ゼロスティンガー再び
「ぬるいな」
そんな二人のムードを打ち破ったのはどこからともなく聞こえてきた冷酷な一言であった。それはテト、ライム、日花里の三者のうち、誰の声でもない。予想だにしなかった乱入者。身を引き締め、互いに密着しつつテトとライムは周囲を窺う。
「危ない、伊集院君」
突如日花里が声を張り上げる。それを受け振り返ったのと、彼の足もとをレーザーが照射したのはほぼ同時であった。
ギチギチと機械音を響かせ、悪夢の巨体が砂のカーテンより進撃する。その姿には覚えがあったが、それゆえに、この場に出現することが非常に不可解だった。サソリを模した機械モンスター。まぎれもなくそいつはゼロスティンガーであった。
「今のはほんのご挨拶だ。次は外さん」
そして、そいつと共に現れたのはパピヨンマスクをつけた紳士。ゼロスティンガーの使い手であるミスターSTだ。
「一体何をしに来た。それにお前はブロックしてあるから対戦できないはずだぞ」
「私はすべてを見通しているのでね。君がこの場でライムを消そうとしているということも把握済みだ。
それに、ライムは君ではなくライトというプレイヤーの元にいる。彼女は私をブロックしていないから対戦可能というわけさ。
そして、私の目的は唯一つ。ライム、貴様を消すことだ」
ミスターSTはライムを指差し堂々と宣言する。彼に同調するように、ゼロスティンガーは両手のハサミを大きく開いている。その間隙からはエネルギー弾が迸っている。
テトとの戦いでライムは激しく消耗しており、データ変更による戦術は使えそうにない。おそらくこのゼロスティンガーもステータスをいじっている可能性が高く、そうなるとまともに戦って勝てる見込みは薄い。
テトが勝負を渋っていると、ミスターSTは指を鳴らし、一枚のスキルカードを出現させる。爆風を背景に「DANGER」のロゴが入ったそのカード。その正体をすぐに判別したテトは息を呑んだ。
「どうやらこのカードを知っているようだな」
「嘘だろ。どうしてお前がそのカードを」
提示されたカードの名は破壊。ライムを確実に消去できる唯一のスキルカードだ。
「気づいていなかっただろうが、君の戦いは最初から見させてもらったよ。スキルカードとアビリティを連携させたコンボ。何より、ライムの特性に弱点を見出したというのは賞賛に値する。
そして、その結果ライムはもはやデータの書き換えなどという離れ業はまともに使うことができない。私と再戦すればHPゲージは回復するが、構成データそのものの破損を修復するには時間がかかる。そんな状態でこのカードを発動させたらどうなるかな」
「くそ、なんなんだよお前は。どうしてそこまでライムのことを知ってるんだ。それに、このカードは世界に一つしかないはずなのに」
「その答えは私から教えてあげるわ」
予期せぬところから乱入され、一同の視線はその発言者に集まる。
ミスターSTは一瞬たじろいだが、発言者である日花里がじっと俯いているのを目にし、深く嘆息するのであった。
「傍観者は黙っていろ。と、言いたいところだが、演技するのもこれが限界か」
「そうよ、おふざけがすぎるわよ、父さん」
「父さんだって!?」
テトとライムが同時に素っ頓狂な声を上げたのは無理がない。日花里の父親といえば、ファイトモンスターズの神にも等しい存在のはず。そんな偉人がこの場に降臨するなど信じられるわけがない。
「田島さん、本当にこのミスターSTが君の父親、ファイモンの神田島悟なのか」
「この変態仮面が私たちの神様なんてショックなんだけど」
さりげなくライムに失礼なことを言われて日花里は頭を抱えたが、人差し指を上げて説明を始める。
「逆にそうじゃないとこの介入に説明がつかないでしょ。すべてを見通していたってのは運営サイドにいるからライムがどこでバトルしているか把握できたって意味。そもそも、ライムと戦うって聞いたから一応父さんにも連絡しておいたんだけどね。
破壊を持っていたというのも説明するまでもないでしょ」
「あのカードは反則なんて言葉が生ぬるい代物だからな。万が一に備えてコピーを取っておくのは当然であろう」
つまり、田島悟は徹人が心変わりすることすらも見込んで、ずっと監視していたということである。釈迦の手の内で弄ばれる孫悟空の気分になり、テトは足元の砂の山を蹴り崩す。
「その気になれば直接ライムのデータに干渉して消し去ることもできる。君が勝負を放棄するならそれにより消去するだけだ。正面からバトルしてやろうというのは君の奮闘への敬意でもある」
「ふざけるな。ステータスを変更しておいて正面からバトルなんてちゃんちゃらおかしいぜ」
「データ書き換えという反則を犯した君に言われたくはないな。さて、どうするつもりかね」
もはや徹人に残された選択肢は一つしかなかった。しかし、田島悟の口車に乗れば間違いなくライムは消される。かといって、逆らっても結果は同じだ。まさに八方塞がりであった。
こうなれば、素直にライムを消すしかないのか。憎らしげに破壊のカードに視線を落とす。と、ここであることを思いついた。このカードを利用すれば、ひょっとしたらこの状況を打開できるかもしれない。
徹人はライムを呼び寄せると、ひそひそと耳打ちをした。始めは嫌な顔をしていたライムだったが、「君を守るために一芝居うってくれ」と懇願され、「うん、テトが言うならいいよ」と快諾するのだった。
「できればライムを消さずに済ませたかったけど、そういうわけにはいかないようだな」
「当たり前だ。どこの世界にコンピューターウイルスをそのまま放置しておく阿呆がいる」
「分かった。やっぱりライムを消そう」
「そんな、伊集院君」
とっさに声を上げたのは意外にも日花里だった。どうにかウインクして合図するも、彼女の不安な表情は和らぐことがない。
それで気後れしてしまったライムだったが、
「テト、話が違うよ。私を消さないんじゃなかったの」
と、沈痛な面持ちで差し迫る。テトは仰々しく首をもたげると、「仕方ないんだ」とそっぽを向いた。
「すまない、ライム。いくら考えても解決方法が思いつかない。開発者に喧嘩を売ること自体間違いだったんだ」
「素直に非を認めるとはなかなか見どころがある。では、一思いに消し去ってやろう」
「いや、どうせ消すなら僕の手で消させてくれないか。スキルカードは戦闘中じゃないと使えないから、改めてゼロスティンガーに勝負を申し込む。その前にライムを僕のIDに移し、あなたのブロックを解けば、僕自身の手で破壊を使うことができる。確かこのカードって自分のモンスターにも使えるんだよな」
「ああ。そんな使い方をするのは愚の骨頂だが、この状況ならむしろ一興ともいえる。君の策を許可するから、トレードを開始したまえ」
田島悟が監視を光らせる中、徹人は日花里とモンスターのトレードを始める。自分のマイページにライムが戻り、徹人はほっと胸をなでおろす。一時的とはいえ彼女がいない状況というのは違和感が拭えなかったのだ。
「ねえ、本当に大丈夫なの」
うるんだ眼で訴えてくる日花里に、徹人はサムズアップで応える。
「うまくやれるかどうかは分からないけど、これもまたやってみなくちゃ分からないさ」
耳元でそう囁かれ、彼に考えがあることを悟った日花里は、無言のまま見送るのだった。
ライムを自軍のフィールドに召還したテトは再度ゼロスティンガーと向き合う。この化け物とまともにやりあうつもりはない。そもそも勝負は一瞬にして決着がつく。
「覚悟はできたかね」
「もちろんさ」
「ねえテト。本当にやるの」
ライムはテトの腕にしがみついてくるが、テトは無言のまま首を振る。そして腕をひくつかせながら、中心にセットした例のカードへと手を伸ばすのだった。
「スキルカード発動。破壊。これによりモンスターをデータごと消去する」
「お願い、やめて! テト!!」
喉の奥底から絶叫するライム。パピヨンマスクに隠れて分からないが、ミスターSTこと田島悟は不敵な笑みを浮かべていることだろう。所詮は子供、大人の世界に刃向うなど片腹痛いと。
だが、次の瞬間にテトはにやりと口角を上げた。大の大人をたじろがせる悪戯小僧の微笑。底知れぬ不安を抱えた田島悟であったが、もはや後の祭りだった。
「僕はこのカードをゼロスティンガーに対して使用する」
「貴様、図ったな」
テトのスキルカードより爆風を伴った弾丸を放出され、一直線にゼロスティンガーの胸部に命中する。高速道で乗用車が正面衝突したかのような衝撃音が轟き、ゼロスティンガーのボディに風穴が開いた。その穴は次第に他の部位を浸食していき、見る見る間にその巨体は瓦解していく。
まともにライムと戦闘になることを考慮し、田島悟は破壊以外は能力上昇系のスキルカードで固めていた。つまり、相手のカードの効果を打ち消す対抗は用意してなかったのだ。
だが、対抗策がないわけではない。反撃にコピーしていた破壊に手を伸ばそうとすると、それより前にテトにあるカードを提示された。
「スキルカード対抗。もし破壊を発動された場合、僕はすぐさまこれを使用する。もうゼロスティンガーの消滅を止める手段はない」
「もはやここまでということか」
ライムに取り乱す演技をさせて油断させ、ここぞというところで裏切りの一手を放つ。見事な逆転劇を披露され、田島悟は恨みがましく唸るしかなかった。
スキルカード紹介
速攻
1度だけ相手より先に行動できる。
素早さが低いモンスターを出して油断させ、このカードで奇襲をかけるという戦法が一般的。
エイリアのように能力値が低いが強力な技を使えるモンスターに対しても有効である。




