ライムVS朧その1
「モンスターがしゃべった」
「いや、お前もしゃべるモンスターだから。それに、AIが導入されてるから、モンスターがしゃべってもおかしくはない。まあ、でも、AI付きのモンスターでこんな奴はいなかったはずだが」
「名前も変わってるよね。でも、どっかで聞いたことあるんだよな」
「もしかしてライム、お前あいつに心当たりがあるのか」
「そういうわけじゃないんだけど。えっとほら、あれに似てない? お弁当によく入ってる、ひき肉や卵を粒みたいにして炒めたやつ」
「お前、それ『そぼろ』じゃないのか」
「そうそう、それそれ」
合点がいってはしゃぐライムだったが、テトはこめかみを押さえていた。ライムがこの謎のモンスターの正体を知っていると期待するだけ無駄であった。
一方、そぼろ、ではなく朧はひくひくと眉根を寄せている。初対面の相手に堂々と名前を間違えられて快いはずがない。
「その傍若無人ぶり。噂通り躾がなっていないようだな。シン、さっさと成敗しちゃっていいよね」
「言われるまでもない」
ここで戦闘前のステータス補正が発動する。ライムと同じく能力値が上昇したことから、今回は一騎打ちとなる。そして両者スキルカードを選択し終えたところで試合開始のゴングが鳴らされた。
相手の出方を窺うためか、しばらくは両者ともに動きがない。特にテトとライムにとって朧は完全に未知の相手だ。武器が剣というのは明白だが、弱点属性すらも不明のため作戦の立てようがない。
「このまま膠着していても仕方ないか。ライム、とりあえず相手の動きを探ろう。バブルショットだ」
テトの命令を受け、ライムは指先を伸ばして気泡の弾丸を生成する。複数属性の技を使うことができるが、その中でも一番得意としている射撃攻撃だ。様子見で放つとしても申し分ない。
差し迫る弾丸に朧は身動き一つしない。それどころか閉眼している。あっけなくクリーンヒットしてしまうか。
だが、開眼と同時にすり足で弾丸の間隙をかいくぐる。素早さが高いモンスターは腐るほど対面してきたが、こんな優雅な回避の仕方をする相手は初めてだった。
「相手は水属性か。朧、三の太刀鳴神」
「御意」
聞き慣れぬ技を宣告されると、朧はバッティングフォームのような八相の構えを披露した。すると、バチバチというはじける音と共に、朧の刀身に稲妻が迸る。もし天空に暗雲が広がっていたら、その剣が避雷針となっているかのようだった。
気合とともに朧は急接近し、ライムに稲妻の太刀筋を振るう。退避が間に合わずにざっくりと腹部を切り裂かれてしまう。
それによりHPが減少するが、この一撃で残りHPは半分近くになってしまった。エフェクトからすると現在のライムの弱点を突いた雷属性の攻撃技だ。だが、テトにはどうしても解せない点があった。「三の太刀鳴神」という聞き慣れない技もそうだが、朧の攻撃を示すコンピューター上の技名があり得ない代物だったのだ。
「ねえ、テト。なんなのこの技は」
驚愕に打ちひしがれるテトにライムが不満をぶつける。それでもテトの恐慌は解かれることがなかった。
「嘘だろ、こんなことってあるのかよ」
テトが愕然としているのも無理はない。朧が繰り出した技は「三の太刀鳴神」という大それたものではなく、ただの「きりつける」だったからだ。
きりつけるは剣を武器とするモンスターが使う初歩的な攻撃技だ。剣で相手を斬るだけという変哲のない代物で、当然威力も最底辺クラス。くらったとしても、HPの八分の一を削るぐらいが関の山だ。
しかし、この一撃でライムのHPはほぼ半減にまで追い込まれてしまった。それに、最も不可思議なのはこの攻撃に属性が付与されていたこと。きりつけるには属性が設定されておらず、すべてのモンスターに等倍威力でダメージが通る。だが、エフェクトからも分かる通り、この一刀には雷属性のダメージ判定が発生していた。
狼狽しているテトをよそに、朧は剣を中段に構える。刃先に纏っていた稲妻は静まり、どうということのない日本刀のように映る。だが、いきなりあんな離れ技を披露されたのだ。どんな隠し玉を持っているか図りきれない。
「さすがに朧の技を警戒しているか。じゃあ、少し遊んでやる。一の太刀焔」
「それは舐めすぎなんじゃない。まあ、シンが言うなら仕方ないか」
しぶしぶながらも朧は柄を握りなおす。すると、剣先から湯気がたち、次第に炎に包まれていった。その様は剣というより、燃え盛る松明を構えているかのようだ。
火の粉をまき散らしながら、朧は炎の剣で両断を仕掛ける。ライムはたたらを踏んで空を切らせたが、朧はなおも踏み込んで二刀目を放つ。すくい上げるような一太刀によりライムのHPは削り取られる。
大ダメージを覚悟したが、今度はそれほど減少しなかった。むしろ、素直に「きりつける」を使った方がダメージが大きいぐらいだ。
システム上は同一の技なのにあまりにも被ダメージが違いすぎる。ダメージ計算の際に生じる乱数の範囲を逸脱しているのだ。ここまで差異が出るとしたら、考えられる要因は一つ。属性によるダメージ補正だ。
水属性のライムに対し、雷属性で攻撃したら威力は二倍となる。逆に炎属性だと半減してしまう。そのことを考慮すれば、今回の現象もすんなり説明がつく。
同時にある仮説を認めることになってしまう。すなわち、朧は自由に属性を付与して攻撃できるということ。これと似たようなことをライムもやっているので、決して不可能ではない。問題なのは、ライム以外のモンスターがこれをやってのけているということだ。
朧は剣を掲げ、三の太刀の構えをとっている。炎の剣が遊びだとして、今度は本気で勝負を終わらせるつもりだ。そうはさせじと、テトはスキルカードを選択する。
「スキルカード強化。これでやられる前にやってやる」
だが、発動が確定するや否や、シンもまたスキルカードを発動させていた。
「そのカードは使わせるわけにはいかない。スキルカード天邪鬼」
「いきなりそんなレアカードかよ」
テトのスキルカードによってライムの身体が光に包まれる。その直後、シンのカードより放たれた光線弾が直撃。重圧がかったエフェクトと共に、上昇するはずだったライムの攻撃力が減少してしまう。
「ちょっとテト。私の攻撃力を下げてどうすんのよ」
「僕のせいじゃない、あのスキルカードのせいだ」
「敵のせい? 一体私何をされたの?」
「スキルカード天邪鬼。能力上昇系のスキルカードに対するメタカードだ。相手が能力を変化させるスキルカードを使った時にカウンターとして発動でき、そのカードの効果を逆転させる。だから、強化で攻撃力を上げるはずが、逆に下げられてしまったんだ」
「その通り。悪いけど、攻撃力は上げさせない」
華奢な見た目からすれば、朧は防御力が低く素早さが高いというライムと似たタイプのモンスターのはず。だから、攻撃力を上げて一撃で勝負を決める戦法を危惧したとしてもおかしくはない。ただ、徹人はどうにも違和感があって仕方なかった。狂化のような大幅に攻撃力を上げるカードにならまだしも、強化のような初歩スキルにわざわざレアカードを使うなど不自然である。
モンスター紹介
メタギラス 雷属性
アビリティ パワーエンジン:毎ターン攻撃力が上昇する
技 ドリルアーム ライジングレーザー
日本一有名な怪獣映画に出てくるマシーンモンスターを彷彿とさせる、機械系の怪獣型モンスター。
ステータス上の攻撃力はさほどでもないが、アビリティにより次第に攻撃力を上げることができる。防御力の高さも相まって、長期戦に持ち込まれると厄介である。
唯一の弱点である素早さの低さを突くのが突破口か。




