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オンラインゲームがバグったら彼女ができました  作者: 橋比呂コー
1章 ライム驚愕の正体! そして決別!?
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徹人の覚悟

 跡形もなくゼロスティンガーが消え去ったことで、バトルが強制終了される。見慣れた闘技場フィールドにはライムがどや顔で腕組みをしているだけだ。

「さっきも言ったけど、スキルカードはバトル中じゃないと使えない。再度バトルを仕掛けようとしても、ゼロスティンガーはデータごと消滅してしまったので、ライムとバトルすることもできない。僕が持っていた破壊デストロイも消えてしまったので、これでもうライムを消す手段はないってわけさ」

「まんまと謀られたということか。そもそも子供に計画を委託したのが間違いだったな。最後の最後に情に流されるとは」

 あらん限りの怨嗟を込めていた田島悟だったが、ここで言葉を切ると、勝ち誇ったように指をさす。


「だが、まだライムを消す手段がないわけではない。未だ消耗していることには間違いないからな。直接データに干渉してしまえば、十分に消すことが可能だ」

「そんな、卑怯だぞ」

 プログラミングの知識がある田島悟は、サーバーに直接アクセスし、個々のモンスターのデータを直接変更することができる。そんなことをされたら徹人たちに抗う術はない。まさに神の所業ともいうべき理不尽な一手であった。


「もういいでしょ、父さん」

 テトとライムが怯えるように互いに抱き寄せあっている中、日花里のあらん限りの一声が響いた。意外な介入者に田島悟は金縛りに遭ったように身動きを止める。

「どうしてもライムを消さなくちゃならないの」

「説明しただろう。奴はコンピューターウイルスだ。早急に手を打たないと大変なことになる。そして、現段階ではデータを丸ごと消し去るしか対処法はない」

「それは現段階での話でしょ。もしかしたら助かる方法があるかもしれないじゃない」

 それは徹人にとっても予想外の主張であった。あれほどまでにライムを消そうと提案してきた日花里が手のひら返しをしているのだ。


 腕で瞼をこすり、鼻をすすりながら話を続ける。

「最初はファイトモンスターズなんてくだらないなんて思ってたわよ。あれが原因で父さんは母さんと別々に暮らすようになったんでしょ。だから、あんなゲーム絶対やってやるもんかなんて思ったこともあったわ」

「そうなのか、日花里」

 田島悟が愕然としているのも当然のことだった。ゲームを開発していたあの頃、家族のことを顧みず盲目的にプロジェクトに取り組んでいた。娘から反発されることは薄々覚悟していたつもりだが、よもやこのタイミングで心境を吐露されたのは完全な不意打ちであった。

 それに、父親が国民的人気を誇るゲームを開発しているのなら、それを大っぴらにしてもよさそうだが、そうしなかったのにも納得がいく。余計な注目を浴びたくないという理由もあるだろうが、それ以上に家庭内の確執があったわけだ。


「でも、あのゲームがすごい人気になっていくにつれ、さすがに無視できなくなったわ。クラスの男子たちが校則を無視してまで遊ぶゲーム。それを父さんが作ってるなんて、誇らしくもあった。

 けれども、どうしても素直に遊ぶことができなかった。それはやっぱり意固地になってたからかもしれないけど。今回のライムを消すって依頼だって、コンピューターウイルスを放置しておけないから、その義務を果たすための一環としてゲームをやっていただけ。そう思ってた」

 そこで息を吐くと、マイページを操作してジオドラゴンを具現化させた。その龍の首をさすると、グルルと喉を鳴らす。

「でも、実際にやってみると、ここまでみんな夢中になる訳がよく分かった。バトルひとつとっても、単純に強い技で戦うだけじゃ勝てない。うまく技とかを組み合わせなくちゃ駄目だけど、そこが面白くもある。

 なにより、少し遊んだだけだけど、この子に愛着がわいたわ。本当にほんの少し一緒にバトルしただけだし、いちいち口調がむかつくけど、それでもいきなり消されるなんて知ったら、私だって必死に対抗する。まして伊集院君ならなおさらなんじゃないの」


 日花里の勢いに続かんと、徹人はライムの肩を軽く叩くと、ミスターSTこと田島悟の前に向き直る。その視線に射抜かれ、田島悟は及び腰になった。

「ライムはこのゲームを始めた頃から一緒に戦ってきた僕の大切な相棒なんだ。元々あまり強くないから、バトルでは負けてばかりだった。それが嫌にならなかったといえば嘘になる。どうせ戦うのなら、勝った方が嬉しいからな。

 それでも、僕はただライムと一緒に戦うだけで楽しかった。なかなか勝てないからこそ、工夫を凝らして勝った時の喜びはひとしおだし、何より愛着がわく。

 そんな彼女がウイルスだったなんて聞かされた時はそりゃ驚いたさ。いきなりこんな女の子になってしゃべり出したと思ったら、そんな大それた存在だったなんて、いい加減にしてくれって話だ。おまけにこのまま放置しておけば危険だって言うから、躍起になって消そうともした。

 本当にライムが危険な存在なら、消去するしかない。悪行を見て見ぬふりをするのはライムのためにならないし。でも、ライムが何をしたって言うんだ」

 ここで徹人はライムと顔を見合わせ、頭を下げる。


「あのスプリンクラーの件はやりすぎだけれど、僕たちを守ろうとしてやったんだよな。それに、僕が君を最後まで信じてあげてやらないといけないのに、裏切ったりして本当にごめん」

「い、いいよ、テト。私も調子に乗りすぎたかなって思ってる。テトがこれからも一緒にいてくれるって言うなら、何でも言うこと聞くよ」

 突然の謝罪にあたふたと取り乱すライムであった。そんな彼女の頭を撫で、徹人は鋭い眼光で宣言する。


「僕は決めたんだ。例えライムがどんな化け物になろうとも、最後まで僕が信じてやるって。今だって、ライムは完全にウイルスに侵されているわけじゃない。ちゃんと、僕と一緒に戦ってきた頃の心が残っている。

 だから、絶対にあるはずなんだ。ライムを消去することなく、ウイルスだけを消し去る方法。それを見つけ出すまで誰にもライムは消させやしない」


 一瞬の後に訪れる静寂。たった一人の少年が放っているとは思えない重圧に、口を開くことすらままならなくなっている。特に、田島悟にとっては大きな誤算であろう。プロジェクトのチーフとして、幾多の有能な社員を手駒にとってきた自分が、よもや中学生相手に気圧されることになろうとは。

「ありがと、テト。本当に、ありがとう」

 満面の笑みを披露しながらも、ライムはとめどなく溢れ出る涙を止められずにいた。その姿を田島悟は直視できず、踵を返しスタスタと去りゆこうとした。


 ふとその歩みを止めると、背を向けたまま語りかける。

「我が社のプログラマーはそれなりに優秀な人材であると自負している。そんな彼らが全力を尽くしたところで、データを丸ごと消すしかないという結論に至ったのだ。ウイルスだけを消す方法など、そう容易く見つかるものではない。いずれは君もライムを完全に消去するしかないと思い至るに違いないが、それでも方法を模索すると言うのかね」

「難しいってことは分かってるさ。けれどもいつも言ってるじゃないか。やってみなくちゃ分からないってさ」

 その言葉に一切の迷いはなかった。臆することのない堂々とした物言いであった。そこで田島悟は再度向きを変え、徹人へと指を突き立てた。


「君とその相棒との絆に免じ、今回は見逃してやろう。だが、私がそいつを危険視しているというのは変わらない。君の言うウイルスだけを消す方法とやらには協力してもいいが、それとともにライムの動向は監視させてもらう。もし、我々の脅威になると判断した場合は、いかなる手段を用いてでもそいつを消す。それだけは忘れるな」

 そう言い残すと、ミスターSTのアバターが足元から粒子化していく。ログアウトを実施したようで、やがて跡形もなく姿を消してしまった。


 徹人たちもログアウトし、闘技場から変哲のない視聴覚室へと引き戻される。ただ、ライムは実体化を保ち、徹人の傍に寄り添っている。

 激闘の余波か、徹人達は放心したまましばらく動くことができなかった。帰宅を促すチャイムが鳴る中、時が止まったように彼らはその場に留まっている。

「えっと、うちの父が迷惑かけたみたいでごめんなさいね」

 無理にでも笑顔をつくって日花里が会釈する。

「あ、ああ。気にしなくてもいいよ。運営からすれば、ウイルスを放置できないってのは尤もな意見だからさ。

 それに、色々と協力してもらって悪かったな」

「そんな。伊集院君が謝ることないのよ。元は私が言い出したことなんだし」

 日花里は両手を振って謙遜する。やがて、後ろ手に組むと、上目遣いで徹人に向き直った。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「な、なんだい」

 静まりかけていた心臓が再び早鐘を打つ。彼女がもじもじと体をくねらせているのがそれに拍車をかけた。ライムが面白くなさそうにそっぽを向いているのも構わず、日花里を注視する。


「私とまたファイトモンスターズでバトルしてくれない」

 予想外の申し出に徹人は素っ頓狂な声をあげた。

「べ、べつにいいでしょ。面白いって思ったのは嘘じゃないし。それに、クラスの中じゃ堂々とできないのも事実だからさ。また機会があったらバトルしたいなって思っただけよ」

 徹人の態度を嘲笑と受け取ったのか、日花里は頬を膨らませて不平を漏らす。徹人は慌てて両手を振って取り繕う。

「もちろん、いつでも勝負するよ。な、いいだろ、ライム」

「相手が誰でも、テトが一緒に戦ってくれるのなら構わないよ。特にこの女相手なら負けるわけにはいかないかんね」

「愚問だな。あの時は苦汁を舐めさせられたが、次はこうはいかん」

 ライムが鼻を鳴らして睨みを利かせていると、突如ジオドラゴンが介入してきた。今回の作戦においては完全に蚊帳の外だったので、降臨したくてうずうずしていたらしい。


「さあ主よ。いざこの小娘を平服せん。大地を統べる龍の力を眼目に焼きつけてやろうぞ」

「それはどうかしらね、トカゲさん。何度やってもこの私が勝つかんね」

「口達者なのは相変わらずだな。ならば今すぐ消し炭にしてやろうか」

「やれるもんならやってみなさい。このデカブツ」

「ほざけ、チビ」

「ビッチ」

「チ〇〇」

「低次元すぎる言い争いはやめろ。っていうか、途中からしりとりになってるぞ」

 徹人が諌めたことで、ようやく主を無視したくだらない論争は幕を下ろした。日花里に至っては、最後に放たれた最悪なワードに赤面する始末だ。


「お互い苦労するけど、また勝負しましょうね。今度はインチキ抜きで」

「望むところだ」

 徹人と日花里は拳を突き合わせる。なおも下品すぎる悪口をぶつけようとしているジオドラゴンを強制的にホログラム解除し、日花里は視聴覚室を後にした。


「さて、ライム。これ以上ここにいると色々と面倒だから、僕たちも帰るとしようか」

「そだね。ねえ、テト。帰ったら遊んでくれる」

 彼女にしては珍しく、慎重に一言ずつ吐き出して懇願する。日花里に負けじと気恥ずかしそうにしている姿に、徹人は一瞬これほどにないくらい心臓が高鳴った。


 表情を綻ばせ、ライムにサムズアップを掲げると

「もちろんさ。これからも頼むぜ、ライム」

 そう言ってはにかむ。感極まったライムは、体が透過してしまうのを厭わず、徹人にすり寄るのだった。

本日、この後もう1話更新する予定です。

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