マスター登場! 地区大会予選開幕
日花里とともに、受付の係員に選手の証明書を見せ、参加の印としてアークグレドラン入手のためのシリアルコードを受け取る。その後、大会で使用する携帯端末に専用のプログラムをインストールされる。この大会でのみ適用されるバトルメニューと、三枚のカードが表示された。
「遅いぞ、徹人」
選手の控室として解放されている中ホールで、徹人は悠斗と再会する。ホールの中には試合会場に設置されている大型コンピューターと同型の機器が設置されている。ファイモンは携帯端末からでもアクセスできるのだが、画像処理の都合上ホログラムが実現できず、プレイすることはできない。だが、この特殊大型機器の近くであれば、携帯より送信されたモンスターデータを読み取ってホログラムを生成する。なので、この会場内に限り、携帯端末を操作することで、自由にバトルすることができるのだ。
もちろん、ただゲームのページにアクセスするだけも可能で、悠斗は手に入れたばかりのアークグレドランを自慢げに見せつけてきた。ちなみに、日花里は悠斗の姿を見かけるや、そそくさと立ち退き、スキルカードと睨めっこを始めてしまった。一応、彼女がファイトモンスターズをやっていることはクラスの中ではまだ明かされていないので、悠斗と立ち会うわけにはいかないのだろう。
「おう、お前らも参加すんのか」
悠斗と談笑していると、下卑た笑い声とともに、大柄のゴリラとひょろい取り巻きのコンビが訪問してきた。嫌というほど見知った顔、源太郎と京太の不良デュオだ。
「それはこっちのセリフだぜ。ライムに復讐しに来たのか」
「その通りだ。お前のモンスターには二度もひどい目に遭わされたからな。この大舞台でけちょんけちょんにやっつけて、恥ずかしい思いをさせてやる」
「そうだ、そうだ。あれから源さんと特訓したからな。前と同じとは思わない方がいいぜ」
好き勝手挑発すると、肩を揺らしながら去っていった。どうやら、宣戦布告をしに来ただけらしい。
「あいつが参加してくるってのは予想できたけど、堂々と目をつけられたな」
「ああ、そうだな」
徹人の返事が素っ気なかったのか、悠斗は背負っていたショルダーバッグをずれ落としそうになる。実際、徹人は源太郎よりか、それよりも遥かに強大な敵を懸念していたのだ。甲羅から顔を出した亀よろしく参加者を見渡してみるが、シンらしきプレイヤーは見つからない。現時点ではあまりにも人数が多すぎるため、サハラ砂漠で宝探しをしているようなものだ。
「さっきからキョロキョロして、どうしたんだ。緊張してるのか」
「ちょっとな」
「まあ、お前にとっちゃ初めての大会だからな。そうそう、小耳に挟んだんだが、この予選大会は闇属性のモンスターが有利らしいぜ。本当かどうか分からないけど、俺は闇のモンスターを使うことにした」
「お前は相変わらずだな。そんなのただの噂だろ」
予選のルールをきちんと把握しているわけでなかったが、特定属性だけが有利になるような状況を作り出すとは考えにくかった。デマを流して選手を煽る、いわゆる心理戦の類だろう。そう決めつけ、特段意に介することはなかった。
しばらくすると、デパートで鳴らされるチャイムが控室に響き渡った。
「大会参加選手に連絡します。会場の準備が整いました。間もなく予選を開始しますので、本大会会場へと移動を開始してください」
そのアナウンスを受け、続々と選手たちが控室を後にしていく。いよいよ激戦の幕が開く。徹人が第一歩を踏み出そうとすると、その脚にすり寄って来る軟体生物がいた。無論、ネオスライム形態のライムである。
「いよいよだね、テト」
「この大会中ではいじゅーだろ、ネオスラ」
「その呼び名はなんか慣れないな。でも、カモフラージュのためだから仕方ないか」
「そう。だから、我慢してくれ。それよりも、いよいよ大会だ。お前に潜むウイルスを対処するためにも、何としても勝ち上がるぞ」
「任せてよ、いじゅー」
ライムのホログラムが消えるのを確かめ、徹人は胸を張って本会場へと入場するのだった。
オンラインゲームゆえに、大会を開こうと思えばネット上で事足りる。わざわざドームを貸し切って開催する必要性もないのだが、それでも観客席がほぼ満席になるほどの集客率を誇るのは、これがVRシステムを用いたモンスター大会というタレこみがあるからだろう。
選手たちが入場するや、出迎えたのは天井近くを飛翔するドラゴンだった。ファイトモンスターズのプレイヤーであれば、そいつはアニメの主人公が使うグレドランだと一瞬にして分かる。
「会場のみんな! 待たせたな!」
壁一面に火柱のエフェクトが舞い上がり、スモークとともに鉢巻をまいたライダースーツの男が姿を現した。胸にはファイトモンスターズのタイトルロゴが印刷されている。指だしのグローブを付けた右手を高々と掲げると、「マスター」という歓声があがる。
「いよいよ、ファイトモンスターズ東海地区大会の開幕だ! この大会は年明けに幕有で開かれるチャンピオンシップの予選会にもなっているから、気合入れていけよ。司会はこのオレ、ファイモンマスター敦がお届けするぜ」
ファイモンマスター敦は公式大会での定番司会者である。小学生向けの漫画雑誌ロコロココミックで、彼を主人公としたファイモンの戦術解説の漫画が連載され、ファイモンの漫画版に次いで人気を博している。
「さて、さっそく予選のルールを説明するぜ。予選はもうお馴染みとなった、参加者全員によるバトルロワイヤルだ」
その掛け声に合わせ、ホール全体にフィールドホログラムが展開される。それは、バトル開始時にデフォルトで設定されている闘技場フィールドであった。同時に、出場選手全員がゲームで使用しているアバターに置き換わる。
徹人もといいじゅーは、後ろキャップの少年からそれより少し成長した高校生ぐらいのカジュアルな服装の学生アバターへと変更してある。ライムと共に徹人のアバターも知られてしまっているので、愛用しているあの組み合わせは使うことができなかった。なので、綾瀬が勝手にコーディネイトしたこのアバターを使用している。
「参加選手には予め三枚のカードが配られている。試合では、そのカードを賭けて戦ってもらうぞ。
ルールは簡単だ。制限時間二時間の間に、選手のみんなは近くにいるプレイヤーとバトルを繰り返す。勝った選手は負けた相手からカードを一枚もらうことができる。そして、制限時間までにより多くのカードを集めた上位十六名が午後から開催される決勝トーナメントに進出だ」
入場時にインストールされたカードはこのためのようだ。このカードがゼロになると失格になるので、いわばプレイヤーのライフポイントのようなものらしい。
この大会の参加者は数百人程度とされている。この予選により、一気に十分の一以下までに減らされるわけだ。無敗とまではいかなくても、ほぼ全勝しないと進出するのは難しい。
特に、朧クラスの実力者であれば、予選トップで勝ち上がって来ることが予想される。彼女とやりあおうとするなら、こちらもそれ相応の勝ち星を稼がなくてはならない。
「そして、ただ戦ってもらうだけじゃ面白くないから、特別なルールが課されるぞ。これもお馴染みになってるが、フィールド固定バトルだ」
敦が指を鳴らすと、闘技場だったフィールドが変化していき、別のフィールドプログラムが構成されていく。森になったかと思いきや、砂漠、山岳と目まぐるしく周辺環境が移り変わる。まともに観察していると酔いそうだった。
「最初の三十分間は闘技場フィールドでバトルしてもらうが、その後、三十分経過ごとにバトルするフィールドが入れ替わる。どのフィールドが選ばれるかは完全にランダム。どんな環境でも戦うことのできる臨機応変さが求められるぞ」
試合全体の制限時間は二時間のため、最初の闘技場フィールドの後、三回フィールド変更が行われることになる。フィールドは主に特定属性のモンスターの能力値を上げる効果があるため、有利なフィールドを引き当てれば一気に勝ち星を上げることも可能。もっとも、どのフィールドが来るのか分からないため、その辺りは運も実力のうちといったところだろう。
フィールドが入れ替わるのであれば、闇属性が有利という状況を作り出すことは可能。しかし、三十分で変更されるので永続的ではない。やはり気にするだけ無駄だと、徹人はファイターの説明に耳を傾ける。
「また、このルールが発揮されているため、予選大会ではフィールド操作系のスキルカードは使用禁止だ。使ったとしても無効になってしまうため注意してくれ」
つまり、自分に不利なフィールドが選ばれたからといって、それを変更することはできない。そのことを予習してきて、フィールドに頼らない戦法や、フィールド効果を無効にする「浮遊」のカードを用意するなど、何らかの対策を施してくるのが当たり前だという。
フィールドが闘技場へと戻され、一旦会場の照明が落とされる。あちらこちらでざわめく声がちらつく。鳴り響いていたバトル時のBGMも止み、束の間の静寂が訪れる。突然の機器トラブルか。
否、照明が再点灯し、豪勢な火花が迸る。それとともに、大音量でバトル開始前のインターバルで流れるミュージックが会場を彩った。ここまで煽られておいて、くすぶる闘争心を抑えることなど不可能であった。
「さあ、みんな準備はいいか? ファイトモンスターズ東海地区大会。いよいよスタートだ」
高らかとならされるブザー音と共に、天井近くに設けられた巨大タイマーがカウントダウンを開始する。そして、各選手は一斉にモンスターを召還。熱戦の火ぶたは切って落とされたのだ。
スキルカード紹介
爆破
属性に関係なく相手にダメージを与える。
凡庸性の高さから、回復や対抗と並び、バトルで使用頻度の高いカード。
速攻戦術でダメ押しで使われたり、モンスターをひたすら防御させ、このカードで攻撃したりと使用方法は自由自在。
余談だが、わざと自分のモンスターに使ってHPを減らすといった戦術も可能である。




