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オンラインゲームがバグったら彼女ができました  作者: 橋比呂コー
1章 ライム驚愕の正体! そして決別!?
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邪悪な水攻め

 狙いすましたかのように、源太郎の頭上から大量の水が降りかかる。運よく射程から逃れた京太は為すすべなくおろおろと戸惑うばかりだ。

 日花里がしっかりとしがみついているために退避が遅れた徹人であったが、ようやく脱出に成功した途端、とんでもない異常を目撃して立ち尽くす。

「げ、源さん、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃねえよ。おい京太、さっさと先生呼んで来い」

 意図することをくみ取った京太はまっすぐに音楽室に駆け込む。一体何事が起っているのか不審がる徹人だったが、天井を見上げた途端に合点がいった。


 源太郎のちょうど真上には防火用のスプリンクラーが設置されており、そこから大量の水が放出されているのだ。いくら鎮火するための装置とはいえ、超大型台風によりもたらされる大雨を再現したかのような激しさだ。

「これでこのゴリラさんも懲りたでしょ」

「ライム、これもまたお前の仕業なのか」

「そうよ。スプリンクラーの制御システムをいじくってみたの」

 さらりととんでもないことを暴露するライム。ここに至って、徹人はようやく彼女の真の恐ろしさに気が付くことができた。


 よく考えてみればライムの所業にはある大きな矛盾点が含まれていた。彼女はファイトモンスターズのキャラクターである。なので、ファイトモンスターズのサーバー以外には関与できないはずだ。

 しかし、ライムの言動を思い返してみるとその前提を覆すような行動を取っているのが分かる。教室内でセーラー服姿を披露した時、こんなことを言っていたはずだ。


「インターネットで着替えという概念についてググり、動画投稿サイトで着替えの様子を参考にした」


 あまりに当たり前のように言ってのけるので気にもしなかったが、これは本来ならばあり得ない行為である。それではなぜ、ライムは平然とできないはずの行為を仕出かしているか。

 ここでライムが実はコンピューターウイルスだったという事実が活きる。結論からいうと、ライムはファイトモンスターズ以外のサーバーにも自由に干渉できるのだ。

 加えて、データを自由に書き換えることもできる。これらの特徴を駆使すれば、学校のスプリンクラーを誤作動させるなど造作もない。


 スプリンクラーの勢いは衰えることなく、むしろ激しさを増している。徹人の足もとにも水が到達するが、それはさしたる問題ではない。直撃を受けている源太郎はあまりの水圧に脱出することすらままならなくなっているのだ。このままでは冗談抜きで窒息してしまう。

「ライム、もういい。スプリンクラーを止めるんだ」

「どうして。このゴリラは散々テトに失礼なことをしたんだよ。だからこれくらいのお仕置きは必要でしょ」

「だけど、このままじゃ窒息しちゃうよ」

 うろたえながらも訴える徹人であったが、ライムは無慈悲に源太郎を見下すばかりだ。


「つまんないな。もっとお仕置きしてもよかったのに」

 背筋も凍るような声音に、徹人は肝を冷やした。そこにいるのは今まで一緒に戦ってきた相棒のモンスターのはず。姿かたちは変わってしまってもそれだけは不変のはずなのだ。

 だが、この一瞬だけ、この少女が得体のしれない化け物に思えた。むしろ、スプリンクラーの襲撃で済んでいるのが僥倖かもしれない。彼女が本気になったらどんな災害が引き起こされるか。

「とにかく止めるんだ」

 焦って声を張り上げるが、ライムは聞く耳をもたない。

「残念だけど、これだけは聞けないかな。こういう無礼な子は徹底的にやっておかないと懲りないからね」

 それ以上はライムを止める気概すら残ってはいなかった。彼女が近くて遠い、そんな曖昧模糊な存在に成り果てたようであった。日花里に触発されて涙がこぼれそうになるが、それを必死に耐える。


「これは、どういうこと」

 為すすべなく固まっていると、京太が先生を引き連れて戻ってきた。うら若い女性教師で、その顔には見覚えがある。それも当たり前で、徹人たちの音楽を担当している教諭なのだ。吹奏楽部の顧問も兼任しているので、真向いの音楽室から駆けつけてきたというわけだ。

「なぜだか知らないんですけど、スプリンクラーが故障しているみたいなんです」

「そうね。ここまで水の勢いは強くないはず。待ってなさい、そこのパソコンで調べてみるわ」

 続々とギャラリーが集まって来る中、音楽教諭は視聴覚室の中に設置してあるパソコンを操作する。ちなみに、ライムが教室外に出た時点で例のゾンビは消滅している。暗幕は下がったままだが、スプリンクラーの解除に躍起になっているせいで、教諭はその異変に気が付くことはなかった。


 しばらくすると、徐々に水の勢いが弱まっていく。ライムが邪魔しないかヒヤヒヤしたが、大人しく動向を見守っている。それが逆に意外ではあったが、ホログラムを廊下に表示させているため、視聴覚室内のパソコンに関与するまで手が回らないようであった。

「やっぱりスプリンクラーが誤作動してたみたいね。制御プログラムが書き変わっていたわ。それにしても、学校の防災システムって私たち教師以外はアクセスできないようになってるんだけど、バグでも発生したのかしら。ファイアウォールがあるから容易にウイルスは侵入できないはずだし」

 犯人がすぐそばにいることなどつゆ知らず、教師は首を傾げる。しれっとウイルス対策プログラムを回避しているあたり、ライムのウイルスとしてのえげつなさが窺える。


「ところで、あなたたちはこんなところで何をしていたの。この視聴覚教室は部活動では使われていないはずよ」

 水攻めから解放されたのも束の間、教師から至極まっとうな疑問をぶつけられた。これに対し、徹人達四人は一斉に硬直してしまう。まさか、ファイトモンスターズをやっていたなんて、素直に答えられるわけがない。源太郎の悪行を告げ口しようものなら、校則を破ってゲームで遊んでいたと暴露されるのがオチだ。互いの保身のためには、ここはどうにかしてごまかすしかない。


「えっと、僕たち四人で自由研究の発表をすることになったんです。それで、放課後に集まって調べ物をしていて……」

「そうそう。で、ようやく終わって帰ろうとしたら、壊れたスプリンクラーの直撃を受けてよ。ひどい目に遭ったぜ」

 徹人の思い付きに源太郎がちゃっかりと便乗した。癪ではあったが、下手に反論されるより幾分マシだ。


「調べものね。それで、そこの女の子はどうしたの」

 一同の視線がライムに集まる。学校の制服を着ていない見知らぬ女の子。不審者と勘繰られるのも当然であった。

 天を仰いでいた徹人であったが、手を打ち鳴らすと、

「研究内容が3Dモデリングなんです。で、この子はそのサンプルです」

「モデリングサンプルか。まあ、私が子供の頃にはすでにボーカロイドってのがあったしその類ってわけね」

 バーチャルアイドルは二十年ほど前から存在しているらしく、教諭にその心得があることが助け船となった。


 それでも怪訝な顔をしていたが、「まあ、調べものなら仕方ないわね。あまり遅くならないうちに引き上げるのよ」とだけ言い残し、やじ馬の生徒たちを引き連れて戻っていった。

「源さん、早く着替えないと風邪引きますよ。それに、これだけ水を浴びたら携帯がやばいんじゃ」

「下手したらデータが飛んだかもしれねえな。畜生、携帯は壊れるわ、水浸しになるわで踏んだり蹴ったりだ。おい、徹人。今日のところは見逃してやるが、いつか絶対泣かしてやるからな」

 捨てセリフとともに大袈裟なくしゃみを放つと、源太郎と京太もまた退散していく。


 残された徹人は呆然と立ち尽くすしかなかった。ようやく動くことができたのは、スプリンクラーの故障を聞きつけ、浸水した廊下を掃除しに来た用務員に話しかけられてからだった。掃除の邪魔になるといけないので、日花里を連れ立って階段を下る。

「恥ずかしいとこ見せちゃったわね」

「え、ああ、うん」

 涙をふきながら日花里がつぶやく。普段しっかり者である彼女があそこまで取り乱すというのは意外と言えば意外だった。

「えっと、このことは秘密にしておくから」

「うん、ありがと」

 スプリンクラー故障のインパクトのおかげで視聴覚室密会の件は内緒にできそうだが、念には念を入れるに越したことはない。


「それと、ライムの正体もなるべく秘密にしておいた方がいいわ。余計な混乱は防いだ方がいいし」

「それもそうだな」

「とにかく、あれを消す決心がついたらまた連絡して」

 日花里とも別れ、徹人はふらつきながらも自転車にまたがった。あまりに色々なことがありすぎて、とても部活に精を出す気分ではなかったのだ。

技(?)紹介

データ書き換え

ライムが使うことのできる恐るべき能力。

ゲームデータに干渉し、プログラムを書き換えることで技の確率、果てはステータスまで変更できる。

ファイトモンスターズ以外のサーバーにも干渉できるため、その気になれば恐ろしい悪事を引き起こすことも可能である。

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