ライムの正体
「まあ、こんなもんよ。ねえ、テト、私勝ったよ」
無邪気にすりよるライムだったが、徹人は労いの言葉をかける心持ちになれなかった。相手を混乱させて自傷により自滅させるという戦法もあるので、用いた手段は決して卑怯ではない。それでも、気持ちのいい勝ち方ではないのは事実。ましてや、相手が相手だけにどうしても素直に喜ぶことができずにいた。
勝利した徹人が腑抜けているのだから、敗北した日花里はなおさらだった。ジオドラゴンは体力が尽きて伏しており、それを労うかのようにひたすら撫でている。その手がすり抜けてしまってもなお撫で続けているのがどうにも痛々しい。
「あの、田島さん」
徹人が声をかけるや、日花里は顔を上げ歩み寄ってきた。責められると思い、自然と及び腰になる。
「完敗だわ」
開口一番に落胆した声を出せれ、徹人は「へぇ」と間抜けな反応をした。
「まさか、あんな方法で勝利するとはね。こんなことをされちゃ、勝てる勝負も勝てないわけだ」
「いや、あれは本当に偶然なんだ。運が悪いにしては相当だけどさ」
「そうね。約百万分の一の確率で発生する現象を引き当てるなんて、相当運が悪いわね。でも、それを意図的に起こせるとしたら話は別じゃない」
「意図的に、そんなことできるわけないだろ」
つい怒号を発してしまったが、日花里は怯む気配がない。それが逆に徹人をたじろがせることとなる。
実は、日花里は父親からライムに関するある能力を聞かされていた。それは憶測の域を出ないのだが、到底信じられるものではなかった。
しかし、この戦いにおいて、その推測を上回る不可解現象が発生してしまった。予備知識がなければさすがの日花里でも取り乱しただろうが、父親から聞かされた情報を元にすると、しっくりとつじつまが合うのだ。
そして、徹人の様子からすると、彼は本気でライムの正体を知らない可能性が高い。ならば、ここで真実を告げるべきである。
「普通なら意識してできるわけない。でもそのモンスター、ライムがゲーム中に発生する確率を自由に操作できるとしたらどう」
「ライムが確率をいじっているだって」
あまりにも荒唐無稽な言いがかり。そう反論しようとしたのだが、ふと徹人は思いとどまった。
それは思い当たる節があったからに他ならない。発生確率十パーセントの九死に一生を十回連続で発動させる。そんな宝くじを当てるぐらいの奇跡を起こしたばかりだというのに、今度もまたそれ相応の確立を引き当てている。単に運がいいでは済まされないレベルに達しているのは事実であった。
「もっと言うなら、いじることができるのは確率だけではないかもしれないわね。例えば、ステータスとかも自由に変更できるのかも。そこまでやってないとしても、確率を変更するなんていうインチキをしたのは事実なんじゃないの」
「おい、そりゃないだろ。第一、そっちのジオドラゴンも逆鱗を使った時に異常な強さを発揮したじゃないか」
「そうね。それは謝るわ。あの戦いを見ていてさすがにおかしいと思ってたの。たった一枚のカードであそこまで戦況が覆るなんて、どこか細工してあるかもしれないって。案の定、通常以上にステータスが強化されていたみたいだけど、今となってはそれは些末なことよ。なにせ、これが子供だましに思えるくらいの不正が発覚したんだから。
このカードはある人から託されたものだけど、これを使えばまず負けることはないって聞かされたの。もし相手が勝つことがあったら、チートを疑ってもいいって。よもや、こんな分かりやすい形で露呈するなんて思わなかったけど」
「さっきから何を言ってるんだ、田島さん。変な物言いをつけるのなら、さすがに怒るぞ」
怒鳴りながら詰め寄るが、日花里は臆することなく睨み返してくる。
そして、ついに決定的一言が放たれることとなる。
「ならば、単刀直入にそのライムというモンスターの正体を教えるしかないわね。ライムはバグで生まれたモンスターじゃない。その正体は、コンピューターウイルスよ」
コンピューターウイルス。コンピューターに感染し、様々な不具合を起こす存在。日常生活に密にコンピューターが関わっているこの時代、その脅威は小学校低学年でも知るところとなっていた。もちろん、徹人もコンピューターウイルスそのものは知っていた。
しかし、まさか自分が使っているモンスターがウイルスだったとは。そんなことを急に言われて信じろと言う方が無理である。
「とんだ言いがかりだな。ライムがコンピューターウイルスだって。どこにそんな証拠があるんだ」
「さっきからその証拠を説明してるじゃない。コンピューターウイルスには色々種類があるけど、そいつは感染した先のコンピューターのデータを書き換えるやつみたいね。例えば、技の発動確率を変更するなんてことは、ゲームの開発者じゃないと不可能。もしくは、チートツールを使えばできるだろうけど、あなたはそんなもの持ってないわよね」
「もちろんだ。そんな卑怯なことはしていない」
「開発者でもなく、チートツールも使わない。なのにデータを変更できるとしたら、残された可能性は……」
「コンピューターウイルス。でも、ライムがそうなんて……」
どうしても否定したかったが、ライムがコンピューターウイルスであり、なおかつデータを書き換えることができるとしたら腑に落ちる現象が幾多もあるのだ。
例えば、ライムが多属性の技を使うことができる事。使用できる技の一覧にはバブルショットしか表示されていないのに、ヒートショットやらマシンガンシードやらあらゆる射撃技を使っている。
これをデータ書き換えということを念頭に置いて考えてみると、ライムはヒートショットを使っているようで、実はバブルショットを使っているに過ぎないということになる。詳しく説明するなら、バブルショットの属性、威力、技モーションのデータを変更し、あたかもヒートショットを使っているように見せかけているのだ。
九死に一生の件も、本来十パーセントである発動確率を百パーセントに上げてしまえば、ダメージを受けても必ずHP一で耐えることのできる反則スキルに進化させることができる。
着替えや変身だって、自らのグラフィックデータをいじれば容易だろう。唯一、ステータスの変更だけは心当たりがなかった。それでも、その気になれば全能力最大値という化け物になることができる。
ここまで心当たりがあっては、むしろコンピューターウイルスではないと否定する方が難しかった。それでも、おいそれとその事実を受け入れられるわけでもない。よって、徹人は必至の抵抗を試みる。
「そもそも、どうしてライムの正体がコンピューターウイルスなんて発想が出てきたんだ。田島さんはファイトモンスターズをやったこともなかったはずじゃないか」
「もっともな疑問ね。それに答えるにあたって、確認しておきたいことがあるのだけれど、伊集院君は田島悟という人物を知っているかしら」
「田島悟。ああ、知ってるさ。っていうか、僕たちの間じゃ神様的存在だよ。なぜなら、ファイトモンスターズを作った人だからね」
ファイトモンスターズのマニアの間では、プログラマーの秋原、グラフィックの木下、シナリオの園田、サウンドの黒田という各部門のトップは四天王という愛称で呼ばれている。そして、彼らを束ねる田島悟はこのゲームの創造主でもあり、敬意を込めて「神」と称されていた。
ただ、唐突に日花里がその神のことを引き合いに出すのは不可解であった。けれども、その疑問は意外な事実とともに払拭されることとなる。
モンスター紹介
ライム 水属性
アビリティ 九死に一生
技 バブルショット 自爆
ネオスライムがバグによって変化した存在と思われたが、その正体はコンピューターウイルス。
データを自在に書き換える能力を持っており、それによりバブルショットの属性やモーションを変更し、あらゆる敵に対処することができる。
必殺技は自爆。本来なら使用後に戦闘不能になるが、その反動ダメージに発動率百パーセントの九死に一生を適用することで、自分だけは首の皮一枚で生き残ることができる。
攻守ともに隙が無いまさにチートモンスターであるが、実はある弱点が存在する。また、データ書き換え以上に恐怖となる能力も持っているのだが、これらについて徹人が気づくのはもう少し先の話である。




