クラスメイトの日花里が勝負をしかけてきた
ゼロスティンガーとの激闘を繰り広げた翌日。徹人は悠斗とファイトモンスターズの話題で盛り上がっていた。
「チートな能力を持ったサソリの機械型モンスターね。ゼロスティンガーなんてやつは聞いたこともないし、不正に出現させたやつなんじゃないの」
「やっぱりそうか」
全国対戦の最新情報に詳しい悠斗にあのモンスターについて尋ねてみたものの、やはり未知のモンスターという線が濃厚のようだ。もしくは、ライムと同じくバグによって生み出されたモンスターだろうか。どちらにせよ、そんな不可解なモンスターを使ってくる以上、対戦ブロックしておくに越したことはなかった。
「そういや、そろそろゲーム内で新イベントやるみたいだけど、どんなモンスターが配信されるんだろうな。前はAIモンスターがガチャで追加されて、一年ぐらい前にやったイベントの復刻だったから、今度は完全新規のイベントやってほしいぜ。まあ、徹人はどんなイベントをやろうとネオスラ、じゃなくて、そのライムっていう女の子のモンスター使うんだろ」
「分かってるじゃないか」
腕試しで限定イベントのボスモンスターと戦うことはあるのだが、戦闘後にドロップして仲間になったとしても、育てることはあまりなかった。なので、徹人のモンスターボックスの中には、初期レベルのままのボスモンスターが数多く眠っている。
例の如く部活動の時間が来たということで、悠斗は別れを告げて教室を後にする。徹人も教室を出ようとした時、つかつかとこちらに歩み寄って来る影があった。
「伊集院、君」
いきなり名字で呼ばれたため、身を固くする。しかも、男子ならばともかく、相手は明らかにそうではない。ゆっくりと首を傾けるや、あまりにも意外な相手に徹人の心臓は高鳴った。
髪を短く切りそろえ、ぱっちりとした瞳を伏せ目がちにしている少女。それは紛れもなく日花里であった。
「ちょっと、話があるんだけど、いい」
「え、ああ、うん、いいけど」
本当は部活動があるのだが、機械的に承諾してしまう。日花里はどことなくよそよそしく、頬に赤みがかかっていた。かくいう徹人も、先ほどから心臓が太鼓の達人の最高難易度曲をプレイしていてどうしようもない。
日花里はきょろきょろと周囲を見渡したのち、無言で徹人の制服の襟を引っ張る。それにつられて徹人が立ち上がると、小声で「ついてきて」と囁かれる。訳の分からないうちに、為されるがまま徹人は日花里に連れられ、教室を後にする。
そのまま互いに言葉を交わすこともなく、二人は学校内を闊歩していく。両者、会話する余裕がなかったといったほうが正確かもしれない。徹人の教室があるのは二階であるのだが、日花里は脇目も振らずに上り階段に足を踏み入れる。てっきり下の階に用事があると思い込んでいた徹人は、そこで首を傾げる。
「ねえ、どこに行く気なんだ」
そう訊ねてみても、「いいから」とだけ口止めされ、黙々と階段を上がっていく。
校舎の最上階には音楽室があり、吹奏楽部が音合わせのために賑やかな音を鳴らしている。それを背景音楽にしながら、真逆の方向に歩を進めていく。その先にある特別教室といえば、視聴覚室であった。
VTR教材を用いた授業などで利用されることはあるが、ここを活動拠点とする部活動は存在しない。つまり、放課後の時間帯は空き教室となっているわけである。わざわざこんなところに女子生徒が男子生徒を一人だけ連れ込む。その意図を勝手に察し、徹人の心臓は自爆寸前にまで追いつめられるのであった。
日花里はドアから首だけ出して周囲を確認すると、静かにその扉を閉める。そして、無言のまま、徹人と向き直った。まともに彼女の姿を直視できない徹人とは対照的に、日花里はまっすぐに彼の姿を捉えている。
「細かい前置きは面倒くさいから、単刀直入に要件を言うわ」
心の準備もできていないのにそんなことを切り出され、徹人は平生を保つのに精いっぱいだった。発言しようにも「ああ」という吃音しか絞り出すことができない。
完全に挙動不審な徹人を尻目に、日花里は机に置いてあるパソコンに手を置いた。
「私とファイトモンスターズで戦ってほしいの」
「あ、も、もちろん、僕も……って、ええ?」
予想の遥か斜め上の提案をされ、徹人は開いた口が塞がらなかった。彼女の口から「ファイトモンスターズ」という単語が飛び出すことすら意外だったのに、加えて戦ってほしいとはどういう了見か。
「戦ってほしいって、田島さんもあのゲームやってたのか」
「まあ、ちょっとね。あんたたちが夢中になってるから、どんなもんかと遊んでみただけよ」
「そ、そうか。バトルすること自体は構わないけど、どうしていきなり僕なんだ」
「え、えっと、それは……」
ここで初めて日花里の目が泳ぐ。普通に考えれば、普段ファイトモンスターズを反対していた彼女がバトルを仕掛けるなんて、不審な点が多すぎる。下手に警戒心を持たれてご破算になったら元も子もない。
「ほら、ライムだっけ。伊集院君が使ってたモンスター。あの剛力君を倒したっていうから、一目見ておきたいなって思ったのよ。
それに、私って、いつもファイトモンスターズをやるなって言ってるじゃない。だから、教室の中だと、その、バトルしにくいっていうか」
かなりたどたどしかったが、徹人はひたすら耳を傾けていた。その反応の無さを懸念したのか、日花里は付言しようとする。
「いいよ。バトルを挑まれたのなら、どんな相手だろうと受けて立つのが礼儀だからな」
それより前にあっさり承諾され、日花里はつい前のめりになる。
「ほ、本当にいいの」
「そっちから仕掛けてきたんじゃないか。ファイトモンスターズに興味を持ったんなら、誰だって大歓迎だよ」
浮足立っている徹人に、日花里は顔を綻ばせる。だが、自らの使命を思い出し、咳払いして襟を正す。
「なら、これ以上前置きはいいわね。さっそく始めましょう」
こうして二人はパソコンを起動させ、それぞれマイページにログインする。
「やっほ、テト。ようやく遊んでくれるのね」
ホログラム機能を発動した途端、ライムが一目散にじゃれてくる。対戦相手が相手だけに相当気まずい。
ライムもすぐに対戦相手を認識したようで、目を細めて挑発する。
「へえ、今日はこの娘が相手なの。いっつも男の子と戦ってばっかだったから珍しいわね。でも、手加減するつもりはないからよろしく」
「いや、ライム。相手は初心者なんだ。だから、あまり滅茶苦茶な攻撃はするなよ」
「え~、テトのパパがやってるような接待ゴルフしなくちゃいけないの」
「そんなところだ。っていうか、家庭の事情をばらすのはやめろ」
接待ゴルフはともかく、日花里はファイトモンスターズに関して初心者であることは間違いない。ゲームを始めて日が浅いとなると、当然使ってくるモンスターも低能力かつ低レベルであるはずだ。ライムがまともに戦ったら一瞬で勝負がついてしまうので、どうにかして手加減しなくてはならない。
しかし、徹人の気遣いは杞憂に終わりそうだった。
「えっと、このボタンでモンスターを実体化できるのよね」
徹人の夫婦漫才を無視して画面と睨めっこしていた日花里は、ようやく手持ちのモンスターを召還する。
そうして現れたのは体長四メートルに迫ろうかという緑の鱗のドラゴンだった。四本足のそいつは教室奥の長机を堂々と占領している。
「嘘だろ、まさか、こんなモンスターをもってるなんて」
徹人が驚愕したのも無理はない。日花里が召還したのは、最近ガチャで追加された最上級レアモンスター。全国対戦の上位レベルでも通用するステータスを有する最強クラスの実力者。正直、初心者が扱うには手に余る代物であった。
「ねえ、テト。このトカゲさん知ってるの」
「トカゲじゃないから。知ってるもくそもない。こいつは……」
「愚問だな、少年、少女よ。我が名はジオドラゴン。古より大地を守護せし龍族の長だ」
「モンスターがしゃべった」
「お前が言うなよ」
ライムをたしなめたテトだが、考えてみればAI機能付きのモンスターと戦うのはこれが初めてであった。
日花里が召還したのはジオドラゴン。AI機能が搭載されたモンスターの中では現時点で最強とされる存在だ。
「我が雄姿の前に怖気づいたのなら、戦前降伏するのも良し。なおも我に刃向うのであれば、塵芥へと帰することを覚悟せよ」
「ねえ、テト。このトカゲ変なこと言ってるよ」
「そ、そうだな」
内心かっこいいと思っていた徹人であったが、ライムの白けた様子にどうにか平生を装う。中学二年生の徹人がジオドラゴンの言動に関心を寄せるのも無理からぬことであった。なぜなら、この言動は俗に言う「厨二病」だからである。
技紹介
ファイアボム
炎属性の攻撃技。巨大な火の玉をぶつけるのだが、命中時にとてつもない爆音が響くことからこの名がつけられた。
もちろん、威力は申し分ないのだが、命中しにくいのが難点。拘束で回避率を下げるなど一工夫が必要である。




