いざ、那谷戸ドームへ
全国民にとって待望の日曜日。人々の高揚を迎え受けるかのように、その日は雲一つない青空が広がっていた。
そんな清々しい気候は、これから熱戦に挑む少年たちを武者震いさせるに十分であった。朝の七時。学校に行くよりも早い時間帯に、徹人は勇み足で谷戸鉄島津駅に向かっていた。
この日、ついに待ちに待ったファイトモンスターズ東海地区予選大会が開催されるのだ。朝が早いこともあり、いつもより二時間も早く床に就いたのだが、目が冴えてなかなか寝付けることができなかった。ライムが子守唄と称してファイトモンスターズのアニメのOPを歌っていたせいもあるが。伝説のアニソンシンガー影山ヒロノブばりの歌唱力がある新人歌手が歌う熱血ソングなんか聞いて眠れるわけがない。
睡眠時間は不足しているはずだが、不思議と頭はすっきりしていた。徹人自身も怖いくらい足取りは軽かった。
「おにぃ、随分張り切ってるね」
「当たり前さ。この日のためにどれだけバトルを積み重ねてきたか」
母親の過保護か、必要以上に防寒着を着込んだ愛華が声をかけてくる。彼女の体調からして、大規模なイベントに参加するのは難色を示されたのだが、「お留守番は嫌だ」と駄々をこねたこともあり徹人に同行することになったのだ。ただ、大会に参加すること自体は両親から事前に釘を刺されていたこともあり、今日はもっぱら徹人の応援に従事するようである。
「いいなあ、おにぃは大会に出れて」
「正直、出場すること自体危なかったけどな」
徹人が遠い目をしているのは、大会出場の条件として、期末テストで全教科七十点以上という課題を出されたからだ。それを達成するためにこれまた悲惨な目に遭ったのだが、それは別の話である。会場に向かっているということは、その課題の結果は言わずもがなであろう。
「早く会場につかないかな。着いたらアクグレもらうんだ」
「お前、それが目的じゃないのか」
「ち、違うよ。ちゃんとおにぃの応援もするもん」
取り繕ったが、目を白黒させている辺り怪しいものだ。
ちなみに、アクグレとはアークグレドランの略称である。チャンピオンシップの大会出場者および観戦者全員に配布される限定モンスターだ。
アニメファイトモンスターズにおいて、モンスターを使って世界征服を企む悪の組織ドクロ団の新幹部に主人公のアキラが敗北する回があった。その時に幹部に「力が欲しいか」とそそのかされ、アキラは言われるがままに闇堕ちしてしまう。そして、パートナーのドランが暗黒覚醒した姿がこのアークグレドランだった。
通常のグレドランが赤いボディなのに対し、アークは黒い身体をしている。それだけだとただの色違いだが、翼や角の形状が微妙に違うといったこだわりようだ。そのうえ、ステータスやアビリティもオリジナル版と異なるという、まさに限定モンスターにふさわしい仕様であった。
大会に出場しなくとも、アークグレドランのためだけに会場を訪れるプレイヤーもいるという。ファイモンの限定グッズが販売されたり、アニメ関係のイベントも同時開催されたりするので、参戦せずとも十分楽しめる。もっとも、ネオスライム一筋の徹人はアークグレドランは眼中になく、目指すは大会での朧との決着であった。
駅のホームではすでに悠斗がスマホを片手に待っていた。徹人が手を上げると、スマホを振りながら応答する。
「悪い、待たせたな」
「問題ないさ。電車までまだ時間あるし。お、愛華ちゃんも来たのか」
「お久しぶりです、悠斗兄さん」
愛華は丁寧にお辞儀をする。悠斗は幾度となく徹人の家に遊びに来ているので、彼女とは面識があるのだ。それどころか、一緒にファイトモンスターズでバトルしたこともある。ただ、徹人は兄として、妹が顔を赤らめてどこかよそよそしいのを見逃すわけにはいかなかった。
ちなみに、日花里は「他のクラスメイトも来るのに、一緒に会場まで行くのはなんか恥ずかしい」という理由から現地で合流することになっている。その懸念している状況が現実化するのを綾瀬は楽しみにしていたようだが、日花里が心底ご機嫌斜めになったせいか企みは頓挫したようだ。
「徹人、調子はどうだ。最近、急に耐久型のモンスターが台頭し出したからな。ようやくゼロスティもゲットしたし、大幅に編成を変えてみたぜ」
「お前、相変わらず流行に弱いのな。僕はまあ、察しの通りだ」
「さすがにライムをそのまま使うわけないよな。あれって不正モンスターに当りそうだし」
「そう。だから、ネオスライムで戦う」
「ネオスラって、本気かよ」
悠斗がやれやれとため息をつくのは無理もない。一般的にネオスライムは雑魚の部類に入るモンスターである。とてもではないが、公式大会にエントリーするのは狂気の沙汰としか思えない。
もっとも、徹人が使うのはライムがカモフラージュしているだけの存在というのは口が裂けても言えるわけがない。
やがて、ホームに電車が到着したので、徹人たちはそそくさと乗り込む。会場まではこの電車で鐘山駅まで行き、そこから地下鉄明城線に乗り換える必要がある。そして、最寄り駅の那谷戸ドーム前八田までたどり着けば、目的地の那谷戸ドームはすぐそこだ。
開場一時間前ではあるが、すでに多くの参加者でごった返していた。このイベントのために、始発から並んでいるという猛者もいるくらいだ。大会参加者の特権として優先入場できなければ、中に入るだけで疲弊する羽目になっていた。
ちなみに、愛華は出場選手ではないのだが、参加者に小学生がいることに配慮し、選手の親族(主に保護者となる両親)も優先入場できるようになっている。ただ、観戦者は会場入り口で別のゲートに誘導されるため、そこで一旦お別れとなってしまう。愛華を一人にするのは心配だったが、きちんと対応策は用意してある。
「待ち合わせしている人がいる」と託し、悠斗を先に選手控室に向かわせると、徹人は携帯電話を鳴らす。かなり混線していたが、どうにか目的の人物と通話することができた。
「ようやく到着したようね。私たちは入り口近くの自動販売機のところにいるわよ」
偶然にも、そこからそんなに離れていない位置にいた徹人は首を伸ばす。すると、すぐに待ち合わせをしている彼女たちを発見した。無論、日花里と綾瀬である。
「やあ、昨日ぶり、徹人君。お、そっちは妹さんかな」
「よく分かりましたね。妹の愛華だ」
「初めまして、愛華です」
「どことなく徹人君に似ているから、そうじゃないかと思ったよ。私は綾瀬。で、こっちは徹人君の彼女の日花里」
「ち、違うわよ。姉さん、どさくさに紛れてとんでもないこと言わないで。私は……伊集院君のクラスメイトってところかしら」
「え~、彼女じゃないのか。お似合いなのに」
「綾瀬さん、頼みますからこんなところでこっ恥ずかしい話しないでください」
真面目に挨拶をする愛華を置き去りに、綾瀬は暴走を始める。隣にいる小学生と精神年齢を入れ替えた方がいいんじゃないかと本気で思った徹人であった。
「おにぃ、このお姉さんたちって姉妹なの」
「そうだといいけど、違うのよね。お姉さんたちは従姉同士。微妙に血は繋がってないの」
「それだけは安心してるわ」
「ちょっと、日花里ちゃん。それはどういう意味だ~」
「姉さん、公衆の場でお仕置きはマズいわよ」
「マジでこの人誰か止めてくれないかな」
参戦している間、綾瀬に愛華を預けることになっているのだが、彼女に任せて変な影響を受けないか心配は尽きない。
「まあ、ともあれ、愛華ちゃんだっけ。この子は今日一日私がちゃんと面倒見るから、徹人君はバトルに集中なさい。もち、日花里ちゃんもね」
「逆に集中できなそうですが、お願いします」
こうして、大会受付のため、愛華、綾瀬組とはしばらく別行動することとなった。
モンスター紹介
アークグレドラン ?属性
アビリティ ???
技 ???
チャンピオンシップの予選大会で配布される限定モンスター。
アニメの主人公アキラのパートナーであるグレドランが闇堕ちした姿。鱗の色が黒に変更されているだけでなく、翼などのデザインが一部異なっている。
その実力の程は不明だが、体力が少なくなると真価を発揮するグレドランとは真逆の能力を持っていると言われている。




