ネオスライムVSギルシャーク前編
授業を終えて部活動に向かう生徒もいる傍ら、幾人かの生徒はそのまま教室に留まっていた。徹人もまた、教室居残り組の一人であった。
「徹人、今度はオレと勝負しようぜ」
「そうだな。気晴らしに相手してやるか」
「気晴らしってのはひでえな。言っておくが、最近強いモンスターを見つけたんだ。そう簡単には勝たせるかよ」
校則で禁止されているとはいえ、それを素直に守ることができる者ばかりでないというのは明白。特に、全国的に爆発的な人気を誇っているゲームが手軽にできる環境にあるとあればなおさらだ。
徹人と悠斗は隣同士の席に座り、パソコンからインターネットに接続。あるブラウザゲームのページを立ち上げた。それはファイトモンスターズというものであった。
三年前の二千三十二年にサービスを開始したブラウザゲーム「ファイトモンスターズ」。探索して手に入れたモンスターを育て、オンライン環境で全国のプレイヤーと戦わせるという内容だ。
オンラインゲームゆえに、定期的にモンスターが追加され、その総数は数千とも言われている。その豊富なモンスターの組み合わせによる多彩な戦略も魅力の一つだが、それ以上に画期的なとある機能がブームの火付け役となっていた。
それぞれ、マイページにログインし、対戦相手のIDを指定して対戦モードに入る。もちろん、相手はそれぞれ徹人と悠斗だ。
対戦が開始されるや、二人の周囲にホログラムが展開され、あの闘技場へと舞台が変わる。そして、徹人は帽子を後ろ向きに被った少年、悠斗は金髪ロングヘアのニヒルな青年へと姿を変えた。
ファイトモンスターズ最大のウリは、ブラウザゲームとしては初めて三次元ホログラムによる対戦を実現したという点である。元々、三次元ホログラム自体は以前より家庭用据え置きゲーム機で実用化され、周辺環境までホログラム化させる技術も数年前に発売されたゲームで取り入れられていた。その家庭用ゲーム機のホログラム技術を流用し、ブラウザゲーム向けに改良して作成されたのがこのゲームである。
周辺環境を闘技場の他、荒野や草原などあらゆるフィールドに変えることができる他、モンスターの使い手であるプレイヤーの見た目も自身の作成したアバターを投影させることができる。これはオンラインで遠距離にいるプレイヤーと対戦するときのために導入されたものだ。
もちろん、実際に戦うモンスターもすべて三次元ホログラムによって現実世界に投影される。徹人ことテトは先ほどの戦いでも用いたネオスライムを召還する。対して、悠斗ことキリマロは体長三メートルにほど近い、巨大なサメ型モンスターギルシャークを繰り出した。
「あれ、前はスミロドス使ってなかったか」
「速攻雷撃の戦法も流行したけど、今や時代はこのギルシャークが主流だぜ。お前は相変わらずネオスライムなんだな。今どき、そんな古いモンスター使ってるやついないぞ」
「別に良いだろ。お前のそのよく分からんコードネームも相変わらずだし」
「これは気にすんな。暗殺者キリマロから取っただけだ」
ちなみに、暗殺者キリマロは現在放送されている深夜アニメで、そのシリアスな展開から今期覇権アニメの候補にも挙がっている人気作である。悠斗は時流によってコードネームを変える癖があり、少し前は人気お笑い芸人「世界の果てまで行って鬼太郎」から「キタロウ」という名前を使っていた。
モンスターの召還が完了すると、ステータス補正が発動し、両者のモンスターの能力値にボーナス値が加算される。このゲームでは、戦闘に参加させるモンスターを三体まで選ぶことができる。ただし、三体すべて選出すると、ハンデとしてステータスが下降してしまう。逆に、単体で勝負を挑むと、ボーナスでステータスが上昇する。強力な能力を持つモンスターのステータスを上昇させ、一体のみで勝利するか。あるいは、様々なモンスターを駆使してチームワークで戦うか。パーティ編成の段階から勝負が始まっていると言っても過言ではない。
テトとキリマロは今回それぞれ、ネオスライムとギルシャークの単体で勝負を挑んだため、ボーナスが発動してステータスが上昇したというわけだ。
そして、両プレイヤーの前に五枚のカードが展開する。このスキルカードこそ、ファイトモンスターズの醍醐味でもある重要要素だ。
バトルは基本的にモンスターが習得している技を出し合って戦うが、プレイヤーは好きなタイミングでスキルカードを使い、戦闘に介入できる。その効果は、モンスターの攻撃力を上昇させる基本的なものから、特定攻撃を無効化する切り札までピンからキリまである。カードによっては一気に戦局をひっくり返すことも可能であるため、一回の戦闘で使用できるのは予め選択しておいた五枚のみと決められている。
テトが今回選択したのは次の五枚のカードである。
硬化:モンスターの防御力を大幅に上昇する。代わりに素早さと回避率が減少する。
回復:モンスターのHPを回復する。
加速:モンスターの素早さを上げる。
炎化:相手の属性を炎に変化させる。
変身:相手に変身する。
また、総データ量が膨大となっている影響か、スキルカードやモンスターはUSBカード形式のメモリカードにバックアップとして保存できるようになっている。リアルでのイベントで限定のカードやモンスターを配布する際はこのメモリカードに書き加えられるので、プレイする上での必須品ともされていた。
「準備も整ったことだし、さっそく始めようぜ」
「望むところだ」
意気込むテトとキリマロに合わせ、試合開始のブザー音が響く。先に動いたのはキリマロであった。
「速攻雷撃を超える新戦法を見せてやる。オレはスキルカード大海を発動。フィールドを大海原へと変化させる」
「いきなりスキルカードだって」
唖然としているテトをよそに、闘技場のホログラムデータが分解され、新たなフィールドが構築されていく。さんさんと照りつける太陽。その陽光を大海原が反射している。プレイヤーの足場となる小島の他は、果てしなく波立つ海が広がるばかりだ。ネオスライムは体を溶かして海面を漂っており、その様はクラゲを連想させる。ギルシャークはサメらしく背びれを覗かせ、海中へと身を潜めていた。
「海のフィールドは水属性モンスターのステータスを更に上昇させる効果が合ったよな。悠斗のギルシャークにはうってつけだが、僕のネオスライムもまた水属性。こっちにも恩恵がある」
「それは織り込み済みだ。ギルシャークのアビリティ発動」
各モンスターにはアビリティが設定されており、特定環境下で更にステータスを上昇させるなど、様々な効果を発揮させることができる。
ギルシャークはアビリティを発動させた途端、目にも止まらぬ速さで海中を移動し始めた。勢いよく吹き上げられていく水しぶきでびしょ濡れになりそうだった。もちろん、この水しぶきはホログラムで再現されたものなので、実際にはずぶ濡れになることはない。
「競艇やってるみたいだな。ギルシャークってこんなに速かったっけ」
テトが素っ頓狂な感想を抱くのも無理はない。サメが泳ぐ速度は大体時速二十から三十キロとされているが、目の前のギルシャークは明らかにその倍以上の速度で泳いでいる。暇つぶしにテレビで競艇の中継を見たことがある徹人だったが、眼下のサメはその動きを彷彿とさせたのだ。
「ギルシャークのアビリティ。フィールドが海の場合、素早さを上昇させることができる。その数値はスミロドスのアビリティ発動時を上回る。そして、俺は狂化を発動」
キリマロが二枚目のスキルカードを発動すると、ギルシャークのHPゲージが半分まで減少する。代わりに、ギルシャークの体が赤く光り、鋭い牙を剥き出しにし、ネオスライムを威嚇し出した。
「狂化はHPを半分にする代わりに、攻撃力を急激に上昇させるカード」
「いや、説明してもらわないでも分かっている。これってスミロドスでやってたことをギルシャークに変えただけだろ」
「アレンジと言って欲しいな。スミロドスとマッチした際、素早さで優るギルシャークが先に攻撃できる。だから、現環境だとギルシャークの方が主流だぜ」
ちなみに、大海のフィールド効果を打ち消されると素早さが元に戻るため、フィールド操作のカードを忍ばせてスミロドスを繰り出すという戦法をとるプレイヤーもいる。雷を操るサーベルタイガー型モンスターのスミロドスは属性相性からするとギルシャークの天敵のため、ギルシャークのアビリティさえ封じれば完全に優位に立つことができる。
その対抗手段として、キリマロはスキルカードを打ち消す対抗を控えていたのだが、テトがフィールド操作カードを持っていないと読んだため、そのまま攻撃に転じることにした。
「スキルカードによって攻撃力と素早さを大幅に上げて、一発で勝負を決める。これこそ、主流の超速攻戦術だ。ギルシャーク、ウェイブダイブ」
ギルシャークは旋回速度を上げ、水しぶきを巻き上げながらネオスライムへと迫る。津波とともに対象へと体当たりを仕掛ける水属性の中でも高威力を誇る攻撃技だ。
「相当防御力を上げていないと、この攻撃を受けることはできない。まして、ネオスライムなんかじゃイチコロだ。悪いけど、この勝負はもらった」
勝利を確信したキリマロは前のめりになりながら動向を見守る。だが、テトはこの攻撃に対し動揺する素振りはない。ゆっくりと眼前のカードのうち一枚を指し示し、効果を発揮させる。
「スキルカード硬化」
発光とともに、ネオスライムの全身が金属質に変化する。その直後に、大波をまとったギルシャークが突撃してきた。
モンスター紹介
ギルシャーク 水属性
アビリティ 大海の覇者:フィールドが「海」の時素早さを大幅に上げる。
技 ウェイブダイブ
海中に身を潜め獲物を狙う巨大なサメのモンスター。一度狙った獲物はどこまでも執拗に追いかけ息の根をとめる。