットしか減少していない。
「攻撃ってのはこうやるんだ。アスモデウス、バベルブラスター」
印を組むように指を複雑に動かすと、その合間から漆黒のエネルギーの塊が出現する。それは次第に増大していき、ボーリング玉程のエネルギー弾となる。
咆哮とともに、集約したエネルギーがレーザー光線となって照射される。広範囲高威力ゆえに、ランク上位の戦闘では重宝されるレーザー攻撃。その恐ろしさはかの運営との対戦で身に染みていた。
「スキルカード障壁発動」
万が一のために温存していた防御スキルカードを発動するが、それでもライムのHPは虫の息にまで減らされる。フィールド効果もあり、大抵のモンスターを一撃必殺できる破壊力を秘めている。そんな化け物をまともに相手にできるわけがなかった。
体当たりしてステータスをいじくり弱体化させるか。だが、今更攻撃力を下げても、回復のスキルカードを抜いてしまっているので、九死に一生を連続発動させないと耐えることはできない。ならば防御力を下げるか……。
そこまで考えて徹人は大きく頭を振った。この相手に対しては、ライムのウイルス能力を使うのは礼儀に反する。アスモデウスの能力は公式で認められているものだ。反則が使われていないのに、自らチートを使うのは躊躇われる。
では、全く対抗策がないかといえば、そうではない。相手が複数体のモンスターを使っているのならあの技が有効に機能する。
「テト、どうする。あいつの攻撃耐えられそうにないよ」
「心配するな。ちゃんと手はある」
心配にそうに瞳を潤ませるライムをなだめ、いじゅーはアスモデウスを指差した。
「ネオスラ、変身するんだ」
「変身? もしかしてアスモデウスの能力をコピーする気か。だが、そっちは単体だからアビリティは発動しない。単純にこっちの劣化となるぞ」
「そんなの承知の上さ。わざわざ敵の劣化版になんかなるわけがない。僕が指定するのは既に倒したデスローチだ」
実は、変身には隠された効果がある。それは、バトルに複数のモンスターが参戦していた場合、その中から任意に一体を選んで変貌できるというものだ。
ライムの身体が粘土細工のようにねじれ、つやつやとした小判型の体躯に、六本の節足が生えた害虫へと変化する。これを発動する直前、ライムが相当嫌な顔をしたが、無理からぬことだろう。勝つために仕方ないとはいえ、徹人としてもわざわざゴキブリモンスターに変身させたくなかった。
変身を完了させたデスローチことライムは、カサカサとフィールド上を走り回る。素早さだけは異様に高いので、姿を捉えるだけでも骨が折れる。それは大悪魔アスモデウスでさえも同様であった。
翻弄するだけが目的ではなく、アスモデウスに接近したのを見計らい、
「ネオスラ、毒を吐くを使うんだ」
デスローチが有する補助技を発動する。口に当たる部分から痰のような汚らしい物体が発射される。悪魔に唾を吐くなど罰当たりも甚だしいが、作戦の第一段階のためには仕方がない。
痰をかけられたアスモデウスは顔をしかめるや、胸を手で押さえる。頭上にはドクロマークが点灯していた。
「毒とはこざかしい。アスモデウス、バベルブラスターで焼き払え」
両手の間に光線弾を充填し、扇状に広がるレーザーを照射する。さすがのゴキブリも塵芥に帰す。かと思われたのだが、焦土の上を何食わぬ顔でカサカサと横断している。
「くそ、回避されたか」
ガウスは舌うちするが、ターンを経過させてしまったことで、アスモデウスは毒によるダメージを受ける。
そこからしばらくは反撃を指示せず、ひたすら逃げの一手に徹した。やけになったガウスはそこかしこに暗黒の光線を放ち、フィールドを焼野原に変えていく。だが、ライムは嘲笑うかのように光線をかいくぐる。ガウスの焦りは毒ダメージの蓄積に反映され、アスモデウスともども苦悶の表情を覗かせる。
いくらデスローチの素早さでも、命中率の高いバベルブラスターを全発回避するのには無理がある。ライムが密かに回避率を底上げしているのではと疑ったが、ゴキブリのままでは真意を問うことはできない。アスモデウスのHPも頃合いになったところで、いじゅーは次なる段階に入る。
「ライム、今度はサイクロプスに変身するんだ」
縦横無尽に暴走していたライムだが、突如動きを止めるや、その体を膨張させていく。元々の肉体よりも数倍程の体長がある大鬼になろうとしているのだ。
アスモデウスも四メートルほどの身長を誇る巨体であるが、それに匹敵するぐらいの一つ目の巨人が招来する。サイクロプスとなったライムは吼えかかると、横薙ぎに棍棒を振るう。技名としては「なぎはらう」だろうか。属性の影響を受けない基本技だ。
それでも、アスモデウスの体力は四分の一を下回る。そのうえ、毒で追い打ちされる。最低クラスの技でこの結果ということは、いじゅーの次のターンが訪れればどうなるかは明白だ。
「アスモデウス、バベルブラスター」
やけになって暗黒の光線を放つが、サイクロプスは直撃した部位を痒そうにかきむしるばかりだ。顔を歪めるガウスに、いじゅーは腕組みをして誇る。
「闇属性の相手に闇属性の技は効果が薄い。加えて、サイクロプスは重量級のモンスターだから防御力も高いんだ」
「ダークラッシュで攻撃してこなかったのは、半減されると分かっていたからか」
納得したものの、時すでに遅しだった。いじゅーが腕を振り下ろすのに合わせ、サイクロプスライムの棍棒が叩き付けられる。アスモデウスが仰向けに崩れ落ち、いじゅーの側にファンファーレが鳴る。
激戦の後で徹人が汗を拭っていると、目の前いっぱいに青いゲルボディが広がった。つぶらな瞳は明らかに不満を訴えている。
「ひどいよ、テト。ゴキブリとか鬼とかゲテモンにばっか変身させるんだもん」
「相手がそれを使っていたから仕方ないだろ。それよか、変身はけっこう有意義に活用できそうだな」
ぶつくさと戦法を練り直していると、ライムがぺチぺチとスライムボディのまま体当たりを仕掛けてくる。さすがに不憫に思ったので、
「分かった。予選の後にやる掛山ノブヒロのライブ見に行っていいから」
「ホント。んじゃ、許したげる」
怒り心頭だったのが嘘のように、あちこち勝手に跳び回っている。そんな彼女を眺めつつ、徹人はため息をつくのだった。
そして、残り時間は一時間となった。いよいよ後半戦。それと同時に二回目のフィールド変更が行われる。
「次なるフィールドはこれだ」
ファイモンマスター敦の掛け声に合わせ、処刑場フィールドが崩壊していく。バトルをしているプレイヤーも動きを止め、その様子をじっと見守る。
次こそは大海が来てくれ。神頼みをする徹人だったが、その祈りはあっさりと打ち砕かれる。暗雲のせいで薄暗かったのだが、今度はそんな生易しいものではなく、辺り一面が暗闇に包まれる。とはいえ、煌々と輝く星々のおかげで光を求めることができる。
だが、どことなく落ち着かない気分になる。それは、夜空にあって然るべきものが欠如しているという違和感からくるものだった。胸のわだかまりの正体が分からず、闇雲に天を仰ぐ。しばらくして、ようやく答にたどり着いた。
月だ。天井を覆い尽くす疑似の夜空には月が存在していないのだ。少しでも天文学をかじったことがある者なら「新月」と判断するだろう。こんなフィールドを作り出すスキルカードといえば一つしかない。
「今度はこ……ではなく、宵闇フィールド。ここでは光属性の技の威力が半減されてしまう。光属性のモンスターの使い手は注意してくれ」
この選択にちらほらとブーイングの声があがる。さもありなん、光属性の技が半減されるということは、闇属性の弱点が打ち消されることになる。二連続で闇属性に有利なフィールドが選択されれば不満が噴出するのは当然だ。
しかし、それを上回ったのが歓喜であった。徹人の感じていた嫌な予感は的中してしまったようだ。おそらく、これから先戦う相手はほとんどが闇属性。唯一の希望である星々でさえも霞に思えてしまうのであった。
モンスター紹介
デスローチ 闇属性
アビリティ 俊敏:回比率が上昇する
技 毒を吐く
ゴキブリの姿をした昆虫モンスター。
毒を吐いてひたすら攻撃を避けるという嫌らしい戦法を得意とする。さほど防御力は高くないが、とにかく攻撃が当たらないので、うざいことこの上ない。
この戦法と容姿が相乗し、嫌いなモンスターランキングの常連である。




