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オンラインゲームがバグったら彼女ができました  作者: 橋比呂コー
2章 ライバル登場! 大剣豪のすごいやつ!!
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名前で呼んでみよう

 綾瀬が徹人たちを連れてたどり着いたのは、駅から離れたところにあるネットカフェだった。ファイトモンスターズが流行してからというものの、漫画を読むというよりもファイモンの簡易闘技施設と化していた。そうなってから店の売り上げが上昇したという話もあり、店舗運営者にとっては嬉しい誤算というべきか。

 内部の個室では、コンピューターからホログラム生成時の光が漏れ出ており、あちこちでバトル中だというのが察せられる。防音が施されているはずであるが、時折「スキルカード発動」などの掛け声が聞こえてくる。噂では、ファイモン専用個室なんてものを用意している店舗もあるのだとか。


 手慣れた様子で綾瀬は空いているパーティルームを予約する。パーティルームとはいえ、三、四人ぐらいが入ることのできるスペースに長机とソファ、パソコンと接続されている巨大モニターがあるというこじんまりとしたものだった。本格的にパーティをやるならカラオケルームや宴会場の方が分があるため、身内でちょっとした集まりを開くといった客を狙っているようだ。

 部屋に入り、さっそくファイトモンスターズを立ち上げる。すると、待ち構えていたようにライムとジオドラゴンがホログラムを勝手に起動して出現した。

「テト、また新しい女作ったわね」

 開口一番綾瀬に冷たい視線を送り、ライムが挑発する。あっけらかんと笑い飛ばす綾瀬だが、徹人はひたすら頭を下げるばかりだった。


「そんじゃ、さっそく始めるわよ」

 一呼吸置き、目にも止まらぬ速さでパソコンのキーボードを操作する。かつてのレトロゲームで十六連射というテクニックが流行したが、それを彷彿とさせる指捌きであった。

 画面も見慣れたタイトル画面から一転し、訳の分からない文字列が羅列する明らかな開発者用画面へと切り替わる。怒涛の勢いでプログラミング言語がスクロールされていくが、一体何が為されているのか全く分からない。それは日花里も同じで、ポカンと綾瀬の様子を観察している。声をかけようにも、ちゃらんぽらんとした様相から一転した気迫に圧倒されるばかりだ。


 しばらくして、ライムの姿に変化が生じ始めた。ホログラムがぶれたかと思うと、乱雑な画像データが混じりはじめ、やがて人型すら崩壊していく。粘土細工のようにくねると、その身を収縮させていき、ついには半分以下の体長になってしまった。

「これで終わりね」

 時間にするとほんの一、二分だろうか。綾瀬がフィニッシュとばかりに軽快にエンターボタンを押すや、そこに少女の姿はなく、代わりに一匹のスライムが目をぱちくりさせていた。


 手品のような芸当に、徹人は自然に拍手を送っていた。ライムはというと、自分がなぜ称賛されているのか分からずにあちこちをうろうろしている。

「ねえテト。私どうなってるの」

「見事なまでにスライムになっている」

 その返答に合点がいっていないようなので、日花里から手鏡を借りてライムの姿を映してみた。モンスターが鏡を認識できるのか疑問であったが、ぐにゃりと口角に当たる部分をゆがめているところからすると大丈夫のようである。いや、ライム当人にとっては全く大丈夫ではないが。

「なんじゃこりゃー」

 胸を銃弾で貫かれたかのような絶叫をあげる。ここが防音設備でよかったと心から思った徹人であった。


「どうなってんの、テト。私、変身してないのにスライムになってるよ」

「だからそう言ってるじゃないか。明日の大会に出るためには必要な処置なんだ。女の子の姿のままだと運営によって失格にされてしまうかもしれないし」

「でもちょっと窮屈だな。こんなことしなくちゃいけないの」

 ライムは不満をぶつけるが、ルールだから仕方ないと徹人が粘り強く説得するや、しぶしぶ了承したようだ。


「なんとも妙だな。人間がスライムになるとは」

「感心してないで、次はあんたの番よ」

「そうそう。えっと、ジオドラゴン……じゃまどろっこしいからジオちゃんでいい?」

「ジ、ジオちゃんだと!?」

 あまりに予想外の呼び名におっさん形態のジオドラゴンはたじろぐ。ツボに入ったのか、日花里は笑いをこらえるのに必死だ。

「なんかいいじゃん。テト、今度からこのおっさんジオって呼ぼうよ」

「僕は別に構わないけど。田島さん、どうだい」

「え、ええ。じゃあ私もジオって呼ぼうかしら」

「認めたくないが、主がそういうのなら致し方ない」

 こうしてジオドラゴンの愛称はジオに決定した。だが、この議論は思わぬ飛び火を起こしてしまうのである。


「っていうか、君たちもよそよそしく名字で呼ばないで名前で呼んだら?」

 さりげない提案に徹人と日花里は顔を見合わせ、即座に赤面する。固まってしまっていると、綾瀬が面白がって「うりうり~」と肩をせっついてくる。

 互いに様子を探りあい、なかなか口を開くことができない。別に下の名前で呼ぶこと自体はどうということのない行為のはずだが、どうにも気恥ずかしさが先行してしまう。

 レディーファーストとしゃれこもうとしたが、この場合は先陣を切って勇気を見せるのが有効か。ファイモンのバトルばりに心理戦を繰り広げ、意を決した徹人はゆっくりとかみしめるように発音する。

「日花里……さん」

「ひゃい」

 あまりに間抜けな返事をしてしまい、日花里は慌てて口を手で覆う。笑いをこらえるのに必死な綾瀬とライムを睨みつけると、咳払いして徹人に向き直った。

「て、徹人……くん」

「お、おう」

 そのまま時が止まったかのように対面していたのだが、やがて堰が切れたように、ソファの背に顔をうずめた。

「もう、綾瀬姉さん、何やらせるのよ。ああ、恥ずかし」

「こんなことさせる暇があったら、さっさとジオのプログラムをいじってくださいよ」

「いやー、君たちぐらいのカップルをおちょくるのは楽しいわ。でもまあ、お遊びが過ぎたかな、ごめんね」

 舌を出してウインクすると、一変して険しい表情でキーボードを叩き始めた。徹人が恐る恐るジオドラゴンの様子を探ると、彼もまたおっさんの形態からドラゴンへと変化しようとしていた。ライムの時とは真逆に全長が巨大化し、あれよという間に四足歩行のドラゴンが所せましと顕現していた。


「これでグラフィック改変手術は終了よ。私の組み込んだプログラムが発動する限り、いかなる動きをしようとネオスライムとジオドラゴンが行動しているように見せることができるわ」

「後はチート能力をなるべく使わないようにして勝ち上がるだけか」

 それはそれで困難な課題であった。ネオスライムが本来使うことのできない水属性以外の攻撃技が使えないため、相手の弱点属性を狙う戦法は無効となる。もちろん、自爆はいわずもがなだ。そうなると残された要は九死に一生のアビリティと、徹人が切り札としている例のスキルカード。これらを要として戦術を立てていくしかない。


 思念にふけっていると、綾瀬が肩を叩いてきた。振り返った徹人の頬に綾瀬の指が突き刺さる。

「あの、綾瀬さん。いい年して何やってんですか」

「私の仕事が終わって暇だから遊んでみたの。あ、そうだ。せっかくだからファイモンでも遊んでみない? 噂のライムちゃんと戦ってみたいと思ってたし、その姿のままの戦闘に慣れる必要もあるでしょ。いい提案だと思うんだけどな」

「テト、やろうよ。誰がテトに一番ふさわしいか証明してやるんだから」

「その動機は不純だけど、明日のデモンストレーションにはもってこいだな。綾瀬さん、お願いします」

 そうして徹人と綾瀬は同時に対戦モードを起動させる。この時、綾瀬が不敵な笑みを浮かべていたことを徹人は気づく余地もなかった。

同級生の異性を下の名前で呼ぶのってなんだか気恥ずかしいよね。

ともあれ次回、徹人VS綾瀬です。

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