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オンラインゲームがバグったら彼女ができました  作者: 橋比呂コー
1章 ライム誕生! スキルカードを取り戻せ!!
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ネオスライムVSディアマンテ

 形式だけ参加している部活動を終え、徹人は帰路に着く。自転車で二十分ほどであるが、茜色に染まる空が自然とペダルを漕ぐ足を加速させる。

 玄関を開けるや、パジャマ姿で寝ぼけ眼の妹愛華まなかが出迎えてくれた。

「おにぃ、お帰り」

「ただいま。起きてきて大丈夫なのか」

「うん、少し熱も下がったし」

 そうは言うものの、顔は火照っており、どことなく気だるげである。小学五年生である愛華は幼少時より体が弱いせいか、熱を出して学校を休むことが多い。今朝も三十八度の熱のせいで病欠していた。

「母さんはいないのか」

「さっき買い物で出ていった。もう少しで帰って来ると思う」

「そうか」

 それだけ言うと、徹人は着替えるために二階の自室へと駆け上がろうとする。そこから夕飯の時間までこもりきりというのはいつものことであった。部屋で何をしているかは愛華にしろ母親にしろ承知のことである。


「ねえ、おにぃ」

 階段を中ほどまで上がったところで、愛華に呼び止められる。

「どうだった、ゲンとの勝負」

 投げかけられた一言に、徹人は階段を踏み外しそうになる。どうにか体制を保つことができたのは曲がりなりにも運動部に所属している賜物であろう。強制参加だからしぶしぶ出ている卓球部であるが。

「ああ、ゲンね。あいつならばっちり勝ったぜ」

「本当! さすがはおにぃね」

 明らかに目を泳がせていた徹人だったが、愛華は浮足立ってそれどころではないようだった。手すりを握る手に汗が滲むのだが、愛華は無邪気に追撃を放ってしまう。

「やっぱり活躍したでしょ。あのカード」

「え、ああ、そうだな。やっぱり強いよな、あのカード。アレのおかげで勝てたようなものだったし」

「よかった。おにぃの誕生日だから、頑張ってお金貯めて買ったんだからね」

「う、うん、そうだったよな。ありがとな、愛華」

 取り繕った笑みを浮かべると、愛華もそれに応じて笑みを返してくる。ほっこりしたものの、手すりは汗でびしょ濡れになりつつある。このままだと手を滑らせて水平落下しそうだ。

「あ、そうだ。部活で汗かいてびしょびしょだった。早く着替えないと僕も風邪ひいちゃうかもな」

「ええ、それは大変だ。おにぃ、早く着替えてきなよ」

「ああ、そうしてくるよ」

 急に駆け上がろうとしたせいで、またもや足を踏み外しそうになる。それをどうにか堪え、徹人はどうにか自室までたどり着くのであった。


 シングルベットに勉強机。棚には漫画本が勢ぞろいし、壁にファイトモンスターズのポスターが張られている。定型的な男子中学生の部屋にふらつきながら踏み入れた徹人は、勢いよくベットへとダイブした。しばらく反発に身をゆだねていたが、やがて枕を抱えて左右に寝転がり出した。

「くっそー、どうしよう、どうしよう、どうしよう」

 意味不明に喚き散らしているのも無理はない。兄としての威厳を保つためにも、あの場では嘘をつくしかなかった。いや、それだけならまだいい。まさか、プレゼントしてくれた当人を前にして、あんな情けない事実を明かせるわけがないだろう。誕生日プレゼントとしてもらったスキルカードを取られたなんて。


 部活動の後で汗をかいて気持ち悪いというのは事実であった。ふかふかの毛布にうずもれているせいで、より体に不快な液体が染みつき、気分をどんよりとさせる。だが、そんな身体的嫌悪感よりも、精神的敗北感の方が余程重大であった。しばらく寝転がった後、着替えるのも忘れてパソコンのスイッチを入れた。


 ほとんど無意識のうちにファイトモンスターズにログインする。マイページに進むと、運営からのお知らせが届いていた。どうやら、新モンスターが配信開始されるらしい。その目玉として、AIを搭載し、プレイヤーとおしゃべりできるモンスターがいるそうだ。

 だが、徹人は機械的に通知を読み飛ばすと、全国対戦をクリックした。自宅にいながら全国でこのゲームのプレイヤーと対戦できるというモードだ。二十年以上前より当たり前に搭載されている機能ゆえに、初期のテレビゲームはその場に対面していないと対戦できないなんてことは甚だ信じられなかった。前に父親から感慨深げにそのことを話された時は、開いた口が塞がらなかったものだ。


 対戦相手が見つかったのか、ホログラムが作動し、コロシアムのフィールドプログラムが反映される。やがて、目の前にサラリーマンの恰好をした男が現れた。もちろん、これは対戦相手のアバターだ。真っ当な社会人が夕方六時にオンラインゲームをやっているとは考えにくい。渋い趣味をした学生が相手だろうか。アバターは年齢はおろか性別まで偽ることができるので、美少女のアバターを使う男なんていうのもごく普通に存在している。

 対戦相手のコードネームは「エースケ」のようだ。徹人ことテトは迷うことなくネオスライムを召還する。対して、エースケはカマキリのモンスターであるディアマンテを召還した。カマを振り上げ、ギョロリとした黄色い目玉でネオスライムを威嚇している。

 お互いにステータス補正が発動し、テトのネオスライムのステータスが上昇する一方、ディアマンテは減少する。

「ステータスが減ったってことは、相手は三体での勝負か」

 しかも、ディアマンテは水属性のネオスライムが苦手としている自然属性。速攻で勝負を決めないと非常につらい展開になる。


 試合開始とともに、テトは「炎化メタモルフレア」を使い、ディアマンテを炎属性に変化させる。そして、バブルショットの連発で一気に勝負を決めようとする。ステータス補正があるので、相手に攻撃させることなく勝つことも可能。実際は一般家庭の部屋の中にいるということも忘れ、大声で声援を送る。

 しかし、テトの攻撃が終わったところで、ディアマンテは四分の一ほどHPを残していた。

「そんな、削り切れないのか」

 ネオスライムはそれほど攻撃力が高くないモンスターとはいえ、補正により大きくステータスの差がついた状態で倒しきれないというのはショックを隠せなかった。ギルシャーク辺りならば、スキルカードの支援がなくても削り切っていたかもしれない。


 愕然としているテトをよそに、エースケはスキルカード強化エンハンスでディアマンテの攻撃力を上げ、ガイアスラッシュで攻撃してくる。控えにモンスターがいるということを利用し、ディアマンテを犠牲にしてでもダメージを加えようという作戦らしい。

 攻撃が命中する寸前にテトは「硬化メタリック」を使うが、それでも半分近くHPを削られる。その後の攻撃でディアマンテを倒したものの、一体目でこのHPでは勝ち切るのは難しい。


 二体目は炎属性のサラマンド。別名火トカゲとも呼ばれる、全身に炎をまとったトカゲのモンスターだ。

 水属性に対して炎属性とは、随分舐められたものだ。ここはすんなり勝たせてもらう。テトは「バブルショット」を指示しようとしたが、それより先に乾いた風が頬を撫でた。

「しまった、あの技か」

 先制してサラマンドが使用したのは「ドライフレイム」。通常は威力が減少する水属性に対して、逆に威力を高めて攻撃することができる奇襲技だった。

 テトが主に防御に使用している硬貨メタリックはもう発動することができない。ならば別の対抗策はないか。焦って指を震わせるばかりで、突破口が見いだせずにいる。そうこうしているうちに、無慈悲に炎がネオスライムを包んだ。

「そうだ、変身メタモルフォーゼであいつに変身すれば……」

 その一手を思いついた時にはもう遅かった。技の効果で通常よりも大きなダメージを受けてしまったネオスライムは「キュウ」という情けない声を出して地面に伸びていた。それが死んだふりのようなおふざけでないことは、完全に削られたHPゲージが証明していた。


 敗北を告げるブザーが鳴る中、テトは地団太を踏んだ。

「うるさいね、徹人、静かにしなさい」

 真下から母親の叱責の声が響く。「うっせえな、くそばばあ」と反抗してやろうと思った徹人だったが、強制的にパソコンの電源を切られでもしたらひとたまりもない。と、いうより、そもそもそんな暴言を吐いて抵抗できるほど、徹人に胆力は備わっていない。

 それに、手も足も出ず敗北したというショックの方が大きかった。やはり、ネオスライムでは限界があるのだろうか。ちょうど新しいモンスターが追加されたことだし、そろそろ潮時か。

 しかし、どうにも自分がネオスライム以外のモンスターを使っている姿を思い浮かべることはできなかった。躍起になった徹人は、スキルカードとの睨めっこを開始する。何度もバトルで使用するカードを入れ替え、そしてバトルに挑む。だが、たまに勝つことはあっても、負けることがほとんどだ。その度に全国順位は低下していく。


 ふと、ドアを叩く音がする。その時、徹人、否、テトは対戦相手であるクモのモンスターを倒そうと夢中になっていた。血走った眼で、展開している五枚のカードを逡巡する。

「おにぃ、入るよ」

 木がきしむ音がして、自室のドアが半開きになる。その気配と物音を察知したテトは

「うるさい、後にしろ」

 と、つい怒鳴ってしまう。


 だが、ドアに半身を隠しながら、身を震わせている愛華を目にし、徹人は口をつぐんだ。化け物に遭遇したみたいな様相で、愛華は完全に怯えきっている。

「ごめん、愛華。ちょっと夢中になりすぎていたみたいだ」

「こっちこそごめん、邪魔しちゃって。お母さんが御飯だからいい加減やめにしなさいって言ってたけど、後にした方がいい」

 咳を混じらせながら訴える妹。さすがにそれを無碍にしてゲームに熱中するほど、徹人は腐りきってはいない。


 そっと降参を示して試合を強制終了させると、「着替えの途中だった。すぐに行く」と愛華に笑みを送るのであった。



 その後も試行錯誤を挟み、我武者羅に試合を続けたが、さすがに眠気が襲ってくる。もともと低い勝率も低下していく一方だ。時計をみると、ちょうど日付が変更されたころ。今テレビをつければ暗殺者キリマロが放映されているだろうが、押し寄せる生理的欲求には打ち勝つことはできなかった。

 しょぼつく眼をこすり、大あくびをしながら、徹人はベットへとダイブした。もうすぐコートが恋しい季節になるだけあり、夜風が身に染みる。風呂上りで薄着の寝間着になっているので、余計寒さには敏感になってしまっている。全身を震わせるや、掛け布団を体に巻き付け、次第に夢の世界へと旅立っていくのであった。


 実は、完全に失念していたのだが、この時ゲームをプレイしていたパソコンは電源が入ったままになっていた。そのブラウザの中で、主からの命令を健気に待つネオスライム。そのまま朝まで変わらず、つぶらな瞳を輝かせている。そのはずであった。


 この時、このスライムの身によもやあんなことが起ころうとは、誰も予想することができなかった。

モンスター紹介

ディアマンテ 自然属性

アビリティ 森の覇者:フィールドが森の時攻撃力をあげる

技 ガイアスラッシュ

巨大なカマキリのモンスター。そのカマは人間の首を簡単にへし折るほど強力。攻撃力が非常に高いうえ、フィールドを森に変化させることで更に能力を上げることができる。

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