新たな刺客と母ちゃん
話の都合上、今回は少し短めです。
田島はキーボードを操作して回線を保とうとするが、無残にもフィールドは強制的に解除されてしまう。アバターも消え失せ、元のオフィスビルに逆戻りする。
どうやら、徹人側で回線トラブルが起き、対戦が強制終了させられたようだ。再度接続を試みようとしても、「この対戦相手からブロックされています」というエラーメッセージが表示され繋がることができない。チャット機能を搭載しているため、好ましくない罵倒を飛ばすユーザーなどを接続ブロックできるようになっている。不正カードを使った以上、ブロックされたとしても文句は言えなかった。
キーボードから手を放し、深々と椅子の背もたれに体を預ける。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎた反動もあるが、もう一歩のところで大切なことを伝えられなかったということが大きかった。
ただ、それでも収穫がないわけではない。むしろ、田島の胸に渦巻いていた疑念が確信に変わったというのは大きな進歩であった。
「これはもう決定的ですね。どんなチートツールを使おうとも、自爆の反動ダメージにアビリティを発動させるなんてことはできません」
「そうだな。だが、あのライムというモンスターの正体が確定したところで、使い手の少年に事実を伝えられなければどうにもできん。そのためにもあのデータが必要なのだが……」
そこまで言いかけた時、田島の携帯端末からメールの着信を知らせる電子音が響いた。さっそくその内容を確認すると、愕然とした態度が一変し、狩人の目つきとなる。
「おあつらえむきに委託していたデータ解析が終わったようだ。なるほど、よくできた偶然だよ、これは」
「あの、田島さん。一体、何のデータを取り寄せたんですか」
「私の知り合いにプログラマーの申し子と呼ばれる人物がいてな、ちょっとデータの解析を依頼していたのだよ。ライムの使い手であるテトというプレイヤーのデータを」
そこに記されていたデータを覗き、秋原は恐慌する。テトと思わしき少年の顔写真から住所、名前まであらゆる個人情報が筒抜けになっていたのだ。
「どうしたんですか、その情報は」
「テトのプレイヤーIDの登録情報を元に、彼の個人情報を探索してもらったのだ。もちろん、やってはいけないと分かってはいるが、彼とネットではなく現実世界で接触するためには致し方ない」
「現実で接触って、この少年を直接説得するつもりですか」
「この私が直に説得したいところだが、彼の住所からして、身内に適役がいる。彼女には重役を担ってもらうことになってしまうが、そこは私の方でどうにかするとしよう」
「一体誰なんです、その適役って」
意味ありげに携帯の画像フォルダを開いた田島は一枚の写真を表示する。それは家族写真のようで、田島の他に二人の女性が並んで写っていた。その内の一人は年端もいかない少女であった。
「適役とは、私の娘だ」
その少女はぱっちりとした眼を輝かせ、無邪気にピースサインをしていたのだった。
ゼロスティンガーというとんでもない敵を打ち破ったのも束の間。徹人は新たなる脅威と対面する羽目になった。下手したら、ファイトモンスターズに出てくるいかなるモンスターをも凌ぐ強敵。中年太りを気にしている天然パーマのおばさんこと徹人の母親であった。
感極まってライムへとダイブした時、思い切り本棚に額をぶつけてしまったようだ。その音を聞きつけ、母親が部屋へと突入したのである。おまけに、心配したのか妹の愛華も一緒だ。
「まったく、朝っぱらからゲームばっかしてんじゃないよ。天気がいいんだから、外で遊んできな」
「そうだよ、おにぃ。お父さんだってゴルフしてんじゃん」
家の庭では徹人の父親が熱心にゴルフのクラブで素振りをしていた。会社の接待ゴルフの練習に余念がないらしい。
「あ、そうだ。おにぃ、公園でテニスやろうよ。テニスの皇子様の技試すんだ」
テニスの皇子様とは、週刊少年シャンプーで連載されているスポーツ漫画である。世間知らずの皇子がひょんなことでテニスを知り、王族であることを隠して試合に出場するという内容だ。最近はテニスをやっているはずが途中でバトル漫画になっていることで話題となっている。もちろん、打突の瞬間にボールがドラゴンになってサービスエースを得る技なんて実現できるわけがない。
「テニスをするのはいいけど、愛華、お前風邪は大丈夫なのか」
「ちょっと運動しただけで病気になるほどやわじゃないよ。おにぃは心配性だな」
「いや、あんたの病気を心配するふりをしてゲームを続行するつもりだったんでしょうよ。私の目はごまかせないよ。そもそも、ゲームばっかやってる方が不健康。そんなに運動するのが嫌なら大人しく勉強してな」
愛華を利用するようで悪いが、病気を口実に使おうとしていたのは事実だった。それを看破された手前、大人しく公園に遊びに行くしかなさそうだ。
母親と愛華が部屋から去ったことで、ようやく徹人はベットに腰を下ろした。すると、すぐ隣でライムが寝転がっていた。傍から見ても疲労困憊しているのが分かる。だらしなく身をくねらすたびに、ワンピースの裾が巻きあがりそうになるので、目のやり場に困る。
徹人はおもむろに立ち上がるとパソコンを操作し、ブロックユーザーにミスターSTを追加した。
「何やってんの、テト」
「念のため、あのミスターSTをブロックしておこうと思ってさ。堂々とあんなチートモンスターを使ってきたんだ。次はどんな手を使ってくるか分からない。さすがにあんな化け物と戦い続けるのはご免だ」
「そだね。ねえ、テト、どうも体が変なのよね。このまま起き上がりたくないっていうか、体が重いっていうか。概念がないからよく分からないけど、これってもしかして『病気』なのかな」
「それはそれで大事だけど、多分それは疲れているだけだと思うぞ。っていうか、お前もやっぱり疲れることあるんじゃないか」
「そっか。これが『疲れる』か。うん、勉強になった」
それだけ言い残すと、ライムは実体化を解除してパソコンの中に戻っていった。よほど疲労しているようで心配になり、おのずとキーボードに手が伸びる。だが、「おにぃ、遅いよ」とまくしたてられ、後ろ髪を引かれながらも徹人は部屋を後にするのだった。
技紹介
ライジングレーザー
主に機械系のモンスターが使うことができる雷属性の攻撃技。
回避されにくいうえに威力が高く、機械モンスターの主力武器となっている。




