ライムVSワイズオウル
対戦相手を探してうろうろしていた徹人だが、ちょうど目の前に眼鏡をかけた少年のアバターが現れた。ユーザーネームはキョウ。どことなく見覚えがある相手であったためか、徹人はじっとその少年を観察する。その気配に感づいたのか、キョウの方から勝負をしかけてきた。
「最初の相手は君にしましょうか。対戦お願いしますよ、いじゅーさん」
不敵に眼鏡の位置を直す。自信満々のようで、どうしても小物臭が拭い去れない男。それに、キョウという名前。ようやく符合した徹人は指をさして叫んだ。
「お前、もしかして京太か」
「な、なぜ僕の本名を知ってるんだ」
現時点ではお互いに相手のアバターしか認識できないため、それを変更してしまえば知り合いでも気づかれないということがありうる。京太がまさにそんな状態だった。
「知ってるも何も、僕だよ、徹人だ」
「徹人って、気づきませんでしたよ。まさか、アバターを変えてるなんてね」
京太ことキョウはしげしげと徹人の新アバターを眺める。なんとなく恥ずかしく思ったが、それで興奮するほど変態ではない。
「しかし、手間が省けましたよ。ゲンさんの仇がこんなにも早く討てるなんてね。最後のお楽しみにとっておこうと思ったのですが、いきなり出鼻をくじいてどん底に貶めるというのも面白いでしょう。快く相手させてもらいますよ」
「僕に勝つつもりでいるようだけど、それはやってみなくちゃ分からないだろ。いいぜ、最初の相手として申し分ない」
双方合意ということで、対戦がセッティングされる。いじゅーはもちろんネオスライムの姿をしたライムを繰り出す。キョウからすれば、なんら変哲のないスライムにしか映らないので、あっけらかんと両手を広げる。
「ライムとかいう少女のモンスターを使うと思ったのですが、舐められたものですね。まあ、遠慮なく倒させてもらいますよ」
「テト、あの子私がそのライムだって気づいてないようだね」
「そうだな。っていうか、バレるからあまり話しかけるなよ」
高飛車になっているキョウを放置して、いじゅーはライムとひそひそ話をしている。要は相手に聞こえなければ問題ないということで、小声で会話することにしたようだ。
「相手が雑魚のスライムだろうと、公式大会ですから全力で潰させてもらいます。行け、ワイズオウル」
キョウが召還したのは、白い羽を羽ばたかせるフクロウのモンスターだった。ただ、フクロウにしてはやたらと大きく、全長はハヤブサ並だ。真昼間にも関わらずとぱっちりと覚醒してこちらを威嚇している。
「ワイズオウル。風属性のモンスターか」
「僕の相棒というべきモンスターですからね。そう簡単には倒せませんよ」
モンスターが出揃ったところでステータス補正が発動するが、キョウの側は能力値に変動はなかった。つまり、後にもう一体控えさせているということである。
スキルカードも選択し終わり、開戦のゴングが鳴る。先手をとったのはいじゅーであった。ライムにバブルショットを指示し、シャボン玉の弾丸を飛ばす。だが、ワイズオウルは易々と回避し、空中で旋回する。
「最初から本気で行きますよ。ワイズオウル、催眠音波です」
「催眠音波だと」
いじゅーが動揺するのをよそに、ワイズオウルは両翼を広げ、怪しげな音色の鳴き声を発する。非情に心地よく、まともに聞いていたら上瞼が重くなりそうだ。
その影響をもろに受けているのは、言わずもがなライムである。どうにかして開眼を保とうとするものの、子守唄にも似た一定の旋律に次第に体が重圧を感じるようになる。
「テト、なんだか眠くなってきたよ」
「寝るな、ライム。どうにかしてふんばるんだ」
「無理だよ。昨日、つきっきりで子守唄歌ってたじゃん」
「お前、墓穴を掘ってるんじゃねえ」
小声で絶叫したのも虚しく、ライムは寝息を立ててすやすやと眠りこけてしまった。
状態異常は多々あれど、最も厄介とされているのがこの眠りである。数ターンの間行動不能になるので、敵から一方的にタコ殴りにされてしまう。控えにモンスターがいれば交代して少しは被害を防ぐことができるが、単体のみの場合はそういうわけにはいかない。ネオスライム単独で勝負している徹人にとっては最も恐るべき状態異常であった。
ライムが完全に眠ってしまったのを確認し、キョウは嗜虐的な笑みを浮かべる。催眠音波の成功率はさほど高くないはずだが、こうもあっさり決まってしまうとは、まさにしてやられたという感があった。
「どうやら、僕が運よく眠らせたと思っているかもしれませんが、そうでもないですよ。ワイズオウルのアビリティを知らないわけじゃないですよね」
「英知の千里眼だっけ。それがどうし……」
途中で言いよどんだのは、その効果を思い出して青ざめたからだ。キョウは完全な博打で催眠攻撃を発動させたわけではない。
「ワイズオウルのアビリティ。それは、補助技の成功率を引き上げるというもの。催眠音波は単体相手には成功率三十パーセントほどしかありません。ですが、このアビリティが発動していれば、六十パーセントぐらいにまで引き上げることができます。これでもまだ不確定ですが、狙う余地はあるでしょう」
ワイズオウルもまたそこまで能力値が高くないのだが、強力なアビリティを持っているために評価されているモンスターだった。高確率で相手を著しく行動できなくすることができるというだけでも厄介なことこの上ない。
そのうえ、キョウはダメ押しとばかりにスキルカードを発動する。
「スキルカード永眠。眠り状態の相手に対して発動でき、眠りの継続ターン数を増加させる」
字面だけであればかなり物騒なカードだが、効力は行動制限促進であった。ともあれ、しばらくの間、相手に自由に行動させてしまうというのは痛手であることは間違いない。
そのまま攻撃に転じてくるかと思いきや、キョウが指示したのは「鼓舞の舞」という攻撃力を上げる補助技であった。その後も、素早さを上げる「隼の舞」を併用し、ひたすら能力値の上昇に務める。
相手が行動できない間に能力を上げるというのは有効な戦法ではある。制限が解除されたのを見計らい、一撃必殺で勝負を決めるつもりであろう。
防御の手立てとすれば、スキルカード「炎化」がある。炎属性は風属性の攻撃を半減できるので、素直にワイズオウルで特攻してきたら、いくらかは被害を抑えることができる。
やがて、能力値上昇を積み重ねたところで、キョウは意外な行動に出た。
「そろそろ頃合いだろう。交代だ、ワイズオウル」
せっかく強化したワイズオウルをあっさりと引っこめる。未だライムは目を覚まさないので、このまま突撃してきてもいいはずだ。ここで交代とは、愚策以外の何ものでもない。
ワイズオウルと立ち代るようにして出現したのは、強靭な爪を備え、細目でこちらを睨みつけるモグラのモンスターだった。
「僕の二番手、ランドラゴンです」
「また厄介なモンスターを出してきたな」
ランドラゴンは土属性モンスターの中でもステータスが上位クラスの速攻型だ。そもそも補助技を覚えないので、いよいよ攻勢に出たとみていい。
「ようやく攻撃ってわけか。でも、せっかく上げた能力を無駄にするなんて、墓穴を掘ったな」
「どうでしょうね。このゲームでは交代したとしても能力値の変化は受け継がれます。つまり、ワイズオウルは強化されたままですよ。そして、このカードを使ったらどうなると思います?」
「まさか、それを狙っていたのか」
キョウが提示したカードにいじゅーは衝撃を受ける。無意味だと思える交代はこのためだったのだ。
「スキルカード複製。モンスターを二体以上使用している時に効果が発動できる。モンスターを一体指定し、そのモンスターの能力値変化効果をそのまま移し替える。僕はワイズオウルの能力値変化をランドラゴンへとコピーします」
「ずっとワイズオウルで能力値を上昇させていたのはこのためってことだな」
「その通りです。ワイズオウルで眠らせている間にひたすら能力値を上昇。その後、より攻撃性能が高いランドラゴンに交代し、複製のスキルカードで能力を強化する。これこそ、この大会のために僕が編み出した戦法ですよ」
自慢げに眼鏡を光らせ、口角をあげる。相手は土属性なので、炎化を使ったら逆に弱点を突かれて大ダメージを受ける。もはや、あれに頼るしか防御手段はない。
怪獣のような雄たけびを発するランドラゴンに触発されたのか、ようやくライムは目を覚ます。だが、時すでに遅しだ。
「あ、テト。おはよう」
「おはようじゃねえ。前見ろ、前」
呑気にあいさつしているライムに、ランドラゴンが急速に接近してくる。死神のカマのごとき爪を掲げ、今にも振り下ろそうとする。
「終わりです。ランドクロ―!」
死刑執行。ライムが振り返ったのと同時に、スライム上のボディが一刀両断された。
面白いように減っていくHPをただただ眺めているしかなかった。それでも徹人は信じる。ライムであれば必ずあれを発動させてくれるはず。そうすれば逆転の手立てはある。
「僕の計算では、ここまで攻撃力を上げればあのゼロスティンガーでさえ一撃で葬り去ることができます。まして、ネオスライムなんかイチコロです。この勝負、いただきましたよ」
勝利を確信し、キョウは高笑いする。だが、それもライムのHPゲージを目の当たりにするやピタリと止む羽目になった。顔を歪ませ、幾度となくゲージを凝視する。
混乱するキョウを嘲笑うかのように、いじゅーは鼻を鳴らした。想いが通じたのか、ライムはきちんとあのアビリティを発動させたようだ。
「ネオスライムのアビリティ、九死に一生発動」
「こんな土壇場で九死に一生ですって」
ネオスライムがこのアビリティを持っていることは承知しているつもりだったが、この局面で発動されると精神的ショックは計り知れない。一撃必殺の予定が耐えられてしまうなど、計算違いもいいところだろう。
「くそ、まあいいでしょう。次で勝負を決めさせてもらいます」
「いや、お前に次のターンはない。スキルカード革命」
「い、いつの間にそんなレアカードを!?」
所々デジャヴを感じる展開ではあるが、いじゅーは切り札となるスキルカードを発動する。ライムのHPが一なのに対し、ランドラゴンは無傷。その状態さえもひっくり返るのだから、キョウは呆然自失とするしかなかった。
そこから先は一方的な蹂躙であった。バブルショットでランドラゴンを沈め、再びワイズオウルと対峙。自暴自棄になったのか、キョウはがむしゃらに「ウインドカッター」を指示し、空気の刃でダメージを与えてくる。対し、いじゅーは「バブルショット」で応戦する。単純な殴り合いになった場合、戦闘開始直前にボーナスで能力値が上がっているライムの方が有利だ。加えてスキルカード「強化」でダメ押ししたこともあり、ライムが競り勝つ結果となった。
勝敗が決するや、京太は四つん這いに崩れ落ち、地面を拳で叩いた。
「くそ。まさかいきなり敗北からスタートするなんて」
「今更だけど、ワイズオウル使ってるなら、一騎打ちになった時に眠らせてきたらよかったんじゃないか」
「あ……」
敵から塩を送られたことで、完全にトドメを刺されたようだ。これで勝利の証であるカードを奪うのは気が引けるが、ルールだから仕方がない。
「覚えておきなさい。次こそは叩きのめしてやりますからね」
京太としては、すぐにでも再戦したいところだが、これまたルールで予選の間、同じ相手と連続して戦うことはできないと定められている。なので、負け犬の遠吠えを発するしかなかった。
そんな雄たけびを背にし、徹人は新たな対戦相手を探す。
「ライム、これから連戦になるけど体調は大丈夫か」
「もちろん。ぐっすり寝たから絶好調だよ」
苦戦どころか、ライムにとってはただの休息となったようだ。ともあれ、幸先よく一勝を上げたのは大きい。肩をなで下ろしていると、別の対戦者からバトルを申し込まれる。徹人は一呼吸置くと、勇んで対戦を受けるのだった。
モンスター紹介
ワイズオウル 風属性
アビリティ 英知の千里眼:補助技の成功率を上昇させる
技 催眠音波 鼓舞の舞 隼の舞
ハヤブサ並の体長がある白いフクロウのモンスター。
ステータスは低いのだが、強力なアビリティを持っているために重宝されている。
ワイズオウル自身は相手を眠らせることしかできないものの、全モンスターの中で最も高確率で相手を眠らせることができるというだけでも強力である。
更に、スキルカード伝承でアビリティを移し替え、別のモンスターで補助技を使うといった高等戦術も存在する。
余談だが、その容姿からファンの間では「ヘドウィグ」という愛称で呼ばれている。




