ドラゴンがおっさんになったら誰でも驚くよね
地区大会開催まであと二日となった金曜日。高揚して授業妨害したとして源太郎が廊下追放されたように、ファイモンのプレイヤーは軒並み浮足立っていた。徹人もまた、先生の話が般若心経の羅列にしか聞こえなかったのだが、それは大会に加え日花里から送られてきたこんなメールも起因していた。
「相談したいことがあるから視聴覚室に来てくれない」
彼女に話をしようとしていた矢先にこれであった。軒並みならぬ運命を感じて仕方がない。迷わず、「僕も相談があるからいいよ」と返信しておいた。
どこの教室でもファイトモンスターズのモンスターが雄たけびをあげているにも関わらず、視聴覚室だけは閑古鳥が鳴いていた。源太郎水攻め事件以来、「あそこの教室の近くのスプリンクラーは呪われている」という妙な七不思議が流行したせいもある。それに対しライムは、
「私はトイレの花子さんじゃない」
と、心底ご機嫌斜めであった。
教室に入ると日花里が手持無沙汰な様子で椅子にもたれかかっていた。すでにそばにあるパソコンは起動されており、ファイトモンスターズのスタート画面が映し出されている。そのためか、入室した瞬間にライムが具現化した。
「もうテト。密会するなんて許さないかんね」
「開口一番とんでもないことを言うなよ」
「本当にあなたたち仲いいわね」
開幕夫婦漫才を披露する二人を日花里は頬杖をついて迎えるのであった。
「それで、話ってのは何だい」
「そのことなんだけど、今から出すホログラムに決して驚かないでね」
「やけに思わせぶりな前振りだな。ライムみたくゾンビは出さないよな」
「出さないわよ。ああ、思い出したくもない」
そう言って日花里は身震いする。あのゾンビホログラムは彼女にとってトラウマとなっているようだ。
気を取り直し、日花里はライトとしてのマイページを開き、モンスターをホログラム表示させる。徹人としては、ジオドラゴンに代わる新モンスターを手に入れたから見てほしいとかそんな相談かなと予想していた。事実、現れたのはジオドラゴンとは似ても似つかない存在だったからだ。
そう、あまりにも似ていなかった。それどころか、こんなのがファイトモンスターズのモンスターとして存在しているなど冗談も大概にしてほしかった。
無造作に伸ばしたブロンドの髪。着崩した山伏装束から覗く胸元。ニカっと白い歯を輝かせるそいつは、どこからどう見ても山賊のおっさんだったのだ。
「誰だ、そいつ」
徹人とライムは唱和する。至極まっとうな反応であった。
「嘆かわしい、心の友よ。そなたらも我の事を忘れてしまったか」
「ライム、このおっさん知ってるか」
「この顔にピンときたら百十番の人?」
「絶対違うだろうし、絶対に嫌だ」
ただ、まかり間違えれば何かやっていそうだ。あまりに俗世間離れしている風貌がそれを加速させてしまっていた。
ぽかんと顔を見合わせている徹人とライムに日花里は頭を抱える。
「やっぱりそんな反応になるわよね」
「田島さん、こいつのこと知ってるのか」
「早く警察に通報しなきゃ」
「だから犯罪者じゃないから、多分。で、誰なんだ」
「ジオドラゴンよ」
「……は?」
日花里がボケているのではないかと本気で思った徹人であった。わざわざ名前にドラゴンと入っている以上、もっと首が長くてトカゲ顔で、爪が鋭くなければならないはずだ。それなのに、徹人や日花里と似たような容貌のこいつがドラゴンなど冗談にしては稚拙すぎる。
「これのどこがジオドラゴンなんだ」
「だからジオドラゴンですって」
「その通り。我が名はジオドラゴン。大自然を司り、自然を破壊する愚者を裁く正義の処刑者」
「テト、ジオドラゴンってもっとトカゲぽかったよね。進化したのかな」
「そうだとしてもこんなおっさんにはならないだろ」
ファイモンのアニメで、主人公のパートナーであるドランがグレドランになったように、進化というか覚醒という機能なら実装されている。ただ、最近配信されたばかりのジオドラゴンが覚醒するとは考えにくい。この機能は、過去に配信されて能力値インフレに取り残されたモンスターを救済するために搭載されたものだからだ。
それに、ドラゴンが覚醒しておっさんになるなど、もはやギャグ漫画の領域。ファイトモンスターズは正統派のモンスター育成ゲームであるため、急にそんな要素を持つモンスターを投入するとは考えにくい。
「なあ、本当にこいつジオドラゴンなのか」
「しつこいわね。ジオドラゴン、正体を見せてあげてよ」
「この姿では信じてもらえぬのなら仕方ない」
そういうや、謎のおっさんの全身が光に包まれた。ライムの着替えを想像して嫌な予感がしたのだが、そんなグロテスクショーが展開するわけではなかった。首がぐんと伸び、筋肉質だった腕と脚が更に盛り上がっていく。四つん這いになり咆哮するそいつの顔は、まぎれもなくトカゲ顔であった。
光が解き放たれた時、そこにいたのはおっさん、ではなく紛れもなくドラゴンだった。それも緑色の鱗といい、間違いなくジオドラゴンである。
「驚いたな。いつの間に人間になれるようになったんだ」
「そんなの私が聞きたいぐらいよ。朝起きたらいきなりこうなっていたんですもの」
「悪いものでも食べたんじゃない」
「ライムよ、そなたも知っているように、我らには食事という概念はない。そもそもエネルギーの補給すら必要ないからな」
そうなると、急にこうなった原因は暗中模索となってしまう。だが、徹人に心当たりが全くないわけではなかった。朝起きたら人間になっていた。これと同じような現象が彼の身の回りで発生していたではないか。
徹人はライムとジオドラゴンを交互に見つめる。ネオスライムがライムになった経緯。それは今回のジオドラゴンの件とそっくりなのである。
「ひょっとすると、ライムの体内に潜んでいるウイルスが関係しているんじゃないか」
「一理ある。っていうか、それじゃないかしら。ほら、ウイルスだから感染したって考えられるし」
「ライムとジオドラゴンはバトルしたことがあるから、接触する機会は十分にあった。やっぱりその線が濃厚だな」
コンピューターウイルスが次々に他の機体に感染していくように、ライムの中に眠るウイルスが感染性を持っていたとしてもおかしくない。むしろ、それでなくてはジオドラゴンの異変は説明できそうにない。
「父さんに相談したいところだけど、そもそもこの子は父さんから借りているモンスターだからさ、こんなことになったって言うに言えないの。言ったとしても、ライムみたいにすぐさま消されそうだし」
日花里はいたわしそうにジオドラゴンの首元を撫でる。ファイトモンスターズに触れる前だったら躊躇なく父親に明け渡していただろう。ジオドラゴンも甘えるように喉を鳴らしている。
ただ、根本的な問題の解決からすると、運営をあまり頼りにできないというのは痛手だった。ライムからウイルスだけを取り除くと意気込んだものの、一介の中学生が易々と解決法にたどり着ける代物ではなかった。そもそも、ウイルスの除去法なんて、対策ソフトを使うしか思い至らない。
それに、開発者ですら「感染しているライムごと消去しないと無理」と結論づけた程なのだ。余程有能なプログラマーと接触しない限り解決には至らないだろう。
「それにしても、人間になった途端におっさんになるなんて、トカゲさんも災難ね」
「小童が。我はまだおっさんではない」
哀れみと嘲笑を込めたにやけ顔をするライムに、ジオドラゴンは憤慨する。
「我はまだほんの七百五十六年しか生きていない若輩者だ」
「いや、おっさんとかそんな範疇越してるから。っていうか、ドラゴンって寿命どれくらいなんだ」
「我は永久に近い時をこの身に刻んでいる……ということになっている」
コンピュータープログラムだから半永久的に生き永らえることができるということなのだろうか。とりあえず、開発者が遊び半分に生物学上ありえない寿命を設定したということにしておいた。
スキルカード紹介
剣舞
剣を用いて攻撃する技の威力を上げる。対象となる技は「きりつける」など。
効果範囲が限定的なので、その分上昇率は高い。ただ、剣を用いる技をピンポイントで無効化する「白羽取」というスキルカードが存在しているので注意。




