ライムVSレディバグその2
弾道が放たれたということは、フェロモンは発動しなかったということだ。そして、これが命中すれば勝てる。テトはガッツポーズをするが、あ~やんはにやりと口角を上げるや、スキルカードに手を伸ばした。
「残念だけど、これを待ってたのよ。レディバグを攻略するために、一撃必殺の威力を秘めた攻撃をしてくるなんてのは容易に予想できたわ。ならば、それを空振りにしてしまえば対抗手段はなくなる。スキルカード無効」
バブルショットがレディバグへと到達する直前、カードより放たれた光に包まれる。すると、弾丸は次々と爆散してしまった。レディバグ自体には影響がないので、ダメージはゼロだ。
「畜生、もう少しだったのに」
大きく腕を振って悔しがるテト。あそこまで泰然自若としていられたのは、最強クラスの防御用カードを控えているという自信があったからなのだ。
「テト、何なのあのカードは」
「スキルカード無効。あらゆる攻撃技を無効にしてしまうカードだ」
その効力は大雨のような特定属性の攻撃を無効にするカードの上位互換と言える。大雨に水属性の技の威力を微上昇させる副効果があるのは、無効が強力すぎるがゆえに差別化を図った結果ともされている。
自慢の一撃を防がれ、テトは途方に暮れる。だが、相手に反撃の手立てがないと判断したあ~やんは怒涛の反撃を開始する。
「スキルカード爆撃。これで直接ダメージを与えるわ」
カードより放たれたのは、黒い球体に導火線が剥き出しになっている漫画では古典的な爆弾だった。火花を散らしながら導火線が焼失していき、そして、すべて燃え尽きたところで爆弾本体が大爆発を引き起こした。
相手に直接攻撃できるという単純明快なスキルカード。これにより、HPは一気に瀕死ラインまで追い込まれてしまった。いくらレディバグの攻撃力が低いとはいえ、ここまで減らされては敗北が濃厚になる。
全身が煤で汚れながらも、ライムは諦めずにバブルショットを放とうとする。しかし、フェロモンが発動しているのか、弾丸を吐き出せずにいる。相手の属性が炎に変換されているというのは重要な置き土産だった。残りHPも半分を切っており、攻撃力が上昇したライムであれば革命のコンボを使わずとも勝てる。その突破口があるとするなら……。
「ライム、あいつを倒すための最後の賭けに出る。これが成功する確率は五十パーセントだけど、もうこれしか方法がない」
そうして耳打ちされた作戦にライムは顔をしかめたが、テトがサムズアップをしているのに安堵し、飛び跳ねるようにしてレディバグへと向き直る。
「何を企んでるんだか知らないけど、君たちは虫の息だってのを忘れないでね。それに、この子のアビリティの前では並の攻撃は通じないわよ」
「そんなの、やってみなくちゃ分からない。ライム、体当たりだ」
「うっそ、この局面でそれ!?」
あ~やんが素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。テトが指示したのは最低クラスの威力しか持たない基礎技だったのだ。
相手にぶつかるだけなので、ダメージはどうということはない。しかも、フェロモンの効果で成功するかどうかも五分五分だ。しかし、テトは端からダメージには期待していなかった。相手に直接触れる。それさえできれば作戦は大方完遂したも同然である。
レディバグに急接近してもなお、ライムの勢いは衰えることはない。つまり、フェロモンの発動は回避できたようだ。そして、己の身体を弾き飛ばした体当たりが決まるや、テトは「よっしゃ」とガッツポーズをとる。
もちろん、これで勝負が決したわけではない。だが、HPはバブルショット一発で確実に葬り去れる圏内へと突入した。
「もう勝負を決めた気になるなんて、よほどせっかちさんね。レディバグ、マシンガンシードでトドメよ」
至近距離からのマシンガンシード。これをやり過ごさなければ作戦は水泡に帰すのだが、その点は憂いる必要はなかった。
ライムの僅かなHPが減少するが、最後の一ドットで踏みとどまる。言わずもがな、ライムのアビリティ九死に一生だ。
「やっぱうざったいわね、そのアビリティ。でも、次のターンで私の勝ちよ」
「いや、残念ですが、綾瀬さんのターンは来ませんよ。なぜなら、この後使うバブルショットは確実に発動しますから」
「あのさ、はったりな予言は止めた方がいいわ。さっきはたまたまアビリティが発動しなかったけど、二回連続でスカを引く確率は二十五パーセント。まあ、ありえない数値じゃないけど、『確実に』なんて宣告を使うには心もとない数値ね」
やれやれというように肩をすくめてみせる。だが、テトは親指で鼻をこするや、高々と「バブルショット」の発動を宣言した。
口いっぱいに広がる気泡の弾丸。あ~やんはレディバグに目配せした後、じっとネオスライムの動向を見守る。フェロモンで呆けるどころか、順調に気泡弾丸が膨張していく。それに比例するように、あ~やんの焦燥の色が濃くなる。ずれおちそうになる眼鏡を掛けなおすが、その柄には汗が染みていた。
「嘘でしょ。フェロモンが発動しない」
「行け、ライム!!」
テトの叫びと同時に、特大のバブルショットが発射される。使い手を反映して呆然自失としているレディバグがその直撃を受ける。
テトの計算は間違っておらず、レディバグの残りHPは根こそぎ削り取られる。悲鳴とともにレディバグは横たわり、テトの頭上に「You Win」の弾幕とファンファーレが上がった。
ホログラムが解除され、ソファの背にもたれかかっていると、綾瀬がすっと右手を差し出してきた。訳が分からずきょとんとしていたが、ふとその意図を察し、あたふたと握り返す。
「手加減していたとはいえ、まさか負けちゃうなんてね」
「あれで手加減って、綾瀬さんどんだけ強いんですか」
「でも、あの子に勝てるのなら、大会でもそれなりに勝てると思うわよ。あ~あ、最後の一手は惜しかったな。アビリティが発動さえすれば」
「それについてですが、あの時にアビリティが発動することはあり得ないですよ。そうだよな、ライム」
「うん。してやったりだよね、テト」
ホログラムで顕現して、テーブルの上に饅頭みたく鎮座しているライムはにやにやしながら徹人と顔を見合わせる。まさか徹人があの試合で細工をしていたとは思いもよらず、日花里と綾瀬は首を傾げていた。
「最後の一撃の直前に体当たりを使ったのは、ダメージを与えるためじゃないんです。ライムには接触した相手のデータに干渉して書き換える能力がある。だから、体当たりで攻撃するふりをして、レディバグのアビリティをいじくったというわけです」
「つまり、フェロモンの発動確率をゼロにしたわけか。これは一本取られたわね」
綾瀬が額を叩いて舌を出したのも尤もだった。傍目からすればライムは体当たりで攻撃したようにしか思えない。まさか、接触した瞬間に確率操作をしているなど、思いもしないだろう。
「確かにこの方法なら、相手に気付かれることなく確率操作ができる。ならば、ネオスライムのままでも大幅に勝率が上げられるわね」
「こうでもしなくちゃ勝てないってのは悔しいのですが、朧並の敵が出てくるのなら、こうするしかないんですよね」
相手が反則技を使わずに戦うのなら、当然相手の流儀に合わせるのが筋だ。先ほどのバトルも実験的に体当たりデータ書き換えを試しただけで、スキルカード革命を使った正攻法でも勝ち筋はあった。ただ、後に聞いた話だが、綾瀬は対抗のカードも忍ばせていたため、革命を使っても防がれて終了するのがオチだった。
だが、相手もまたライムと同等の能力を駆使してくるのなら、正々堂々と挑んでも勝ち目はない。特に朧は本気でぶつかっても勝てるかどうか分からない相手なのだ。ウイルスの能力にすがるのは癪だが、最終的にそれを取り除く方法に繋がるのなら、利用しない手はない。
「とりあえず、この調子なら明日の大会は大丈夫そうね。朧の件といい、私も興味が沸いちゃったな。明日は私も観戦しにいこうかな。ほら、君たち二人の保護者っていう名目で」
「来るのは構わないけど、あまり保護者面しないでよ。本当に母親だと思われたら嫌だから」
「もう~日花里ちゃんの母親って三十後半でしょ。それに、いろんな意味で失礼だぞ、こら~」
「ちょ、姉さん、痛い、痛いって」
日花里にまたがり、ぐりぐりでお仕置きする綾瀬。その光景を前に、徹人は口が裂けても言えないことがあった。日花里が暴れるもんだから、綾瀬のロングスカートが捲れ上がりそうになっていることを。
「お、徹人君は除け者にされてつまんないのか。んじゃ、サービスでぐりぐりしちゃおっかな」
「いや、遠慮しときます」
「少年よ。それはむしろご褒美とどこかで聞いたことがある」
「ジオ、それはないでしょ。明らかにあれはとばっちりよ」
涙目で日花里はジオドラゴンをたしなめるのだが、綾瀬の暴走は一向に止まる気配はない。
「ずるいぞ、テトばっかりご褒美もらって」
「だからこれはご褒美じゃねえ!!」
その後、ネットカフェに徹人の悲鳴が響き渡ったという。
スキルカード紹介
無効
あらゆる攻撃を無効にする。
防御用のスキルカードの中では最強クラスの一枚。特定属性を無効化するカードの上位互換といえる。
あまりに強力すぎるがゆえに、大雨のような特定属性無効カードに、直後に発動する技の威力を上げる効果が付与されたぐらいだと言われている。
もちろん、レアリティは最高クラスで、入手すること自体もままならない。




