綾瀬のスペックとカモフラージュ
「それよか、びっくりしたわよ。ちょっと前に日花里ちゃんのお父さんから連絡があったと思ったら、今度は日花里ちゃんからファイモンについて相談したいことがあるだもん。みんなして私を頼りすぎよ。あ、日花里ちゃんのお父さんにはちゃんとバイト料せしめたけど、日花里ちゃんにはそういうことしないから安心してね」
ウインクをする綾瀬だったが、徹人は彼女のセリフの中にどうにも気になる点があった。
「田島さんの父親から連絡があったって、田島悟と接触していたんですか」
「一応親族だから、連絡を取り合っても違和感はないはずだけど。あ、でも、頼まれごとは普通じゃなかったな。ファイモンのIDから個人情報を解析してくれって。それは犯罪だからって断ったけど、何でも買ってやるって言うし、しつこく頼んでくるからさ。仕方なく引き受けてやったのよ」
「父さん、綾瀬姉さんにも同じ手を使ったの」
日花里は顔を伏せて縮こまっている。それで篭絡してしまう彼女たちもどっちもどっちであった。
「引き受けたって、IDから個人情報を割り出すなんてことできるんですか」
「普通はできないわね。でも、私にかかればお茶の子さいさいだけど」
徹人が怪訝に目を細めていると、日花里が解説を加えた。
「綾瀬姉さんはコンピュータープログラミングで優れた技術を持っているの。確か、そのおかげで大学を推薦で受かったんだっけ」
「そうそう。那谷戸大学工学部情報工学科。今はそこの三年でさ、毎日研究に追われて忙しいのよ」
「その割にバイトと飲み会してたわよね」
「う……普段はちゃんと研究してるから」
反動でソフトクリームを口の周りにぶちまけながらも、綾瀬は必至に反論する。大学受験に疎い徹人はピンと来ていないが、さりげなく彼女のスペックの高さが露呈されていた。
那谷戸大学は東海地方でも群を抜く偏差値を誇る国立大学である。全国的に見ても、東大、京大に続く難関大学群の一角を担っていた。そこに推薦で合格したというのだ。それだけの実力があればIDの不正ハッキングぐらいやってのけそうである。
ちなみに、幾多のIT系の企業からプログラマーとしてスカウトを受けているらしく、「就活生? なにそれ、おいしいの」という状態らしい。ただ、夢中になってソフトクリームを味わっている姿からは、そんな雲上人であるとはとても想像できない。
「私の父さんもゲーム開発じゃないけどプログラミングの仕事してて、私も幼いころからそれに触れてきたの。で、気がついたらハッキングとかができるようになってたわけ」
「独学でハッキングなんかできるもんじゃないと思いますけど」
才能が化け物じみていて徹人は返す言葉もない。
「そんで、個人情報ハッキングの件だっけ。ライムというモンスターを使うテトの正体を探ってくれってことで、色々履歴とか調べたわけ。で、たどり着いたのが君。まさか、日花里ちゃんの同級生があんな大それたモンスター使ってたなんて、思いもしなかったわよ」
「僕と田島さんが同級生と知れてるって、どれだけ個人情報が洩れてるんですか」
「私が無理やり情報を引き出しただけだから、一般には情報漏洩してないよ。万が一そういうことになったら、私が封殺してあげるから安心して」
ブイサインで軽く言ってのけるが、頼もしすぎて逆に怖い。
ソフトクリームを完食すると、いよいよ本題へと入った。
「えっと、ジオドラゴンが人間になって、ライムと似たようなモンスターが現れただっけ。また珍妙なことが起こったものね」
「ライムに感染しているウイルスのせいだと思うんですが」
「十中八九間違いないわね。日花里ちゃんのお父さんから許可もらってライムのデータに干渉したことあるけど、確かに不審な文字列が紛れ込んでいたわ。それに、改変しようとアクセスしてもエラーが出て弾かれてしまう。コンピューターウイルスの駆除のバイトは何度かやったことあるけど、あんなウイルスは見たことがない。正直お手上げよ」
「綾瀬姉さんでも無理となると、予想以上に難敵になりそうね」
日花里は顎に手を当ててだんまりとしてしまう。堂々と不正アクセスを成功させる天才女子大生プログラマーでも無理となると、解決の活路が絶望的になってしまう。
「ウイルスだけを取り出したいのなら、それこそあのウイルスの開発者に接触する必要があるわね」
「ライムに感染しているウイルスの開発者か。一番確実な方法だけど、その開発者が分からないんだよな。分島、さん」
「そんな堅苦しくしないで、名前で呼んでくれてもいいのよ」
「えっと、じゃあ、綾瀬さん。ウイルスの開発者に心当たりはあるんですか」
「ないわね」
即答されラーメンのスープをこぼしそうになる。これであっさり判明したら苦労はしないが、そうは問屋が卸さないようだ。
「さすがの私でも、あんなウイルスを作れるプログラマーなんか知らないわ。ぶっちゃけ、ウォズニアックレベルじゃないと無理なんじゃない」
ウォズニアックとは世界初のパーソナルコンピューターである「APPLE1」の開発者であり、かの有名なスティーブジョブズらと共にアップル社を創設した際の一員である。徹人と日花里はピンと来ていなかったが、「世界初のパソコンを作った人」という説明でどうにか納得できた。
「それじゃ、もしかして開発者は海外にいることもあり得るってわけ」
「可能性は否定できないわ。現段階じゃあまりに情報が乏しいのが悩みどころよね。着実な解決法としては、徹人君が戦ったシンというプレイヤーと接触することかしら。ライムと似たようなモンスターを使っていたってことは何らかの情報を握っているかもしれない」
「やっぱりそうなりますか。あいつは去り際に『ファイトモンスターズチャンピオンシップ地区大会で待ってる』と言っていたので、明日の大会に出てくると思いますし」
「ただ、それも賭けよね。全国対戦なんだから、関東とかからアクセスしてきたことも有り得る。明日の東海地区予選に出るとも限らないわ」
日花里の言い分も尤もだが、徹人はなんとなくシンは明日の大会に出る気がしてきた。大会で勝負できる見込みがないのに、わざわざ「大会で待ってる」なんて発破をかけるのは不自然である。
「いずれにせよ、明日の大会に出場して勝ち上がるのが重要ね。ライムを追いつめるほどの実力者なら決勝トーナメントに進出してくるのは間違いない。もし東海大会がスカだったとしても、幕有の全国大会で待ち受けているのはほぼ確実。徹人君たちも、最低限予選ぐらいは勝ち残れないと接触どころの話じゃないわね」
「簡単に言いますけど、公式大会で勝ち残るって相当厳しいって聞いたことありますよ」
「それでも、ライムの能力を使えば楽勝……というわけにはいかないか」
あっけらかんとした態度から一変、神妙な面持ちで綾瀬は頬杖をついた。
「あれだけ不正モンスターの横行が騒がれてるんですもの。予選はごまかせたとして、決勝でライムを出したら即失格もありえるわ。そもそも、ああいう公式大会って不正データにより出現させたモンスターは規制されているはずだし」
「そこなんですよね。ライムが変身能力を持っていることを利用して、ネオスライムに擬態して出場しようかと思ったのですが」
加えて、アバターとユーザーネームを変更すれば、徹人がライムの使い手ということは分かりにくくなる。しかし、この条件はシンと朧にも適用されるはず。あの少女の姿のまま出場してくるとは考えにくい。ならばなおさら、正体を露呈させるまで勝ち続けるしかない。
「でも、グラフックデータをいじくったまま戦い続けるって負担がかからない。私のジオドラゴンはどうか知らないけど、伊集院君のライムって少女の姿がデフォルトになってるでしょ」
「言われてみればそうだな。咄嗟に正体がばれたら元も子もないし」
「それなら私に任せておきなさい。グラフィックデータを偽装してカモフラージュさせれば、変身能力を発動させなくてもネオスライムが戦っているように見せかけることができるわよ」
「そんなことできるんですか」
「私を誰だと思ってるのよ。まあ、案ずるより産むが易し。実際にやったげるから付いてらっしゃい」
促されるまま徹人たちはフードコートから移動を開始する。軽佻な足取りの綾瀬とは裏腹に、徹人と日花里は不穏を拭い去ることができなかった。
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