源太郎の逆襲
衝撃の事実が明かされた直後ということもあり、ただでさえ視聴覚室の中には物々しい雰囲気が満ち満ちていた。だが、それは唐突に響いた「カシャ」というシャッター音と共に破られることとなる。
あまりにもこの場に似つかわしくない効果音に、徹人と日花里は一斉に入り口を注目する。そこにいたのは、下賤に口元を上げている源太郎と、腕を組んでいる取り巻きの京太だった。源太郎の右手には携帯電話が握られている。
それと先ほどの音を合わせて考えてみれば、源太郎に何をされたのか明白であった。
「みーちゃった、みーちゃった。お前ら、放課後にこんなところで二人っきりなんてお熱いな」
「ひゅーひゅー」
囃し立てながら、なおもシャッターを切る。慌てて距離をとるも、もはや後の祭りだった。なにせ、問題の携帯電話の画面には、徹人と日花里がほぼ密着している画像が収められていたからだ。
「源さん、まさかこんなお宝写真がゲットできるとは思いませんでしたね」
「そうだな。これはいい掘り出しもんだぜ」
「源太郎、お前らどうしてこんなとこに」
「俺たちはただファイトモンスターズができる場所を探してここに来ただけだ。お前に復讐するために秘密の特訓をしたかったんだが、教室だとギャラリーがうるさいからな」
「でもまさか、こんな形で復讐できるとは思いもよらなかったですよね」
「そうだな。へへ、いい写真を手に入れたぜ」
まさしく、最悪の相手が最悪の写真を手中に収めてしまっていた。源太郎のことだから、これを利用してどんな卑怯な策をとってくるか見当もつかない。
「こんなお宝、俺たちだけのものにしておくのはもったいないな。俺のダチというダチにばらまいて、学校中に拡散してやろうかな」
「それがいいっすね」
「あんたたち何考えてんの。さっさと消しなさい」
「嫌だね。あの時、この俺に恥をかかせたお返しだ。今度はお前ら二人に存分に恥をかかせてやる。ほらほら、メール送信押しちゃうぞ」
日花里が携帯電話を取り上げようと掴みかかるが、源太郎は身長差を利用して彼女を弄んでいる。こんなスキャンダル写真が出回った場合、より大きなダメージを受けるのは間違いなく日花里だ。女子の間の噂の流布の恐怖はいつの時代も不変である。
少し後ろめたい気持ちのあった徹人であったが、これがもとで日花里が精神的苦痛を受ける方がよほど耐え切れなかった。いいように愚弄されて顔を歪ませている彼女を放っておくなど、紳士の風上にもおけない。
「やめろ、源太郎。さっさとその写真を消せ」
恫喝する徹人だが、源太郎のふてぶてしい態度は居直る様子がない。それどころか、京太を連れ添ってずいと切迫してきたのだ。
「卑怯者が随分な口を利くじゃねえか。分かってるんだぜ、お前があの時に反則を使ったってな」
「反則って、お前までそんなことを言うのか」
「しらばっくれるつもりだな。おい、京太、説明してやれ」
源太郎に促され、京太がくいと眼鏡を上げる。ただそれだけの動作なのに、軒並みならぬ威圧を感じた。
「前に源さんと戦った時、ライムのバブルショット一撃でメガゴーレムが倒されましたよね。いくら弱点の技とはいえ、バブルショットは中堅の攻撃技でしかないはず。それで防御のアビリティを持つメガゴーレムを一撃必殺するなんて、どうにもおかしいと思ったんですよ。
それで、ファイトモンスターズのダメージ計算式を用いて、あの状況でバブルショットを撃った場合のダメージをひねり出したんです。すると、どうなったと思います?」
「い、一撃だったんじゃないのか」
「随分とバカなことを言いますね。答えは、バブルショットでは倒せないです。あの局面でメガゴーレムを一撃で倒すには、ギルシャークの攻撃力をスキルカードで強化し、水属性最強クラスの技、ウェイブダイブでも放たない限り無理なんですよ。
まあ、バブルショットでも倒すことができる方法が一つだけ存在します」
「それが防御力をゼロにするってわけだ」
「防御力をゼロって、そんなことできるわけ……」
そこで徹人が言葉を切ったのは、思い当たることがあったからだ。いや、あってしまったというべきか。
ライムはデータを書き換えることができる。もしかして、徹人が意図しない間にメガゴーレムのステータスを変更してしまったとすれば。そして、その不安は見事に的中してしまうのである。
「できるわけないか。ふざけたことをいうな。じゃあ、俺のメガゴーレムのステータスを見せてやろう。これでもう言い逃れはできないぜ」
メガゴーレム 土属性
アビリティ 屈強な体:受けるダメージを軽減する。
HP 877
攻撃力 903
防御力 0
素早さ 216
それを目の当たりにした徹人は開いた口が塞がらなかった。ステータス値ゼロなど、最低レベルのモンスターでも出せる数値ではない。それに、スキルカードでステータスを変更したとしても、バトルが終われば元に戻るはずだ。なのに、あのバトルから一週間以上経ってこのステータスのままなら、データそのものを書き換えられたと断定せざるを得なかった。
「ライム、お前あの時にステータスを変更したのか」
助け舟を求めるようにライムに声をかける。ただでさえしゅんとしていた彼女だが、更になで肩となり、申し訳なさそうに首肯する。
「やっぱりまずかったかな。私、データを書き換えることができるって分かっちゃったから、テトを助けようとあのお人形さんにおまじないしてみたの」
「おまじないって、まさか」
そのキーワードに、先ほどのジオドラゴンとの戦いがフラッシュバックする。ライムはそんなことを言ってジオドラゴンに体に触れていた。よもや、あの挙動だけでデータに干渉し、その数値を操作していたとは。
「モンスターの方から自白してくれるとは、詮索する手間が省けたぜ。お前が先に卑怯な技を使って俺に勝った。だから、その仕返しとして、この写真をばらまく。どうだ、筋が通ってるだろ」
身に覚えがなかったとはいえ、その理論を持ち出されると、徹人が先に手を出したことになってしまう。そうなれば、報復もやむを得ずだった。
徹人はちらりと日花里を見遣る。「写真を消しなさい」と京太に向かって喚き散らしているようだが、京太は嘲って取りあおうとしない。次第に嗚咽が混じってきており、それがまた徹人の胸を苦しめた。
「指示した覚えはないけど、卑怯な手を使ってしまったのは事実だ。それは謝る。けれども、写真をばらまくのはやめてくれ。田島さんはなんら関係がないだろ」
「素直に謝ったのは認めてやるが、この写真は消せないな。っていうか、こんな面白いもん消す方がどうかしてるぜ」
「頼む、なんでもするから」
深々と詫びる徹人であったが、源太郎はその直前に放ったセリフに反応していた。わざわざ腰を曲げ、徹人と視線を合わせる。
「なんでもするって言ったよな。それならまずは土下座してもらおうか」
「土下座、ですって」
衝撃的な一言にその場が凍りつく。それはライムもまた同じであった。彼女に「土下座」という概念はないため、それがどういう行為かは分からない。だが、流れからとてつもない辱めを徹人が受けようとしているということは察することができた。
「伊集院君、いくらなんでもそんな命令を受ける必要はないわ」
「へえ、じゃああの写真をばらまかれてもいいんですね」
京太に脅され、日花里は二の句を告げずにいた。ここで躊躇ってしまう自分がもどかしかったが、どうにも口が開いてくれなかったのだ。
徹人は無言のままその場に両膝をつき正座をする。そして、そのまま額を地面に密着させた。あまりに無様な格好に堰が切れたのか、日花里の眼からぽろぽろと涙がこぼれる。
「馬鹿だろこいつ、本当にやりやがったぜ」
源太郎と京太は揃って爆笑する。徹人はじっと歯をかみしめて耐えていたが、突如背中にとてつもない衝撃が襲い掛かった。体を起こそうとしても、圧力で更に沈まされる。
「おらおら、もっと姿勢を低くしないと駄目だろうが」
顔を上げられない徹人は自分の身に起きていることを把握できなかったが、源太郎が右足で徹人の背中を踏みつけているのだ。体重を掛けられるたびに胸が圧迫され、徹人は咳をもらす。
「源さん、こいついい気味ですよね。せっかくだからこれも写真撮っておきますか」
「ああ。だけど、こっちは拡散するなよ。俺が苛めていたなんて噂が流れたら色々と厄介だからな」
揚々と源太郎は京太に携帯電話を手渡そうとする。しかし、その手ははたと止まった。ここで両者の間で受け渡しに支障が出るとは考えられなかった。ならばなぜ動きを止めたかといえば、突然障害が立ちふさがったからに他ならない。
技紹介
バブルショット
水属性の中堅攻撃技。シャボンの弾丸を飛ばして攻撃する。
特殊な効果はないが、そこそこ威力もあり、命中率も高いので使いやすい。
火属性のヒートショットのように、これと同性能で属性を変更した技がいくつか存在する。




