支配されたフィールド
予選開始から間もなく三十分が経過しようとしていた。徹人はここまで六戦全勝し、手持ちのカードは九枚となっていた。
「さあ、もうすぐ最初のフィールド変化が行われるぞ。現時点でのトップは十一枚のカードを獲得しているカズキ選手。その後を十枚、九枚のカードを手に入れている選手が追うといった展開だ。まだまだ時間はあるから諦めるなよ」
マスターの解説によれば、徹人はまだ決勝進出のボーダーラインに乗っているようだ。各選手の所有カードの枚数情報は運営へと逐次送られている。それを集計することで、現時点での順位を割り出しているのだ。
そして、残り時間が一時間半となった時、周囲を取り囲んでいた闘技場フィールドが瓦解していく。現在バトルしているプレイヤーを除き、次回対戦からは新たなフィールドが適用されることになる。水属性のライムを使用している徹人としては、有利な環境となる「大海」辺りを狙っていた。
やがて、新フィールドが形成されるのだが、それはやけにおどろおどろしい代物だった。暗雲に包まれて薄暗くなる中、一面に岩壁が広がっている。土属性が有利となる荒野フィールドか。いや、そうではない。ひときわ高くそびえ立つ丘陵の頂上にはあまりにも残酷な機器が設置されていた。幾多の罪人の首を討ち取ってきた血塗られた処刑機ギロチンである。
そのうえ、古びた十字架が点在し、所々に千切れた布きれが引っかかっている。ここまで決定的なオプションを目の当たりにされては、変更したフィールドの正体を受け入れるしかなかった。
「新フィールドは、えっと、処刑場フィールドだ。ここでは闇属性のモンスターの攻撃力が上昇するぞ。闇属性の使い手は今がチャンスだ」
ライムには何ら影響を及ぼさないため、スカを引いてしまったようだ。ただ、まだ二回フィールド変化の機会が残されているので、まだ落胆するには早い。
とはいえ、バトルではこれまでと同じというようにはいかなかった。処刑場フィールドになってからの初戦。相手は闇属性の番犬ヘルハウンドだった。
「ヘルハウンド、ダークファング」
使い手であるジャックの指示を受け、ヘルハウンドは涎を垂らしながら強靭な牙を剥き出しにする。大地を疾駆し、その牙でライムへと噛みつき攻撃を放つ。
ゲル状のボディに牙が突き刺さり、HPゲージが一気に減少する。ヘルハウンドは元々攻撃力が高いモンスターとはいえ、半分くらいは体力を残すことができるはずだった。しかし、この一撃で体力は半分以下となってしまった。
反撃でバブルショットを放つも、ヘルハウンドは飛び上がるようにして弾丸を回避する。そして、再びダークファングで襲いかかる。人間の状態のライムならまだしも、スライムのままでは高速移動などままならない。深々と噛みつかれたことにより、ライムのHPは尽きようとしている。
「よっしゃ、僕の勝ちだ」
ジャックは勢いよく右腕を上げるが、それはすぐさま垂れ下がることとなる。
無理もない。戦闘不能になったと思われたライムが未だ健在だったからだ。
「アビリティ、九死に一生発動。そして、スキルカード革命」
いじゅーお得意のコンボが決まり、ヘルハウンドの体力は一気に瀕死にまで追いつめられる。そして、バブルショットにより逆転勝利を収めた。
相手の攻撃力が上がったことにより、想定外の大ダメージを受けてしまうことになる。今の戦いもアビリティがなかったらあっさり敗北していたところだった。
滴る汗を拭い、次なる戦いへと臨む徹人。だが、彼は気づく余地もなかった。実はこの時、すでにとある異変が大会を蝕んでいたことを。
話は少し前、最初のフィールド変化の直前に遡る。大ホールに隣接するコンピュータールームで秋原は頬杖をついていた。幾重にも分割されたモニターには、現在進行形で展開されているバトルの様子が映し出されている。
「こら、秋原。さぼってないできちんとモニタリングしなさいよ」
「やってますよ。まったく、せっかくの休日なのに、わざわざ那谷戸まで駆り出されるんだもんな」
「文句言わない。ファイモンの年に一度の大規模イベントなんだから仕方ないでしょ」
ぶつくさ言いながらもキーボードを叩いているのは、グラフィックデザイナーの木下だった。ただ、精密機器があるにも関わらず豪快にコーヒーを飲んでおり、彼女も苛立ちを隠せないようだ。
なぜ東都の会社で働いている二人が那谷戸ドームにいるかというと、試合中のサーバー保持のためのメカニカル要員として派遣されたからだった。プログラミング担当の秋原はともかく、木下まで動員される辺り相当人手不足なのだろう。
「私、年末イベント用モンスターのデザインの締め切りが近いのよね。去年獅子舞のモンスター出しちゃったから今年はどうしよう」
「モチのモンスターでも出しとけばいいんじゃないですか」
「その昔、モンスターファームでそんなのがいたわよね」
「妖怪ウォッチにもいますよ」
「って、それはどうでもいいわ。あ~あ、園田さんはアニメの方の仕事が忙しいからって免除だし」
「まあいいじゃないですか。いわゆる四天王の残りの一人、黒田さんもここで頑張ってるんですから」
「それは言わないお約束よね」
実は、この会場の中に黒田も来ていて、しかも現在も仕事中である。どこで何をしているかは口が裂けても言えないと前説しつつ、二人の視線は実況しているあの男に注がれるのだった。
試合の残り時間は一時間半になろうとしている。ここで秋原は予め田島から託されたメモを確認する。そこには、予選において展開するフィールドの種類が指示されていた。最初は火属性に有利な火山。次は雷属性の攻撃力が上がる工場。最後に光属性以外だと全能力が下がるというレアフィールド天国だった。最近、光属性にあまり強力なモンスターが出ていないと批判されているので、それを考慮した選択なのだろう。
秋原はフィールドを構成するプログラミングの文字列を表示する。その一部を変更しエンターキーを押せばフィールドは入れ替わる。どうということのない単純作業のはずだった。
しかし、当初の予定にあった「火山」に変更しようとしたところ、ある異変に気が付いた。
「なんだ、この文字列は」
キーボードに触れる直前、羅列している文字列の一部は勝手に書き変わっていく。
「おい、誰かフィールドのプログラムをいじってるのか」
怒鳴るようにして部屋中を見渡すも、他のスタッフは一様に首を横に振るばかりだ。フィールド操作のような、ゲームの運行の根幹に関わるプログラムは秋原に一任されており、彼以外には変更できないはずだ。
それにも関わらず、秋原の目の前で生きているかの如く文字列が変化していく。呆然としている間に新たなフィールドプログラムが確定し、あろうことか本番環境へと反映されてしまう。
よもや、進行不能になるような深刻なバグを送り込まれたか。それを危惧し、秋原は片っ端からプログラムの状態を確認するように指示する。総出でデバッグを行うが、これといって異常は浮き上がってくることはなかった。
どうやら、進行を阻害されたわけではなかった。だが、明白な異常が彼らの前に立ち現れていた。
「まさか、このフィールドは……」
火山へと切り替わるはずだったバトルフィールド。だが、目の前で展開されているのは「処刑場」だった。
実際、フィールドを司る部分を見返してみると、処刑場へと切り替わるように指示が為されていた。もちろん、秋原はこんな文字列を入力した覚えがない。そして、この場にいるスタッフは誰も干渉していない。実は変更したが黙っている可能性もあるが、身内を疑うことは避けたい。
考えられる要因を潰していき、行きついた答えがこれであった。
「もしかして、外部からハッキングされたか」
この会場のどこかにハッカーが潜み、密かにプログラムへと侵入。意のままにフィールドを操作した。考えたくないことだが、そうでなければこの現象を説明することはできない。
すでにフィールド変化は実行されてしまったため、今更「火山」へと戻すわけにはいかない。そんなことをしたら、逆にアクシデントだと不安を与えてしまう。幸い、一回目のフィールド変更なので、まだ運営の意思だと受け取られている。次の変更までに犯人を特定しなくては。
いきりたった秋原一同だが、彼らを嘲笑うかのように、全モニターにノイズが走る。
「ちょっと、どうなってんの、これ」
「分かりません。こちらからの操作が一切受け付けられませんし」
スタッフが一様にパソコンを操作するも、一向にノイズが解消する気配はない。秋原が悔しげに机を拳で叩くと、やがて全画面がサングラスを掛けた男を映し出した。髪を七三分けにし、ダークスーツを着用した実業家然とした人物だった。
「やあ、愚鈍なる運営者諸君。私の名はケビン。この大会の真の支配者となる男だ」
「ふざけるな。あのフィールド変更はお前の仕業か」
「いかにも。どうだね、私の提供する闇のフィールドは」
大仰に笑い飛ばすケビンを前に、秋原はひたすらキーボードを叩く。しかし、一向に画面は切り替わらない。こちらからの入力が遮断されているようである。
「無駄な抵抗は止めた方がいい。この予選、フィールドは操らせてもらうが、それ以上の介入をするつもりはない。だが、君たちが私の邪魔をするというのなら、この会場に集まっている数万人を人質にしてもいいのだぞ」
「馬鹿なことを言うな。さっさとフィールドを戻すんだ」
「それはできぬ相談だよ。急かずとも、ショーはまだ始まったばかりだ。君たちは指をくわえてそこで傍観しているがいい」
それだけ言い残すと、再び画面にノイズが走り、元通りバトルの様子を映し出す。相変わらず処刑場フィールドが展開されているが、対戦自体は異常なく進行しているようだ。
いとも簡単に指示系統を手駒にとられ、秋原たちは落胆の色を隠せなかった。だが、いつまでも意気消沈してはいられない。フィールド支配しかするつもりはないと宣告してはいるが、それを裏切り大規模妨害工作に踏み込むことも考えられる。握りしめた拳にはじんわりと汗が染み込んでいた。
「このまま黙ってケビンとやらの言いなりになるわけにはいかない。この会場のプログラムを徹底的に洗って、やつの足取りを探るんだ」
「私はこの会場の中を探ってみるわ。あの男が潜んでいるかもしれないし」
木下は数人のスタッフを連れ立って管理室を後にする。残りの人員は一様にコンピューターに向き直る。
秋原は木下を見送ると、すぐさまとある人物に電話を掛ける。しばらくコール音が続いた後、通話が繋がった。
「もしもし、田島チーフですか。実は……」
「……そうか。事情は分かった。引き続き捜索にあたってくれ。それと、このことは公言無用だ」
秋原からの連絡を受け、田島は神妙な面持ちで通話を切った。部下たちが那谷戸に出向いている状況で、彼だけ東都でのんびりというわけにはいかない。現時点では運営側しか知りえないことだが、田島は今大会の決勝トーナメントにおいてサプライズゲストとして登板する予定だったのである。
なので、大会が行われている大ホール天井近くの特別閲覧席で待機していたのだが、まさかこんな知らせが舞い込んでくるとは思いもよらなかった。
「ウイルス騒動があったと思ったら、今度はハッキングか。だが、あのシステムに侵入するとなると、綾瀬レベルの腕前がないと無理だが、そんなプログラマーはついぞ聞いたことがないな」
しみじみとひとりごちてみるが、事態は楽観できるようなものではない。田島はノートパソコンを開くと、大会の運用サーバーにアクセスする。不正なログイン履歴を探ってみるが、立つ鳥後を濁さずといった呈だ。頭を掻きむしりつつ、小気味よくキーボードを鳴らしていくのだった。
モンスター紹介
ライトニングマン 光属性
アビリティ ソードマスター:剣の攻撃属性を付与されたエンチャントスキルカードを使用し、別のスキルカードに変更する際、元のカードは破棄されずにリリースされる。
技 ライトニングパンチ
エンチャントスキルカードとのシナジー効果を狙ったヒーローシリーズの一種。
エンチャントスキルカードは重複して装備させることができず、一度使ったら破棄されるが、剣の攻撃属性が付与されたカードに限って何度でも使うことができる。
これにより、手札に複数属性のカードを用意し、相手に合わせて使い分けるといった戦法が可能となった。特に、このライトニングマンかダークマンに火、水、自然のカードを組み合わせるのは、全属性の弱点を突くことができる黄金パターンとされている。




