ライムVSジオドラゴンその1
「ご託はいいから早く戦うわよ。えっと、このバトル開始ってので戦闘が始まるのよね」
そう言いつつ日花里は画面上のボタンをクリックする。すると、フィールドホログラムが起動し、視聴覚室を闘技場へと変換していく。徹人も後ろキャップの少年アバターテトへと姿を変えた。
そして、日花里はショートボブでカーディガンとミニスカートを身に着けた美少女のアバターへと変貌する。髪型のせいか、その姿は元の日花里と瓜二つであった。アバターを示すコードネームは「ライト」と表示されていた。
互いにエントリーしたのは実体化させたモンスターのみであるので、ボーナス値で能力が上がる。テトは手慣れた手つきで、ライトはおっかなびっくりスキルカードを選択し、いよいよ戦闘が開始される。
「ライム、接待バトルをしろって言ったけど前言撤回だ。ジオドラゴンはかなり高いステータスを持ったモンスターだから、油断していると痛い目に遭う」
「じゃあ、本気出していいんだね。それで、どんな攻撃がいいの」
「ジオドラゴンは自然属性だったはずだから……よし、ヒートショットだ」
「オッケ」
ライムは指を機関銃のように曲げ、人差し指の指先から炎を発生させる。燃え盛る炎を、泰然としているジオドラゴンへと一直線にぶつける。
特段指示を出されていないこともあり、ヒートショットは呆気なく命中し、HPゲージを削る。ジオドラゴンは素早さを犠牲にしている分、攻撃力と防御力が高いメガゴーレムと似たタイプのモンスターだ。なので、弱点を突いているにも関わらず、HPは半分以上を残している。
「あの小娘、なかなかやりおるな。主よ、我が力を見せてやろうぞ。指示を頼む」
「指示って、このメニューにある技を言えばいいの。えっと、アースクエイク」
日花里が気恥ずかしそうに技名を読み上げると、ジオドラゴンは前脚を連続で踏み鳴らし、大地を揺らす。それにより地割れが誘発され、それがライムへと襲い来る。
十分に回避できる攻撃であるはずだが、戦い慣れているテトにとってこの一撃はある意味予想外であり、それが故に指示が遅れる。そのせいでライムも始動にもたつき、直撃を受けてしまう。
しかし、HPゲージはさほど削られず、まだ四分の三以上も残している。ライムもケロッとした顔で、ワンピースについた砂埃を払っている。
「あれ、意外と痛くないわね」
「ありえぬ。我が攻撃が通用しないだと」
「ちょっと、あまり効いてないじゃないの」
八つ当たりをしているライトに苦笑しつつ、テトは解説を始める。
「効果が薄いのは当たり前なんだ。モンスターには属性があって、例えばさっきのライムの火属性攻撃ヒートショットは、自然属性のジオドラゴンには効果抜群。逆に、アースクエイクは土属性攻撃だから、水属性の僕のライムには効果があまりないんだ」
様々な属性の攻撃を使えるために把握しにくいのだが、ライムは水属性のネオスライムが変化した存在として扱われているため、属性攻撃判定は水属性が適用されている。今になって思えば、ゼロスティンガーのライジングレーザーで異常なダメージを受けたのは、属性による加護もあったかもしれない。
ちなみに、テトの反応が遅れたのは、初動でわざわざライムに効果が薄い属性の技を使ってきたからだ。土属性のメガゴーレムならともかく、自然属性のジオドラゴンがそれを選択するのは不可解だった。
すらすらと説明されたせいで、ライトは唖然としていた。
「このゲームって、技を叫んで攻撃するだけかと思ってたけど、意外と頭使うのね。じゃあ、これはどうかしら。ガイアフォース」
指示を受けたジオドラゴンは、咆哮とともにオーラを発する。口元にエネルギーが集約していき、鎌首を持ち上げて標的を定める。
「大地の加護を受け、我が力をこの一撃に託す。大自然の裁きを受けよ」
前口上とともに、ジオドラゴンはライムへとブレスを吹きかけた。しかも、ただのブレス攻撃ではなく、大地に眠るオーラを纏い、さながらエネルギー砲と化している。
ライムは回避行動に移るが、予想以上に攻撃範囲が広く、逃げ切れずに被弾してしまう。弱点である自然属性の技というせいもあって、一気にHPが減少する。
「もう、いきなりこんなの使ってくるなんて聞いてないわよ」
「あの技は注意が必要だな。ジオドラゴンのアビリティは容赦なき追撃だったはず。あのアビリティは相性が抜群の技を使った時に威力を上げることができるんだ。ただでさえ大ダメージを受けるのに、その威力を上げられたら恐ろしいことになるぞ」
ジオドラゴンが使用できる技は自然と土の二属性のみだが、アビリティのおかげで、得意属性の相手にはめっぽう強いという特徴を持つ。水属性のライムは絶好のカモとなってしまっていた。
「へえ、この技だったら効率よくダメージを与えられるってわけね。ジオドラゴン、もう一回ガイアフォースよ」
「了解した」
敵に塩を送ってしまったが、相手が初心者なのでこのくらいはハンデとして目をつむることにする。
ただ、テトは素直にやられるつもりはさらさらなく、技の発動を確認するや、対抗してスキルカードを発動する。
「スキルカード炎化。これをライムへと使用する」
ライムの属性が炎へと変換されたことで、ガイアフォースが命中するもののダメージは大幅に減少する。
「ねえ、また全然効かなくなったわよ」
「スキルカードのせいで、自然属性の我が技が半減されたのだろうな。あの少年、なかなかやりおる。しかし、炎属性であればまだ対抗の手立てはある」
「もしかして、こっちのアースクエイクなら効果があるってこと。それに、このスキルカードってのを使えば威力を上げることができるみたいね。えっと、地力発動」
ライトのスキルカードの加護を受け、威力を上昇させたアースクエイクが襲来する。地力は土属性の技の威力を大幅に上げる効果を持つ。加えて、火属性になっているので直撃すればかなりの痛手となってしまう。
もちろん、そんなことは承知の上なので、テトはライムに回避を指示し、攻撃を空振りさせる。
「惜しかったな。あれが決まっていれば正直危なかったぜ」
「もう、回避するなんてずるいわよ」
頬を膨らませた日花里は、更にアースクエイクで追撃を試みる。対してテトはヒートショットで応戦する。
戦闘経験の差が表れているのか、ジオドラゴンの技はことごとく空振りに終わり、ライムの攻撃で着実にHPが減らされてしまう。ライムが全くと言っていいほど体力が減少していないのに対し、ジオドラゴンはあと一、二発でダウンというところまで追いつめられていた。
このままでは敗北は濃厚。そう悟った日花里は控えてある二枚のスキルカードを見遣る。父親より送られたスキルカードのうち、三枚は変哲のない通常カード。技の威力を上げる地力と草力。それにHPを回復させる回復だ。相手が火属性になってしまっているので、草力は出番がなく、回復は技の応酬の合間にすでに使用してしまっている。
残る二枚のカード。これは、父親から託されたいわば特殊カードであった。ふと目を閉じると、あの夜の会話がフラッシュバックする。
「送った五枚のスキルカードのうち、二枚は切り札となる強力なカードだ。そのうちの一枚、逆鱗はバトルで負けそうになった時に使うといい」
「負けそうになった時って、負ける前提みたいで失礼ね」
「失礼な物言いかもしれんが、その少年、伊集院徹人はかなりの実力者とみている。この私が直に戦ったのだから間違いない。ファイトモンスターズを初めてプレイする日花里では、正直勝てる相手ではない。
だが、心配しなくても対抗手段は用意してある。それがこのカードだ。これさえ使えば、どんな状況でも逆転が可能。極論からすれば、これを使ったジオドラゴンに勝つには、それこそチートでも使わなくてはならない。ターゲットとなるライムの化けの皮を剥がすのに貢献してくれるだろう」
残り体力からして、逆転を狙うにはこのカードを使うしかない。しかし、直感ではあるのだが、どうにもきな臭さを感じて仕方ないのだ。ゲームをやり慣れていない日花里にとって、カード一枚だけで状況をひっくり返せるなんて、到底信じることができなかった。
躊躇している間にも、テトはとどめの一撃を放とうとライムに指示を飛ばす。彼女の指先に炎が発生し、まっすぐにジオドラゴンを捉えている。弱点属性の技なので、あれを受ければ確実にやられる。
モンスター紹介
ジオドラゴン 自然属性
アビリティ 容赦なき追撃:相性がいい技で攻撃した時、その技の威力を上げる
技 ガイアフォース アースクエイク
AI搭載のモンスターの中では現時点最強とされている、緑の鱗のドラゴン。
自然と土の技を使いこなし、アビリティの威力を上げることができるので、水や雷属性の敵には無類の強さを発揮する。反面、風属性が相手だと手も足も出ないという両極端な性質を持つ。
AIでの口癖が厨二病なのはライム曰く「製作者の趣味」だそうだ。
ちなみに、モデルとなったのはポケモンのガブリアスである。




