ライムVSレディバグその1
闘技場フィールドに並び立つ徹人とライム。ライムはもちろんスライムの形態だ。少し前まではこの姿のライムと一緒に戦ってきたのだが、なぜだか新鮮味を感じる。
ユーザーネーム「あ~やん」と名乗った綾瀬は白衣を着こんだ研究員風の女性アバターを使用していた。オプションで眼鏡を掛けているのは一種のこだわりだろうか。現実世界で眼鏡をクイッと掛けなおすのに同調し、アバターも似たような動きをする。
「伊集院君、気軽にバトルを引き受けたはいいけど油断しない方がいいわよ。綾瀬姉さんは過去にファイトモンスターズの大会で決勝トーナメントに出場してたはずだから」
「おいおい、呼び名が戻ってるぞ。まあ、アマチュアの大会だけどね」
「公式大会は年齢制限で出れないもんね」
「ライムちゃん、そんなこと言うと抹殺しちゃうぞ」
逮捕しちゃうぞのような軽いノリで指鉄砲を撃つ。それだけでライムが戦々恐々してしまっている。只者ではないというのは重々承知していたつもりだが、まさかファイトモンスターズも相当な実力者とは思いもよらなかった。白衣の裾をはためかせただけなのに、過分な緊張感が迸ってしまう。
「テストバトルだから、手っ取り早く一対一でいいわよね。徹人君が一番自慢の子を出してるのに合わせて、私も一番のお気に入りを出させてもらうわ」
綾瀬が手を伸ばすや足元に魔法陣が展開する。そこから出現したのは体長一メートルに届くかどうかの少女のモンスターだった。
背中には黒斑模様のついた昆虫の羽を有しており、頭には触覚のついたヘルメットをかぶっている。その姿は一言で言うならテントウムシを擬人化した姿だろうか。
容姿だけならさほど強そうなモンスターには思えない。実際、ライムは舐めきったように顔を緩ませている。反面、徹人は生唾を飲みこんでいた。その反応を察したのか、綾瀬ことあ~やんは髪をかきあげる。
「さすがに徹人君はこの子を知ってるようね。言ったとおり簡単には勝たせないわよ。そうよね、レディバグ」
呼びかけに応じ、レディバグはふんわりと膨れ上がったスカートを少し捲し上げてお辞儀をする。おしとやかな雰囲気を醸し出しつつも、使い手同様底知れぬ力を秘めていそうで侮りがたい。
「テト、あのテントウムシってけっこう強いモンスターなの」
「強いっていうか、相当厄介な能力を持っているんだ。おまけにライムの弱点となる自然属性だし」
相手の特性を考慮し、テトは攻撃支援系のスキルカードを中心に選択する。相手があのアビリティを中心に戦術を組むとしたら、必然的に耐久型になるからだ。テトの懸念を嘲笑うかのように、あ~やんは手早くスキルカードの選択を終了する。
宣言した通りに一対一の勝負となるため、両者共にステータス補正が適用される。そしてバトル開始と共に動いたのはテトであった。
「ライム、あいつ相手に長期戦は分が悪い。速攻で決めるぞ。スキルカード強化発動。そしてヒートショ……じゃなくて、バブルショットだ」
早速スキルカードを使用し、得意技で攻撃を仕掛ける。少女形態のライムなら弱点を突くヒートショットを使うところだが、これはネオスライムが本来使うことのできない技である。自然属性相手だと半減されてしまうがバブルショットでごり押しするしかない。
被弾しても大したことないとの判断か、レディバグは回避する素振りがない。呆気なくヒットするが、HPゲージはわずかに削られただけだった。
「くそ、ヒートショットなら半分くらいはいけたのに」
「相性が悪くてお生憎さまね。じゃあ、強化に対抗してこれを使わせてもらうわ。スキルカード硬直」
「まさか、そっちを使ってきたか」
テトも愛用していたので、その効果は説明されるまでもない。レディバグの素早さが減少する代わりに防御力が大幅に上がる。ただでさえ技の威力が半減されるのに、これは相当な痛手であった。
だが、レディバグの本当の恐ろしさはこの直後に発揮されることとなる。効果が薄いと分かっていてもひたすら攻撃するしか突破口はない。再度バブルショットを放とうとするが、その途端、ライムに異変が生じた。
テトから命令を受けているにも関わらず、呆けたように口を開けて硬直してしまっているのだ。ようやく気が付いたのは、テトから強い口調で散々呼びかけられた後だった。
「ご、ごめん、テト。どうしてだか頭がぽーとしちゃって」
「戦闘中に妄想してちゃ駄目よ。こっちにターンが移るから、お仕置きでマシンガンシード」
ライムの攻撃ターンが強制終了されてしまい、代わりにレディバグが指先から植物の種の弾丸を連射する。不意を突かれた形になったライムはマシンガンシードの直撃を受けてしまう。
水属性のライムには抜群の効果となるため、HPが勢いよく減少する。とはいえ、減少量自体は危惧するほどではなく、残り体力にはまだまだ余裕がある。
再度バブルショットで攻撃を指示するが、弾丸を放とうとした瞬間に口を開いたまま硬直してしまい、またもターンが流されてしまう。そして、マシンガンシードの反撃を喰らう。
「どうなってるの、テト。あいつを攻撃しようとすると、なぜだか頭がクラクラしちゃうの」
「やっぱり厄介だな。ライム、それこそがレディバグのアビリティなんだ」
解せずに首、というより上半身を傾けているライムに、テトは説明を続ける。
「レディバグは能力値だけならばたいしたことはない、むしろ雑魚の部類に入るモンスターだ。でも、あいつの恐ろしさはアビリティにある。その名もフェロモン」
「名前からして嫌な感じのアビリティね」
「失敬ね。でも、強力なアビリティなんだから」
テトから強引に説明を引き継ぎ、あ~やんが人差し指を立てる。
「レディバグのアビリティフェロモン。このアビリティが発動している限り、相手は五十パーセントの確率で攻撃不可になるのよ」
「まともに戦えば楽勝の相手だけど、あのアビリティのせいでろくに攻撃することができない。まして、スキルカードで防御力を上げられてしまっているから、倒すには相当時間がかかるぞ」
徹人の不安は的中してしまい、フェロモンの効果によりまともに行動できないうえ、攻撃を当てたとしても大したダメージを与えられない。まさに二重苦を味わう羽目になってしまった。
幸いなのは、レディバグの攻撃性能が低いことだ。弱点属性でダメージを受けているにも関わらず、それほどライムのHPが減ることはない。レディバグを使用する際は、他のモンスターやスキルカードで攻撃面を補うのが一般的だが、それをしてこない辺り綾瀬が手加減しているとみていいだろう。それであればなおさら負けるわけにはいかなくなった。明日の大会では、このレディバグ以上の実力者が現れるのは確実だからだ。
「ライム、一か八かの大技を使う」
「もしかして、自爆」
「いや、それは使えない。自爆の反動を耐えれば、確実に不正だとバレるからな。今からスキルカードのコンボで攻撃力を大幅に上げる。僕の計算だと、これでバブルショットが決まれば一撃で勝負がつくはずだ」
スライム形態のライムは首肯の意で、全身を前に揺らす。今のところフェロモン発動の兆候はなく、あ~やんも面白そうに眺めているだけだ。決心した徹人は矢継ぎ早に二枚のスキルカードを発動した。
「スキルカード炎化、水力。まず炎力でレディバグの属性を炎に変換する。そして、水力は水属性の攻撃技の威力を上げる」
「その組み合わせだと、威力は三倍くらいに膨れ上がるはず。硬化を使っていてもまずいわよ、姉さん」
日花里に心配されるも、あ~やんは相変わらず動きを見せない。スキルカードの加護を受け、ライムの身体にオーラが迸る。体がはちきれんばかりに大きく口を開くや、特大の気泡弾丸を発射する。
モンスター紹介
レディバグ 自然属性
アビリティ フェロモン:相手は50パーセントの確率で攻撃できなくなる。
技 マシンガンシード
テントウムシを擬人化したような姿をしている美少女型のモンスター。
ステータスだけを見れば弱小の部類に入る。だが、アビリティのフェロモンはそれを十分に補う凶悪な効果を誇っている。
アビリティが発動している限り、相手はまともに攻撃できなくなるので、防御用のスキルカードを組み合わせればとんでもなく堅牢な壁が出来上がる。
長期戦に持ち込まれる程不利になるので、強力な技で短期決戦をかけるのが有効な突破口である。




